オメガ3脂肪酸などの迅速精密合成法の開発と 新しい抗炎症性脂肪酸の発見
ペプチドのように効率的・精密に多価不飽和脂肪酸を合成し、機能性脂肪酸を発見
発表のポイント
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さまざまな生命機能や抗炎症効果を有する多価不飽和脂肪酸の完全固相合成を世界で初めて達成し、ペプチドや核酸のようにオメガ3脂肪酸などを合成できる技術を開発しました。
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開発した合成技術を用いて、新しい抗炎症性脂肪酸を発見しました。
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今後、本合成技術が、脂質が関連する生命機能や疾患メカニズムの解明、ペプチド・核酸創薬に続く「脂質創薬」の発展へ貢献することが期待されます。

概要
東京大学大学院工学系研究科の齋藤雄太朗助教、秋田真悠子大学院生(研究当時)、山東信介教授らの研究グループは、同大学大学院薬学系研究科の青木淳賢教授ら、医薬基盤・健康・栄養研究所ヘルス・メディカル微生物研究センターの國澤純センター長らとの共同研究によって、多価不飽和脂肪酸(注1)の完全固相合成法(注2)を開発し、開発した技術を用いて新しい抗炎症性脂肪酸を発見しました(図1)。
ドコサヘキサエン酸(DHA)などのオメガ3脂肪酸に代表される多価不飽和脂肪酸は、さまざまな生命機能や疾患抑制効果をもち、注目されている生体分子群です。しかし、これまで多価不飽和脂肪酸を化学合成するには、高度な合成技術や多大な手間と時間が必要となり、研究や創薬応用のボトルネックとなっていました。
本研究では、ペプチドや核酸の汎用的合成法である固相合成法を用いて、迅速かつ精密に多価不飽和脂肪酸を合成する技術を開発しました。多価不飽和脂肪酸の完全固相合成が達成されたのは本研究が世界で初めてであり、この研究成果は今後、多価不飽和脂肪酸が関連する生命機能や疾患メカニズムの解明、データ駆動型生命科学研究の推進、脂質創薬の発展に役立つことが期待されます。
本研究成果は2025年6月25日付でシュプリンガー・ネイチャー社が出版する科学誌「Nature Chemistry」のオンライン版に掲載されます。

発表内容
〈多価不飽和脂肪酸に係るこれまでの課題〉
ドコサヘキサエン酸(DHA)やエイコサペンタエン酸(EPA)、アラキドン酸(ARA)に代表される多価不飽和脂肪酸は、生体内でさまざまな機能を担う重要な生体分子群です。近年、分析技術の発達によって生体内には多種多様な多価不飽和脂肪酸が存在することが明らかになり、生命機能や疾患との関連が注目されています。それぞれの多価不飽和脂肪酸の性質や機能を明らかにするには、化学合成によって目的の多価不飽和脂肪酸や構造の類似する分子を入手し、調査する必要があります。しかし、従来の化学合成には高度な技術と多大な手間や時間が必要であったため、多価不飽和脂肪酸を効率的かつ精密に合成できる手法の開発が望まれていました。
〈今回の発見の意義〉
この度、本研究チームはペプチドや核酸などの生体分子の汎用的な化学合成法である固相合成法に着想を得て、世界で初めて多価不飽和脂肪酸の完全固相合成法を開発しました。固相合成法は、一般的な有機合成手法である液相合成法(注3)とは異なり、反応・精製操作が迅速かつ簡便であり、多種多様な分子を一挙に合成する並列合成に長けた手法です。元々はペプチドの合成法として開発され、その後、核酸や糖鎖の合成にも応用されており、その有用性から1984年にノーベル化学賞が授与されています。現在では、ペプチドや核酸の自動合成に展開されて実験室レベル・産業レベルで広く実用化されています。一方、固相合成法が得意とするのは、ペプチドや核酸のように、共通の分子構造(モノマー)が規則的に連続している高分子(オリゴマーまたはポリマー)であり、このような分子形態ではない多価不飽和脂肪酸では、完全固相合成法による合成は実現されていませんでした。従来の合成法では1種類の多価不飽和脂肪酸を合成するために数週間〜数ヶ月が必要でしたが、今回開発された手法によって複数種類の多価不飽和脂肪酸を同時に数時間〜数日で合成することが可能になりました。
〈新たな機能性脂肪酸の発見〉
さらに、本研究チームは開発した合成法を用いて、全く新しいものを含む18種類の多価不飽和脂肪酸を人工的に合成し、その中から抗炎症効果をもつ新しい脂肪酸『Antiefin』を発見しました。國澤センター長らのグループは、先行研究として、亜麻仁油の主成分であるα-リノレン酸が生体内でEPAを経て産生される17,18-EpETE(注4)が抗炎症効果を示すことを見出していましたが、17,18-EpETEは生体内で容易に代謝を受け抗炎症効果を失ってしまうことが社会実装を行う上での課題となっていました。今回発見した脂肪酸『Antiefin』は、細胞実験において17,18-EpETEよりも低い濃度でも抗炎症効果を示し、接触皮膚炎モデルマウスを用いた動物実験では、わずか10 ng(注5)を2回皮膚に塗布するだけで炎症を抑制することが分かりました。
〈今後の展望〉
本研究によって開発された固相合成法は、簡便かつ効率的に多種多様な多価不飽和脂肪酸を合成できることから、自動化や大規模データを用いたデータ駆動型生命科学研究への応用が期待され、現在創薬分野において興隆を極めているペプチド創薬や核酸創薬に続いて、脂質創薬の展開を後押しするような社会への波及効果と、脂質科学研究の発展に寄与する可能性を秘めています。
発表者・研究者等情報
東京大学
大学院工学系研究科
齋藤 雄太朗 助教
秋田 真悠子 研究当時:博士課程(日本学術振興会特別研究員DC1)
佐野 友亮 研究当時:修士課程
森本 淳平 准教授
山東 信介 教授
大学院薬学系研究科
上水 明治 研究当時:特任研究員
青木 淳賢 教授
医薬基盤・健康・栄養研究所 ヘルス・メディカル微生物研究センター
雑賀 あずさ 研究当時:研究員
堀田 将志 研究員
長竹 貴広 研究当時:主任研究員
現:明治大学農学部 専任准教授
國澤 純 センター長
論文情報
雑誌名:Nature Chemistry
題名:Expedited access to polyunsaturated fatty acids and biofunctional analogs by full solid-phase synthesis
著者名:Yutaro Saito*, Mayuko Akita, Azusa Saika, Yusuke Sano, Masashi Hotta, Jumpei Morimoto, Akiharu Uwamizu, Junken Aoki, Takahiro Nagatake, Jun Kunisawa*, Shinsuke Sando*
DOI:10.1038/s41557-025-01853-5
URL:https://www.nature.com/articles/s41557-025-01853-5
注意事項(解禁情報)
日本時間6月25日18時(英国夏時間:25日午前10時)以前の公表は禁じられています。
研究助成
本研究は、科研費「若手研究(課題番号:JP22K14780)」、「特別研究員奨励費(課題番号:JP22KJ1101)」、AMED-SCARDA「ワクチン・新規モダリティ研究開発事業(課題番号: JP233fa727001)」、豊田理研スカラー制度、みずほ学術振興財団工学研究助成、有機合成化学協会コニカミノルタ研究企画賞、JST「CREST(課題番号:JPMJCR21N5)」の支援により実施されました。
用語解説
(注1)多価不飽和脂肪酸
長鎖脂肪酸の中には、不飽和結合をもたない飽和脂肪酸、不飽和結合を一つだけもつ一価不飽和脂肪酸、複数の不飽和結合をもつ多価不飽和脂肪酸があります。ドコサヘキサエン酸(DHA)やエイコサペンタエン酸(EPA)、アラキドン酸(ARA)などが代表的な多価不飽和脂肪酸であり、化学構造によってオメガ3脂肪酸やオメガ6脂肪酸と呼称されることもあります。なお、多価不飽和脂肪酸の中にも化学構造の違いに応じてさまざまなカテゴリーが存在しますが、本研究では最も一般的な多価不飽和脂肪酸である、Z-オレフィンとメチレン基が連続したメチレン中断型構造の多価不飽和脂肪酸を扱っています。(※より簡単な例として、飽和脂肪酸はバターや牛脂など常温では固形になる油、不飽和脂肪酸はごま油やオリーブオイルなど常温では液状の油をイメージしてみてください。よく健康を取り扱うテレビ番組等で触れられるのは、後者の不飽和脂肪酸で、魚由来のDHA等を聞かれたこともあるかと思います。)
(注2)(完全)固相合成法
ポリスチレンなどの素材でできた直径50〜200 µm程度のビーズに出発原料となる分子を連結させ、ビーズ上で化学反応を起こして目的分子を構築していく手法です。一般的な有機合成(液相合成)とは異なり、反応・精製の操作が簡便であり、多種多様な分子を一挙に合成する並列合成に長けています。ペプチドの合成法として開発され、その後、核酸や糖鎖の合成法として応用されており、1984年にノーベル化学賞が授与されています。現在ではペプチドや核酸を合成する最も汎用的な手法となっています。先行研究として、固相合成法と液相合成法を組み合わせた合成法がすでに報告されていたため、本研究では先行研究を「“部分的”固相合成」とし、出発原料から目的生成物まで一貫して固相合成する方法を「“完全”固相合成」としています。
(注3)液相合成法
有機溶媒中に反応試薬を溶解させ、フラスコなどの中で撹拌や加熱を行って化学反応を起こし、目的の化合物を合成する手法です。最も一般的な有機合成手法で、多くの場合、液相合成法が用いられています。
(注4)17,18-EpETE(17,18-エポキシエイコサテトラエン酸)
エイコサペンタエン酸(EPA)から生成する代謝物であり、抗炎症効果を示します。本研究グループに含まれる國澤センター長らのチームは、先行研究として、亜麻仁油の主成分であるα-リノレン酸が生体内でEPAを経由して17,18-EpETEに変換され、抗炎症効果や抗アレルギー効果を示すことを見出していました。
(注5)ng(ナノグラム)
1 ngは10億分の1 gです。

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