暗所適応したシアノバクテリアで光合成エネルギー伝達の再編成を解明
―光化学系IIの著しい減少と、アンテナに長く残る励起エネルギーを捉える―
【研究のポイント】
-
暗所適応株dg211を用い、暗所で光合成装置と光エネルギーの流れがどう変化するかを解析しました。
-
暗所で生育したdg211では、クロロフィルaやフィコビリソームが残る一方、β-カロテンは検出限界以下となり、光化学系II(PSII)が著しく減少しました。
-
時間分解蛍光解析から、PSII反応中心に由来する蛍光が消失する一方、光化学系I(PSI)に由来する蛍光は残ることが分かりました。
-
フィコビリソームに励起エネルギーが長く残る状態が増加し、暗所では光合成のエネルギー伝達ネットワークが大きく再編成されることを明らかにしました。
【研究概要】
静岡大学大学院総合科学技術研究科の豊泉香乃(修士1年生)と長尾遼准教授らは、シアノバクテリア Leptolyngbya boryana(注1)の暗所適応株 dg211(注2)を用い、暗所従属栄養条件で光合成装置と励起エネルギー伝達がどのように変化するかを調べました。光条件で生育した野生株(WT-light)とdg211(dg211-light)、および暗所で生育したdg211(dg211-dark)を比較し、タンパク質解析、色素分析、吸収分光、77 K定常蛍光、時間分解蛍光解析を組み合わせました。
解析の結果、dg211-darkではβ-カロテンが検出限界以下となる一方、クロロフィルaとフィコビリソームに由来する分光学的特徴は保たれていました。PSIIの中心タンパク質D1は著しく減少していましたが、PSIの中心タンパク質PsaA/Bは検出されました。さらに、PSII反応中心に由来する数十ナノ秒の蛍光が消失した一方で、PSIに由来する長波長蛍光は残っていました。また、687 nm付近に顕著なナノ秒蛍光が現れ、主としてフィコビリソームに励起エネルギーが長時間保持される状態に由来すると解釈されました。これらの結果は、暗所で光合成によるエネルギー変換が生育に必須でない条件では、光合成装置が一様に失われるのではなく、PSIIが選択的に強く減少し、光エネルギーの流れそのものが再編成されることを示しています。
なお、本研究成果は2026年9月9日に国際雑誌「The Journal of Physical Chemistry B」に掲載されました。
【研究者コメント】
静岡大学 農学部 准教授 長尾 遼
光合成生物にとって、光は光合成を行うために欠かせません。一方、シアノバクテリアの中には、暗所でも有機物を利用して生育できるものがあります。本研究では、長期間の暗所培養によって得られた「暗所適応株」に着目し、光を使わない環境で光合成装置がどのように変化するのかを分光学的手法で調べました。光合成生物が環境に応じて光合成装置をどのように作り替えるのか、その柔軟性を理解する手がかりになると期待しています。
【研究背景】
酸素発生型光合成では、光化学系II(PSII)と光化学系I(PSI)(注3)が光エネルギーを利用して電子を生み出し、生命活動に必要な化学エネルギーを作り出します。シアノバクテリアでは、フィコビリソーム(PBS)(注4)と呼ばれる大型のアンテナ複合体が光を吸収し、その励起エネルギーをPSIIとPSIへ受け渡します。したがって、PBSから二つの光化学系へ光エネルギーがどのように分配されるかは、光合成の効率を左右する重要な過程です。
一方、一部のシアノバクテリアは、グルコースなどの有機物があれば暗所でも従属栄養的に生育できます。この条件では、光合成によるエネルギー変換が生育に必須ではありません。そのため、暗所で長期間生育した細胞は、光合成装置が環境に応じてどのように維持・再編成されるのかを調べるための有用な材料になります。
本研究で用いたLeptolyngbya boryanaのdg211は、暗所従属栄養条件への長期適応過程から得られた変異株です。これまでの研究から、暗所で生育したdg211ではβ-カロテン(注5)が検出されず、カロテノイド生合成中間体が蓄積することが報告されていました。しかし、このような色素組成の変化が、PBSからPSII・PSIへの励起エネルギー伝達や、各光化学系の状態にどのような影響を与えるかは明らかではありませんでした。
そこで本研究では、光条件で生育した野生株とdg211、暗所で生育したdg211を比較し、色素組成、PSII・PSI中心タンパク質の蓄積、77 Kでの定常蛍光および時間分解蛍光(注6)を解析しました。これにより、暗所従属栄養条件で光合成の励起エネルギー伝達ネットワークがどのように組み替わるのかを明らかにすることを目指しました。
【研究の成果】
本研究により、暗所で生育したdg211では、色素組成、PSIIの蓄積状態、PBSから光化学系への励起エネルギー伝達が大きく変化していることが分かりました。主な成果は以下の通りです(図1)。
-
暗所でβ-カロテンが検出限界以下となる一方、クロロフィルaとPBSの特徴は保持
HPLC分析では、WT-lightとdg211-lightでクロロフィルaとβ-カロテンが検出されました。一方、dg211-darkではクロロフィルaは検出されましたが、β-カロテンは検出限界以下でした。吸収・蛍光スペクトルではPBSに由来する特徴も保たれており、暗所で光合成色素が一様に失われたわけではないことが分かりました。
-
タンパク質レベルでPSIIが著しく減少することを確認
チラコイド膜を用いた免疫ブロット解析では、PSII中心タンパク質D1のシグナルがdg211-darkで著しく弱くなっていました。一方、PSI中心タンパク質PsaA/Bは検出されました。D1は完全に消失しているわけではありませんが、PSIIの蓄積量が大きく減少していることがタンパク質レベルで示されました。
-
PBSから光化学系への励起エネルギー伝達が大きく変化
77 K定常蛍光では、dg211-darkでPBSに関連する663–693 nm領域の蛍光が相対的に増大しました。時間分解蛍光でもPBS由来の発光が長い時間領域まで残り、PBSからPSII・PSIへの励起エネルギー移動が全体として強く阻害されていることが示されました。
-
機能的なPSII反応中心単位が著しく減少する一方、PSI関連の特徴は保持
WT-lightでは、PSII反応中心での電荷再結合に由来する約22ナノ秒の蛍光が693 nm付近に観測されましたが、dg211-darkではこの成分が検出されませんでした。D1の著しい減少と合わせると、機能的なPSII反応中心単位が大きく減少していることを示します。一方、729–730 nm付近のPSIに由来する長波長蛍光はdg211-darkでも残っていました。
-
687 nmの長寿命蛍光から、PBSに励起エネルギーが長く残る状態を検出
dg211-darkでは、1.4ナノ秒および4.0ナノ秒の蛍光減衰関連スペクトルに687 nm付近の顕著な正のバンドが現れました。この蛍光は主にPBSに由来すると考えられます。PSIIという主要な励起エネルギー受容先が大きく減少した結果、PBSの一部で励起状態の解消が遅くなり、光エネルギーが長時間保持される状態が生じたと解釈されます。
これらの結果から、暗所従属栄養条件に置かれたdg211では、光合成装置が非選択的に失われるのではなく、PSIIがPSIより強く減少し、それに伴ってPBSから光化学系への励起エネルギー伝達経路が大きく再編成されることが明らかになりました。β-カロテンが検出されない色素状態とPSIIの優先的な減少との関連は、カロテノイド組成と光化学系の形成・維持の関係を理解するうえで重要です。一方、本研究では複数の色素組成変化も観察されており、β-カロテンだけがこの現象を引き起こすと断定するものではありません。

【論文情報】
掲載誌名:The Journal of Physical Chemistry B
論文タイトル:
Altered excitation-energy transfer in the dark-adapted Leptolyngbya boryana variant dg211
著者:Kano N. Toyoizumi, Yuichi Fujita, Seiji Akimoto, Ryo Nagao
DOI:https://doi.org/10.1021/acs.jpcb.6c03891
【用語説明】
注1:シアノバクテリア/Leptolyngbya boryana
シアノバクテリアは酸素発生型光合成を行う細菌の仲間です。Leptolyngbya boryanaは糸状のシアノバクテリアで、光がなくてもグルコースなどの有機物を利用して生育できるため、光合成装置と従属栄養代謝の関係を調べる研究に利用されています。
注2:dg211と暗所従属栄養
dg211は、Leptolyngbya boryanaを長期間、暗所で従属栄養的に継代する過程から得られた暗所適応株です。暗所従属栄養とは、光合成ではなく外部から与えられた有機物を主なエネルギー・炭素源として、光のない条件で生育することを指します。
注3:光化学系I(Photosystem I, PSI)と光化学系II(Photosystem II, PSII)
植物、藻類、シアノバクテリアの光合成膜に存在する色素・タンパク質複合体です。PSIIは光エネルギーを利用して水から電子を取り出し、PSIはその後の電子伝達を担います。本研究では、PSIIの中心タンパク質D1とPSIの中心タンパク質PsaA/Bを指標として蓄積状態を調べました。
注4:フィコビリソーム(Phycobilisome, PBS)
シアノバクテリアの主要な集光アンテナ複合体です。フィコビリンという色素を含み、吸収した光エネルギーをPSIIやPSIへ受け渡します。
注5:カロテノイド/β-カロテン
カロテノイドは光合成生物に広く存在する色素群で、光の吸収、光障害からの保護、光化学系複合体の形成・安定化などに関わります。β-カロテンはシアノバクテリアのPSI・PSIIコアに多く含まれる代表的なカロテノイドです。
注6:時間分解蛍光スペクトル
時間分解蛍光は、光を当てた直後から蛍光がどのように変化するかをピコ秒〜ナノ秒の時間領域で追跡する手法です。本研究では、PSII反応中心に由来する蛍光や、各時間成分に対応する蛍光を解析することで、PBS、PSII、PSIの間の励起エネルギー移動を調べました。
このプレスリリースには、メディア関係者向けの情報があります
メディアユーザー登録を行うと、企業担当者の連絡先や、イベント・記者会見の情報など様々な特記情報を閲覧できます。※内容はプレスリリースにより異なります。
すべての画像
