クワガタムシ類のオス特有の大きなアゴはどうやって巨大化するのか?―翅や肢の成長を担う遺伝子群の使いまわしによる巨大化―

静岡大学理学部の後藤寛貴助教らの研究グループの研究成果が、国際雑誌「Zoological Science」に公開されました。

国立大学法人 静岡大学

 静岡大学理学部の後藤寛貴助教らの研究グループは、クワガタムシ類のオス特有の大きく発達した大顎(「アゴ」)の成長に肢や翅の成長を担う多数の遺伝子群が関与することを発見し、その進化プロセスを新たに提案しました。

【研究のポイント】

・コクワガタのオスにおいて、翅や肢の成長に関わる遺伝子群の機能を網羅的に調査

・9 遺伝子がオスにおけるアゴの伸長促進やオス特有の形状形成に関与することを発見

・アゴの巨大化は翅や肢の成長を司る遺伝子群の使いまわしで生じたとする進化仮説を提案

 

 一部の動物はメスを巡るオス同士の争いなどに用いる武器として体の一部を大きく発達させます。これまで、昆虫類において武器となる器官の巨大化には翅や肢の成長に関わる仕組みの関与が示唆されていました。しかし、その仕組みにどのくらいの遺伝子群が関わるのか、また大きさだけではなく武器特有の形状の形成にも必要なのか、といったことは不明瞭でした。

 この疑問について、本研究ではクワガタムシ類のコクワガタにおけるオス特有の巨大なアゴの伸長や構造の形成に、翅や肢の成長に関わる 9 つもの遺伝子が必要であることを明らかにしました。本結果と先行研究の比較より、翅・肢の成長を担っていたメカニズムがクワガタムシ類の祖先でアゴでも働くようになったことで、その大きさや形状の武器化をもたらしたとする進化仮説を提案しました。本研究で対象とした遺伝子群は昆虫類に留まらず多くの動物群に存在することから、本研究成果は武器となる器官の成長や形成について、動物全体に通底する仕組みの解明に繋がると期待されます。

 なお、本研究成果は、2025年11月4日に、日本動物学会の発行する国際雑誌「Zoological Science」にてオンライン先行公開されました。

研究者コメント

静岡大学 理学部 助教 後藤寛貴

クワガタムシといえば思い浮かぶのはオスだけで見られる立派な大顎です。この大顎の形成に関わる遺伝子群として今回9つの遺伝子を同定しました。今後もクワガタムシの大顎の形態形成研究を通して、様々な生物の形状がどのように作られ、進化してきたのかを明らかにしていきたいと考えています。

【研究概要】

 静岡大学・総合科学技術研究科の足守泰成大学院生(研究当時)、理学部の千頭康彦特別研究員(日本学術振興会PD)、理学部の後藤寛貴助教を中心とした研究グループは、コクワガタを題材として、クワガタムシ類のオスにみられる大顎(「アゴ」)の巨大成長や形態形成に翅や肢を適切なサイズに成長させる多数の遺伝子群が関与することを明らかにしました。この結果に基づき、クワガタムシ類におけるオス特有の大きなアゴの成長や形状は、翅や肢の成長を司るメカニズムがアゴでも働くようになったことで進化的に獲得されたとする仮説を提案しました。

 

【研究背景】

 シカやカブトムシの頭の角のように、動物の中には体の一部が極端に大きくなり、しばしばメスを巡るオス同士の争いや捕食者への防衛に用いられる「武器」が発達することがあります。動物のもつ武器(武器形質)はどのような仕組みでつくられるのでしょうか。近年、昆虫類の甲虫目の研究により、武器形質の成長は翅や肢の成長を担う幾つかの遺伝子に制御されることが報告されました。一方で、翅や肢の成長を司るメカニズムのうち、どれほどの遺伝子が武器形質の成長に関与するのか、またそのメカニズムは成長だけでなく武器形質特有の構造の形成にも寄与するのか、といったことは不明瞭でした。

 そこで、本研究では、クワガタムシ類のコクワガタ Dorcus rectus を題材として、オスで大きく発達するアゴの成長や形成に対する翅や肢の成長に関わる Fat シグナル伝達経路とexpanded や crumbs といった成長シグナル遺伝子群の機能を網羅的に調べました。

 

【研究の成果】

 本研究では、昆虫類全般で翅や肢の成長に関わることが知られている 9 つの遺伝子それぞれの機能をコクワガタのオスで阻害し、成虫のアゴのサイズや形状への影響を観察しました。クワガタムシ類のオスのアゴは遠近軸方向に大きく発達し長く伸びるので、まずアゴの長さを測定しました。その結果、いずれの遺伝子の機能阻害でもオスのアゴは基本的に通常個体よりも短くなる傾向にあることが明らかとなりました。

 次に、本種のオスのアゴは長さに対して狭い幅を示し、シュッとした形状をしていますが、機能阻害したオスのアゴが通常時よりも幅広くなることが6 遺伝子で分かりました (図 1)。すなわち、今回解析した翅や肢の適切な成長に典型的な遺伝子群の多くはコクワガタのオスに特有の細く長大なアゴの形成に必要であることが示されました。

図1:成長シグナル遺伝子群機能阻害のアゴへの影響。各写真の右上の文字は機能阻害した遺伝子を示す。

 

 さらに、予想外な点として、expanded 遺伝子や Fat シグナル伝達経路の dachsous 遺伝子を機能阻害すると、メスのアゴにみられる腹側の膨出部がオスでも生じ、全体の形状もメスと似た勾玉状になることが分かりました (図2)。すなわち、これらの遺伝子はコクワガタのアゴにおけるオスに特有の形状や構造の形成に必須であることが示唆されました。

 

図2:dachsous (ds)、expanded (ex) 遺伝子機能阻害によるオスのアゴ形状のメス化。(A) 機能阻害個体のアゴ。矢印は通常時のメスにみられる膨出部。(B)、(C) 機能阻害個体のアゴのかたちを数値化したグラフ。

 武器形質形成に関わる成長シグナル遺伝子はこれまで 2 遺伝子ほどしか知られていませんでしたが、本研究の成果により少なくとも 9 遺伝子の関与が示されました。また、本研究ではコクワガタにおけるオス特有の大きなアゴの成長や形状は肢の成長を司るメカニズムがアゴでも働くようになったことで進化的に獲得されたとする仮説を提案しました。さらに、系統的に離れた種の武器形質に共通して少なくとも 2 遺伝子が関与することから、肢の成長に関わる遺伝子群が収斂的に武器となる器官で働くようになったことで、様々な分類群で武器形質が獲得された可能性があります(図3)。

図3:本研究のまとめ。

【今後の展望と波及効果】

 今後はより詳細な発生メカニズムを通して、武器形質の進化に必要だった要素は何かを明らかにしていく必要があります。また、本研究で着目した遺伝子群はヒトの癌遺伝子と相同な遺伝子を含むように多くの動物群にも存在することから、本研究成果は武器形質などの器官の巨大化を伴う現象について、動物全体に通底する仕組みの解明に繋がると期待されます。

【論文情報】

掲載誌名:Zoological Science

論文タイトル: Contribution of Fat-signaling and Crumbs-Expanded modules to exaggerated growth of weaponized mandible in a stag beetle and its evolutionary implications

著者: Yasuhiko Chikami*, Taisei Ashimori*, Yoshio Ito, Itsuki Ohtsu, Kanta Sugiura, Hiroki Gotoh(*印は本研究に対する貢献が同じ著者)

 

DOI: https://doi.org/10.2108/zs250047

【研究助成】

科研費:学術変革領域研究(A)  20H05947 

「生物の面構造を作る折り畳みと展開の力学」

代表:井上康博 

 

科研費:学術変革領域研究(A)  20H05944 

「『折り畳みと展開』による三次元形態形成機構の解明」

代表:新美輝幸 分担:後藤寛貴

 

科研費:新学術領域研究(研究領域提案型)  15H05864 

「細胞シートから3次元の分岐構造を作る原理の解明」

代表:近藤滋 分担:後藤寛貴

 

Academist クラウドファンディング

クワガタムシの「カッコ良さ」の源を解明したい!

後藤寛貴

【関連リンク】

後藤寛貴研究室(静岡大学 理学部)

静岡大学 理学部

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日詰 一幸
上場
未上場
資本金
-
設立
2004年04月