【江戸東京たてもの園】 特別展「小出邸と堀口捨己-1920年代の創作活動、その造形と色彩-」開催のお知らせ
時下ますますご清祥のこととお慶び申し上げます。
本年3月、当園収蔵建造物「小出邸」が東京都の有形文化財(建造物)として指定を受けたことを記念し、江戸東京たてもの園では、10月16日(水)から令和2年2月16日(日)まで、特別展「小出邸と堀口捨己-1920年代の創作活動、その造形と色彩-」を開催するはこびとなりました。
何卒PRにご協力いただきますようお願い申し上げます。
特別展「小出邸と堀口捨己-1920年代の創作活動、その造形と色彩-」
2019年(令和元)10月16日(水)~2020年(令和2)2月16日(日)
会場:江戸東京たてもの園(小金井市桜町3-7-1 都立小金井公園内)展示室
主催:東京都、公益財団法人東京都歴史文化財団 江戸東京たてもの園
小出邸は、1925年(大正14)、小出収とその妻・琴の隠居所として、現在の東京都文京区西片に建設された木造2階建の住宅です。
小出邸の設計者である堀口捨己(1895-1984)は、日本初の近代建築運動「分離派建築会」を主導し、建築における芸術的側面や美意識の重要性を生涯にわたり追及した、近代日本を代表する建築家の一人です。
堀口捨己の実質的なデビュー作である小出邸は、伝統的な素材である瓦を用いた大屋根の大胆な造形に、アムステルダム派の影響を見ることができます。また水平・垂直を意識した構成や、さまざまな色彩を取り入れた内装などに「日本的モダニズム建築」の萌芽もみられます。
本展覧会は、1920年代における分離派時代の堀口の作品や図書、図面、施工中の写真など初期の貴重な現物を展示するとともに、欧州視察の成果や帰国後に手掛けた小出邸の造形と色彩の特徴、小出邸との共通点をもつ幻の代表作である紫烟荘などを取り上げ、若き日の堀口の活動や作品についてご紹介します。
小出邸応接間
第1章 分離派建築会の結成
堀口捨己は、東京帝国大学の卒業を間際に控えた1920年(大正9)2月、日本初の近代建築運動である「分離派建築会」を結成します。これは、過去の建築様式と決別し、芸術性に重きをおいた新たな建築表現を追求しようとしたものです。
この章では分離派結成後の堀口の作品や図書を現物で展示すると共に、実践の場となった、1922年(大正11)開催の平和記念東京博覧会会場の図面、施工中の写真、絵葉書などを紹介します。
第2章 欧州視察
1923年(大正12)夏、堀口は新たな建築知識を求め欧州へ出発します。翌年の春に帰国した堀口は、特にオランダで生まれた建築家団体である「アムステルダム派」による建築を高く評価し、オランダ建築に関する書籍を執筆・出版するなど、日本にはじめてオランダの近代建築を紹介しました。
この章では堀口が視察中に撮影した建築写真をパネルで紹介するとともに、アムステルダム派の特徴について解説します。
第3章 小出邸
帰国後の1924年(大正13)9月、堀口に小出邸の設計依頼が舞い込みます。そして翌年の1925年(大正14)6月に彼のはじめての住宅作品である「小出邸」が完成しました。この住宅はオランダの造形運動の影響を受けつつも、在来の工法で和風との融合が図られています。
この章では小出邸の現状を模型や図面、写真で示し、設計図と現状の違いを比較します。また建設中や竣工写真、掲載雑誌を紹介するとともに、小出邸の特徴について解説します。
第4章 紫烟荘、双鐘居、吉川邸
小出邸竣工後、堀口は1926年(大正15)に紫烟荘、1927年(昭和2)に双鐘居、その3年後に吉川邸と3件の住宅を完成させています。ここでは堀口が分離派時代に設計に着手した3件の住宅について、小出邸との共通点を述べると共に紫烟荘を中心に図面や写真などを用いて紹介します。
小出邸玄関
関連企画
■たてもの園セミナー(全3回)
会場:ビジターセンター
講師:山﨑鯛介(東京工業大学博物館教授)ほか
参加費:有料
※日程や申込方法等の詳細は、ウェブサイトにてご案内します。
■ミュージアムトーク
日時:12月21日(土)14:30~
会場:展示室
講師:安藤亜由美(江戸東京たてもの園 技術員)
※別途入園料が必要です。
【展覧会特設ページはこちら】
https://www.tatemonoen.jp/special/2019/191016.php
特別展チラシ
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