狙い球に合わせて一本足打法:球速に応じた最適なタイミング制御を可能にする脳の仕組み

静岡大学情報学部 宮崎 真教授の研究グループの研究成果が科学誌 iScience に掲載されました

国立大学法人 静岡大学

 私たちの脳は,課題標的の統計分布(平均や分散)を事前に学習することにより,課題パフォーマンスを最適化しています.このような学習の対象となる統計分布を「事前分布」と呼びます.

 日常の課題 (例:野球) の標的 (投球) には,多様な事前分布(速球/遅球,内角/外角)が存在し,私たちはそれらを学び分ける必要があります.

 王貞治の「一本足打法」やイチローの「振り子打法」に代表されるように,バッティング動作にあわせて足を使う打者が多く見られます.本学情報学部の宮崎真研究室の田中佑真さん(修士修了)と髙木陸さん(修士1年)らは,このような補足的な足の運動を利用することで,複数の事前分布の学び分けが可能になるのではないかと考えました.

 実験の参加者は,速球と遅球に相当する二つの事前分布が設定されたタイミング課題を行いました.その結果,それらの事前分布の一方に対して,利き手による主動作に合わせて足の運動を補足すると,二つの事前分布を効果的に学び分けることができました.

 本成果は,多様な出来事を学び分ける脳の仕組みの一端を明らかにしました.この知見は,スポーツ技能の向上法の提案やスポーツ選手の技能解析に役立つことが期待されます.たとえば,狙い球に合わせて「一本足打法」のような足の運動を補足することで,より的確に投球タイミングを捉えることができるようになり,打率や打球距離の向上につながるかもしれません.

 本研究成果のPre-proof版が,2026年2月18日 (米国東部時間) にCell Press のオンライン総合科学誌 iScience で公開されました.

【ポイント】

脳は,課題標的の事前分布 (平均や分散) を学習し,課題パフォーマンスを最適化

日常の課題 (例:野球) の標的 (投球) には多様な事前分布 (速球/遅球) が存在

実世界では,複数の事前分布の学び分けが必要

本研究は,「一本足打法」に見られるような補足的な足の運動に着目

本実験の参加者は,利き手の応答によるタイミング課題を遂行

短時分布 (速球),長時分布 (遅球) のいずれか一方に対して足の応答を補足することにより,事前分布の学び分けが促進

日常環境で多様な出来事を学び分ける脳の仕組みの一つが明らかに

スポーツ技能の向上法の提案やスポーツ選手の優れた技能の秘訣を解析するための基盤知見となることに期待 (例:速球/遅球にいずれかに狙いを定めて「一本足打法」を行えば打率向上?)

【研究背景】

  • 近年,私たちの脳が,感覚運動課題 (例:野球のバッティング) の遂行にあたって,ベイズ推定1を行っていることが明らかにされてきました.すなわち,脳は,課題標的の統計分布 (投球の速度やコースの平均と分散) を学習し,課題パフォーマンスを最適化 (ヒット率を向上) しています.

  • このような学習対象となる統計分布のことを「事前分布」と呼びます.

  • 本研究の代表者である宮崎真教授は,タイミング課題で,脳が事前分布を学習してベイズ推定を行っていることを示す実験結果を世界で初めて報告していました2.

  • その研究を始めとした旧来の研究では,単一の事前分布の学習が調べられてきました.2-4

  • しかしながら,野球のバッティングで相手投手が複数の球種 (速球/遅球,内角/外角) を使い分けてくるように,日常の課題では,多様な事前分布が存在します.つまり,日常生活のなかでベイズ推定を効果的に利用するためには,複数の分布を学び分けることが必要です.

  • 最近,本研究グループは,利き手の応答によるタイミング課題で,参加者が短時分布 (速球),長時分布 (遅球) のいずれか一方に対して,非利き手の応答や発声を補足すると,それらの事前分布を効果的に学び分けられることを明らかにしました5.

  • 本研究では,さらに足を用いた補足的な運動に着目しました.

  • 王貞治の「一本足打法」やイチローの「振り子打法」の例にみられるように,バットスイングに伴って足を持ち上げて踏み込むような動作を行う打者をしばしば見かけます.足の補足運動によっても,複数の事前分布の学び分けが促進されるならば,本知見の野球への応用も期待されます.

  • その一方で,リーチング課題 (上肢による空間的な位置合わせ課題) を用いて二つの異なる力場の学習を調べた研究6では,一方の力場に対して足の運動を補足しても,二つの力場を学び分けることはできないことが示唆されていました.

  • しかしながら,リーチングとは異なり,タイミングは,手,口 (発声),足といった様々な身体部位の運動に関わり7,さらに,複数の身体部位を協調させるために重要な役割を担っています8.

  • 従って,タイミングの制御/学習には,リーチングとは異なったメカニズムが備わっている可能性もあると考えられ,次のような心理物理学的実験を行いました.

【方法】

  • 60名の健常な男女 (18–34才) が実験に参加しました.

  • 画面中央に,3つの連続刺激 (S1→S2→S3) が,緑色,もしくは橙色で呈示されました (図1A).

  • 試行内で,S1→S2とS2→S3の刺激時間間隔 (TS) は同一でした.

  • 参加者は,S1→S2のTS からS3の出現を予期して,それと同時になるように,利き手の人差し指 でボタンを押しました.

  • S2からボタン押しまでの時間間隔を応答時間間隔 (TR) として計測し,解析対象としました.

  • 各試行のTSは,以下のいずれかの分布からランダムに選択されました (図1B).

    短時分布 (速球):平均0.75秒 (0.45–1.05秒),②長時分布 (遅球):平均1.5秒 (1.2–1.8秒)

  • 短時分布と長時分布は,緑色の刺激と橙色の刺激のいずれかに割り当てられました (図1C).

  • 緑色/橙色刺激 (=短時/長時分布) の呈示順序は,リーチング課題を使った力場学習に関する先行研究6に合わせて,交互順としました.

  • 各参加者は,以上の課題を640試行 (40試行/セッション ×16セッション) を行いました.

図1.実験方法 (実験1–3共通).(A) 一試行の刺激と応答の流れ.(B) 刺激時間間隔の事前分布:短時分布,長時分布.(C) 刺激 (緑/橙) と事前分布 (短時/長時) の割当ての例.TS:刺激時間間隔,TR:応答時間間隔.

【理論的予測】

 ベイズ推定モデルに従えば,[TRの試行間平均]は図2のようになります.

 × 二つの分布の学び分けができなかった場合 (図2左):短時分布と長時分布の[TRの試行間平均] ×TS 関数は単一のカーブに重複

 〇 二つの分布の学び分けができた場合 (図2右):短時分布と長時分布の [TRの試行間平均]×TS 関数は二つの独立したカーブに分離

図2.ベイズ推定モデルによる実験結果の予測.[TRの試行間平均] :応答時間間隔 (TR) の試行間平均.

【結果】

  • 参加者は,三つの実験に振り分けられました (各実験20名).

  • 実験1の参加者は,刺激の色,すわなち,事前分布の違いによらず,利き手の応答のみでタイミング課題を行いました (図3A上).その結果,参加者は,二つの事前分布を十分に学び分けることはできませんでした (図3A下).

  • 実験2の参加者は,緑色/橙色刺激 (短時/長時分布) のいずれか一方に対して,利き手の応答に合わせて非利き手の応答を補足しました (図3B上).

  • その結果,参加者は,二つの事前分布を学び分けることができました (図3B下).また,事前分布の学び分けの度合いは,実験1よりも統計的に有意に大きな値を示しました (詳細は論文参照).

  • 実験2の結果から,本研究の実験設定でも,先行研究5と同様に,非利き手の運動を選択的に補足することによって事前分布の学び分けが促進されることが確かめられました.

  • 実験3の参加者は,緑色/橙色刺激 (短時/長時分布) のいずれか一方に対して,利き手の応答に合わせて対側の足の応答を補足しました (図3C上).

  • その結果,参加者は,二つの事前分布を明確に学び分けることができました (図3C下).その事前分布の学び分けの度合いは,実験1よりも統計的に有意に大きな値を示しました.加えて,統計的有意差は認められませんでしたが,実験2よりも大きな効果量を示しました (詳細は論文参照).

  • 実験3の結果から,タイミング課題では,足の運動を選択的に補足しても,事前分布の学び分けが促進されることが示されました.

図3.実験結果.(A) 実験1:補足運動なし, (B) 実験2:非利き手で補足運動,(C) 実験3:足で補足運動. いずれも後半の320試行の応答時間間隔を集計した結果.

【研究成果の意義】

  • 本研究の結果,タイミング課題では,非利き手,発声5に続き,さらに,足の運動を選択的に補足することによっても,複数の事前分布の学び分けが促進されることが示されました.

  • 日常の環境では,多様な出来事が生じ,それぞれに異なる事前分布を有しています.一方,私たちも複数の身体部位を有し,それらを多様に組み合わせて運動行動を行うことができます.

  • そのような私たちの身体運動に備わった自由度を活かせば,日常環境の多様な出来事に応じた,柔軟なタイミング行動が可能になることが示唆されます.

  • 身体運動のタイミング制御は,身体部位間の協調にも重要な役割を担っており8,スポーツスキルを説明する最も重要な要素の一つです9, 10.

  • 本成果は,スポーツ技能の向上法の提案や,スポーツ選手の優れた技能の秘訣を解析するための基盤知見となることが期待されます.

  • たとえば,野球のバッティングで,狙い球に合わせて「一本足打法」を行うことで (図4),より的確に投球タイミングを捉えることができるようになり,打率や打球距離が向上するかもしれません.

  • また,スポーツにおける身体技能の向上だけでなく,身体技能の回復や補償のためのリハビリテーション法の考案にも役立てるかもしれません.

図4. 研究成果のスポーツでの応用例

【今後の展望】

 今後,次のような研究によって本成果を発展させていくことを展望しています.

► バーチャルリアリティを用いて,現実のスポーツにより近い環境で補足運動の有効性を検証

► 実際のスポーツ場面での,補足運動の有効性を検証

► 自閉スペクトラム症 (ASD) を有する人達を対象とした検証

 ASD者の行動的な特徴の一つとしてスポーツの苦手があり,事前分布の学習に不全があることが報告されている11, 12.補足運動によりその不全を補うことができるのか?あるいは,補足運動の効果にも不全があるのか?を検証.

► 脳機能計測による複数の分布の学び分けの神経基盤の特定

【引用文献】

1. Körding & Wolpert. Nature 427, 244–247 (2004).

2. Miyazaki, Nozaki & Nakajima. J Neurophysiol 94, 395–399 (2005).

3. Jazayeri & Shadlen. Nat Neurosci 13, 1020-1026 (2010).

4. Cicchini, Arrighi, Cecchetti, Giusti & Burr. J Neurosci 32, 1056–1060 (2012).

5. Natsume, Roach, & Miyazaki. Proc R Soc B 292(2039), 20242438 (2024).

6. Nozaki, Kurtzer & Scott. Nat Neurosci 9, 1364–1366 (2006).

7. Buhusi & Meck. Nat Rev Neurosci 6, 755-765 (2004).

8. Hirashima et al. J Sports Sci 20, 301-310 (2002).

9. 大築立志. 「たくみ」の科学. 朝倉書店 (1988).

10. Nasu et al. Front Sports Act Living 2, 55 (2020).

11. Karaminis et al. Sci Rep 6, 28570 (2016).

12. Wada et al. J Autism Dev Disord 53, 378–389 (2023).

【論文情報】

<論文タイトル>

Concomitant motor responses facilitate the acquisition of multiple timing priors beyond upper-limb contexts

<著者>

  • 田中佑真 (静岡大学 大学院総合科学技術研究科情報学専攻 2025年3月修了,現株式会社デンソー)

  • 髙木陸 (静岡大学 大学院総合科学技術研究科情報学専攻 修士1年)

  • Neil W. Roach (英国・ノッティンガム大学 心理学部 教授)

  • 宮崎真 (静岡大学 学術院情報学領域 教授)

<掲載誌>

iScience

<出版元>

Cell Press (米国)

<論文URL (Pre-proof版)・無料閲覧可>

https://www.cell.com/iscience/fulltext/S2589-0042(26)00426-8

公開日:2026年2月18日 (米国東部時間)

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静岡県静岡市駿河区大谷836
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代表者名
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上場
未上場
資本金
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設立
2004年04月