【摂南大学】絶縁体の正体を暴く! 〜磁気秩序の“指紋”を量子ビームで可視化〜
1. 研究成果のポイント
(ア) 光電子分光実験により、モット型・スレーター型絶縁体の識別を初めて実証:光電子分光※1スペクトルに現れる特徴的な構造の変化から、反強磁性絶縁体がモット型かスレーター型※2かを区別する新手法を確立しました。
(イ) 理論計算により非局所的応答の起源を解明し、実験を再現:LDA+DMFT法※3を用いたシミュレーションにより、光電子放出時に起こる非局所的スクリーン効果の違いが、磁気秩序のタイプと対応することを理論的に明らかにしました。
(ウ) 量子材料や省エネデバイス開発への応用に期待:絶縁体の性質を正確に見分けられる本手法は、スピントロニクスや量子情報処理に必要な機能性材料の探索・設計に役立つと期待されます。
2. 概要
甲南大学理工学部物理学科 山﨑篤志教授の研究グループは、大阪公立大学大学院工学研究科 播木敦准教授、大阪大学大学院基礎工学研究科 関山明教授、同大学 藤原秀紀助教、理化学研究所 放射光科学研究センター 玉作賢治チームリーダー、同研究所 濱本諭特別研究員、立命館大学 今田真教授、摂南大学 東谷篤志教授、日本大学 高瀬浩一教授、マサリク大学 Jan Kuneš教授などとの共同研究で、大型放射光施設SPring-8※4のビームラインBL19LXUにて量子ビーム※5の一種である放射光を利用した硬X線光電子分光(HAXPES)実験を行い、最新の電子構造計算手法(LDA+DMFT法)を組み合わせることで、物質が「モット型」か「スレーター型」か、という絶縁機構の違いを区別することに初めて成功しました。
モット型は電子同士の強い反発により絶縁化し、スレーター型は磁気秩序によってバンド構造が変化し絶縁性を示します(図1)。この違いは、次世代の低消費電力・高速動作を目指す電子デバイスや量子材料の設計において本質的な情報となります。また、今回の研究では、光電子分光という局所的な手法でありながら、非局所的なスピン相関や磁気秩序の情報を抽出できることを理論的・実験的に実証し、これまで困難だった量子材料の内部状態の診断に新しい道を拓きました。将来的には、高性能メモリ材料や量子コンピューティング素子の開発に寄与し、より快適で持続可能な社会の実現に貢献することが期待されます。
3. 研究の背景
遷移金属酸化物において絶縁性が現れるメカニズムには、電子間の強い相互作用による「モット機構」と、磁気秩序によってバンド構造が変化する「スレーター機構」が知られています。しかし、実際の物質においてこれらを実験的に区別することは難しく、広く普及している価電子帯光電子分光法では解明が困難でした(図2)。本研究では、互いに似た構造を持つSr2IrO4と Sr3Ir2O7という2種類のイリジウム( Ir )酸化物をモデル物質として、内殻光電子分光実験を行い、スペクトルの温度変化を理論計算(LDA+DMFT)に基づき詳細に解析することで、スペクトル形状の変化がモット型かスレーター型かの“指紋”を持つことを明らかにしました(図3)。ここで“指紋”とは、非局所的な電荷応答(nonlocal screening)に由来するスペクトルの変化を意味します。これにより、これまで難しかった磁気秩序と絶縁化の起源の識別が可能になりました。
4. 論文情報
本研究成果は、2025年5月7日(アメリカ東部時間)にアメリカ物理学会刊行の英文誌「Physical Review B」に掲載されました。
タイトル:Fingerprints of Mott and Slater gaps in the core-level photoemission spectra of antiferromagnetic iridates
著者:K. Nakagawa、 A. Hariki、 T. Okauchi、 H. Fujiwara、 K.-H. Ahn、 Y. Murakami、 S. Hamamoto、 Y. Kanai-Nakata、 T. Kadono、 A. Higashiya、 K. Tamasaku、 M. Yabashi、 T. Ishikawa、 A. Sekiyama、 S. Imada、 J. Kuneš、 K. Takase、 and A. Yamasaki
https://doi.org/10.1103/PhysRevB.111.195114
5. 共同研究における各研究機関の役割
甲南大学:硬X線光電子分光実験、データ解析、論文執筆(責任著者)
大阪公立大学:高精度電子構造計算コード開発および同計算実施、論文執筆
大阪大学、立命館大学、摂南大学:硬X線光電子分光実験手法開発および同実験実施
理化学研究所:高輝度X線ビームラインおよびX線光学系開発
日本大学:高純度単結晶試料の作製および評価
6. 用語説明
※1 光電子分光
光電子分光は、アインシュタインが提唱した光量子仮説に基づく「外部光電効果」を利用した分析手法です。物質にX線などの光を照射すると、内部の電子が外へ飛び出します。その電子のエネルギーを測定することで、物質内部の電子状態や元素の化学的な環境を詳細に調べることができます。この手法は、物質科学や材料開発の分野で広く活用されており、近年では産業応用にも急速に広がりを見せています。本研究では、より深い領域の情報を得るため、通常より高いエネルギーを持つ「硬X線」を用いて測定が行われました。
※2 モット絶縁体とスレーター絶縁体
通常、電子が自由に動ける金属に対し、電子の動きが制限されて電気が流れなくなる物質を「絶縁体」と呼びます。絶縁性をもたらす仕組みにはさまざまなものがありますが、特に磁性を伴う絶縁体では、その起源に応じて「モット型」と「スレーター型」に分類されます。モット型は電子間の強い反発によって、スレーター型は磁気秩序によるバンド構造の変化によって、それぞれ電子の移動が阻まれます。両者は見かけ上は似ていますが、絶縁性の根本的な原因が異なります。材料の設計や新技術の応用においては、この違いを見分けることが極めて重要です。
※3 LDA+DMFT法
LDA+DMFT法は、物質中の電子のふるまいを原子レベルで精密に再現するための先端的な理論計算手法です。まず「LDA(局所密度近似)」という方法で電子の平均的な分布を計算し、そこに「DMFT(動的平均場理論)」を組み合わせることで、時間的に変化する電子間の複雑な相互作用まで扱うことができます。特に、金属と絶縁体の間で揺れ動くような“強相関電子系”と呼ばれる難解な物質の理解に極めて有効です。本研究では、この手法を用いたシミュレーションにより実験データを再現し、絶縁状態の違い(モット型かスレーター型か)をミクロな視点から理論的に明らかにしました。
※4 大型放射光施設 SPring-8
SPring-8は、兵庫県播磨科学公園都市にある理化学研究所の大型放射光施設です。世界最高性能の放射光を生み出すことができ、固体物理、素粒子実験等の基礎科学研究からバイオ、ナノテクノロジーといった応用研究にまで幅広い研究が行われています。
※5 量子ビーム
光子、中性子、電子、イオンなどを同じ向きに細く絞ってビーム状に打ち出したものの総称です。色々なものに照射することで、原子や分子のような極微のスケールで様々なものを調べたり、作ったりすることができる最先端の技術です。SPring-8では、量子ビームの中でも非常に強度の強い光子ビーム(放射光)を使って様々な実験を行うことができます。光子ビームのエネルギーによって、紫外線やX線、ガンマ線など異なる名称で呼ばれます。
7. 補足資料



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