E-アルケンから合成困難なZ-アルケンを高効率かつ高純度で合成 ~リサイクルフォトリアクターで(Z)-体のみを連続的に増やして回収~
【研究の要旨とポイント】
リサイクルフォトリアクターを用いて、E-シンナムアミドを光異性化することでZ-シンナムアミドを高収率かつ高純度で得ることに成功しました。
ワインレブアミドに関しても、光異性化により(Z)-体のみを増やして回収できることを実証しました。
本研究をさらに発展させることにより、医薬品合成、有機合成、高分子合成など広範な分野での応用が期待されます。
【研究の概要】
東京理科大学 薬学部薬学科の高橋 秀依教授、中村 佳代助教、同大学大学院 薬学研究科薬科学専攻の須賀 真悠子氏(2024年度 博士課程1年)、薬学研究科薬科学専攻の福島 咲季氏(2024年度 修士課程2年)らの研究グループは、リサイクルフォトリアクターを用いたE-シンナムアミドの光異性化により、合成困難なZ-シンナムアミドを高収率かつ高純度で得ることに成功しました。また、2種類のワインレブアミドに関しても同様の光異性化を行い、高純度な(Z)-体が得られることを明らかにしました。
アルケンは分子内の二重結合が高い反応性を持ち、有機合成の基礎原料として非常に重要な役割を果たしています。さまざまな化学品の合成をはじめ、燃料、界面活性剤、高分子など多くの分野で利用されています。アルケンの二置換体では、置換基の立体的な配置の違いから安価で入手容易な(E)-体(トランス体)と高価で入手困難な(Z)-体(シス体)という2つの幾何異性体(シス-トランス異性体)が存在します。一般的に、(E)-体に特定の波長の光を照射することで (Z)-体に変化すること(光異性化反応)が知られています。そこで本研究グループは、過去に開発したリサイクルフォトリアクターによる光異性化を活用すれば、(E)-体から(Z)-体を容易につくれるのではないかと着想し、本研究に取り組んできました。
はじめに、最適な光異性化条件の検討を行い、最も反応効率の良かったチオキサントン誘導体を光増感剤として使用しました。E-シンナムアミドをリサイクルフォトリアクターに導入し、405 nmの波長の光を照射して繰り返し光異性化を行うと、6サイクル目には目的のZ-シンナムアミドを収率80%(Z/E = 99 : 1)で得られることがわかりました。また、シンナムアミドと類似した構造を有する2種類のワインレブアミドに関しても同様の検討を行いました。その結果、一方の化合物は9サイクル目に収率64%(Z/E = >99 : 1)で、他方の化合物は10サイクル目に収率68%(Z/E = >99 : 1)で(Z)-体が得られることがわかりました。本システムを適用することで、所望のZ-アルケンを連続的に高収率で得ることができます。
本研究をさらに発展させることで、有機化学、高分子化学、医薬品化学などさまざまな分野での進展が期待されます。
本研究成果は、2024年6月5日に国際学術誌「Journal of Organic Chemistry」にオンライン掲載されました。
※PR TIMESのシステムでは上付き・下付き文字や特殊文字等を使用できないため、正式な表記と異なる場合がございますのでご留意ください。正式な表記は、東京理科大学WEBページ(https://www.tus.ac.jp/today/archive/20240724_7326.html)をご参照ください。
図 アルケンの光異性化反応とリサイクルフォトリアクターによるZ-アルケンの合成法
【研究の背景】
アルケンの二置換体にはそれらの立体的な配置の違いから、(E)-体(トランス体)と(Z)-体(シス体)という2つの幾何異性体(シス-トランス異性体)が存在します。これらは物性も大きく異なることから、片方の異性体のみを高純度で得る手法が切望されています。また、アルケンはさまざまな化合物のビルディングブロックとしても有用な物質であり、特に熱的な反応だけでは合成しにくいZ-アルケンを優先的に得ることができれば、有機合成などさまざまな分野の進展に大きく貢献することが期待されます。
2023年5月、本研究グループは自ら開発したリサイクルフォトリアクターを用いて、キラルなスルホキシドを高効率かつ高純度で合成したことを報告しています(※1)。今回、その第二弾として、E-アルケンの光異性化により、従来法では合成しにくいZ-アルケンを合成する手法の確立を目指して研究を進めてきました。
(※1) 東京理科大学プレスリリース(2023年6月6日オンライン掲載)
『逆転の発想で、無駄なく目的のキラル化合物だけを増やして回収する ~キラル化合物を高収率で選択的に合成する新たなリサイクルフォトリアクターを開発~』
https://www.tus.ac.jp/today/archive/20230606_5671.html
【研究結果の詳細】
はじめに、リサイクルフォトリアクターの最適化を行いました。本システムは光反応部を(E)-体と(Z)-体分離用のリサイクルHPLC(高速液体クロマトグラフィー)装置に組み込んだものです。光反応部には固相光増感剤とガラスビーズを詰めたカラムとLED照明が設置されています。固相光増感剤については、本研究の中で最も高い触媒効率を示したチオキサントン誘導体を使用しました。
次に、シンナムアミドの光異性化を調べました。チオキサントン誘導体の存在下で、E-シンナムアミドの10 mM溶液に405 nmの波長の光を15分間照射し、光異性化反応の進行をHPLCで確認しました。このとき、(Z)-体:(E)-体 = 約60 : 40となり、平衡状態に達したことが確認されました。さらに、10 mgの(E)-体をリサイクルフォトリアクターに注入し、4.7 mL/分の速度で流しながら光異性化反応を行いました。その結果、シンナムアミドの(Z)-体 : (E)-体の比は25 : 75となりました。ここで目的の(Z)-体のみを回収して、不要な(E)-体をリサイクルして再度光反応部に導入しました。光照射後、異性化して増加した(Z)-体を再びHPLCで分離し、未反応の(E)-体を次の異性化サイクルに使用しました。3~6回目のサイクルで得られた(Z)-体:(E)-体の比はそれぞれ34:66、37:63、40:60、43:57となり、後半のサイクルになるにつれて、(Z)-体が徐々に増加する傾向にあることがわかりました。これは、(E)-体の量が少なくなり、光異性化がより速く進行したためと考えられます。6サイクルにわたって蓄積された(Z)-体の収率は80%(Z/E = 99 : 1)でした。
同様に、シンナムアミドと類似した構造を有する2種類のワインレブアミドについても検討を行いました。それぞれの(E)-体10 mgをリサイクルフォトリアクターに注入して繰り返し光異性化を行った結果、一方の化合物は9サイクル後に収率64%(Z/E = >99 : 1)、他方の化合物は10サイクル後に収率68%(Z/E = >99 : 1)で高純度の(Z)-体を得ることができました。
本システムを使用して繰り返し光異性化反応を行うことで、E-アルケンをZ-アルケンに変換して純度を高めていくことが可能です。アルケンはさまざまな化合物を合成する上での原料として非常に重要な物質であり、医薬品や高分子をはじめとしたさまざまな分野での利用が期待されます。
今回の研究成果について、研究を主導した高橋教授は、「私たちが開発したリサイクルフォトリアクターでは、熱反応では合成しにくい化合物を『コロンブスの卵』のような発想で立体選択的に効率よく得ることができます。精密な合成を必要とする医薬品や化成品の製造に役立つと考えています」と、今後の研究の発展に期待を寄せています。
※本研究は、科学技術振興機構(JST)の研究成果最適展開支援プログラムA-STEP(JPMJTR213B)による支援を受けて実施されました。
【論文情報】
雑誌名:Journal of Organic Chemistry
論文タイトル:Isomerization of E-Cinnamamides into Z-Cinnamamides Using a Recycling Photoreactor
著者:Mayuko Suga, Saki Fukushima, Kosho Makino, Kayo Nakamura, Hidetsugu Tabata, Tetsuya Oshitari, Hideaki Natsugari, Noritaka Kuroda, Kunio Kanemaru, Yuji Oda, and Hideyo Takahashi
DOI:10.1021/acs.joc.4c00721
URL:https://doi.org/10.1021/acs.joc.4c00721
【発表者】
須賀 真悠子 東京理科大学大学院 薬学研究科 薬科学専攻 2024年度 博士課程1年
福島 咲季 東京理科大学大学院 薬学研究科 薬科学専攻 2024年度 修士課程2年
中村 佳代 東京理科大学 薬学部 薬学科 助教
黒田 典孝 株式会社 ワイエムシィ 小松工場 業務部 執行役員
金丸 国夫 岩崎電気株式会社 新技術開発部 第一技術開発課
小田 祐司 岩崎電気株式会社 新技術開発部 第一技術開発課
高橋 秀依 東京理科大学 薬学部 薬学科 教授
【研究に関する問い合わせ先】
東京理科大学 薬学部 薬学科 教授
高橋 秀依(たかはし ひでよ)
E-mail:hide-tak【@】rs.tus.ac.jp
株式会社 ワイエムシィ
黒田 典孝(くろだ のりたか)
Email:n-kuroda【@】ymc.co.jp
【報道・広報に関する問い合わせ先】
東京理科大学 経営企画部 広報課
TEL:03-5228-8107 FAX:03-3260-5823
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