PM2.5が引き起こす呼吸器障害メカニズムを解明
呼吸器感染重症化や慢性呼吸器疾患の予防法の確立が期待
研究成果のポイント
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大気汚染物質PM2.5※1が気道機能に障害を起こすメカニズムを解明
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PM2.5吸入による呼吸器疾患の発症・悪化の主要な原因の一つとされている「酸化ストレス」が、生体にとって有害な反応性アルデヒド※2の生成を誘導することを明らかに
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反応性アルデヒドによって粘液繊毛クリアランス※3を損なうことや、アルデヒド分解酵素ALDH1A1が損傷した繊毛機能の修復に重要であることを発見
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大気汚染への曝露※4により誘発される呼吸器感染重症化や慢性呼吸器疾患の予防法の確立が期待
概要
大阪大学 免疫学フロンティア研究センター(IFReC)の新庄記子特任研究員(常勤)、岡部泰賢特任准教授(常勤)(感染症総合教育研究拠点(CiDER)兼任)らと国立研究開発法人医薬基盤・健康・栄養研究所の研究グループは、大阪大学大学院歯学研究科、京都大学細胞-統合システム拠点(iCeMS)と共同で、大気汚染への曝露を原因とする気道障害メカニズムを明らかにしました。
私たちの生活環境に広く存在する大気汚染物質「PM2.5(微小粒子状物質)」は、呼吸を通じて体内に取り込まれると、気道に深刻な障害を引き起こすことが知られています。本研究グループはこのたび、PM2.5に含まれる多環芳香族炭化水素※5(PAHs)によって引き起こされる酸化ストレスが、生体にとって有害な反応性アルデヒドの生成を誘導することを明らかにしました。さらにこの反応性アルデヒドが、気道表面を覆う繊毛(せんもう)を選択的に障害し、重要な防御機構である粘液繊毛クリアランス(異物を排出する自浄作用)を損なうことを明らかにしました(図1)

さらに研究グループは、反応性アルデヒドを分解・無毒化する酵素であるアルデヒド分解酵素ALDH1A1が、損傷した繊毛機能の修復に重要であることを発見しました。ALDH1A1を欠損するマウスでは、PM2.5曝露後の繊毛機能の再生が著しく障害され、その結果、肺炎リスクが大きく増加することが確認されました。一方で、ALDH1A1の酵素活性を促進する低分子化合物を投与することで、PM2.5によって障害された粘液繊毛クリアランス機能の回復を早めることができることも分かりました。
今回の研究成果により、呼吸器疾患の発症予防に資する新たな予防医療戦略の構築へ繋がることが期待されます。本研究成果は、2025年5月23日に米国科学誌「Journal of Clinical Investigation」(オンライン)に掲載されました。
研究の背景
PM2.5は、石炭、ガソリン、軽油、木材などの燃焼により発生するばい煙が主な由来であり、その人為的な活動に起因する健康被害は現代社会に特有の現象です。PM2.5の被害は深刻であり、世界117ヵ国の6,475都市を対象とした調査において、97%の都市で世界保健機関(World Health Organization; WHO)の許容基準(年間平均5μg/m3以下)を上回るPM2.5が検出されました。これは、世界人口の90%以上が汚染された大気のもとで生活していることを示します。日本のコホート研究ではPM2.5が10μg/m3上昇すると呼吸器疾患による死亡が16%、肺がんによる死亡が24%上昇するとの報告があり、都市別の死亡率はPM2.5濃度に強く相関します。大気汚染への曝露を原因とする早期死者数は世界で年間900万人(日本では4万人)が推計されており、現在、地球上で最も深刻な環境的脅威の一つと言われています。
肺炎や慢性閉塞性肺疾患(COPD)などの呼吸器疾患の発症・悪化には、PM2.5への曝露が関わっています。その主要な原因の一つが「酸化ストレス」とされていますが、その分子メカニズムの詳細は十分に明らかにされていませんでした。
研究の内容
本研究では、PM2.5により引き起こされる気道組織の障害メカニズムに焦点を当てました。研究グループは、細胞膜の構成成分であるリン脂質に含まれる多価不飽和脂肪酸(PUFAs)が酸化されることで、4-ヒドロキシ-2-ノネナール(4-HNE)やアクロレイン、マロンジアルデヒド(MDA)といった有害な「反応性アルデヒド」が生成されることに着目しました。実際に、マウスにPM2.5を曝露させると、これらのアルデヒドが気道内で生成されることが確認されました。
気道の内側は、直径約0.1~0.2マイクロメートル、長さ約4~7マイクロメートルの「気道繊毛」で覆われています。気道繊毛は、粘液とともに異物を体外へ排出する「粘液繊毛クリアランス」に重要な役割を果たしています(図2)。繊毛の中心構造(アクソネーム)は微小管の束からなり、その安定性はα-チューブリンというタンパク質の特定部位(Lys40)のアセチル化によって保たれています。しかし、反応性アルデヒドはこの部位に化学的に結合してアセチル化を妨げ、繊毛構造を不安定化させることが明らかになりました。

次に研究グループは、アルデヒドに対する生体内の防御メカニズムに注目しました。マウスやヒトの体内には、有害なアルデヒドを無害化する「アルデヒド分解酵素(ALDH)」ファミリーが存在します。
その中でもALDH1A1というアルデヒド分解酵素が、特に気道上皮で発現していることを見出しました。ALDH1A1を欠損したマウスでは、アルデヒドを分解できず、気道繊毛の再生が著しく障害されることを明らかにしました。これにより、粘液繊毛クリアランス機能が低下し、肺炎などの感染症にかかりやすくなることが示されました(図3)。
さらに研究グループは、ALDH1A1の機能を人為的に操作することで気道機能を改善できるかを検討しました。その結果、ALDH1A1の酵素活性を高める低分子化合物Alda-1を投与することで、損傷を受けた気道繊毛の再生が促進され、粘液繊毛クリアランス機能の回復が加速することが明らかとなりました。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
日本においては、肺炎が死因の第4位、慢性閉塞性肺疾患(COPD)が第9位を占めるなど、呼吸器疾患は依然として主要な死因の一つです。これらの疾患を予防し、効果的な治療法を確立することは、健康寿命の延伸や医療費の抑制に直結する、極めて重要な課題です。近年の研究により、大気汚染への曝露がこれら呼吸器疾患の発症や重症化と密接に関係していることが明らかになってきました。本研究による知見は、大気汚染曝露に起因する呼吸器疾患のメカニズム解明に貢献するものであり、今後の予防法・治療法の開発に向けた重要な基盤となることが期待されます。
特記事項
本研究成果は、2025年5月23日に米国科学誌「Journal of Clinical Investigation」(オンライン)に掲載されました。
タイトル:“Aldehyde metabolism governs resilience of mucociliary clearance to air pollution exposure”
著者名:Noriko Shinjyo1,2, Haruna Kimura1, Tomomi Yoshihara1, Jun Suzuki3,4,5,6, Masaya Yamaguchi7, Shigetada Kawabata8,9, and Yasutaka Okabe1,9* (*責任著者)
DOI: https://doi.org/10.1172/JCI191276.
所属:
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大阪大学免疫学フロンティア研究センター(IFReC) 恒常性免疫学
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長崎大学熱帯医学・グローバルヘルス研究科
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京都大学物質-細胞統合システム拠点(iCeMS)
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京都大学大学院生命科学研究科
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Center for Integrated Biosystems, Institute of Biomedical Sciences, Academia Sinica(台湾)
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戦略的創造研究推進事業(CREST)
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国立研究開発法人医薬基盤・健康・栄養研究所
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大阪大学大学院歯学研究科
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大阪大学感染症総合教育研究拠点(CiDER)
なお、本研究は、日本学術振興会科学研究費助成事業の支援により行われました。
用語説明
※1 PM2.5 (Particulate Matter ≤2.5 µm) PM2.5 (Particulate Matter ≤2.5 µm)
粒径2.5µm(2.5mmの千分の1)以下の粒子状物質で、主な大気汚染物質の一つ。非常に小さいため吸い込んでしまうと肺の奥深くまで入りやすく、呼吸器系への影響に加え、循環器系への影響が心配されています。
※2 反応性アルデヒド
分子内にホルミル基(-CHO)を有する有機化合物の総称。多くの生物にとって有害で、ホルミル基が生体高分子と反応を起こし、架橋反応に進みます。
※3 粘液繊毛クリアランス
気道内腔を覆う繊毛の協調運動によって粘液を咽頭方向へ移動させ、吸入された異物や病原体を効率的に排除する自浄作用。気道の主要な生体防御メカニズムの一つです。
※4 曝露
医療や環境科学の分野で、化学物質、放射線、微生物など、体に有害な物質や環境にさらされることを指します
※5 多環芳香族炭化水素(Polycyclic aromatic hydrocarbons; PAHs)
二つ以上のベンゼン環が縮合した炭化水素の総称で、主に有機物の不完全燃焼や熱分解によって生成され、高い毒性を有します。

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