植物ホルモンであるオーキシンが根寄生雑草の幼根伸長を制御することを発見~根寄生雑草を防除するための新たなツールの構築に期待~
明治大学農学部 瀬戸義哉准教授らの研究グループ
■要 旨
● 明治大学農学部の瀬戸義哉准教授、同大学院農学研究科の都筑惠(博士前期課程2年)、鈴木泰輝 (博士後期課程2年)、来馬道生(博士後期課程3年)の研究グループは、岡山理科大学の林謙一郎博士、理研環境資源科学研究センターの萩原伸也博士らとの共同研究により、根寄生雑草の一種であるヤセウツボが発芽後に伸長させる幼根の成長を植物ホルモンの一種であるオーキシンが制御することを発見しました。
● 根寄生雑草による被害は年間1兆円にも上ると言われており、アフリカなどの地域では深刻な農業被害をもたらしています。特に、ヤセウツボは日本でも広く生育している根寄生雑草であり、将来的に農業被害を及ぼすことも懸念されます。本成果は、これら根寄生雑草を防除するための新たなツールの構築につながる可能性があります。
● 本成果は、2024年6月30日に日本植物生理学会が発行している国際学術誌Plant & Cell Physiologyに公開されました。
■概 要
根寄生雑草はトウモロコシやソルガム、陸稲などの主要作物にも寄生し、寄生した相手である宿主植物から水や栄養を奪って生活します。根寄生雑草に寄生された作物においては、収量が劇的に低下するなどの農業被害が見られ、その被害額は世界で年間1兆円と言われています。これら根寄生雑草の多くは、何か別の植物に寄生しないと生存できないため、寄生する相手が近くに存在するときにのみ発芽するという特殊なシステムを有しています。この際、寄生する相手の根から分泌される植物ホルモン※1であるストリゴラクトン(以下SL)を認識して発芽します。発芽後は、幼根と呼ばれる根に似た器官を伸長させ宿主にたどり着き、吸器という特殊な器官を形成して寄生を開始します。この度、この幼根の成長が、植物ホルモンの一種であるオーキシンによって制御されることを明らかにしました。本研究成果は、2024年6月30日に国際誌Plant & Cell Physiologyにオンライン公開されました。
本研究は、JST創発的研究支援事業(JPMJFR211S、植物病原菌が生産するストリゴラクトン様活性分子の探索、研究代表者:瀬戸義哉)、戦略的創造研究推進事業ACT-X(JPMJAX22BH)、JSPS科研費(19K05852、22H02276)の助成を受けて実施されました。
■研究の背景
根寄生雑草は、他の植物の根に寄生し、水や養分を寄生した相手から奪い取って生育します。0.2-0.5 mm程度の非常に小さな種子を多量に作り、それらを拡散するため、物理的に土壌から種子を取り除くことは不可能です。農業被害の報告はないものの、日本においてもヤセウツボという名前の根寄生雑草が観測されています (図1A)。根寄生雑草の種子は独自の発芽システムを持っており、寄生する相手、すなわち宿主の根から分泌されるSLを感知することで発芽します (図1B)。発芽後は、幼根と呼ばれる器官を伸長させ、宿主に接近します (図1 B)。一部の根寄生雑草においては、SLを認識することで、宿主に向かって幼根を伸長させることが報告されています。根寄生雑草の幼根の成長は、唯一の栄養源になる宿主植物に辿り着くための重要なプロセスである一方で、どのように幼根の成長が制御されているのかについては十分に研究されていませんでした。本研究グループは、先行研究において、アミノ酸の一種であるトリプトファンを投与すると、幼根の伸長が抑えられるという現象を見出していました。トリプトファンは、オーキシン(インドール-3-酢酸:IAA)の前駆体となる分子であることから、IAAの効果も調べたところ、トリプトファンよりも強力に幼根伸長を阻害しました。これらの結果から、幼根の成長において、オーキシンが重要な役割を担っている可能性が考えられましたが、詳細な研究はなされていませんでした。
■研究手法と成果
本研究グループは、根寄生雑草の幼根の伸長におけるオーキシンの役割を、オーキシン機能を制御することが知られている種々の化合物を用いて解析しました。まず、天然オーキシンであるIAAに加え、合成オーキシンの2,4-ジクロロフェノキシ酢酸 (2,4-D) と1-ナフタレン酢酸 (NAA) を根寄生雑草に合成SLのGR24と共に与えました。その結果、これらの合成オーキシンも、IAAと同様に根寄生雑草の幼根伸長を阻害することが明らかになりました (図2A)。さらに、オーキシンのアンタゴニスト※2であるAuxinoleをIAAと同時に投与すると、IAAによる幼根伸長阻害が緩和されることが明らかになりました (図2B)。すなわち、根寄生雑草の幼根の成長は、過剰なオーキシンによって阻害されることが示唆されました。
また、根寄生雑草の幼根の伸長における、オーキシン輸送の役割に関して、輸送阻害剤を用いた解析を行いました。光屈性や重力屈性など、植物のさまざまな屈性※3において、しばしばオーキシンの極性輸送※4が関与することが報告されています。根寄生雑草をSLで発芽させた際には、幼根がさまざまな方向に曲がりながら伸長するため、この現象においてもオーキシンの極性輸送が関与する可能性が考えられました (図3)。そこで、オーキシン輸送体の阻害剤であるN-(1-ナフチル)フタルアミド酸 (NPA) を根寄生雑草に与える実験を行いました。その結果、興味深いことに、NPAを根寄生雑草に処理すると幼根の屈曲が抑制され、種子に対して180°方向に伸長することが明らかになりました (図3)。この結果から、宿主植物に辿り着くための重要なプロセスである、宿主の方向への屈性に、オーキシンの極性輸送が関与する可能性が示唆されました。
IAA, 2,4-D, NAAといったオーキシン類は、広範囲の植物に作用し、高濃度で与えた際に成長を抑制します。そのため、根寄生雑草の成長抑制剤といった応用的な観点から考えると、他の植物には作用せず、根寄生雑草の幼根伸長を選択的に抑えることができるオーキシン様分子を見出すことが重要です。そこで、先行研究において、モデル植物のシロイヌナズナに対しては、ほとんどオーキシン活性を示さない5-アダマンチル-IAA (ada-IAA) に着目しました。興味深いことに、これらの分子を根寄生雑草種子に与えたところ、ada-IAAはIAAと同程度に幼根伸長を阻害することが明らかになりました (図4)。一方で、先行研究の報告のとおり、ada-IAAはシロイヌナズナの主根の伸長阻害活性を示しませんでした。ada-IAAの様に、根寄生雑草の成長を選択的に制御可能な分子を見出すことは、根寄生雑草の新たな防除法の開発につながると考えられます。
■今後の期待
今回の研究では、植物ホルモンの一種であるオーキシンが、根寄生雑草の幼根の成長を制御していることを明らかにしました。本研究の成果は、根寄生雑草の幼根の成長や宿主方向への屈性のメカニズムの解明に重要な知見であり、今後より詳細な解析を行うことで、「根寄生雑草はどのようにして宿主植物まで到達するのか」という点が、分子レベルで明らかになることが期待されます。それと同時に、本研究では、根寄生雑草の幼根の成長を選択的に制御可能な分子のリード化合物としてada-IAAを見出しました。ada-IAAをベースに、選択性や活性を向上させた分子をデザインすることは、アフリカを中心に1兆円規模の農業被害を及ぼす根寄生雑草の防除するための、新たなツールの構築にもつながることが期待されます。
■用語説明
※1 植物ホルモン:植物の成長を制御する化学物質の総称。
一般的に植物ホルモンは、植物でごくわずかしか作られない。
これまでに、オーキシン、ジベレリン、サイトカイニン、 エチレン、ジャスモン酸、
アブシジン酸、ブラシノステロイド、ストリゴラクトン、サリチル酸に加え、
幾つかのペプチドホルモンなどが発見されている。
※2 アンタゴニスト: シグナル伝達を誘導する分子に対して、拮抗的に作用してその作用を
減弱させる物質。
※3 屈性: 植物が外部からの刺激に応答して、曲がって成長する性質。
※4 極性輸送:オーキシンは細胞間を決められた方向に輸送されており、これをオーキシン極性輸送
という。主にPINタンパク質という細胞膜に存在する膜輸送体を介して極性輸送が行われると考
えられている。
■参考図
■論文情報
題目:Radicle Growth Regulation of Root Parasitic Plants by Auxin-related Compounds
著者:Kei Tsuzuki, Taiki Suzuki, Michio Kuruma, Kotaro Nishiyama, Ken-ichiro Hayashi,
Shinya Hagihara and Yoshiya Seto
雑誌:Plant & Cell Physiology
DOI:10.1093/pcp/pcae071
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