「地上の地獄」北朝鮮で、「地上の楽園」は日本だったことを知る。『囚われの楽園 脱北医師が見たありのままの北朝鮮』発売
在日韓国人の著者家族が最も幸せだった時期は日本で暮らしていたときであり、最も不幸だった時期は北朝鮮での「奴隷」生活だった
1960年代、日本のメディアと「進歩的文化人」が「地上の楽園」と絶賛した北朝鮮への、総数9万3千人にも及ぶ在日コリアンや日本人妻の「北送事業」は、実際は巨大な監獄への収容作業であった。子供だった著者もその時北朝鮮に渡った一人である。本書は、その四十六年後、北朝鮮という名の監獄から脱出することに成功した著者の半生を描いた自伝である。
北朝鮮に渡ってからも著者とその家族の心には常に日本があった。彼らが最も幸せだった時期は日本で暮らしていたときであり、最も不幸だった時期は北朝鮮での「奴隷」生活だった。著者は「地上の楽園」だと聞かされてやってきた北朝鮮は、実際は「地上の地獄」と呼ぶべきところであり、著者の生まれ育った日本こそ「地上の楽園」であったことに気づかされる。
脱北は、失敗したときのための自決用のナイフ、毒薬を所持し、死を賭して実行された。著者は脱北には成功したものの、ミャンマーで不法入国の罪で2年4カ月刑務所に入れられ、悲惨な生活を送ることになる。それでも餓死する心配がないだけ、北朝鮮の生活よりもマシだという。
北送事業で北朝鮮に渡った人たちの約2割が、政治犯収容所に送られた。正しいことを言えば反動とされてすぐ政治犯収容所に送られる。北朝鮮が「地上の地獄」だとすれば、政治犯収容所は、「地獄の中の地獄」とでもいうべきところだ。外部の者にはその生死さえわからない。著者はそんなところに送られないよう用心にも用心を重ね、不条理な北朝鮮のシステムの中をうまく立ち回る才覚もあり、病院長にまでなることができた。
北朝鮮で人口の1割以上の餓死者が出たとされる時期、国連から大量の人道援助が行われた。病院長だった著者は、北朝鮮側の舞台裏が見える立場にあった。著者の病院の入院患者は十数人だったが、約百人いることにされており、国連からこの病院向けに数十トンの食糧支援がなされた。国連の査察があった時、著者は党から帳簿の偽造と偽の入院患者を集めるよう指示された。著者によれば、実際は食糧援助の9割は軍に回されており、資金援助も6割は上級党幹部のために使われたという。
この時、日本の拉致被害者家族は大反対したが、日本政府は北朝鮮への50万トンもの米支援を決定した(累計では米だけで120万トン以上もの支援がなされた)。結局北朝鮮への“人道援助”は、そのほとんどが北朝鮮軍のために使われ、核ミサイル開発を支え、あの政権の延命に手を貸すものだったのだろう。
北朝鮮が「地上の地獄」であることは、北朝鮮政府が障害者の人権などまったく考えていないことからもわかる。著者は次のように述べている。
「首都平壌で障害者は政策的に追放される。なぜか。朝鮮の心臓であり外国人と観光客が多い平壌に障害者が住んでいるのは恥だとみているのだ。北朝鮮政府は障害者を恥の対象として扱っているので、障害者の福祉は想像もできない…親が亡くなり生活の面倒を見られなくなれば障害者も死ぬほかない。これが北朝鮮『障害者』の運命である…北朝鮮の障害者は、全てを運命として受け入れている」
ミャンマーの刑務所では、政治犯のミャンマー人が著者を日本人と思って何かと助けてくれた。そして著者は最終的に韓国に定住することができ、よい思い出に彩られた懐かしの故郷、下関を56年ぶりに訪れた。著者は母校の朝鮮学校にも足を運んでおり、その時の感情を次のように述べている。
「ここで、『主体思想』『金日成』教育を今でもしていると思うと鳥肌が立った。そして、北朝鮮で四十六年間私を苦しめてきた体制がここで生きていると思うと、母校に対する懐かしさが苦しさに変わった」
本書によって、北朝鮮という国家の本質が多くの日本人に理解されることを願う。
【著者】李 泰炅(イ・テギョン)
1952年、山口県下関市で生まれる。1959年、下関朝鮮初中級学校に入学。
1960年、在日朝鮮人の帰還(北送)事業により家族で北朝鮮へ渡る。
1972年、朝鮮人民軍に入隊。1986年にP医学大学を卒業、医学研究所の研究院を経て、2001年に病院長となる。
2006年に脱北するが、ミャンマーで「不法入国」の罪に問われ 2年4カ月服役する。
2009年に韓国入国。現在「北送在日同胞協会」会長として北朝鮮の自由民主化のために在日脱北者たちと活動している。
【書籍情報】
書名:囚われの楽園 脱北医師が見たありのままの北朝鮮
著者:李 泰炅(イ・テギョン)
解説:荒木和博
翻訳:川﨑孝雄
仕様:四六判並製・244ページ
ISBN:978-4802401586
発売:2023.07.14
本体:1500円(税別)
発行:ハート出版
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