歯みがき行動は歯の健康に寄与するだけではなく、自律神経に影響を与え、前向きな心理状態に変化させることを確認
■研究の背景
当社は、口から全身の健康とQOL向上を支えるオーラルヘルス実現に向けて、人々の前向きな習慣づくりに取り組んでいます。
口腔は、髪の毛1本でも異物と感じるように、感覚が非常に鋭敏な部位の一つです。また、大脳皮質の中で感覚をつかさどる領域の約30%が、口腔の感覚に関わっているとも言われており(※1)(※2)、近年では、食物を噛むことや歯茎への触覚刺激が、自律神経に影響することが示唆されています(※3)(※4)。
これを受け、口腔内への触覚刺激を生じさせる動作である「歯みがき(ブラッシング)行動」も、自律神経に影響を与え、心身を調節する可能性があるのではないかと考えました。そこで、ブラッシングによる触覚刺激が自律神経活動および心理状態に与える影響を検証しました。
図1 仮説の概略図(ブラッシングによる触覚刺激が自律神経および心理状態に与える影響)
(※1)Penfield W., Boldrey E. Somatic motor and sensory representation in the cerebral cortex of man as studied by electrical stimulation. Brain 60, 389-443 (1937).
(※2)Y. Tamura et al., Oral structure representation in human somatosensory cortex. NeuroImage 43, 128-135 (2008).
(※3)Y. Hasegawa et al., Circulatory response and autonomic nervous activity during gum chewing. Eur J Oral Sci. 117, 470-473 (2009).
(※4)K. Ichinose et al., Decreased Frequency of Mental Workload-Induced Subjective Hot Flashes Through Gum Massage: An Open-Label,Self-Controlled Crossover Trial. Women’s Health Reports 3, 1, 335-343 (2022).
■研究方法
20~40歳代の成人20名(男性9名、女性11名)を対象とし、ハミガキをつけずに5分間ブラッシングした際の自律神経と心理状態(気分)に与える影響を、ブラッシング前後で比較しました。自律神経活動の指標として、ウェアラブル心拍センサーを用いて、交感神経活動の指標であるLF/HF値を測定しました。心理状態の指標として、TDMS-ST(二次元気分尺度:8項目の質問に回答し、安定度・活性度・快適度・覚醒度の4種類の心理状態を計測)を用いました。
■結果
<自律神経活動>
心拍測定の結果、ブラッシング前と比較して、ブラッシング後では、LF/HF値が有意に減少し(p<0.05)(図2)、交感神経活動が低減したことがわかりました。
図2 自律神経活動の測定結果
<心理状態>
TDMS-ST法による評価の結果、ブラッシング前と比較して、後では活性度、快適度、覚醒度が有意に増加しました(p<0.05)(図3)。ブラッシングによって、活気があり、快適な心理状態へと変化したことが示されました。
図3 心理状態(TDMS-ST)の評価結果
以上の結果より、歯みがき(ブラッシング)行動は自律神経活動を整え、前向きな心理状態へと変化させることから、心身をリフレッシュする効果があることが考えられました。
本研究結果については、下記の通り発表しました。
■研究結果について
杏林大学名誉教授・医学博士・精神科医
古賀 良彦
プロフィール
東京都出身、慶應義塾大学医学部卒業
杏林大学名誉教授・医学博士・精神科医
うつ病や認知症をはじめとする精神疾患や睡眠障害の治療・臨床研究に長年にわたり従事。また、脳波や脳機能画像を用い、香りや食品が脳機能に与える効果についての研究も推進している。
日本臨床神経生理学会名誉会員、日本催眠学会名誉理事長
著書は『睡眠と脳の科学』(祥伝社)『ねこの間違いさがし』(文響社)など多数。
研究に関するコメント
この研究は歯みがき(ブラッシング)行動のリフレッシュ効果を心理検査、自律神経活動測定により検討したものです。その結果、ブラッシングによって交感神経活動が低減することと関連して、活性度や快適度、覚醒度が上昇するという結果が得られました。これまでブラッシングによって心地よさがもたらされることは経験的には知られていました。しかし、今回のようにストレス対処としての有用性を、生理心理学的側面から多次元的に明らかにした研究は他に例がありません。
従来、ブラッシングは口腔衛生目的で朝と晩に行うことが習慣とされることが多かったと思います。今回の結果は、例えば、昼食後にもブラッシングを行えば、自律神経のバランスが整って、午前中の生活によって生じたストレスが緩和され、仕事のパフォーマンス(生産性)が向上する可能性があることを示唆するものです。このように、歯みがき行動は、既存の口腔ケア目的に留まらない、心身を整える新たな習慣として、ウェルビーイング(well-being)の実現に貢献できると考えられます。
■今後の予定
当社は、オーラルヘルス領域の基本的考え方に基づく全ての企業活動を「LIONオーラルヘルスイニシアチブ(※5)」として順次展開しております。本研究は、この一環として実施しており、今後もお口を起点とした人々の健康増進への貢献を目指してまいります。
(※5)当社の中長期経営戦略フレーム「Vision2030」実現に向けたオーラルヘルス領域活動の総称
概要は、2022年8月8日発表資料(https://doc.lion.co.jp/uploads/tmg_block_page_image/file/8251/20220808a.pdf)
■参考情報
<おくちプラスユー>
当社では、企業の従業員を始めとした法人向けに、唾液検査やセミナーなどを通じてオーラルケアの習慣づくりを支援するサービスを提供しています。歯みがき行動が口腔健康の実現に留まらず、心身のリフレッシュや作業パフォーマンスの向上につながる可能性があることを踏まえ、働く人々における歯みがき回数の増加などを支援してまいります。
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