表現の境界を越えて。ミッキー・カーチス、87歳の現在地。

2025年11月9日、ミッキー・カーチスの個展レセプションがY2 STUDIOで開かれた。初台駅から徒歩5分。代々木の静かな住宅街にあるマンションの一室の扉を開けると、そこには夢のようにカラフルで、愛に満ちた空間が広がっていた。
壁一面を覆う色面と線は、まるで音楽のように弾み、来場者のざわめきに混じって躍動的に脈打っている。
会場には、好物のコーラを片手に来場者と笑顔で言葉を交わすミッキー・カーチスの姿があった。
日本でまだ“ロック”という言葉が浸透していなかった1950年代、彼はロカビリーという初期ロックンロールのスタイルを日本に紹介し、一躍時代のアイコンとなった。
以降、俳優、レーサー、落語家と、あらゆる表現の境界を軽やかに越えてきた。絵筆を手にしたのは77歳。
ロカビリーで時代を駆け抜けた彼は、いまもなお表現者として進化を続けている。そんな彼の発想の奥行きは、覗き込んでも底が見えることはない。
そして、その一部の「極めてハッピーな断片」が、今回の展示の160点超の絵画として立ち上がっている。
驚くべきことに、これは彼の全作品のわずか3分の1にすぎないのだという。
代表的なシリーズは、動物たちの顔を正面からポップに描いたものだ。動物たちの表情には無邪気さと誇りが同居し、見る者をまっすぐに見つめ返してくる。色彩は鮮烈なのに、どこか温かい。線の運びに、長年のステージ経験で磨かれた呼吸のリズムが感じられる。これまで観客と呼応してきた時間が、筆先の動きにも宿っているのではないだろうか。
また印象的なのは、タイでの暮らしの記憶が、穏やかなリズムとして溶け込んでいる作品群だ。描かれているのは特定の風景ではないが、南国の湿った空気や陽射しの残像のようなものが、絵の中にほのかに息づいている。
その世界はどこかノスタルジックで、同時にサイケデリックな揺らぎを帯びている。懐かしさと高揚が混ざり合い、見る者に記憶と夢のあわいを漂う感覚を与える。
合わせて、彼ならではの発想から生まれたユニークな作品にも注目したい。入院中に自らの胸に貼られていた心電図のパッチを用いた作品や、手術の麻酔中に見えたという朧げな景色を描いた絵、また戦時中の記憶を描いた絵など、体験そのものを軽やかにアートへと昇華している。生と死の境界さえも、彼にとってはひとつの表現の材料なのだろう。
来場者は幅広い。懐かしそうに作品を見上げる年配のファンもいれば、家族連れが絵本を見るように楽しむ姿もあった。誰もが作品の前で少しだけ立ち止まり、笑顔になる。その幸福感が、この展示の本質を物語っていた。
坂井直樹氏は自身のコラム『ミッキー・カーチスという風』で、彼の生き様をこう綴っている。
「老いるのも、練習だよ。まだ下手だけどね」
その言葉に、僕は何度救われたかわからない。
老いを恐れず、絵筆で生を鳴らすその姿は、まるで“静かなロカビリー”だ。
ステージの代わりにキャンバスの前に立ち、音のかわりに色を響かせる。表現の形を変えながら、彼は今もロックを続けている。しかしその筆跡には、あの時代の轟音が確かに宿っている。
ジャンルを越えて積み重ねてきた人生の軌跡が、そのまま絵となり、見る者の心を優しく包み込む。会場を出ると、コーラの炭酸の余韻のように、小さな幸福感が喉に残った。
そしてふと気づく。これは彼のキャリアの集大成ではなく、87歳のミッキー・カーチスが、いまも鳴らし続けている「ロックの魂」なのだと。ぜひ足を運んで、この幸福なエネルギーに包まれてほしい。
ハッピーペインター ミッキー・カーチス アート展
会期:2025年11月7日(金)〜11月17日(月)
時間:12:00〜19:00(会期中無休)
会場:Y2 STUDIO
東京都渋谷区代々木4-28-8 代々木村田マンション501
(京王新線「初台駅」より徒歩5分)
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