「ものを見て、ものを思い出す」記憶メカニズムの発見
~ 柔軟に神経回路を切り替える大脳の巧みな仕組み~
高知工科大学総合研究所特任教授の竹田真己らの共同研究グループ(高知工科大学、順天堂大学、東京大学)は、記憶課題実施中のサルの脳活動を計測することにより、「ものを見て、ものを思い出す」際に、大脳側頭葉の神経回路が皮質層単位で柔軟に切り替わることを発見しました。さらに、この神経回路の切り替えがうまくいかないとサルは正しく図形を思い出すことができないことがわかりました。この結果は、記憶を思い出す仕組みの一端を初めて明らかにしたものであり、今後の高次脳機能障害の診断・予防・治療法の精度を高くすると期待されます。本成果は2018年11月6日に国際科学誌ネイチャー・コミュニケーションズ(オープン・アクセス)にて発表されました。
【本研究成果のポイント】
【背景】
私たちは、目にしたものから関連したものを思い出すことができます。大脳の側頭葉(*1)は、「もの(物体)」に関する記憶を司る領域であり、この領域には記憶の記銘(覚える)や想起(思い出す)の際に活動する神経細胞(ニューロン)が多く存在することが知られています。しかし、これらの側頭葉ニューロン群が「ものを見た」知覚情報から記憶を想起する際にどのように協調して働くのか、背景にある神経回路やその動作原理はほとんどわかっていませんでした。そこで本研究では、それらの記憶メカニズムを明らかにすることを目的に、記憶課題を学習したサルを用いて、「ものを見て、ものを思い出す」際の側頭葉神経回路の働きについて調べました。
【内容】
まず、サルに対になった視覚図形を学習させ、ある図形を見たとき、対の図形を思い出すように訓練しました(対連合記憶課題*2)(図1左)。そして、課題遂行中のサル側頭葉の36野とTE野とよばれる二つの領域の神経活動を同時に計測しました(図1右)。
その結果、36野ニューロンの神経活動の一部は、図形を見たときにはTE野の浅層とよばれる皮質層と協調的に働くことがわかりました。一方、対となる図形を思い出す際にはTE野の深層とよばれる別の皮質層と協調的に働くことがわかりました(図2)。
【社会的意義および今後の展開】
今回の研究では、私たち人間を含む霊長類が、「ものを見て、ものを思い出す」際に、神経回路が大脳の皮質層レベルで柔軟に働きを切り替えている記憶メカニズムを発見しました。このメカニズムの解明は、記憶の想起に関わる大脳ネットワークの動作原理がより理解されるだけではなく、記憶障害時の側頭葉の神経回路の働きを皮質層レベルで見ることで、脳の活動をもとにしたより精度の高い治療にもつながると期待されます。
【用語解説】
*1 側頭葉: 大脳は、前頭葉、頭頂葉、側頭葉、後頭葉に分けられる。側頭葉は、脳の後方側面を占める脳領域で、視覚や聴覚などの認知機能や記憶の中枢として知られている。本研究で対象とした36野とTE野は側頭葉に含まれる。
*2 対連合記憶課題: いくつかの対となる事柄(言語や図形)をあらかじめ覚えてもらい、対の片方を提示して、もう片方を思い出してもらう記憶課題。ウエクスラー記憶検査と呼ばれる標準的な記憶障害テストで使用される。側頭葉に損傷を持つ患者は、この課題成績が低いことが知られている。
*3 複数の皮質層(大脳皮質の層構造): 大脳皮質は一般的に六層の層構造から構成される。解剖学的に、脳表面からI‐VI層に分類される。このうち、IV 層は下位の皮質からの信号を受け取る入力層であり、浅層であるI‐III層や深層であるV‐VI層と区別される。
【原著論文】
論文タイトル: Dynamic laminar rerouting of inter-areal mnemonic signal by cognitive operations in primate temporal cortex
(日本語訳:認知プロセス依存的に皮質層単位で切り替わる側頭葉の記憶領域間信号)
筆者: Masaki Takeda1,2,3※, Toshiyuki Hirabayashi3, Yusuke Adachi3, and Yasushi Miyashita2,3 (※責任著者)
著者(日本語表記):竹田真己1,2,3、平林敏行3、足立雄哉3、宮下保司2,3
所属: 1高知工科大学脳コミュニケーション研究センター、2順天堂大学医学研究科、3東京大学医学系研究科
掲載誌: Nature Communications( https://www.nature.com/ncomms/ )
DOI: 10.1038/s41467-018-07007-1
なお本研究は、科学研究費補助金(文部科学省MEXT、日本学術振興会JSPS科研費)JP16H01281、JP17K07062、JP18H04953、JP18H05140、JP15H01419、JP17H02219、JP16K21042、JP19002010、JP24220008、革新的先端研究開発支援事業(AMED-CREST; 日本医療研究開発機構AMED)、戦略的創造研究推進事業(CREST;科学技術振興機構JST)、戦略的国際脳科学研究推進プログラム(AMED)、革新的技術による脳機能ネットワークの全容解明プロジェクト(AMED)、新分野創成センターブレインサイエンス研究分野プロジェクト(自然科学研究機構)による支援を受けて行われました。
- サルがものを見て関連するものを思い出す際に、大脳側頭葉の神経回路が皮質層単位で切り替わることを発見。
- 図形の知覚時、想起時の神経回路の切り替えがうまくいかないとサルは正しく図形を思い出すことができない。
- 今回明らかになった記憶メカニズムは、記憶障害の精度の高い治療につながる。
【背景】
私たちは、目にしたものから関連したものを思い出すことができます。大脳の側頭葉(*1)は、「もの(物体)」に関する記憶を司る領域であり、この領域には記憶の記銘(覚える)や想起(思い出す)の際に活動する神経細胞(ニューロン)が多く存在することが知られています。しかし、これらの側頭葉ニューロン群が「ものを見た」知覚情報から記憶を想起する際にどのように協調して働くのか、背景にある神経回路やその動作原理はほとんどわかっていませんでした。そこで本研究では、それらの記憶メカニズムを明らかにすることを目的に、記憶課題を学習したサルを用いて、「ものを見て、ものを思い出す」際の側頭葉神経回路の働きについて調べました。
【内容】
まず、サルに対になった視覚図形を学習させ、ある図形を見たとき、対の図形を思い出すように訓練しました(対連合記憶課題*2)(図1左)。そして、課題遂行中のサル側頭葉の36野とTE野とよばれる二つの領域の神経活動を同時に計測しました(図1右)。
TE野の計測では、近年開発された多点リニア電極を用いることで、複数の皮質層(*3)の神経活動を同時に計測しました。そして、36野の神経活動とTE野の各皮質層の神経活動が、図形を見たときと対になった図形を思い出す際に、それぞれがどのように協調して働くかを解析しました。
その結果、36野ニューロンの神経活動の一部は、図形を見たときにはTE野の浅層とよばれる皮質層と協調的に働くことがわかりました。一方、対となる図形を思い出す際にはTE野の深層とよばれる別の皮質層と協調的に働くことがわかりました(図2)。
つまり、ものを見たときはTE野の浅層、思い出す際にはTE野の深層に神経回路を切り替えることを発見しました。また、こうした性質を示す36野ニューロンの活動は、想起する図形そのものを表象していることがわかりました。さらに、これらの神経回路の信号は、図形の知覚時、想起時ともにTE野の皮質浅層のニューロン活動に影響を与えており、この神経回路の切り替えがうまくいかないとサルは正しく図形を思い出すことができないことも明らかとなりました(図3)。
以上から、霊長類の側頭葉において、視覚知覚と記憶想起という異なる認知プロセスに依存して、皮質層レベルで異なる神経回路が働くことが明らかとなりました。これは、本研究によって初めて明らかになった事実であり、「ある神経回路は単一の認知機能を担う」という従来の学説を覆す知見と言えます。
【社会的意義および今後の展開】
今回の研究では、私たち人間を含む霊長類が、「ものを見て、ものを思い出す」際に、神経回路が大脳の皮質層レベルで柔軟に働きを切り替えている記憶メカニズムを発見しました。このメカニズムの解明は、記憶の想起に関わる大脳ネットワークの動作原理がより理解されるだけではなく、記憶障害時の側頭葉の神経回路の働きを皮質層レベルで見ることで、脳の活動をもとにしたより精度の高い治療にもつながると期待されます。
【用語解説】
*1 側頭葉: 大脳は、前頭葉、頭頂葉、側頭葉、後頭葉に分けられる。側頭葉は、脳の後方側面を占める脳領域で、視覚や聴覚などの認知機能や記憶の中枢として知られている。本研究で対象とした36野とTE野は側頭葉に含まれる。
*2 対連合記憶課題: いくつかの対となる事柄(言語や図形)をあらかじめ覚えてもらい、対の片方を提示して、もう片方を思い出してもらう記憶課題。ウエクスラー記憶検査と呼ばれる標準的な記憶障害テストで使用される。側頭葉に損傷を持つ患者は、この課題成績が低いことが知られている。
*3 複数の皮質層(大脳皮質の層構造): 大脳皮質は一般的に六層の層構造から構成される。解剖学的に、脳表面からI‐VI層に分類される。このうち、IV 層は下位の皮質からの信号を受け取る入力層であり、浅層であるI‐III層や深層であるV‐VI層と区別される。
【原著論文】
論文タイトル: Dynamic laminar rerouting of inter-areal mnemonic signal by cognitive operations in primate temporal cortex
(日本語訳:認知プロセス依存的に皮質層単位で切り替わる側頭葉の記憶領域間信号)
筆者: Masaki Takeda1,2,3※, Toshiyuki Hirabayashi3, Yusuke Adachi3, and Yasushi Miyashita2,3 (※責任著者)
著者(日本語表記):竹田真己1,2,3、平林敏行3、足立雄哉3、宮下保司2,3
所属: 1高知工科大学脳コミュニケーション研究センター、2順天堂大学医学研究科、3東京大学医学系研究科
掲載誌: Nature Communications( https://www.nature.com/ncomms/ )
DOI: 10.1038/s41467-018-07007-1
なお本研究は、科学研究費補助金(文部科学省MEXT、日本学術振興会JSPS科研費)JP16H01281、JP17K07062、JP18H04953、JP18H05140、JP15H01419、JP17H02219、JP16K21042、JP19002010、JP24220008、革新的先端研究開発支援事業(AMED-CREST; 日本医療研究開発機構AMED)、戦略的創造研究推進事業(CREST;科学技術振興機構JST)、戦略的国際脳科学研究推進プログラム(AMED)、革新的技術による脳機能ネットワークの全容解明プロジェクト(AMED)、新分野創成センターブレインサイエンス研究分野プロジェクト(自然科学研究機構)による支援を受けて行われました。
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