県立広島大・岩手生工研・東京農大・京都府大の共同研究が学術誌「Scientific Reports」に掲載 雑穀・アワの多様化と分布拡大に関わる候補遺伝子の同定― 作物の進化の解明と実験系統作成 -
県立広島大学生物資源科学部・福永健二 教授、岩手生物工学研究センター・阿部陽 主席研究員、東京農業大学生物資源ゲノム解析センター・田中啓介 助教、東京農業大学農学部・河瀨眞琴 教授、京都府立大学生命環境科学研究科・大迫敬義 准教授らは、古代より五穀に数えられているアワについて実験集団を構築し、次世代シークエンサー(NGS)を用いた解析を行うことにより詳細な連鎖地図を作成しました。これを用いて形質の多様化や異なる環境条件への適応に関する候補遺伝子を同定しました。さらに、品種間や系統間の解析を行い多様化の遺伝的基礎を明らかにしました。アワという作物が歴史上どのように分布を広げてきたかや人の選抜でどのように多様化してきたかの手掛かりになる研究といえます。
本研究成果は,英国の国際誌「Scientific Reports」(電子版)2022 年1月7日付(日本時間午後7時)に掲載されました。
【発表のポイント】
雑穀・アワの実験系統作成と形質の多様化や分布拡大等の作物進化に関わる候補遺伝子を同定
1.雑穀のひとつであるアワについて、日本品種と台湾品種の交配から10年かけて実験系統90系統(組換え近交系)を作出しました。
2.両親系統と90系統をNGSによる高効率的な部分ゲノム解読手法(flexible ddRAD-seq)で解析することにより詳細な連鎖地図を作成しました。また、両親系統の全ゲノムを解読しました。
3.アワが多様な環境に広がった鍵になる遺伝子や形質の多様化に関わる3つの遺伝子について解析しました。
(1)葉鞘の色の違いを決定する遺伝子を同定しました。アワが世界に広がっていく過程で赤い葉鞘から緑の葉鞘への進化は複数回独立に起こっていることが示唆されました。
(2)穂の先の毛(刺毛)が小穂に先祖返りした形質(spikelet tipped bristles=stb)は、オオムギの二条と六条の違いを決定する遺伝子と似たHOX14という遺伝子の変異が原因であることを明らかにしました。
(3)イネやソルガムで見つかっているPRR37遺伝子が、アワにおいても品種による出穂期の違いを生み出したことがわかりました。トランスポゾン挿入による遺伝子の機能欠失が、日長反応性を喪失させ、高緯度や低緯度への分布拡大に大きな役割を果たしたことが示唆されました。
【研究内容】
古代より五穀のひとつに数えられるアワは、イネと並んで新嘗祭のような宮中祭祀に供される穀物であり日本の文化と密接な関係があります。古くは中国の古代文明の主食であったとされ、近代以前はアジアやヨーロッパで穀物として人類を支えてきたものであり、アワがどこからどのように広がったのかということは我々人類の歴史をたどるという意味でも重要です。また、さまざまな環境に適応し、人が栽培することにより形態的にもきわめて多様であり、作物がどのように多様化し分布を広げてきたのかという進化生物学の研究上非常に興味深い材料です。
日本では、岩手県などで新品種開発も行われており、農作物としても重要です。モチ性品種では良食味のものも知られ、現在では健康食としても注目されています。さらに、乾燥に強い作物として有望です。近年、アワの祖先野生種であるエノコログサとともにC4植物のモデルとしても注目されており、ゲノム解析や実験系の確立が進められています。気候変動で先の見えない温暖化・乾燥化の未来に備えるという意味でも多様性に富んだ重要な植物であるといえます。
県立広島大学庄原キャンパスの福永研究室では、日本の宮崎県の在来品種と台湾在来品種を交配し、毎年自家受粉を重ね、10年かけてF10世代の組換え近交系を作出しました(図1)。このひとつひとつの系統は両親の遺伝をランダムな組み合わせで持つもので、遺伝的に固定したものです。これらは遺伝的に安定しておりさまざまな実験に用いることができます。
図1.本研究で構築した組換え近交系
広島県庄原市の県立広島大学附属フィールド科学教育研究センターで2019年栽培。葉鞘色、刺毛の形態、出穂期などに加えて草丈や穂の形など様々な形質で遺伝的に分離している。
今回、次世代シーケンサー(NGS)を用いた塩基多型の検出方法「flexible ddRAD-seq法」により、両親品種と90系統の組換え近交系の塩基多型情報を取得し、高精度の連鎖地図を作成することに成功しました。加えて、最新のナノポアシーケンサーを用いて両親品種のゲノムを解読しました。さらに、これら系統を栽培し三つの形質(葉鞘の色、刺毛、出穂迄日数)についてデータを得ました。
1. アワの葉鞘の色は赤と緑があります(図2)が、イネやトウモロコシで報告されているC遺伝子が原因遺伝子であり、野生型は赤であるが、この遺伝子にトランスポゾンが挿入されることで緑になったことが示されました。また、葉鞘が緑の別の系統では、この遺伝子の異なる位置に異なるトランスポゾンが挿入されていることが明らかになりました。すなわち、赤から緑への変化はアワが広がっていく過程で複数回生じていることが明らかとなりました。このことは赤と緑など多様化する方に人為選択が働いていることを示しています。
2. 穂の先の毛(刺毛)が小穂に先祖返りした形質(stb)(図2)は、オオムギの二条と六条の違いを決定する遺伝子と似たHOX14遺伝子の変異が原因と考えられました。アワとオオムギで小穂の形成を抑制するという働きで共通性があると考えられます。また、アワの祖先野生種であるエノコログサでも同じ形質を示す変異体が偶然発見されましたが、同じ遺伝子に独立に生じた変異であることも示されました。この遺伝子は、小穂から刺毛への進化というイネ科植物の発生進化(EvoDevo)研究で鍵となる遺伝子のひとつと考えられます。
3. 出穂迄日数(出穂期)について3年にわたって調査したところ、共通して作用力の大きなQTLが検出されました。PRR37遺伝子というイネやソルガムなどでも見つかっている遺伝子が、両親間の出穂期の違いを決定していると考えられました。日本品種は正常な遺伝子であるのに対し、台湾品種ではトランスポゾンが挿入されていることが明らかになりました(図3)。このトランスポゾン挿入の地理的分布を調べたところ、東アジアの一部と、亜熱帯・熱帯に多く見いだされました。すなわち、この遺伝子の機能欠失が、日長反応性の喪失による高緯度や低緯度への分布拡大に大きな役割を果たしたことが示唆されます。作物の幅広い緯度への環境適応に大きな役割を果たす遺伝子であると考えられます。
図2. 交配に用いた台湾品種(左)と日本品種(右)
本研究で用いた日本品種は葉鞘が赤く刺毛は一般的な形状ですが、台湾品種は葉鞘が緑色で刺毛の先に小穂がつくstb変異体です。
本研究で、葉鞘の色とstbの原因となる遺伝子を同定しました。
図3. (a) 出穂期に大きな影響を与えるPRR37遺伝子へのトランスポゾン挿入の模式図。
(b) トランスポゾン挿入型の地理的な分布を調査したところ東南アジア・南アジアなど低緯度地域や東アジア北部に多く見られました。
【今後の期待】
作出した実験系統を用いて、さらにさまざまな形質に関与する遺伝子が同定されることが期待されます。ここから得られた知見は、アワのみならず他の穀物の研究や育種にも応用可能です。また、詳細な特性調査を行うことで、実験系統の中から育種素材として有望なものが見出されるかもしれません。
葉鞘の色や出穂期について、より多くのアワ遺伝資源の解析を行う予定です。これにより、緑の葉鞘が赤い葉鞘から何度独立に生じたのか、また、PRR37遺伝子のトランスポゾン挿入型がどのように拡散したのかを明らかにしたいと考えています。得られる知見は、作物が人為選択によりいかにして多様化したのかという問いや、日長の異なるさまざまな地域にいかにして広がっていったのかという問いに答えるものです。このことは過去だけではなく作物をいかに育種していくのかという未来への問いでもあります。
また、刺毛の形成については、イネ科植物中での刺毛を形成するグループの進化に知見を与えてくれますし、刺毛を小穂にすることにより収量の増加につながるかなどの育種学的な観点からも興味深いものです。ゲノム編集などの技術も活用し、遺伝子の働きについて解析していきたいと考えています。
【論文情報】
雑誌名:Scientific Reports
タイトル:Recombinant inbred lines and next-generation sequencing enable rapid identification of candidate genes involved in morphological and agronomic traits in foxtail millet
著者:Kenji Fukunaga, Akira Abe, Yohei Mukainari, Kaho Komori, Keisuke Tanaka, Akari Fujihara, Hiroki Yaegashi, Michie Kobayashi, Kazue Ito, Takanori Ohsako & Makoto Kawase
DOI番号:10.1038/s41598-021-04012-1
論文公開URL: www.nature.com/articles/s41598-021-04012-1
【研究支援】
本研究は、JSPS 科研費(20K06098 代表 福永健二)および 東京農業大学生物資源ゲノム解析センター「生物資源ゲノム解析拠点」共同利用・共同研究の支援を受けました。また、論文出版にあたって県立広島大学生物資源科学部から学術論文投稿助成を受けました。
【用語解説】
・組換え近交系(組換え自殖系統Recombinant Inbred Lines=RILs)
ふたつの品種を掛け合わせて自家受粉を繰り返して世代をすすめていくと両親の遺伝子をさまざまな組み合わせで持った遺伝的にホモ接合度の高い純系がたくさんできます。ひとつひとつが品種のようになり、遺伝子の解析に有用です。これらを組換え近交系といいます。
・次世代シークエンサー(Next Generation Sequencer =NGS)核酸(DNAやRNA)の配列を高速で読み取る機械。これによりゲノム(遺伝情報全体)の情報を高速で解読しさまざまな解析が行えるようになりました。
・連鎖地図
ゲノム全体に遺伝子がどのような順番でならんでいるかを連鎖解析によって割り出して作成した地図。これとゲノムの塩基配列情報を合わせて、遺伝子がどのような塩基配列を持っているのか、対立遺伝子の違いは何かを割り出すことができます。詳細な連鎖地図から遺伝子の正体を明らかにすることをポジショナルクローニングもしくはマップベースクローニングといいます。
・Flexible ddRAD-seq
次世代シークエンサーを用いて個体間の塩基配列の多型を検出する方法のひとつです。
・小穂・小花と刺毛
アワやエノコログサの粒ひとつひとつは小さな花が実ったものです。小穂はふたつの小さな花が合わさったもので第一小花は退化しています。第二小花が稔ります。エノコログサの毛は小花が退化したものと考えられます。イネや麦の仲間の毛は芒と言って花の先が伸びたもので解剖学的に異なっています。
・QTL(Quantitative trait loci 量的形質遺伝子座)
草丈や種子の重さ、出穂期などの形質は、一つの遺伝子ではなく多くの遺伝子の相互作用によって決定されており、環境にも影響されます。このような形質を量的形質と呼び、関与する染色体上の遺伝子座をQTLといいます。また、連鎖地図を用いて関与する遺伝子の位置や効果の大きさを割り出す解析をQTL解析といいます。
・トランスポゾン
動く遺伝子ともいいます。ゲノム上を動き回り、遺伝子領域に挿入されることでその遺伝子が機能を失うなどの変異を引き起こします。
・日長反応性
植物の中には、花や穂が形成される生殖成長期に入るのに、日の長さによって的確な時期を知るものがあります。アワは基本的にイネなどと同様に短い日長で穂をつける短日植物ですが、夏の短い北の方や季節変化の少ない亜熱帯ではこの性質がなくなっているものが見られます。
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