戦争は、日常まで奪わせない。なかよし学園、ウクライナ ・リビウの地下シェルターで「PEACE CONCERT」
世界遺産の街で文化財を守り、20万人超の国内避難民を受け入れるリビウ。偶然の路上セッションから、日本とウクライナが歌と踊りでつながる平和交流へ
特定非営利活動法人なかよし学園プロジェクト(千葉県松戸市、代表:中村雄一)は、2026年に実施している「ウクライナ平和教育プロジェクト2026」の一環として、ウクライナ西部の都市リビウを訪問しました。本プロジェクトではキーウとリビウを中心に、子ども、保護者、教職員、退役軍人、市民らと直接交流し、日本から届けた教材を用いた教育活動や文化交流を実施しています。


リビウ市内を歩いていたなかよし学園一行が路上で出会ったのは、音楽を奏でる一人のウクライナ人女性でした。言葉や国籍を越えて意気投合し、その場で始まった音楽の交流。その偶然の出会いから、なかよし学園は夕方に開催される地下シェルターでの音楽とダンスの集いへ招かれることになります。

予定表にはなかった出会いが、その日の夜には大勢のリビウ市民との交流へ変わりました。そこでなかよし学園が見たものは、戦争の中でただ「耐えている」人々の姿ではありませんでした。歌うこと。踊ること。誰かと手を取り合うこと。子どもと一緒に笑うこと。私たちが見たのは戦争によって失われかねない「普通の日常」を、自分たちの手で守り続ける人々の姿でした。
800年近い歴史を持つ文化都市・リビウ
リビウはウクライナ西部、ポーランド国境に近い文化都市です。市の公式観光情報によれば、最初の文献上の記録は1256年。都市名はガリツィア・ヴォルィーニ公国のダヌィーロ公の息子レウに由来するとされ、その後、ポーランド、ハプスブルク帝国などの時代を経ながら、東西ヨーロッパの文化が交差する都市として発展しました。
現在も旧市街には、中世以来の街路、教会、修道院、ルネサンスやバロック様式の建築などが数多く残されています。ユネスコはその多文化的な都市景観を評価し、1998年に「リビウ歴史地区」を世界遺産に登録しました。
しかし、2022年に始まったロシアによるウクライナへの全面侵攻は、西部に位置するこの歴史都市にも戦争をもたらしました。リビウの世界遺産は2023年から「危機遺産リスト」に掲載され、2026年3月24日にはベルナルディン修道院地区の建物が攻撃を受け、ユネスコが翌25日に懸念を表明しています。

「西部だから安全」という状況ではありません。前線から距離がある一方、長距離ミサイルやドローンによる攻撃の危険は現在も続いています。
美しい街の彫刻を覆うもの――戦争が終わったら、またみんなで見よう
なかよし学園一行がリビウの街を歩いていると、歴史的建造物や彫刻の一部が、通常とは異なる姿になっていることに気づきます。街に置かれた彫刻は防護材で覆われ、建築物には攻撃や爆風から文化財を守るための対策が施されています。

ロシアの全面侵攻開始後、リビウでは取り外せる文化財をシェルターへ移し、大型彫刻や噴水、ステンドグラスなどについては、防火材や保護材、木製構造物などを用いて損傷を防ぐ措置が進められてきました。ユネスコに提出された2026年の保存状況資料でも、戦争に備えて保護措置を講じた多数の文化財について継続的なモニタリングが行われています。
本来ならば、人々が眺め、子どもたちがその前を走り、旅行者が写真を撮るはずの彫刻が、今は覆われている。なかよし学園一行には、その姿がまるで、
「戦争が終わったら、またみんなで観ましょう」
という街からの無言のメッセージのように映りました。
文化財を守るという行為は、過去を保存するだけではありません。「この街には戦争の後も未来がある」と信じ、その未来へ歴史を渡していく行為でもあります。歴史都市リビウでは、戦争と文化、破壊の危険と未来への意思が、同じ街並みの中に存在していました。



そしてリビウは、故郷を離れた人々を受け入れる街でもある
リビウが現在担っているもう一つの大きな役割が、東部や南部など戦闘の影響を強く受ける地域から移動してきた人々を受け入れることです。正確には、国外へ避難した「難民」と区別して、ウクライナ国内で故郷を離れた人々は「国内避難民(IDP)」と呼ばれます。UNHCRもリビウを、前線地域から避難する人々が到着するウクライナ西部の主要鉄道拠点の一つとして位置づけています。
UNHCR help.unhcr.org
https://help.unhcr.org/ukraine/welcome/if-you-are-an-internally-displaced-person-in-ukraine/
リビウ州当局によると、2026年1月時点で州内には20万1,000人を超える国内避難民が暮らし、67か所の一時滞在施設が運営されていました。つまり現在のリビウは、世界遺産を抱える観光・文化都市であると同時に、戦争によって生活の場所を変えざるを得なかった多くの人々を受け止める都市でもあります。
街を歩けば、美しい歴史地区がある。その一方で、戦没者を追悼する場所があり、文化財を覆う防護材があり、空襲警報に備えるシェルターがある。そしてその同じ街で、人々は仕事へ行き、子どもを育て、食事をし、音楽を奏でています。それが、2026年のリビウです。

一本の路上セッションから始まった、予定外の平和交流
なかよし学園代表・中村雄一と事務局長・中村里英は、ウクライナと日本をつなぐ活動を続けるコロペンコ・マリヤ氏とともにリビウ市内を歩き、街の歴史と戦争の痕跡を学んでいます。
ある日歴史学習の途中で、路上で音楽を奏でていた女性と出会います。バイオリンとアコーディオンで演奏を奏でるリビウの人。音楽を聴いた人は戦争によって傷ついた人のために募金をバイオリンケースに入れてくれます。すると、この女性が中村雄一代表が持っていたギターに気付き、話しかけたことがきっかけでセッションが始まります。


中村雄一代表のギターとバイオリン、アコーディオンの演奏セッションがリビウの街に響きます。現在この地域では外国人観光客はあまり見かけません。まして日本人はほとんどいません。そんな中、ウクライナを応援しにきた日本人であるなかよし学園の2人に、演奏を聞いたリビウの人々は大いに感動し多くの方が寄付のお金を投じてくれました。
なかよし学園がこれまで続けてきた「音楽の力」。それがこのリビウでも、その場で音楽を通じた交流が始まり、さらにギターやバイオリンなど音楽を愛する人々とのつながりへと広がっていきました。



演奏後、女性から「夜にみんなで音楽をやるから来ないか?是非一緒に音楽を奏でてほしい」と、夕方のイベントへ招かれます。これは国際交流イベントとして準備されていたわけではありません。通訳を介した公式会談でもありません。街角で音楽を楽しむ人同士が出会い、「一緒にやろう」と声を掛け合った。ただそれだけでした。
なかよし学園が世界各地で大切にしてきたのは、まさにこうした瞬間です。支援する側と支援される側を固定するのではなく、同じ場所で、同じものを見て、同じ時間を過ごし、互いが持っているものを交換する。これがなかよし学園の活動の核たる精神です。なかよし学園が実践する「世界とつながる学びCoRe Loop」にも、この双方向による人間性に基づく活動精神があります。
なかよし学園「世界とつながる学びプロジェクト」
https://nakayoshigakuen.org/coreloop
地下シェルターの扉の向こうにあった「日常」
夕方、教えられた場所へ向かうと、そこには想像を超える数の市民が集まっていました。民族刺繍の衣装を身につけた人。楽器を抱えた人。子どもの手を引いてやって来る家族。若者、高齢者、仕事帰りと思われる人々。多くの人がシェルターに集まっていました。
そして音楽が始まると、誰かが誰かの手を取り、自然と踊りの輪が広がっていきました。なかよし学園の2人もその輪へ飛び込み、初めて会ったリビウの人々と手を取り合って踊りました。




そしてコンサートも終盤に差し掛かり、昼間の女性の紹介で中村雄一代表がステージに上がります。「この戦争下において遠く日本からウクライナを応援するためにやってきてくれた勇気ある日本人」と紹介された中村雄一代表は、集まった人々の前でなかよし学園校歌「LOVE OTHERS」を披露します。

なかよし学園校歌Love Others
https://youtu.be/mPLwAC46iH8?si=DJIrnstmtmPLl6rS
この日、日本から来た二人とリビウの市民が、歌と踊りを交換する大切な時間が生まれました。この交流は「戦争の中でも音楽と踊りを守り、日常を止めないリビウの人々の姿」として参加した両国の人々に記憶されました。
シェルターは本来、人々が攻撃から身を守るための空間です。しかしこの夜、その場所には音楽があり、笑い声があり、踊りがありました。
人々は危険がなくなったから楽しんでいるのではありません。危険が存在する状況の中でも、「人間として生きる時間」を手放さないために、集まっているのです。なかよし学園は、この時間をウクライナの人々と共につくった「PEACE CONCERT」として日本へ伝えます。

「日常を守る」ことも、平和をつくること
なかよし学園は今回のウクライナ活動で、学校や教育施設だけを訪問したわけではありません。キーウでは街中で出会った人から声を掛けられ、ダンスパフォーマンスへ招かれました。そこでウクライナのダンスを観た中村代表は、「LOVE OTHERS」を歌って応えました。
そしてリビウでも、偶然出会った市民との交流が地下シェルターでの音楽と踊りへつながりました。キーウでも、リビウでも共通していたのは、人々が戦争によって失われかねない「日常」を、自らの力で守ろうとしていたことでした。
教育、音楽、ダンス、食事、会話、笑顔。
どれも武器ではありません。それだけで戦争そのものを終わらせることもできません。
しかし、戦争が人間から奪うものは建物や物だけではなく、人と会うこと、笑うこと、未来を想像すること、文化を楽しむことといった「人間らしく生きる時間」でもあります。だからこそ、なかよし学園はそこにコミットします。戦争が続く場所で子どもたちと未来の街をつくる。地下シェルターで折り紙を折る。歌う。踊る。知らなかった人同士が出会う。
平和を「戦争が終わった後に始まるもの」と考えるのではなく、戦争の最中であっても、人と人との間に小さな平和をつくり続ける。それが、今回のウクライナプロジェクトでなかよし学園が実践してきた「願う平和から、行動する平和へ」です。活動報告書でも、地下シェルター、学校、博物館、広場、街角を教育と交流の場に変えたことを今回の活動の意義として位置づけています。

なかよし学園プロジェクト代表・中村雄一 コメント
シェルターという言葉を聞けば、多くの人は空襲や避難、恐怖を想像すると思います。でもリビウで僕たちが見たのは、その場所で音楽を鳴らし、子どもが走り、大人が踊り、初めて会った人同士が手を取り合って笑う姿でした。
戦争が壊そうとするものの中には、こうした『普通の日常』があります。だから、その日常を守ることも平和活動なんだと強く感じました。
僕たちは日本からウクライナへ何かを一方的に教えに行ったのではありません。むしろ、こんな状況の中で人々がどうやって文化を守り、人とのつながりを守り、今日を生きているのかを教えてもらいました。そして、その輪の中に入れてもらった。
歌った数分、踊った数分が戦争を終わらせるわけではありません。でも、その数分間、人と人が国籍を忘れて笑い合うことはできる。『幸せな時間』を一緒につくることはできる。
平和は、誰かがいつか完成させてくれるものではないと思います。今いる場所で、人と人との間につくっていくものです。だから僕たちはこれからも、『どこでも、いつでも、誰にでも、教育で平和をつくる』を世界の現場で続けていきます。

なかよし学園 ウクライナ平和教育プロジェクト2026
実施団体:特定非営利活動法人なかよし学園プロジェクト
参加者:代表 中村雄一、事務局長 中村里英
主な活動地域:キーウ、リビウほか
主な活動:未来のまちづくり、平和教育、創造性教育、防災教育、文化交流、現地調査等
なかよし学園は今回、Nゲージ、ミニ四駆、折り紙、カルタなどを日本から持ち込み、単なる物資寄贈ではなく、現地の学校や文化施設、市民団体が継続的に学習へ活用できる形で活動を実施しました。また、ウクライナの子どもたちから作品や手紙を受け取り、日本の学校へ持ち帰ることで、「支援する側/される側」を固定しない双方向の学びを進めています。
本件に関するお問い合わせ先
特定非営利活動法人なかよし学園プロジェクト
E-mail:peace.office@nakayoshigakuen.org
写真素材・取材対応が可能です。
掲載時の写真クレジット:©なかよし学園プロジェクト
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