国立台湾文学館が「西川満日記」を寄贈、台日友好を結ぶ

国立台湾文学館が出版した「西川満日記」を作家西川氏の生まれ故郷である日本福島県に寄贈した。寄贈セレモニーはオンライン方式で計4回開催され、台日の友情が一層深まることになった。

台湾文学館が出版した「西川満日記」台湾文学館が出版した「西川満日記」

 国立台湾文学館が出版した「西川満日記」を作家西川氏の生まれ故郷である日本福島県に寄贈した。寄贈セレモニーはオンライン方式で計4回開催され、台日の友情が一層深まることになった。

 台湾がコロナ禍に苦戦していた際、日本は二度に渡ってアストラゼネカ製ワクチン約2百万回分を提供した。両国の友情を繋ぐべく、国立台湾文学館は入念な編集のもと「西川満日記」を復刻出版し、福島県の県立博物館、会津若松市立会津図書館及び西会津国際芸術村への寄贈を行った。 

 台湾と日本は長い間密接に交流してきた。日本統治時代に台湾で暮らした日本人作家はその代表的な例である。戦後、この歴史は恣意的に隠されてきたが、20年ほど前から当時の歴史を見直す動きが活発になった。西川満は1908年福島県会津若松市生まれ、3歳で両親と共に台湾へ渡り、30年以上台湾で暮らした。文学創作の才能に恵まれた西川は台湾の民俗文化や伝説に惹かれ、台灣書籍の装丁や設計、蔵書票のブームを牽引するなど、台灣文學界に大いなる影響を与えた。戦後、日本に帰国した西川はほとんど歴史に語られることがなくなったが、日記に台湾への感情を記録し続けていた。

 台湾文学館は西川満が残した日記を仔細に編集し、出版した。年初に行われた新書発表会には多くの西川満文学や装丁美学、蔵書票愛好者が駆けつけた。 

セレモニーに出席した台湾側代表台湾文学館館長蘇碩斌(右)副館長蕭淑貞(左)セレモニーに出席した台湾側代表台湾文学館館長蘇碩斌(右)副館長蕭淑貞(左)


 国立台湾文学館の蘇碩斌館長コメント「台湾と日本はかつて台湾が植民地として統治される関係にあったがそれは『共に生活した』という想いの存在も意味していると考えている。しかしそうした歴史は記憶の中で形を変えてしまうことが多く、補正したり空白を補填したりする必要があった。国立台湾文学館はこのため、『西川満日記』を出版し、『愛する台湾を日本と繋いだ』この作家を補正と補填の重要な印しにしたい。」

 福島県立博物館の鈴木晶館長コメント「国立台湾文学館の努力に感謝すると共に、今後より多くの交流が出来ることを期待します。」

 川延安直副館長コメント「この日記は西川満氏の人となり、その暮らしの細々とした事柄を知るのに大いに役立つもので、台湾はずっと日本に協力してくれていることを知り深く感謝します。」 

 コロナウイルスの影響により、寄贈セレモニーはオンラインで台湾と同時中継で行われた。7月4日に福島県立博物館、7月5日14:30から西会津国際芸術村、7月6日9:00から西会津町、14:00会津若松市の計四回開催された。セレモニーにはそれぞれ台湾文学館館長蘇碩斌、副館長蕭淑貞、福島県立博物館長鈴木晶、副館長川延安直、西会津国際芸術村ディレクター矢部佳宏、西会津町長薄友喜、会津若松市長室井照平などが出席し、文学を通した日台の深い友情と交流を結んだ。

 

 

 

 

セレモニーに出席した日本側代表福島県立博物館鈴木晶館長(前列右)、川延安直副館長(前列左)、小林めぐみ学芸員(後列右)、高橋充学芸課長(後列左)セレモニーに出席した日本側代表福島県立博物館鈴木晶館長(前列右)、川延安直副館長(前列左)、小林めぐみ学芸員(後列右)、高橋充学芸課長(後列左)

 

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