血液がんのがん化シグナルの発生場所を特定
~ 骨髄増殖性腫瘍の治療薬開発への手がかり ~
順天堂大学大学院医学研究科・血液内科学の小松則夫 教授、輸血・幹細胞制御学の荒木真理人 先任准教授、老人性疾患病態・治療研究センターの増渕菜弥 博士研究員らの研究グループは、骨髄増殖性腫瘍(*1)患者から見出された変異型CARL(*2)タンパク質を詳しく調べた結果、血液細胞においてがん化シグナルが発生する場所とその発生メカニズムを明らかにしました。骨髄増殖性腫瘍には、これまで根本的な治療薬がありませんでしたが、本成果により、細胞表面のタンパク質が「細胞のがん化」をひき起こす本体であることを解明したことで、今後、このタンパク質を標的にした効果的な新規治療薬開発の可能性を示しました。本研究は、英国科学雑誌ネイチャー系列誌の「Leukemia」誌のオンライン版(2019年8月28日付)で公開されました。
【本研究成果のポイント】
【背景】
骨髄増殖性腫瘍(正式名称:フィラデルフィア染色体陰性骨髄増殖性腫瘍)は、国内で一年間に約1400人が新たに発症する疾患で、血液のもとに相当する造血幹細胞に遺伝子変異が生じることで、赤血球や白血球、血小板などが異常に増えてしまう「血液のがん」です。骨髄増殖性腫瘍の治療は、大きなリスクを伴う造血幹細胞移植以外に、現在使用されている抗がん剤では完治が期待できないため、新規治療薬の開発が求められています。そこで研究グループは骨髄増殖性腫瘍の新規治療薬の開発を目的に、発症メカニズムの解明を進めてきました。研究グループはこれまでの研究で、変異CALR遺伝子を有する骨髄増殖性腫瘍症例では、変異CALR遺伝子から作られる変異型CALRタンパク質が形成する多量体が、サイトカイン(*3)受容体であるMPL(*4)タンパク質に結合して、受容体を持続的に活性化することで、血液細胞にがん化のシグナルを伝えていることを明らかにしてきました。
しかし、細胞のどこが起点となってがん化シグナルが発生するのかについては、分かっていませんでした。そこで今回、研究グループは、変異型CALRタンパク質によるがん化シグナルの発生場所とその発生メカニズムを突き止めることを目的に、変異型CALRタンパク質の細胞内での所在とがん化シグナルの発生との関連を調べました。
【内容】
研究グループはまず、変異型CALRタンパク質が、細胞外や細胞表面へタンパク質を輸送するタンパク質分泌経路のひとつであるゴルジ体(*5)に蓄積していることを見出しました。そこで、変異型CALRタンパク質がタンパク質分泌経路へと移行することとがん化シグナルの発生の関係を調べました。その結果、変異型CALRタンパク質がタンパク質分泌経路を通ることが、MPLとの結合や、がん化シグナルの発生に必要であることがわかりました。また、タンパク質分泌経路を通る際に生じるMPLの成熟プロセスにおいて、MPLが未成熟な状態のときに変異型CALRタンパク質が結合することが、がん化シグナルの発生に不可欠であることを明らかにしました【図1(1)】。さらに、変異型CALRタンパク質とMPLは、タンパク質分泌経路の終着点である細胞表面上でも結合していることがわかりました。つまり、変異型CALRタンパク質は、MPLが未成熟な状態にあるタンパク質分泌経路の初期の段階に結合し、結合した状態で細胞表面に運ばれていることを明らかにしました【図1(2)】 。
以上の結果は、1)変異型CALRタンパク質による未成熟なMPLとの結合の阻害、2)細胞表面における変異型CALRタンパク質によるMPLの活性化の阻害、3)細胞表面に存在する変異型CALRタンパク質を標的とした免疫学的な攻撃、という治療戦略により、変異CALR遺伝子により発症した骨髄増殖性腫瘍を治療できる可能性を示しました【図1赤枠】 。
【今後の展開】
今回、変異型CALRタンパク質を発現する細胞でMPLの活性化が主に細胞表面で起きていることを明らかにしました。このことにより、アクセスが容易な細胞の外側から、がん化シグナルを止める薬物や、がん化を引き起こす分子に対する抗体薬や免疫細胞の作用で、がん細胞を排除できる可能性が示されました。
また、腫瘍細胞で変異したタンパク質が正常なサイトカイン受容体を活性化する現象は今まで知られておらず、受容体がサイトカインによる活性化を受ける場所と同じ場所で活性化して異常なシグナルを発生することを明らかにした点において、今回の研究成果は学術的にも大きな意義があります。これは、受容体の異常な活性化に起因すると考えられる様々な疾患の発症メカニズムを解明する上で、重要な知見となります。
今回の成果を受けて、今後は、変異型CALRタンパク質による未成熟なMPLとの結合や細胞表面でのMPL活性化を阻害する新規薬物、あるいは細胞表面の変異型CALRタンパク質を標的とする免疫療法を開発し、有効な治療法の構築をしていく予定です。
【用語解説】
*1 骨髄増殖性腫瘍: 末梢血中の赤血球や白血球、血小板の数が異常増加する血液のがん。ほかに、骨髄が変質する原発性の骨髄線維症も含む。疾患の概説は、患者会ホームページでご覧いただけます。 「骨髄増殖性腫瘍について」http://mpn-japan.org/files/booklet201403.pdf
*2 CALR (Calreticulin): 小胞体に存在し、新たに合成されたタンパク質の品質管理に関与するタンパク質。また、このような機能を持つタンパク質を分子シャペロンという。
*3 サイトカイン: 細胞の外側から受容体を介してシグナルを伝達するペプチド。
*4 MPL: 巨核球や造血幹細胞の細胞膜表面で、トロンボポエチン(TPO)と結合し、JAK2を介して細胞内にシグナルを伝達する受容体タンパク質。
*5 ゴルジ体: 細胞内に存在し、タンパク質が細胞外や細胞表面に出る前に、修飾の付加や形状を整える役割をする細胞内小器官。
【原著論文】
本研究成果は英国科学雑誌nature系列誌の「Leukemia」誌オンライン版(https://www.nature.com/articles/s41375-019-0564-z)に2019年8月28日付で公開されました。
論文タイトル:Mutant calreticulin interacts with MPL in the secretion pathway for activation on the cell surface
タイトル日本語訳: 変異型CALRタンパク質とMPLは分泌経路上で結合し細胞表面で活性化する
著者: Nami Masubuchi, Marito Araki, Yinjie Yang, Erina Hayashi, Misa Imai, Yoko Edahiro, Yumi Hironaka, Yoshihisa Mizukami, Yoshihiko Kihara, Hiraku Takei, Mai Nudejima, Masato Koike, Akimichi Ohsaka, Norio Komatsu
著者(日本語表記): 増渕菜弥、荒木真理人、楊印杰、林英里奈、今井美沙、枝廣陽子、弘中由美、水上善久、木原慶彦、竹井拓、橳島麻衣、小池正人、大坂顯通、小松則夫
所属(日本語表記): 順天堂大学
掲載誌: Leukemia
DOI: https://doi.org/10.1038/s41375-019-0564-z
本研究は、JSPS科研費若手研究(B)(JP17K16195)(JP18K16098)(JP18K16126)(JP18K16127)、JSPS科研費基盤研究(C)(JP16K09859)(JP18K08372)(JP19K08848)、JSPS科研費基盤研究(B)(JP17H04211)、JSPS挑戦的萌芽研究(JP15K15368)、文部科学省私立大学戦略的研究基盤形成支援事業、文部科学省がんプロフェッショナル養成基盤推進プラン、公益財団法人武田科学振興財団、公益財団法人先進医薬研究振興財団、公益信託日本白血病研究基金などの助成を受け実施されました。
- 変異型CALRタンパク質によるがん化シグナルが血液の細胞表面で発生していることを明らかに
- 変異型CALRタンパク質と未熟MPLタンパク質は細胞内で結合し、細胞表面に運ばれてがん化シグナルを発生させることを明らかに
- がん化シグナルの発生を抑制する骨髄増殖性腫瘍の新規治療薬の開発の可能性
【背景】
骨髄増殖性腫瘍(正式名称:フィラデルフィア染色体陰性骨髄増殖性腫瘍)は、国内で一年間に約1400人が新たに発症する疾患で、血液のもとに相当する造血幹細胞に遺伝子変異が生じることで、赤血球や白血球、血小板などが異常に増えてしまう「血液のがん」です。骨髄増殖性腫瘍の治療は、大きなリスクを伴う造血幹細胞移植以外に、現在使用されている抗がん剤では完治が期待できないため、新規治療薬の開発が求められています。そこで研究グループは骨髄増殖性腫瘍の新規治療薬の開発を目的に、発症メカニズムの解明を進めてきました。研究グループはこれまでの研究で、変異CALR遺伝子を有する骨髄増殖性腫瘍症例では、変異CALR遺伝子から作られる変異型CALRタンパク質が形成する多量体が、サイトカイン(*3)受容体であるMPL(*4)タンパク質に結合して、受容体を持続的に活性化することで、血液細胞にがん化のシグナルを伝えていることを明らかにしてきました。
しかし、細胞のどこが起点となってがん化シグナルが発生するのかについては、分かっていませんでした。そこで今回、研究グループは、変異型CALRタンパク質によるがん化シグナルの発生場所とその発生メカニズムを突き止めることを目的に、変異型CALRタンパク質の細胞内での所在とがん化シグナルの発生との関連を調べました。
【内容】
研究グループはまず、変異型CALRタンパク質が、細胞外や細胞表面へタンパク質を輸送するタンパク質分泌経路のひとつであるゴルジ体(*5)に蓄積していることを見出しました。そこで、変異型CALRタンパク質がタンパク質分泌経路へと移行することとがん化シグナルの発生の関係を調べました。その結果、変異型CALRタンパク質がタンパク質分泌経路を通ることが、MPLとの結合や、がん化シグナルの発生に必要であることがわかりました。また、タンパク質分泌経路を通る際に生じるMPLの成熟プロセスにおいて、MPLが未成熟な状態のときに変異型CALRタンパク質が結合することが、がん化シグナルの発生に不可欠であることを明らかにしました【図1(1)】。さらに、変異型CALRタンパク質とMPLは、タンパク質分泌経路の終着点である細胞表面上でも結合していることがわかりました。つまり、変異型CALRタンパク質は、MPLが未成熟な状態にあるタンパク質分泌経路の初期の段階に結合し、結合した状態で細胞表面に運ばれていることを明らかにしました【図1(2)】 。
次に、変異型CALRタンパク質によるMPLの活性化、つまりがん化シグナルの発生が、細胞内のどこで生じているのかを調べました。変異型CALRタンパク質の発現している細胞の表面からMPLを取り除いたところ、がん化シグナルが急速に弱まりました。これによって、変異型CALRタンパク質によるがん化シグナルが細胞表面から出ていることが明らかになりました。
以上の結果は、1)変異型CALRタンパク質による未成熟なMPLとの結合の阻害、2)細胞表面における変異型CALRタンパク質によるMPLの活性化の阻害、3)細胞表面に存在する変異型CALRタンパク質を標的とした免疫学的な攻撃、という治療戦略により、変異CALR遺伝子により発症した骨髄増殖性腫瘍を治療できる可能性を示しました【図1赤枠】 。
【今後の展開】
今回、変異型CALRタンパク質を発現する細胞でMPLの活性化が主に細胞表面で起きていることを明らかにしました。このことにより、アクセスが容易な細胞の外側から、がん化シグナルを止める薬物や、がん化を引き起こす分子に対する抗体薬や免疫細胞の作用で、がん細胞を排除できる可能性が示されました。
また、腫瘍細胞で変異したタンパク質が正常なサイトカイン受容体を活性化する現象は今まで知られておらず、受容体がサイトカインによる活性化を受ける場所と同じ場所で活性化して異常なシグナルを発生することを明らかにした点において、今回の研究成果は学術的にも大きな意義があります。これは、受容体の異常な活性化に起因すると考えられる様々な疾患の発症メカニズムを解明する上で、重要な知見となります。
今回の成果を受けて、今後は、変異型CALRタンパク質による未成熟なMPLとの結合や細胞表面でのMPL活性化を阻害する新規薬物、あるいは細胞表面の変異型CALRタンパク質を標的とする免疫療法を開発し、有効な治療法の構築をしていく予定です。
【用語解説】
*1 骨髄増殖性腫瘍: 末梢血中の赤血球や白血球、血小板の数が異常増加する血液のがん。ほかに、骨髄が変質する原発性の骨髄線維症も含む。疾患の概説は、患者会ホームページでご覧いただけます。 「骨髄増殖性腫瘍について」http://mpn-japan.org/files/booklet201403.pdf
*2 CALR (Calreticulin): 小胞体に存在し、新たに合成されたタンパク質の品質管理に関与するタンパク質。また、このような機能を持つタンパク質を分子シャペロンという。
*3 サイトカイン: 細胞の外側から受容体を介してシグナルを伝達するペプチド。
*4 MPL: 巨核球や造血幹細胞の細胞膜表面で、トロンボポエチン(TPO)と結合し、JAK2を介して細胞内にシグナルを伝達する受容体タンパク質。
*5 ゴルジ体: 細胞内に存在し、タンパク質が細胞外や細胞表面に出る前に、修飾の付加や形状を整える役割をする細胞内小器官。
【原著論文】
本研究成果は英国科学雑誌nature系列誌の「Leukemia」誌オンライン版(https://www.nature.com/articles/s41375-019-0564-z)に2019年8月28日付で公開されました。
論文タイトル:Mutant calreticulin interacts with MPL in the secretion pathway for activation on the cell surface
タイトル日本語訳: 変異型CALRタンパク質とMPLは分泌経路上で結合し細胞表面で活性化する
著者: Nami Masubuchi, Marito Araki, Yinjie Yang, Erina Hayashi, Misa Imai, Yoko Edahiro, Yumi Hironaka, Yoshihisa Mizukami, Yoshihiko Kihara, Hiraku Takei, Mai Nudejima, Masato Koike, Akimichi Ohsaka, Norio Komatsu
著者(日本語表記): 増渕菜弥、荒木真理人、楊印杰、林英里奈、今井美沙、枝廣陽子、弘中由美、水上善久、木原慶彦、竹井拓、橳島麻衣、小池正人、大坂顯通、小松則夫
所属(日本語表記): 順天堂大学
掲載誌: Leukemia
DOI: https://doi.org/10.1038/s41375-019-0564-z
本研究は、JSPS科研費若手研究(B)(JP17K16195)(JP18K16098)(JP18K16126)(JP18K16127)、JSPS科研費基盤研究(C)(JP16K09859)(JP18K08372)(JP19K08848)、JSPS科研費基盤研究(B)(JP17H04211)、JSPS挑戦的萌芽研究(JP15K15368)、文部科学省私立大学戦略的研究基盤形成支援事業、文部科学省がんプロフェッショナル養成基盤推進プラン、公益財団法人武田科学振興財団、公益財団法人先進医薬研究振興財団、公益信託日本白血病研究基金などの助成を受け実施されました。
このプレスリリースには、メディア関係者向けの情報があります
メディアユーザーログイン既に登録済みの方はこちら
メディアユーザー登録を行うと、企業担当者の連絡先や、イベント・記者会見の情報など様々な特記情報を閲覧できます。※内容はプレスリリースにより異なります。
すべての画像