リチウムイオン電池の複合電極に潜む「不均一な反応」をナノ技術で捉えることに成功
― 従来の「平均値」による評価を打破し、最適な電池設計を可能にする新たな評価手法を開発 ―
【発表のポイント】
• 場所ごとに異なる材料や界面が存在するリチウムイオン電池の複合電極において、これまでは平均化されて見えなかった局所的な電気化学反応を、ナノスケールでマッピング(可視化)することに成功しました。
• 直径約100 nmのナノピペットを用いた局所電気化学計測により、シリコン–グラファイト複合負極上の反応を、「グラファイト」、「シリコン」、「両者の混合領域」の3つに識別し、複合電極内部の反応不均一性を明らかにしました。
• 電池の安定性や寿命を大きく左右するSEI(Solid electrolyte interphase)被膜(注1)の形成に関連した反応も、場所によって異なることを示しました。また、材料の局所組成、電気化学反応、界面形成を結び付けて理解する新たな電池評価手法を提示しました。
【概要】
リチウムイオン電池の電極は、活物質、導電助剤、バインダーなど複数の材料から構成される「複合電極」です。そのため、実際の電極内部では材料の種類や分布、界面状態が場所ごとに異なり、電気化学反応も必ずしも均一には進みません。しかし、一般的な電気化学測定では電極間を移動するリチウムイオンに起因する電流の評価を測定するため、このような場所ごとの反応の違いは平均化され、見えにくくなります。
千葉工業大学の熊谷明哉 教授(東北大学材料科学高等研究所(WPI-AIMR)特任教授(客員)兼任)らの研究グループは、ナノ電気化学セル顕微鏡(SECCM:Scanning electrochemical cell microscopy)(注2)を用いて、シリコン–グラファイト複合負極の局所的な電気化学反応を調べました。直径約100 nmの開口径を持つナノピペット先端に形成される微小な電解液メニスカスを電極表面に接触させ、その場所だけの電気化学反応を測定しました。また、実際のリチウムイオン電池の特性評価に近い環境で測定するため、アルゴン雰囲気のグローブボックス内で有機電解液とリチウム金属電極を用い、さらに電解液をナノピペット内でゲル化することで、安定した局所測定を実現しました。その結果、同じ複合電極上でも、各材料に特徴的な反応と両者が重なった反応が場所ごとに異なって現れることを明らかにしました。さらに、電解液の分解により形成されるSEI被膜の分布も局所的に検出され、その反応が電極表面で一様ではなく、空間的に不均一に分布していることを示しました。
本成果は、蓄電池電極を一つの「平均的な材料」として評価する従来の考え方から一歩進み、「どの場所で、どの材料が、どのような反応をしているのか」を局所電気化学計測から読み解く新しい電池評価の考え方を示すものです。今後、材料配置や界面状態と局所反応の関係を明らかにすることで、複合電極の設計・最適化や、電池劣化機構の理解につながること、また他の電気化学反応が関与する電極触媒などへの応用も期待されます。
本研究成果は2026年8月13日(現地時間)に、Chemical Engineering Journalにオンライン掲載されました。
【詳細な説明】
研究の背景
電池反応は本当に均一なのか
リチウムイオン電池では、電極と電解液の界面でLi⁺の挿入・脱離や電解液の分解など、さまざまな反応が進行します。なかでも負極表面に形成されるSEI被膜は、電解液のさらなる分解を抑制する役割を持ち、その形成状態は電池の安定性やサイクル特性、寿命に深く関係しています。一方、実際の複合電極には、例えば負極材料においては、異なる活物質の混合(本研究では、シリコン、グラファイト)、導電助剤、バインダーなど、性質の異なる材料が混在しています。このため、ある場所ではシリコン由来の反応が強く、別の場所ではグラファイト由来の反応が支配的になるなど、反応は本質的に不均一であると考えられます。しかし、通常の電気化学計測などでは、電極全体から流れる電流をまとめて測定します。その結果、一つひとつの材料や界面で起こっている反応は平均化され、「どこで、何が、どのように、起こっているのか」を分離して調べることは困難でした。
今回の取り組み
熊谷明哉 教授(千葉工業大学)、高橋康史 教授(名古屋大学)、井田大貴 講師(名古屋大学)、珠玖仁 教授(東北大学)、駒場慎一 教授(東京理科大学)らの研究グループは、SECCMの直径約100 nmのナノピペットを用いて、この不均一性の可能性を検討しました。SECCMでは、ナノピペット先端に形成される微小な電解液メニスカスを電極表面に接触させ、この非常に限られた領域だけを電気化学セルとして利用します。今回、シリコン、フレーク状グラファイト、導電助剤、PAAバインダー(注3)からなる複合負極を対象とし、リチウムイオン電池で用いられる有機電解液を使って局所測定を行いました。測定系をアルゴン雰囲気のグローブボックス内に構築するとともに、ナノピペット内の電解液をゲル化することで、有機電解液を用いた微小な反応場を安定して形成することに成功しました。
このSECCMでの測定条件により、局所的なサイクリックボルタンメトリー測定(注4)を行ったところ、複合電極の反応を「場所ごと」によって明確に異なる電気化学応答が得られました。この結果から、電極表面の局所反応を①グラファイトが支配的な領域、②シリコンが支配的な領域、③シリコン–グラファイトが混合する領域、として識別できることを示しました。これは、複合電極を一つの平均的な電極として見るのではなく、構成材料ごとの反応を局所的に分離して読み取れることを意味します。さらに、負極表面の界面形成に関わる局所反応を解析したところ、一部の測定地点で、初回測定時に約1.1 V vs. Li/Li⁺付近にSEI被膜形成に伴う反応応答が観測されました。89地点を測定した結果、同様の反応は30地点(約33.7%)で確認されました。すなわち、SEI被膜形成に関連する界面反応も、電極表面のすべての場所で一様に起こっているわけではないことが分かりました。重要なのは、この明確な不均一性は、通常計測では空間的に観測できないことです。本研究では、この反応を局所的な電気化学界面の不均一性を反映する電気化学シグネチャーとして捉えています(図 1)。
さらに7 µm × 7 µmの領域について局所測定を行い、各地点の電気化学応答をマッピングしました。その結果、複合電極上での活物質が分散して存在する様子を、電気化学反応の違いとして可視化できました。同じ領域についてSEI形成に関連する反応をマッピングすると、その反応は特定の界面にいずれかだけに集中するのではなく、複合電極の各所に不均一に分布していました。この結果は、従来の平均的な電気化学測定では見えなかった「局所組成-電気化学反応-界面形成」の関係を、空間的に捉えられることを示しています。
【今後の展開】
本研究により、蓄電池の複合電極を平均値だけで評価するのではなく、材料の配置や界面状態と、そこで生じる局所反応を対応付けて評価することが可能になりました。今後は、SECCMと構造・組成を解析するその場計測技術を組み合わせることで、「材料がどこに存在するか」「そこでどの反応が起こるか」「その結果どのような界面が形成されるか」をより直接的に結び付けることが期待されます。局所的な情報を電極設計へフィードバックすることで、活物質、導電助剤、バインダーなどの配置や界面状態を空間的に最適化し、性能や寿命を左右する反応不均一性を制御する新たな複合電極設計につながることが期待されます。また、本手法はリチウムイオン電池のみならず、他の電気化学デバイス:水電解の電極触媒、耐腐食合金などにおける電気化学界面反応へ展開することで、材料設計指針の創出と産業応用への波及も期待されます。

【謝辞】
本研究は、JSTさきがけ(JPMJPR2274)、JST未来社会創造事業(JPMJMI25I1)、JST ALCA、JSPS科研費(JP25K01668、JP23H00301、JP24H00478)、JST創発的研究支援事業(JPMJFR214J、JPMJFR203K)の支援を受けて実施されました。
【用語説明】
注1) SEI被膜:リチウムイオン電池の負極表面で有機系電解液の分解などによって形成される被膜。電極と電解液のさらなる反応を抑制する役割を持ち、その形成状態は電池の安定性、サイクル特性、寿命に関与する。
注2) ナノ電気化学セル顕微鏡(SECCM):サブマイクロメートル(10⁻⁶m)で開口したガラスピペットに、電解液と疑似参照・対極を挿入し、測定する試料に近づけて微小の液滴を形成する。この液滴を電気化学セルとして電気化学反応場として利用することで、局所的な電流応答の測定とその反応を観察する技術。
注3) PAAバインダー: リチウムイオン電池を中心とした蓄電池の負極、特に高容量なシリコン系負極において、活用・開発されたポリアクリル酸(PAA)を用いたバインダー。
注4) サイクリックボルタンメトリー測定:電極に加える電位を一定速度で往復して掃引させ、その際に流れる電流を測定する電気化学測定法。反応が起こる電位や反応の可逆性などを評価できる。
【論文情報】
タイトル:Local electrochemical signatures and SEI formation pathways in silicon-graphite com posite negative electrodes
著者:Akichika Kumatani, Yuto Sato, Yasufumi Takahashi, Hiroki Ida, Hitoshi Shiku, Tomokazu Matsue, Shinichi Komaba
掲載誌:Chemical Engineering Journal
掲載日:13 August 2026
DOI:10.1016/j.cej.2026.180693
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