「びっくりした!」初画集『ピンク幻想』から9年、「フツウの時って凄い」素描集『フツウの束の間』から6年、第3弾となる最新画集『ひとびと』が、2025年12月5日に刊行されました!
主婦として暮らしていた馬場まり子は、45歳で突然何かに突き動かされるように、現代美術の世界に飛び込んだ。以来、40年近く在野のアーティストとして活動し、84歳を迎える馬場がたどり着いた絵とは……

さまざまに表現やモチーフを変えながら、都会の雑踏と田園風景での暮らしを観察し、独自の視点で切り取ってきた馬場にとって、究極のテーマは「人」。通りを過ぎていく人、偶然見かけて気になった街中の人、工事や庭仕事に来てくれた人、勢いよく闊歩したり、くたびれ果てた顔のサラリーマン、眠りこけたり、大あくびする老人など、世間の人々のふとした瞬間を捉え、画面に描き写す。やがてそれらは、この世とあの世の境界線に溶け込んで、どんどんと見えなくなっていく…… 人という不可思議な存在を見つめ表現し続ける、馬場まり子が捉えた「ひとびと」を集めた最新画集。美術図書出版を手掛ける求龍堂から刊行しました。

余白のなかに浮遊するように存在する「ひとびと」
馬場まり子が描く「ひとびと」は、背景の余白のなかに半分溶け込んだような、淡い存在として画面に存在しています。地面の不在と、半ば透けるような「ひとびと」が醸す、ゆらぎのような空気が「人間社会」という圧を感じさせず、描かれた人たちには、ぼんやりとした幸福感が滲みます。そこには描き手による、人々への“いとおしさ”が重なっています。

なぜ、いきなり巨大な果物、野菜、なす、白菜……急に幾何学!?
馬場まり子の創作の始まりは、小麦粉をふるって積もらせた巨大な山でした。そこから現在まで、モチーフや技法を変え、平面や立体に限らず、自身の感覚のままに、馬場の創作は広がっていきました。そして本書に纏められた余白の世界。しかしここでも、人々を描いていた最中に、突如、巨大な果物や野菜が出現したかと思うと、微生物のようにも見える幾何学の作品が現れます。その作品世界は、“私たちはなぜ絵を描くのだろうか?”という普遍の問いが降りてくるような、解けない謎に満ちています。

極端に小さく描かれた「ひとびと」
2021年に入り、馬場の創作はさらに変化します。2メートルを越えるパネルに塗り敷かれたような色彩のなかに、不自然なほど小さく描かれた「ひと」が歩いています。また、肩に掛けた鞄と手荷物などでかろうじて存在の分かる、透明人間のような「ひと」。やがて背景の色のなかに溶け込んでしまい、見るのも困難な「ひと」も登場します。描くたびに見えなくなっていくその姿に、なにか切実なものを感じてしまう、消えゆく「ひとびと」のシリーズが展開していきます。

17メートルもつづく「ひとびと」のつらなり
馬場の代表作ともいえる、17メートルの長さで描かれた、《街ゆく人々》という作品も圧巻です。本書の装幀にも掲載した作品で、馬場の個展では、画廊の壁面をぐるりと一周するように展示され、ここでもとても小さく描かれたたくさんの人物が、一人ずつ、丁寧に描かれています。それは学校帰りの学生やサラリーマン、ぼーっとして歩く誰かであったり、傘を手にしたり楽器を運んだりもする、色んな、普通の「ひとびと」です。ただよく見ると、やはり消えゆく人々なのです。私たちの儚い時間をいとしく思い、偶然の今をまぶしく見つめる、馬場のまなざしを感じます。

鉛筆画を経て、最新作の連作《未来》
人々と余白を考えてきた馬場は、2024年、鉛筆による抽象的な素描を試みます。謎かけのような線とかたちの不思議な絵が幾つも誕生しました。そして2025年の今年、馬場の絵は、線と余白に向かっています。白い世界は、さらにそぎ落とされたシンプルな、でも温かい線で描かれた「ひとびと」となって現れました。84歳を迎える馬場まり子の目指すところは、軽やかな線を羽にして、さらに浮上していくようです。

◎商品情報
『馬場まり子画集 ひとびと』
対象:美術全般
発売日:2025年12月5日
定価:4,950円(税込)
著者:馬場まり子
執筆者:大倉宏
発行:株式会社求龍堂
主な仕様:上製本カバー帯掛け、判型:A4変型(297×225ミリ)、頁数:178頁(図版頁:160頁、巻末:18頁)作品点数:109点
https://www.kyuryudo.co.jp/shopdetail/000000002371/
◎著者プロフィール
馬場まり子(ばば・まりこ)
1941年5月、広島県に生まれる。
1945年、父の郷里であった秋田へ疎開をし、数ヶ月後、広島に原爆が投下される。
1986年より新潟県三条市で現代美術の分野で制作を始める。以降毎年、東京を中心に個展を続ける。
2004年1月、新潟県立万代島美術館の「新潟の美術2004 新潟の作家100人」展に出品(2006年、第2回展にも出品)。
2016年2月、初画集『ピンク幻想』(求龍堂)を刊行。
2019年9月、新潟市新津美術館の「あたらしいかたち 新潟県人作家展2019」に出品。同年、11月2日~12月22日、同市NSG美術館「明るい色 かたちと色彩の饗宴 馬場まり子展」と砂丘館の3人展「明るい色 岡田清和/片桐翠/馬場まり子」に出品。11月、『三条市医師会ニュース』表紙絵をまとめた素描集『フツウの束の間』(求龍堂)を刊行。
2023年4月から川崎市岡本太郎美術館他全国5箇所を巡回した「顕神の夢 ―幻視の表現者― 村山槐多、関根正二から現代まで」に出品。同年7月、新潟県見附市のギャラリーみつけで個展を開催。9月、藍画廊で37回目の個展を開催。2024年4月、9月に銀座のコバヤシ画廊で個展を開催。以降、同館やギャラリー巷房にて個展による発表を続ける。

◎編集者より
馬場まり子の作品に漂うユーモアは、描いている対象に近寄りきらない距離で、微妙に発光しながら包み込む煙のようなものだと思います。「ひと」への尽きない関心と愛情のまなざしを持ちながら、ちょっと引いたところから、まるで「ひとびと」の魂のあわいをすくいとっているようです。私たちはこんな風に、淡々と、でもけなげにしなやかに生きているのだな、と、不思議な勇気をもらえる絵だと感じます。ぜひ、ぼんやりとゆっくり眺めてほしい作品です。
◎求龍堂について
求龍堂は1923年創業、2023年に創業100年を迎えた美術書出版社です。社名の求龍(きゅうりゅう)はフランス語の「CURIEUX」からとったもので、「芸術的あるいは知的好奇心を求める」「常に新しきを求める」ことを意味し、名付け親は画家の梅原龍三郎です。東洋の「龍」に理想を求め、時代という雲間を縦横無尽に飛び交いながら、伝統美からアート絵本まで、常に新たな美の泉を発掘すべく出版の旅を続けています。
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