エストロゲン膜受容体の人工合成と反応物質検出系の確立 ―新規医薬品の発見に向けて―
静岡大学創造科学技術大学院・徳元俊伸教授の研究グループが、受容体反応性物質の検出法を開発しました
静岡大学創造科学技術大学院・バイオサイエンス専攻・徳元俊伸教授の研究グループは、ヒトエストロゲン膜受容体タンパク質の人工合成に成功し、それを用いた受容体反応性物質の検出法を開発しました。
【研究のポイント】
・ヒトエストロゲン膜受容体タンパク質(GPER)を合成
・新規医薬品候補とGPERとの反応性を検出できるアッセイ法を確立
・GPERを標的とする新規医薬品候補の発見が容易になる
本研究では、GPERの合成と純化に成功し、GPERとグラフェン量子ナノ粒子と結合させることでGPER反応性物質の簡便な検出法を確立しました。
本研究で確立した検出法は、今後、広範な作用をもつ女性ホルモンであるエストロゲンのGPERを標的とする新規医薬品候補の発見につながると期待されます。さらに、GPERは癌の発症や血圧調節への関与が指摘されており、GPER反応性の物質の中からこれらの疾患に対する新規医薬品の発見も目指しています。
なお、本研究成果は、2025年9月19日(アメリカ東部時間午後2時、日本時間9月20日午前4時)に、Public Library of Science (PLOS)の発行する国際雑誌「PLOS One」に掲載されました。

【研究概要】
酵母を用いたタンパク質合成系を用いてヒトエストロゲン膜受容体タンパク質(GPER)の人工合成に成功し、それを用いた受容体反応性物質の検出法を開発しました。検出法はGPERに反応する物質のみを特異的に検出できることからGPERに作用する新規医薬品候補物質のスクリーニングを可能にします。
【研究背景】
エストロゲンを含むステロイドホルモンには、もう一つの女性ホルモンであるプロゲステロンと男性ホルモンのテストステロン、ストレスホルモンと称されるコルチゾール、体内の塩濃度調節を担うミネラルコルチコイドなど主に5種類が知られています。これらの5種類に対してそれぞれ核受容体と呼ばれる細胞内の受容体が発見され、ステロイドホルモンは核受容体と反応して新たな遺伝子の転写を促進して作用するとされてきました。しかし、ステロイドホルモンは喘息の吸引薬など瞬間的に作用するものもあり、その作用の仕組みは謎となっていましたが、近年、細胞膜に存在する膜受容体が発見され、ステロイドホルモンが遺伝子の転写を介さずに細胞内の状態を変化させる急性の反応を引き起こすことが科学的に示されています。
我々は既にステロイドホルモンの膜受容体の人工合成法を確立し(特許第6795214号)、さらに蛍光性ナノ粒子であるグラフェン量子ドット(GQD)を用いた膜受容体反応性物質の検出法を確立しています(Jyoti et al., BBRC 2020)。最初に合成に成功したプロゲステロンの膜受容体については、この検出法を用いて海藻由来の天然化合物を2種類発見しています(特願2023-79187, 特願2024-202123)。今回はさらに広範な作用を示すとされるエストロゲンの膜受容体(GPER)反応性物質の検出法を確立しました。既に天然化合物の分離精製を進めており、新規作用物質の発見が期待されます。
【研究の成果】
ヒトのGPERタンパク質を、7回膜貫通型受容体の合成に適した酵母株であるPichia酵母を用いて合成しました。さらに、合成したGPERタンパク質をカラムクロマトグラフィーを組み合わせた精製法により純化し、純化したGPERタンパク質に蛍光性ナノ粒子であるグラフェンナノ量子ドット(GQD)を結合させ、GPERタンパク質を蛍光ラベルしました。これに蛍光ラベルされたエストロゲンを反応させることでGPERとエストロゲンの結合を蛍光で検出する方法を確立しました(図1)。
この結合状態にあるGPERとエストロゲン複合体にGPER反応性の物質を作用させるとGPERと蛍光ラベルのエストロゲンが解離して蛍光が消光します。この蛍光の消光を測定することで、反応させた物質がGPERに作用する物質であるかどうかを判定します。実際にエストロゲンやこれまでに分離されたGPER反応性物質で蛍光の消光がみられることを確認することで、今回確立した方法が検出系として利用可能であることを示しました。

【今後の展望と波及効果】
簡便なGPER反応性物質の検出系が確立されたことで様々なものから反応性物質の検出が可能となりました。既に分離に成功している海藻の抽出物からの新規物質の発見に向けた研究を開始しており、新規医薬品候補の発見に向けた試みが展開されることが期待されます。
【論文情報】
掲載誌名: PLOS One
論文タイトル: Production of recombinant human G protein-coupled estrogen receptor (GPER) and establishment of a ligand binding assay using graphene quantum dots (GQDs)
著者: Shakhawat Hossain, Md. Forhad Hossain, Md. Sohanur Rahman Sohan, Yuki Omori, Mohammad Tohidul Amin, Toshinobu Tokumoto
DOI: 10.1371/journal.pone.0332765
【研究助成】
日本学術振興会 科学研究費助成事業 基盤研究(C) 23K05830
静岡大学 ジェンダード・イノベーション研究支援事業
【用語説明】
エストロゲン膜受容体:
女性ホルモンの一種であるエストロゲンの細胞膜受容体。受容体タンパク質が細胞膜を7回貫通する7回膜貫通型の構造を持つとされる。エストロゲンは細胞膜表面に突き出た部分に結合し、受容体の構造を変化させることで細胞内にホルモンの刺激を伝えると推定される。
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