森林が大気中マイクロプラスチックを捕捉することを世界で初めて実証
ヒトによるAMPs吸入リスク低減において森林が重要であることを明らかに
マイクロプラスチックといえば、世界中の海に蓄積しているものを思い浮かべることが多いかもしれませんが、私たちが呼吸する空気中や空にもマイクロプラスチックは存在しています。本研究によって、森林が空気中のマイクロプラスチックの吸収源となり、人類にとって新たに重要な役割を果たしている可能性を明らかにしました。
【発表のポイント】
・森林は、日本国土の約6割、世界の陸地の約3割を占める重要な生態系です。森林には、表面侵食防止、洪水緩和、水源貯留、保健・レクリエーション、水質浄化能、大気浄化能、二酸化炭素吸収など多面的機能があり、これらは生態系サービスと呼ばれています。
・近年、マイクロプラスチックは様々な環境媒体のみならず、人体からの検出も報告されていますが、体内摂取経路として空気吸入が最も多いことが指摘され、大気中マイクロプラスチック(AMPs: Airborne microplastics)に注目が集まっています。しかし、これまで国内外で森林域のAMPsを研究した例はなく、森林樹冠*2によってAMPsがどれくらい捕捉されるのか、どうやって捕捉されるのかについて明らかになっていませんでした。
・本研究グループは、首都圏に位置する日本女子大学西生田キャンパス(神奈川県川崎市)内の森林にて、2022年6〜8月に主要落葉広葉樹であるコナラ葉を採取し、葉面に捕捉されたAMPsの新規分析法を開発し、AMPsの捕捉機構について検討しました。
・その結果、AMPsは葉面のエピクチクラワックス*3に強く吸着しており、超純水による葉面洗浄、超音波洗浄では除去しきれず、アルカリ試薬による除去が不可欠であり、先行研究ではAMPsの葉面捕捉量を過小評価していた可能性が明らかになりました。
・本研究の結果を用いると、日本全体のコナラ林(約32,500 km2)は年間約420兆個もの膨大なAMPsを樹冠で捕捉していると推計されます。また、街路樹や公園林などの都市林がヒトのAMPs吸入リスクを低減している可能性、また森林生態系では樹冠に捕捉されたAMPsは落葉とともに林床に落下し、森林生態系に大量に蓄積している可能性が示されました。
【概要】
日本女子大学大学院理学研究科の宮崎 あかね(みやざき あかね)教授、同理学研究科の須永 奈都(すなが なつ)博士課程前期学生、早稲田大学理工学術院の大河内 博(おおこうち ひろし)教授、およびPerkinElmer Japan合同会社の新居田恭弘(にいだ やすひろ)氏による研究グループは、葉面に捕捉された大気中マイクロプラスチック(AMPs: Airborne microplastics)に適した葉面洗浄法を開発し、AMPsが葉面のエピクチクラワックスに吸着することにより、葉に捕捉されるというメカニズムを初めて解明しました。
本研究では、森林が陸域におけるAMPsのシンク(吸収源)として機能しており、AMPsの環境動態の解明、ヒトによるAMPs吸入リスク低減において森林が重要であることを明らかにしました。
本研究成果は、『Environmental Chemistry Letters』誌(論文名:Alkaline extraction yields a higher number of microplastics in forest canopy leaves: implication for microplastic storage)にて、2024年3月20日(現地時間)にオンライン掲載されました。
(1)これまでの研究で分かっていたこと
森林は大気中のガス状・粒子状大気汚染物質を樹冠で捕捉し、大気を浄化する「森林フィルター効果」を有することが知られており、森林はAMPsの重要なシンクとして機能する可能性があります。2020年に初めて葉に捕捉されたAMPsが報告され、それ以降いくつかの研究で調査が進められていますが、先行研究には主に二つの問題点がありました。
第一に、先行研究ではAMPsを葉から回収する際に超純水で葉面を洗い流す手法(葉面洗浄法)や超音波洗浄法が用いられてきましたが、葉に捕捉されたAMPsがすべて洗浄されているのか検討されておらず、葉面捕捉量を過小評価している可能性がありました。
第二に、先行研究では市街地の街路樹や公園などの低木が対象であり、高木で構成される森林によるAMPsの捕捉実態や捕捉機構は不明でした。
冒頭で述べたAMPsのシンクとしての森林の機能を適切に評価するためには、先行研究におけるこれら二つの課題を解決することが不可欠です。
(2)今回の研究で新たに実現しようとしたこと、明らかになったこと
一般に、植物の葉面には、エピクチクラワックスやトライコーム*4といった構造が存在し、こうした構造が葉面でのAMPsの捕捉に影響を与える可能性があります(図2)。例えば、AMPsはトライコームに物理的に捕捉されたり、プラスチックの有する親油性によってエピクチクラワックスに吸着されたりする可能性があります。
以上をふまえて、本研究では、先行研究で用いられていた超純水による葉面洗浄に加え、超音波洗浄とアルカリ洗浄を実施することで、葉面に捕捉されたAMPsの除去効果を検討しました(図3)。大気汚染物質に関する既往研究から、弱い超音波洗浄はトライコームをはじめとする表面の物理的な構造によって捕捉されたAMPsの回収に有効であり、アルカリ洗浄によるエピクチクラワックスの溶離は、吸着したAMPs回収に有効であると考えられます。そこで、これらの洗浄方法を同一の葉に順次行うことで、各洗浄方法の評価を行い、葉によるAMPs捕捉機構を推定しました。
調査地は、神奈川県川崎市にあるに日本女子大学 西生田キャンパスです(図4)。西生田キャンパスは、東京都心から南西に約19 kmの距離に位置し、校地面積(293,800 m2)のうち約6割が森林に覆われた都市域に存在する小規模森林です。西生田キャンパスは、AMPsの主要な発生源と考えられる都市近傍に存在することから調査地として選択しました。西生田キャンパスの主要樹種であるコナラの葉を、2022年6月21日および8月9日に採取しました。なお、コナラは日本における主要な広葉樹でもあります。
これらの葉は、前述した方法で洗浄した後、AMPsを抽出する処理を行なった上で、μ-FTIR-ATRイメージング測定*5(PerkinElmer, Spectrum3 Spotlight400)を用いて分析しました。
その結果、超純水洗浄、超音波洗浄、アルカリ洗浄と段階を経るごとに検出されるAMPs量が上昇し、アルカリ洗浄で最大量のAMPsが回収されました。また、葉面観察の結果、超純水洗浄では葉の上に捕捉されたAMPs、超音波洗浄ではトライコームに物理捕捉されていたAMPs、アルカリ洗浄ではエピクチクラワックスに吸着していたAMPsがそれぞれ洗浄されたと推測されました。
以上から、AMPsの主要な捕捉メカニズムとして葉面エピクチクラワックスへの吸着が機能しているということ、さらにエピクチクラワックスに吸着したAMPsは超純水や超音波を用いた洗浄では十分に回収できないのに対し、本研究で考案したアルカリ洗浄によって適切に回収できることが明らかになりました。また、この方法を用いて日本全体のコナラ林(約32,500 km2)には年間で約420兆個もの膨大な量のAMPsが捕捉されていると推計され、AMPsのシンクとして森林が機能している可能性が高いことがわかりました。
(3)そのために新しく開発した手法
葉面のエピクチクラワックスに捕捉されたAMPsを回収する手法として、上述したアルカリ洗浄を開発しました。アルカリ試薬を用いた処理は、これまで魚や貝などの生体試料に含まれるマイクロプラスチックの分析に広く使用されており、プラスチックへ影響を与えない範囲で生体組織を効率的に分解できることが報告されています。これを葉面エピクチクラワックスの分解に適用できる方法を新たに開発しました。この洗浄前後の葉面の観察により、葉面エピクチクラワックスがアルカリ洗浄によって完全に分解され、通常であればその下に存在する表皮細胞と見られる部屋のような構造体が完全に露出している様子を確認しました(図5)。
(4)研究の波及効果や社会的影響
本研究により、AMPsの新たなシンク(吸収源)として森林が重要であることが明らかとなり、波及効果として都市域におけるマイクロプラスチック大気汚染対策として樹木を用いたバイオレメディエーション*7が有効であることが示されました。
温室効果ガスによる地球温暖化問題とプラスチックゴミ問題は重大な地球環境問題です。本研究は森林が二酸化炭素吸収源として気候変動対策において重要であるばかりではなく、大気中マイクロプラスチック対策としても重要であることを明らかにしました。現在我が国においては林業が衰退しつつありますが、国内の林業を再興し、森林を適切に管理していくことは、地球温暖化問題と大気中マイクロプラスチック問題の双方に対して有効な対策となり得ると言えます。これは単なる環境保護ではなく、資源を循環させて持続可能な社会を構築するサーキュラーエコノミー*8の実現に貢献できるものと考えます。
(5)今後の課題
本研究により、森林樹冠に大量のAMPsが捕捉されていることがわかりましたが、葉面に捕捉されたAMPsはいずれ落葉とともに林床や森林域の土壌へと移行し、森林生態系に蓄積して森林生態系を破壊する可能性があります。そこで、今後は、樹冠のみならず、林床や土壌におけるマイクロプラスチック量やそれらに対する影響についても調査を進めていく必要があります。さらに、様々な樹種について葉面AMPs捕捉能を明らかにし、より効率的なマイクロプラスチック大気汚染対策を確立する必要があります。
(6)研究者のコメント
プラスチック生産量は、産業革命以降、増加の一途を辿っており、これに付随してマイクロプラスチックによる汚染も拡大し続けています。このような現状においては、いかに環境中にマイクロプラスチックを放出しないかという点も必要ですが、一度放出されたマイクロプラスチックをいかに回収するかという点も今後重要視されると考えられます。本研究によって解明された森林がAMPsを回収可能なフィルターとして機能するという知見がその一助となれれば幸甚です。
(7)用語解説
※1 マイクロプラスチック
微細な5mm以下のプラスチック片の総称です。これらのうち100μmのものは大気中に浮遊することができ、それらは大気中マイクロプラスチックと呼ばれています。
※2 樹冠
樹木上部の葉や枝が茂った部分の総称です。
※3 エピクチクラワックス
葉面に存在する飽和/不飽和脂肪酸で構成されるコーティング構造です。植物の内皮を構成する表皮細胞は、クチクラで覆われその一部が植物体外表面を覆うコーティングを形成し、これをエピクチクラワックスとなります。紫外線や外敵から植物組織を守る防護壁として機能しています。
※4 トライコーム
表皮細胞が分化した毛状の突起構造で、紫外線や外敵からの防御や葉面からの過度な蒸散を防止するといった役割を有しています。
※5 顕微フーリエ変換型赤外分光法(μ-FTIR: Micro-Fourier Transform Infrared Spectroscopy)
プラスチックをはじめとする成分の分析に広く用いられる手法です。本研究では、その測定手法として、高い分解能で効率的に測定を行うことが可能であるATR(Attenuated Total Reflection)イメージング法を採用しました。
※6 走査型電子顕微鏡(SEM: Scanning Electron Microscope)
電子源から高速で加速された発生した電子線で試料表面を走査して、サンプル表面で反射もしくは散乱した電子を信号として検出し、それらを結像することで試料表面の形態や微細構造が反映された画像(SEM画像)を生成する表面観察の手法です。
※7 バイオレメディエーション
微生物や植物といった生き物のはたらきを利用して環境中の汚染物質を分解したり除去したりすることで、環境問題の解決を図る取り組みのことです。
※8 サーキュラーエコノミー(循環経済)
製造の段階から資源の回収や再利用を前提とし、消費された製品も再資源化することで、あらゆる資源の付加価値を向上させる経済活動です。
(8)論文情報
雑誌名:Environmental Chemistry Letters
論文名:Alkaline extraction yields a higher number of microplastics in forest canopy leaves: implication for microplastic storage
執筆者名(所属機関名):須永奈都1、大河内博2、新居田恭弘3、宮崎あかね1
(1日本女子大学、2早稲田大学、3 PerkinElmer Japan合同会社)
掲載日時(現地時間):2024年3月20日
掲載URL:https://doi.org/10.1007/s10311-024-01725-3
DOI:10.1007/s10311-024-01725-3
(9)研究助成(外部資金による助成を受けた研究実施の場合)
研究費名:(独)環境再生保全機構環境研究総合推進費(JPMEERF20215003)
研究課題名:大気中マイクロプラスチックの実態解明と健康影響
研究代表者名(所属機関名):大河内博(早稲田大学)
【参照リンク】
日本女子大学のSDGsへの取り組み
西生田キャンパスの里山から、地球環境問題の解決に挑む!
https://www3.jwu.ac.jp/sdgs/articles/detail_15.html
日本女子大学は、日本初の組織的な女子高等教育機関として創立し、2021年に120周年を迎えました。私立女子大学唯一の理学部を有し、文理融合の教育環境をもつ女子総合大学です。今年度は「国際文化学部」を開設し、今後も2024年「建築デザイン学部」、2025年「食科学部(仮称・構想中)」と、新学部の開設を予定しています。「私が動く、世界がひらく。」のタグラインのもと、自ら学び、自ら行動し、新しい価値を創造できる人材を育てています。詳しくは、https://www.jwu.ac.jpをご覧ください。 |
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