自分を律する脳の仕組みに関わる新たな部位を発見
~ 頭頂葉が行動の抑制を生み出す ~
順天堂大学医学部生理学第一講座の長田貴宏准教授、小西清貴教授と鳥取大学・福島医科大学との共同研究グループは、ヒトの大脳皮質の頭頂葉にある頭頂間溝*1と呼ばれる領域が、自分自身の行動の抑制に関わっていることを発見し、実証しました。これまで、行動の抑制は大脳の前頭葉を中心として成り立っていると考えられていましたが、本研究はその神経機構に対して頭頂葉の関与を示し、新たな神経回路の存在を明らかにしたものです。この成果は、自身の行動を律する神経メカニズムのさらなる解明につながるとともに、認知機能障害のリハビリテーション法の開発などに貢献すると期待されます。本研究成果は北米神経科学学会誌Journal of Neuroscience 誌に2019年3月27日付で掲載されました。
【本研究成果のポイント】
【背景】
ヒトは日常生活の様々な状況において不適切な行動を抑制し、適切な行動を選択しています。不適切な行動を抑制する能力は、変化する環境の中で目的の行動を達成するためには必要不可欠です。この「行動を抑制する機能」は反応抑制機能と呼ばれ、右の下前頭皮質や前補足運動野と呼ばれる前頭葉の脳領域が関与していると考えられてきました。脳のこれらの領域が損傷している患者では、反応抑制機能に障害が出るという症例報告がされており、fMRI法*2に代表される脳機能イメージング研究では、これらの前頭葉領域が反応抑制中に活動していることが報告されています。しかし、前頭葉と機能的・解剖学的に結びつきの深い頭頂葉領域については、頭頂葉損傷患者での症例報告で反応抑制の障害が見られなかったことから、反応抑制に対しての頭頂葉の関与が疑問視されていました。そこで、本研究では脳領域間のネットワークから認知機能の神経基盤を説明しようとする新たな手法を用いて、反応抑制に関与する頭頂葉領域の同定を試み、その関与の仕方について探りました。
【内容】
研究グループは、健常被験者に課題を行ってもらい、fMRI法を用いて課題遂行中の反応抑制に関わる脳活動を計測しました。ここで行われた課題は「ストップシグナル課題」(図1)と呼ばれ、被験者には画面に左向きまたは右向きの矢印が出た時に、矢印と同じ側のボタンをできるだけ早く押してもらいます(ゴー試行)。
本研究は、行動を抑制する神経機構に対して、頭頂葉の頭頂間溝領域の関与を初めて明らかにしました。今回の研究により、行動を抑制する神経メカニズムの解明につながるだけでなく、これまで提唱されてきた前頭葉領域に加えて、頭頂間溝領域を含む新たな神経ネットワークによる反応抑制の機序を検討する必要性が提起されました。さらに、不適切な行動を抑制し適切な行動を選択する能力は、目的の行動を達成するために必要不可欠な能力であることから、この研究成果は、脳機能の科学的根拠に基づいた効果的な教育法や、認知機能障害のリハビリテーション法の開発に貢献すると期待されます。また、本研究で使われた機能的結合性に着目しネットワークを用いた新たな部位の探索手法は、他の認知機能の研究にも適用可能と考えられ、ヒトの認知機能に関わる神経回路の解明を進める大きな一歩として寄与することが期待されます。
【用語解説】
*1 頭頂間溝 intraparietal sulcus
頭頂葉(後頭葉の上部、前頭葉の後部に位置する)に存在する脳溝。これまでの研究では、視覚的注意や感覚と運動の協調などに関与することが知られていました。
*2 fMRI法(機能的磁気共鳴画像法)
MRI(磁気共鳴画像装置)を使って、脳の血流反応を計測することにより、脳の活動を非侵襲的に測定する方法。fMRI法の基礎となっているBOLD法(Blood Oxygenation Level Dependent法)は、小川誠二博士(現・東北福祉大学 特任教授)によって発見されたもので、世界で広く用いられています。
*3 機能的結合性
脳領域間の神経活動パターンの類似度。具体的には安静時に計測されたfMRI信号の時系列変化の共活動として計算されます。機能的結合性を調べることにより、脳のネットワーク的性質を検討することができます。
*4 TMS法(経頭蓋磁気刺激法)
頭部にあてたコイルに瞬間的に電流を流すことで磁場が形成され、それに伴い組織内で生じる誘導電流により、非侵襲的に大脳皮質を刺激し、脳の活動性を変化させる方法。脳の機能を調べる非侵襲的な神経生理学的実験手法であるとともに、臨床的にも用いられ神経症状や精神医学的症状に有効な治療法とされています。
【原著論文】
論文タイトル: An essential role of the intraparietal sulcus in response inhibition predicted by parcellation-based network.
論文タイトル(日本語訳):皮質分割化ネットワークから予測される反応抑制機能での頭頂間溝領域の重要性
著者:Takahiro Osada (筆頭著者), Shinri Ohta, Akitoshi Ogawa, Masaki Tanaka, Akimitsu Suda, Koji Kamagata, Masaaki Hori, Shigeki Aoki, Yasushi Shimo, Nobutaka Hattori, Takahiro Shimizu, Hiroyuki Enomoto, Ritsuko Hanajima, Yoshikazu Ugawa, Seiki Konishi(責任著者)
著者(日本語表記):長田貴宏1、太田真理1、小川昭利1、田中政輝1、須田晃充1,2、鎌形康司3、堀正明3、 青木茂樹3、下泰司2、服部信孝2、清水崇宏4、榎本博之5、花島律子4、宇川義一5、小西清貴1
著者所属:1 順天堂大学医学部生理学第一講座、2 順天堂大学医学部神経学講座、3 順天堂大学医学部放射線診断学講座、4 鳥取大学医学部神経内科学、5 福島医科大学神経内科学
掲載誌:Journal of Neuroscience(http://www.jneurosci.org/)2019年3月27日付で掲載されました。
DOI: https://doi.org/10.1523/JNEUROSCI.2244-18.2019
なお本研究は、JSPS科研費(JP16K18367、JP18K07348)、武田科学振興財団による支援を受けて行われました。
また、本研究に協力頂きました被験者様のご厚意に深謝いたします。
- ヒト大脳の頭頂葉にある頭頂間溝の働きが、行動の抑制に関わることを発見
- 頭頂間溝の働きを一時的に不活性化すると、行動の抑制に支障が起こる
- 前頭葉を中心に成り立つと考えられていた行動の抑制のメカニズムに頭頂間溝が関与する新たな神経機構を明らかに
【背景】
ヒトは日常生活の様々な状況において不適切な行動を抑制し、適切な行動を選択しています。不適切な行動を抑制する能力は、変化する環境の中で目的の行動を達成するためには必要不可欠です。この「行動を抑制する機能」は反応抑制機能と呼ばれ、右の下前頭皮質や前補足運動野と呼ばれる前頭葉の脳領域が関与していると考えられてきました。脳のこれらの領域が損傷している患者では、反応抑制機能に障害が出るという症例報告がされており、fMRI法*2に代表される脳機能イメージング研究では、これらの前頭葉領域が反応抑制中に活動していることが報告されています。しかし、前頭葉と機能的・解剖学的に結びつきの深い頭頂葉領域については、頭頂葉損傷患者での症例報告で反応抑制の障害が見られなかったことから、反応抑制に対しての頭頂葉の関与が疑問視されていました。そこで、本研究では脳領域間のネットワークから認知機能の神経基盤を説明しようとする新たな手法を用いて、反応抑制に関与する頭頂葉領域の同定を試み、その関与の仕方について探りました。
【内容】
研究グループは、健常被験者に課題を行ってもらい、fMRI法を用いて課題遂行中の反応抑制に関わる脳活動を計測しました。ここで行われた課題は「ストップシグナル課題」(図1)と呼ばれ、被験者には画面に左向きまたは右向きの矢印が出た時に、矢印と同じ側のボタンをできるだけ早く押してもらいます(ゴー試行)。
また、左右の矢印が出た直後に、上向きの矢印に変わるという試行をある一定の割合で起こるよう設定(ストップ試行)し。その際、被験者にはボタンを押さないようにしてもらいました。一連の課題遂行中のfMRI計測の結果、ストップ試行においてうまく止まれた際に前頭葉皮質や頭頂葉皮質などを含む複数の領域に活動が見られました(図2左)。さらに、これらの領域の中から、反応抑制機能に重要と言われている右の下前頭皮質、前補足運動野と機能的結合性*3をともに持つ脳部位を探索しました。すると、頭頂葉の頭頂間溝領域が、反応抑制活動を示しかつ、下前頭皮質および前補足運動野とともに結合性を持つ部位として同定できました(図2右)。
さらに、fMRI法で同定した頭頂間溝領域に対して、TMS法*4による刺激を課題遂行中に行い、この領域の活動を非侵襲的に一時的に不活性化しました。すると、刺激してない時に比べて刺激時には反応抑制の効率低下が起き、反応抑制機能に支障が見られました(図3)。
一方、fMRI計測において活動は見られたものの下前頭皮質や前補足運動野とは結合性を持たない側頭頭頂接合部と呼ばれる部位を刺激した際には、反応抑制機能に支障は見られませんでした。以上の結果より、ヒト大脳の頭頂間溝領域が、下前頭皮質や前補足運動野と協調しながら、反応抑制機能を因果的に生み出す働きを担っていることが明らかになりました(図4)。
【社会的意義および今後の展開】
本研究は、行動を抑制する神経機構に対して、頭頂葉の頭頂間溝領域の関与を初めて明らかにしました。今回の研究により、行動を抑制する神経メカニズムの解明につながるだけでなく、これまで提唱されてきた前頭葉領域に加えて、頭頂間溝領域を含む新たな神経ネットワークによる反応抑制の機序を検討する必要性が提起されました。さらに、不適切な行動を抑制し適切な行動を選択する能力は、目的の行動を達成するために必要不可欠な能力であることから、この研究成果は、脳機能の科学的根拠に基づいた効果的な教育法や、認知機能障害のリハビリテーション法の開発に貢献すると期待されます。また、本研究で使われた機能的結合性に着目しネットワークを用いた新たな部位の探索手法は、他の認知機能の研究にも適用可能と考えられ、ヒトの認知機能に関わる神経回路の解明を進める大きな一歩として寄与することが期待されます。
【用語解説】
*1 頭頂間溝 intraparietal sulcus
頭頂葉(後頭葉の上部、前頭葉の後部に位置する)に存在する脳溝。これまでの研究では、視覚的注意や感覚と運動の協調などに関与することが知られていました。
*2 fMRI法(機能的磁気共鳴画像法)
MRI(磁気共鳴画像装置)を使って、脳の血流反応を計測することにより、脳の活動を非侵襲的に測定する方法。fMRI法の基礎となっているBOLD法(Blood Oxygenation Level Dependent法)は、小川誠二博士(現・東北福祉大学 特任教授)によって発見されたもので、世界で広く用いられています。
*3 機能的結合性
脳領域間の神経活動パターンの類似度。具体的には安静時に計測されたfMRI信号の時系列変化の共活動として計算されます。機能的結合性を調べることにより、脳のネットワーク的性質を検討することができます。
*4 TMS法(経頭蓋磁気刺激法)
頭部にあてたコイルに瞬間的に電流を流すことで磁場が形成され、それに伴い組織内で生じる誘導電流により、非侵襲的に大脳皮質を刺激し、脳の活動性を変化させる方法。脳の機能を調べる非侵襲的な神経生理学的実験手法であるとともに、臨床的にも用いられ神経症状や精神医学的症状に有効な治療法とされています。
【原著論文】
論文タイトル: An essential role of the intraparietal sulcus in response inhibition predicted by parcellation-based network.
論文タイトル(日本語訳):皮質分割化ネットワークから予測される反応抑制機能での頭頂間溝領域の重要性
著者:Takahiro Osada (筆頭著者), Shinri Ohta, Akitoshi Ogawa, Masaki Tanaka, Akimitsu Suda, Koji Kamagata, Masaaki Hori, Shigeki Aoki, Yasushi Shimo, Nobutaka Hattori, Takahiro Shimizu, Hiroyuki Enomoto, Ritsuko Hanajima, Yoshikazu Ugawa, Seiki Konishi(責任著者)
著者(日本語表記):長田貴宏1、太田真理1、小川昭利1、田中政輝1、須田晃充1,2、鎌形康司3、堀正明3、 青木茂樹3、下泰司2、服部信孝2、清水崇宏4、榎本博之5、花島律子4、宇川義一5、小西清貴1
著者所属:1 順天堂大学医学部生理学第一講座、2 順天堂大学医学部神経学講座、3 順天堂大学医学部放射線診断学講座、4 鳥取大学医学部神経内科学、5 福島医科大学神経内科学
掲載誌:Journal of Neuroscience(http://www.jneurosci.org/)2019年3月27日付で掲載されました。
DOI: https://doi.org/10.1523/JNEUROSCI.2244-18.2019
なお本研究は、JSPS科研費(JP16K18367、JP18K07348)、武田科学振興財団による支援を受けて行われました。
また、本研究に協力頂きました被験者様のご厚意に深謝いたします。
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