健康で正常体重の日本人男性でも脂肪組織に障害
~太っていなくても生活習慣病になりやすいメカニズムの解明へ~
順天堂大学大学院医学研究科 代謝内分泌内科学・スポートロジーセンターの田村好史准教授、河盛隆造特任教授、綿田裕孝教授らの研究グループは、非肥満者で健康な人50名以上を対象に世界でも前例のない規模で調査を実施し、健康で正常体重の日本人男性の中にも、脂肪組織の貯蔵能力が低下していて、軽度の代謝異常になる人がいることを世界で初めて明らかにしました。我が国をはじめアジア人では、太っていなくても生活習慣病(代謝異常)になる人が極めて多く、その原因は現在まで十分に解明されていませんでした。本成果は非肥満者の代謝異常予防を目指す上で、健康な人でも脂肪の貯蔵能力に着目した新たな取り組みが必要であることを示唆しており、我が国の予防医学を推進する上でも、極めて有益な情報であると考えられます。本研究は米国内分泌学会雑誌「Journal of Clinical Endocrinology and Metabolism」のオンライン版(2019月分年1月23日付)で公開されました。
【本研究成果のポイント】
【背景】
肥満状態の人は、糖尿病やメタボリックシンドロームといった生活習慣病(代謝異常)になり易いことが知られています。そのメカニズムとして、肥満者では脂質を貯蔵する脂肪細胞が容量オーバーとなり、遊離脂肪酸*1として溢れ出し(リピッドスピルオーバー)、肝臓や骨格筋に蓄積(異所性脂肪*2 :脂肪肝、脂肪筋)されることで、糖尿病やメタボリックシンドロームの根本的な病態であるインスリン抵抗性*3が生じるという機序が考えられています。しかし、生活習慣病になるアジア人の多くは非肥満(体格指数*4(BMI) 25kg/平方メートル未満)です。この原因として、欧米人などと比較しアジア人では皮下脂肪に脂肪を十分に貯蔵できず、容易にリピッドスピルオーバーが生じることが示唆されてきましたが、そのような状態がいつからどのように生じているかは明らかになっていませんでした。そこで本研究では、非肥満の健康な日本人男性における脂肪組織の機能とその意義を明らかにするための調査を行いました。
【内容】
研究グループはBMIが正常範囲内(21~25 kg/平方メートル)で心血管代謝リスク因子*5(高血糖、脂質異常症、高血圧のいずれか)を持っていない健康な日本人(52名)を対象に全身の代謝状態や脂肪分布に関する調査を行いました。具体的には脂肪及び肝臓、骨格筋のインスリン抵抗性(インスリン感受性が低下している状態)を、2-ステップ高インスリン正常血糖クランプ法*6で測定しました。一人の計測に大よそ10時間程度を要する大変な検査のため、今回のように非肥満者で健康な人を対象に50名を超える規模で行ったのは世界でも本研究グループ以外に前例がありません。リピッドスピルオーバーの指標として、インスリンにより血液中の遊離脂肪酸濃度がどれくらい低下するかを評価しました。一般的に健康な人ではインスリンにより血液中の遊離脂肪酸の濃度は急激に低下します。しかし、リピッドスピルオーバーを来している肥満者では、脂肪酸放出の抑制が効かず、血中遊離脂肪酸濃度があまり低下しません。
今回の調査の結果、非肥満で健康な方の中でも、肥満者と同様に、血中遊離脂肪酸が低下しにくい(脂肪組織インスリン感受性が低下している)人がいることが明らかとなりました。そこで、どのような人が脂肪組織インスリン感受性が低下しているかを検証するために感受性が高い人と低い人(図1:高い人を青線、低い人を赤線)の2群に分けその特徴を比較しました。
【今後の展開】
脂肪組織インスリン感受性が低下した人の特徴の一つに、体脂肪率の軽度増加(22.1%)があり、正常体重の健康な男性でも軽度の体脂肪の増加により脂肪貯蔵能力を越えてしまう可能性が考えられました。これ以外にも、運動不足や体力レベルの低下が脂肪組織インスリン感受性低下と関連していました。これらのことから、体重が正常であっても体脂肪率に注意して健康管理に当たるとともに、現在ガイドラインでも示されている通り、普段歩く量(生活活動量)を増やしたり、体力が向上するような活動(ジョギングなど)にも取り組むことが有用と考えられます。ただし、これらの因果関係の詳細は不明な部分もあるため、今後は介入研究を通した検証が必要です。
また、体脂肪率増加に加えて、今まで考慮されてこなかった軽度の中性脂肪の増加やHDLコレステロールの低下は脂肪組織インスリン抵抗性を知る簡便なマーカーとして有用と考えられ、今後、健康診断をはじめとした予防医学での活用が期待されます。
【用語解説】
*1 遊離脂肪酸
人の体では、脂肪は主に中性脂肪として皮下脂肪や内臓脂肪といった脂肪組織に蓄えられています。しかし、主に空腹時などでは脂肪をエネルギーとして利用するために脂肪組織に蓄えられた中性脂肪が分解され、遊離脂肪酸となって放出されます。この放出や貯蔵をコントロールしているホルモンがインスリンです。
*2 異所性脂肪(脂肪肝・脂肪筋)
脂肪の多くは皮下脂肪や内臓脂肪といった脂肪組織に蓄えられますが、それ以外の別の場所(異所)にも蓄積されます。そのような脂肪を異所性脂肪と呼びます。臓器に異所性脂肪が蓄積すると(脂肪肝、脂肪筋)、溜まった脂肪が毒性を発揮して、肝臓や骨格筋に作用して血糖値を低下させるインスリンが効きにくくなる、つまり、インスリン抵抗性が生じると考えられています。
*3 インスリン抵抗性
膵臓から分泌され、血糖を下げるホルモンであるインスリンの感受性が低下して効きにくい状態(抵抗性)を指します。主に肥満に伴って出現し、糖尿病の原因になるだけでなく、メタボリックシンドロームの重要な原因の一つと考えられています。肝臓・骨格筋・脂肪組織にそれぞれインスリン抵抗性が個別に生じます。本研究では脂肪組織にインスリン抵抗性がある人ほど骨格筋にインスリン抵抗性が生じている関連性を認めました。
*4 体格指数(body mass index (BMI))
その人がどれくらい痩せているか、太っているかを示す指数です。体重(kg)を身長(m)で2回割って算出します。国際的な基準では、25 kg/平方メートル以上が過体重、30 kg/平方メートル以上が肥満、とされていますが、我が国では25 kg/平方メートル以上を肥満としています。
*5 心血管代謝リスク因子
将来的に糖尿病や心血管疾患(狭心症、心筋梗塞、脳卒中など)を発症する危険性を高める因子のことを指します。本研究では、我が国のメタボリックシンドローム診断に用いられている、高血糖、脂質異常症、高血圧を心血管代謝リスク因子としています。
*6 2-ステップ高インスリン正常血糖クランプ法
肝臓、骨格筋のインスリン抵抗性を精密に計測する方法です。参加者の方に、安定同位体でラベルされたブドウ糖とインスリンを点滴で持続的に投与することにより、肝臓と骨格筋でのインスリンの効き具合をそれぞれ別個に計測することが出来ます。
*7 体力レベル・日常生活活動量
本研究では、体力レベルは持久的な運動能力をエルゴメーターを用いて評価しています。持久的な運動能力はある程度の強度の運動(ジョギングなど)で高めることが出来ます。その一方で、日常生活活動量はおおむね普段歩いている量を意味しますが、普通に歩くだけでは体力の向上はそれほど期待できません。現在の身体活動のガイドラインでは、歩く量を増やすことと、ジョギングなどのある程度の強度の運動の両方に取り組むことが推奨されています。
【原著論文】
本研究成果は米国内分泌学会雑誌「Journal of Clinical Endocrinology and Metabolism」のオンライン版(2019年1月23日付)で公開されました。
英文タイトル: Clinical Features of Non-obese, Apparently Healthy Japanese Men with Reduced Adipose Tissue Insulin Sensitivity
タイトル(日本語訳): 脂肪組織インスリン感受性が低下した非肥満の明らかに健康な日本人男性の臨床的特徴
著者: Daisuke Sugimoto, Yoshifumi Tamura, Kageumi Takeno, Hideyoshi Kaga, Yuki Someya, Saori Kakehi, Takashi Funayama, Yasuhiko Furukawa, Ruriko Suzuki, Satoshi Kadowaki, Miho Nishitani-Yokoyama, Kazunori Shimada, Hiroyuki Daida, Shigeki Aoki, Akio Kanazawa, Ryuzo Kawamori, Hirotaka Watada
著者(日本語表記): 杉本大介、田村好史、竹野景海、加賀英義、染谷由希、筧佐織、船山崇、古川康彦、鈴木瑠璃子、門脇聡、西谷(横山)美帆、島田和典、代田浩之、青木茂樹、金澤昭雄、河盛隆造、綿田裕孝
所属: 順天堂大学
DOI: 10.1210/jc.2018-02190
なお本研究は、私立大学戦略的研究基盤形成支援事業 (文部科学省), ハイテクリサーチセンター整備事業(文部科学省)、JSPS科研費(文部科学省)(JP23680069, JP26282197, JP17K19929)、日本糖尿病財団、鈴木謙三記念医科学応用研究財団、三越厚生事業団、Diabetes Masters Conference研究助成等の支援を受け実施しました。
また、本研究に協力頂きました参加者様のご厚意に深謝いたします。
- 正常体重で健康な人でも、脂肪組織の貯蔵能力が低下した人がいることが明らかに
- 脂肪組織インスリン抵抗性は、体脂肪増加、低体力、筋インスリン抵抗性などと関連する
- 軽度の肝脂肪蓄積・中性脂肪の上昇は脂肪組織インスリン抵抗性のマーカーになりうる
【背景】
肥満状態の人は、糖尿病やメタボリックシンドロームといった生活習慣病(代謝異常)になり易いことが知られています。そのメカニズムとして、肥満者では脂質を貯蔵する脂肪細胞が容量オーバーとなり、遊離脂肪酸*1として溢れ出し(リピッドスピルオーバー)、肝臓や骨格筋に蓄積(異所性脂肪*2 :脂肪肝、脂肪筋)されることで、糖尿病やメタボリックシンドロームの根本的な病態であるインスリン抵抗性*3が生じるという機序が考えられています。しかし、生活習慣病になるアジア人の多くは非肥満(体格指数*4(BMI) 25kg/平方メートル未満)です。この原因として、欧米人などと比較しアジア人では皮下脂肪に脂肪を十分に貯蔵できず、容易にリピッドスピルオーバーが生じることが示唆されてきましたが、そのような状態がいつからどのように生じているかは明らかになっていませんでした。そこで本研究では、非肥満の健康な日本人男性における脂肪組織の機能とその意義を明らかにするための調査を行いました。
【内容】
研究グループはBMIが正常範囲内(21~25 kg/平方メートル)で心血管代謝リスク因子*5(高血糖、脂質異常症、高血圧のいずれか)を持っていない健康な日本人(52名)を対象に全身の代謝状態や脂肪分布に関する調査を行いました。具体的には脂肪及び肝臓、骨格筋のインスリン抵抗性(インスリン感受性が低下している状態)を、2-ステップ高インスリン正常血糖クランプ法*6で測定しました。一人の計測に大よそ10時間程度を要する大変な検査のため、今回のように非肥満者で健康な人を対象に50名を超える規模で行ったのは世界でも本研究グループ以外に前例がありません。リピッドスピルオーバーの指標として、インスリンにより血液中の遊離脂肪酸濃度がどれくらい低下するかを評価しました。一般的に健康な人ではインスリンにより血液中の遊離脂肪酸の濃度は急激に低下します。しかし、リピッドスピルオーバーを来している肥満者では、脂肪酸放出の抑制が効かず、血中遊離脂肪酸濃度があまり低下しません。
今回の調査の結果、非肥満で健康な方の中でも、肥満者と同様に、血中遊離脂肪酸が低下しにくい(脂肪組織インスリン感受性が低下している)人がいることが明らかとなりました。そこで、どのような人が脂肪組織インスリン感受性が低下しているかを検証するために感受性が高い人と低い人(図1:高い人を青線、低い人を赤線)の2群に分けその特徴を比較しました。
すると、脂肪組織インスリン感受性が高い群に比べて低い群では体脂肪率が高い、皮下脂肪が多い、肝脂肪が多い、など全身の脂肪量が多いことに加え、体力レベル・日常生活活動量*7 が低い、中性脂肪が高い、善玉コレステロール(HDLコレステロール)が低い、筋肉のインスリン抵抗性がある、という特徴が明らかになりました(図2)。
つまり、非肥満の日本人で健康な人でもリピッドスピルオーバーを生じているような人が存在し、そのような人では軽度の代謝異常を来していると考えられます。
【今後の展開】
脂肪組織インスリン感受性が低下した人の特徴の一つに、体脂肪率の軽度増加(22.1%)があり、正常体重の健康な男性でも軽度の体脂肪の増加により脂肪貯蔵能力を越えてしまう可能性が考えられました。これ以外にも、運動不足や体力レベルの低下が脂肪組織インスリン感受性低下と関連していました。これらのことから、体重が正常であっても体脂肪率に注意して健康管理に当たるとともに、現在ガイドラインでも示されている通り、普段歩く量(生活活動量)を増やしたり、体力が向上するような活動(ジョギングなど)にも取り組むことが有用と考えられます。ただし、これらの因果関係の詳細は不明な部分もあるため、今後は介入研究を通した検証が必要です。
また、体脂肪率増加に加えて、今まで考慮されてこなかった軽度の中性脂肪の増加やHDLコレステロールの低下は脂肪組織インスリン抵抗性を知る簡便なマーカーとして有用と考えられ、今後、健康診断をはじめとした予防医学での活用が期待されます。
【用語解説】
*1 遊離脂肪酸
人の体では、脂肪は主に中性脂肪として皮下脂肪や内臓脂肪といった脂肪組織に蓄えられています。しかし、主に空腹時などでは脂肪をエネルギーとして利用するために脂肪組織に蓄えられた中性脂肪が分解され、遊離脂肪酸となって放出されます。この放出や貯蔵をコントロールしているホルモンがインスリンです。
*2 異所性脂肪(脂肪肝・脂肪筋)
脂肪の多くは皮下脂肪や内臓脂肪といった脂肪組織に蓄えられますが、それ以外の別の場所(異所)にも蓄積されます。そのような脂肪を異所性脂肪と呼びます。臓器に異所性脂肪が蓄積すると(脂肪肝、脂肪筋)、溜まった脂肪が毒性を発揮して、肝臓や骨格筋に作用して血糖値を低下させるインスリンが効きにくくなる、つまり、インスリン抵抗性が生じると考えられています。
*3 インスリン抵抗性
膵臓から分泌され、血糖を下げるホルモンであるインスリンの感受性が低下して効きにくい状態(抵抗性)を指します。主に肥満に伴って出現し、糖尿病の原因になるだけでなく、メタボリックシンドロームの重要な原因の一つと考えられています。肝臓・骨格筋・脂肪組織にそれぞれインスリン抵抗性が個別に生じます。本研究では脂肪組織にインスリン抵抗性がある人ほど骨格筋にインスリン抵抗性が生じている関連性を認めました。
*4 体格指数(body mass index (BMI))
その人がどれくらい痩せているか、太っているかを示す指数です。体重(kg)を身長(m)で2回割って算出します。国際的な基準では、25 kg/平方メートル以上が過体重、30 kg/平方メートル以上が肥満、とされていますが、我が国では25 kg/平方メートル以上を肥満としています。
*5 心血管代謝リスク因子
将来的に糖尿病や心血管疾患(狭心症、心筋梗塞、脳卒中など)を発症する危険性を高める因子のことを指します。本研究では、我が国のメタボリックシンドローム診断に用いられている、高血糖、脂質異常症、高血圧を心血管代謝リスク因子としています。
*6 2-ステップ高インスリン正常血糖クランプ法
肝臓、骨格筋のインスリン抵抗性を精密に計測する方法です。参加者の方に、安定同位体でラベルされたブドウ糖とインスリンを点滴で持続的に投与することにより、肝臓と骨格筋でのインスリンの効き具合をそれぞれ別個に計測することが出来ます。
*7 体力レベル・日常生活活動量
本研究では、体力レベルは持久的な運動能力をエルゴメーターを用いて評価しています。持久的な運動能力はある程度の強度の運動(ジョギングなど)で高めることが出来ます。その一方で、日常生活活動量はおおむね普段歩いている量を意味しますが、普通に歩くだけでは体力の向上はそれほど期待できません。現在の身体活動のガイドラインでは、歩く量を増やすことと、ジョギングなどのある程度の強度の運動の両方に取り組むことが推奨されています。
【原著論文】
本研究成果は米国内分泌学会雑誌「Journal of Clinical Endocrinology and Metabolism」のオンライン版(2019年1月23日付)で公開されました。
英文タイトル: Clinical Features of Non-obese, Apparently Healthy Japanese Men with Reduced Adipose Tissue Insulin Sensitivity
タイトル(日本語訳): 脂肪組織インスリン感受性が低下した非肥満の明らかに健康な日本人男性の臨床的特徴
著者: Daisuke Sugimoto, Yoshifumi Tamura, Kageumi Takeno, Hideyoshi Kaga, Yuki Someya, Saori Kakehi, Takashi Funayama, Yasuhiko Furukawa, Ruriko Suzuki, Satoshi Kadowaki, Miho Nishitani-Yokoyama, Kazunori Shimada, Hiroyuki Daida, Shigeki Aoki, Akio Kanazawa, Ryuzo Kawamori, Hirotaka Watada
著者(日本語表記): 杉本大介、田村好史、竹野景海、加賀英義、染谷由希、筧佐織、船山崇、古川康彦、鈴木瑠璃子、門脇聡、西谷(横山)美帆、島田和典、代田浩之、青木茂樹、金澤昭雄、河盛隆造、綿田裕孝
所属: 順天堂大学
DOI: 10.1210/jc.2018-02190
なお本研究は、私立大学戦略的研究基盤形成支援事業 (文部科学省), ハイテクリサーチセンター整備事業(文部科学省)、JSPS科研費(文部科学省)(JP23680069, JP26282197, JP17K19929)、日本糖尿病財団、鈴木謙三記念医科学応用研究財団、三越厚生事業団、Diabetes Masters Conference研究助成等の支援を受け実施しました。
また、本研究に協力頂きました参加者様のご厚意に深謝いたします。
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