【摂南大学】「色」で決まるサワガニの売り方 オンライン取引を介した採集圧にも影響あり!

学校法人常翔学園

 摂南大学(学長:久保康之)農学部応用生物科学科の國島大河講師は、ペットや食用として需要のあるサワガニ種群(サワガニ)を対象に、オンラインオークションでの取引データを解析し、体色という生物学的特徴が人間の市場行動(販売戦略)や野生個体への採集圧(商業目的や鑑賞目的の採集量)に影響を及ぼすことを明らかにしました。更に、各販売戦略の特性と体色タイプの地理的分布が組み合わさることで、採集圧に地域差が生じることも示しました。本研究は、体色の多様性を持つ野生生物の市場評価や、それに伴う人間活動の影響を明示するとともに、オンラインでの生体取引に対する今後の規制や保全策の重要性を示唆しています。

【本件のポイント】

 ● サワガニは、11年間で4万6,000個体以上の生体が売買されるなど、オンラインオークションで高い人気を博していた

 ● サワガニの販売様式は、出品される個体の体色タイプによって「薄利多売戦略」か「厚利少売戦略」に分かれることが示された

 ● 体色タイプごとに偏る地理分布と販売戦略の違いによって、オンライン取引に伴う採集圧の地域差が生じていることを明らかに

結果の概要。「サワガニ」の分布様式(左上)と体色タイプによる販売戦略の違い(左下)、それに伴い採集圧の偏りが生じるメカニズム(右)

【研究の背景と目的】

 近年、インターネットを介した生体取引が急増しており、野生生物の採集圧や絶滅リスクを高める懸念が強まっています。特に生物の色彩は市場価値に反映されやすく、希少な体色タイプの需要が高まると、特定の集団が過剰に採集される恐れがあります。しかし、多様な色彩を持つ生物において、体色とその地理分布がオンライン市場の売買戦略や地域別の採集圧にどのように結び付くかは十分に解明されていませんでした。                           
 本研究では、多様な体色を持つサワガニ種群※1(Geothelphusa dehaani species complex;以下、サワガニ)に着目し、体色タイプの違いがオンラインオークションによる生体売買や採集圧に与える影響を明らかにしました。サワガニは、日本列島の陸水域に分布する小型甲殻類であり、一般にペットや食用として需要があります。サワガニは多様な体色を持つことが知られ、伝統的に茶色型、赤色型、青色型の3タイプに区分されます(図1)。更に、最近全国規模での集団遺伝構造が明らかになり、明瞭な地理的境界を持つ5集団に分けられることや、同一集団内でも色彩多型を持つことが示されています(Kunishima and Takata et al., 2025)。

図1.本研究で使用したサワガニ種群の体色タイプ。左上:茶色型(DB)、右上:赤色型(RD)、左下:青色型(SB)、右下:その他(OT)※「その他」には、ここに示した黄色以外の個体も含まれる。

【研究内容】

 本研究では、2013年1月1日〜2023年12月31日に日本国内の主要オークションサイトで成立した「サワガニ」の生体取引を抽出し、掲載情報や写真に基づき体色タイプを茶色型(DB)・赤色型(RD)・青色型(SB)・その他(OT)・混合(Mix)に整理しました※2。更に、各取引での個体数・価格(開始/落札/個体単価)・日付・採集地・発送地などのデータを用いて、体色タイプ別の売買様式と販売者の行動を分析しました。

 解析の結果、11年間で3,431件、4万6,319個体が総額425万円で取引され、ほぼすべてがペットカテゴリーでの売買でした。取引の過半数が野外採集由来の個体(以下、野生個体)であり、体色タイプによって採集地の傾向が異なりました。DBは広域から採集される一方、RD、SB、OTの採集地は局所的でした(図2)。また、取引の83%は個人出品であり、93%の取引で採集地と発送地が一致していたことから、地元住民が自ら採集したものを出品していると考えられます。

 次に取引データの解析結果では、体色タイプによって異なる2つの販売パターンが確認されました(図3)。

①  茶色型(DB)・混合(Mix):大量販売で個体単価が低く、取引当たりの個体数が多い

②  青色型(SB)・赤色型(RD)・その他(OT):少量販売で個体単価が高く、取引ごとの個体数が少ない

 これらの傾向は年々顕著になっていたことから(図4)、体色タイプに基づく販売戦略の違いを反映したものだと考えられます。本研究では、大量販売かつ低単価での売買を「薄利多売戦略(Low Profits High Sales strategy: LPHS戦略)」、少量販売かつ高単価での売買を「厚利少売戦略(High Profits Low Sales strategy: HPLS戦略)」と定義しました。

 体色タイプに基づく2つの戦略は供給量と価格設定に差を生じさせ、その結果としてオンラインオークションを介した採集圧にも違いを生み出しています。一般に、色彩型ごとに分布地域が限定されている場合、特定の色彩を持つ集団がより過剰に採集される懸念があります。予想に反して、サワガニでは広域に分布するDBへの採集圧が高く、局所的なSB、OTでは低く保たれていました。しかし、本種群では成熟までに4年かかることを考えると(荒木・松浦,1995)、今は普遍的であっても過剰採集が続けばDBを含む集団や個体群に悪影響が及ぶ可能性があります。

 本研究では、サワガニの体色タイプによるオンラインオークションでの販売戦略の違いとそれに伴う採集圧の変化に焦点を当てていますが、今後、サワガニの分類の更新によって状況が大きく変化する可能性があります。サワガニは近年の形態学的・分子生物学的な研究によって隠蔽種(いんぺいしゅ:外見上の区別がつかず同種と判断されてきたが、本来は別種と扱うべき種)や遺伝的分岐の深い集団の存在が指摘されており(Takenaka et al., 2023; Naruse and Ng, 2024; Kunishima and Takata et al., 2025)、新種として記載されることによる付加価値が新たな過剰採集を生じさせるかもしれません。実際に、新種の記載直後にオンラインオークションで高値での取引が確認された事案もあり(Altherr and Lameter,2020)、サワガニについても分類の更新が生じた際に過剰な採集を抑制するため、オンラインオークションのプラットフォームには迅速な対応が求められます。

 以上を踏まえて、本論文では、野生生物の生体に関する年間上限出品数の設定など細やかな運用規制の導入を提言するとともに、オンライン取引の情報と現地の個体群サイズ・密度・遺伝構造などの生態情報を組み合わせた統合的なモニタリングを推奨しています。

図2.各体色タイプの採集地。都道府県レベルで示しており、円のサイズは出品個体数(採集個体数)を表す。図左上のUNは、採集地が不明な個体での体色タイプの割合を示す。なお、その他(OT)については生息地保護の観点から地図上には示していない。

 

図2.各体色タイプの採集地。都道府県レベルで示しており、円のサイズは出品個体数(採集個体数)を表す。図左上のUNは、採集地が不明な個体での体色タイプの割合を示す。なお、その他(OT)については生息地保護の観点から地図上には示していない。

図3.各体色タイプの販売パターン。茶色型(DB)と混合(Mix)は低単価で大量販売され、青色型(SB)や赤色型(RD)、その他(OT)は高単価で少量販売される。

図4.取引当たりの個体数(上)および1個体あたりの単価(下)の経年変化。薄利多売の茶色型(DB)と厚利小売の青色型(SB)やその他(OT)では傾向に違いがある。

【本研究の意義と今後の展望】

 本研究の意義は、野生生物の体色という生物学的形質が市場での売買戦略に影響を与え、結果として採集圧の偏りが生じることを定量的に示した点にあります。また、普遍的な体色タイプであっても、需要によっては大量販売が引き起こされ、それに伴い高い採集圧が維持されるリスクがあることを可視化しました。これらの知見は、色彩多型を持つほかの分類群(昆虫や両生爬虫類、魚類など)にも当てはまる可能性があり、広範にわたる野生生物の保全に役立つものです。今後は、サワガニの需要(食用かペット用か)と体色タイプの関係や、他の種も含めた国内のサワガニ類に関する生体取引の実態解明も進めていく予定です。

※文中の図は、全て論文内のものに加筆・修正を加えたものです。

【著者のコメント】

 サワガニ論文の第2弾です。この論文では、インターネットでサワガニのオークション結果を検索しすぎておすすめ欄にしばらくサワガニが表示され続けたり、論文投稿中に分類が更新されるハプニングがあったりと苦労しました。それにもめげず夜な夜な進めた研究の成果を世に送り出せてうれしく思います。サワガニの体色の違いが人の行動を変化させ、それによって採集圧の違いを生み出すという結果は、とても興味深く思うと同時に、人の業の深さを感じさせられました。また、11年間で4万6,000個体以上のサワガニが捕まえられ、売られているという事実にも衝撃を受けました。ここで取り上げられたのはオンラインオークションだけで、実際にはもっと多くのサワガニがさまざまな人に採集され、関わりを持っているはずです。今回を足掛かりに、生態系サービスや人類文化学などの面からもヒトとサワガニの関わりについて調べていきたいと考えています。

【論文情報】

【タイトル

Difference in sale strategies drive spatial heterogeneity in collection pressure through online auctions: the role of body color variation in the Japanese freshwater crabs, Geothelphusa dehaani species complex (販売戦略の違いがオンラインオークションを介した採集圧の空間的異質性を生み出す:サワガニ種群における体色の役割)

雑誌名:Nature Conservation

記事情報:59号279–300ページ

DOIhttps://doi.org/10.3897/natureconservation.59.142085

    

注釈:

※1 サワガニ種群 Geothelphusa dehaani species complex

 国内で「サワガニ」と呼ばれるものは長らく1種だと考えられてきたが、複数種が含まれる可能性が近年指摘されている。実際に、Naruse and Ng(2023)によって、青森県青森市と熊本県天草諸島からそれぞれG. mustuG. amakusaが新種として記載された(いずれも和名なし)。本研究では、2種が記載される前のオークションデータを使っているため、出品者や落札者による種の区別はされていない。また、出品物の採集地と色彩の情報から、今回のデータにはこれら2種が含まれていないと考えられるものの、両種の詳細な分布はいまだ不明なため、本研究では念のためサワガニ種群として扱った。

※2 体色タイプ

 本研究における体色タイプ(DB,SB,RD,OT)は、出品者の認識を反映させるためにオークションページの記載や情報に基づく。明記されていない場合は、一般に色彩を認識させやすい甲羅の色からタイプ分けを行った。したがって、本研究での体色タイプの定義は、これまで伝統的に区分されてきた色彩型(DA,BL,REなど)とは異なることに注意が必要。

 

引用文献:

 Altherr S, Lameter K (2020) The rush for the rare: Reptiles and amphibians in the European pet trade. Animals 10: 2085.

荒木晶・松浦修平. 1995. サワガニの成長. 九州大學農學部學藝雜誌49: 125-132.

Naruse T, Ng PK (2024) The identity of the Japanese freshwater crab, Geothelphusa dehaani (White, 1847) (Decapoda: Brachyura: Potamidae), with descriptions of two new species from Japan. Crustacean Research, 53, 53–71.

Kunishima T, Takata K, Nishikawa K, Gibu K, Nishijima M, Iguchi A. (2025) Genetic population structure of Japanese freshwater crab, Geothelphusa dehaani species complex using genome wide SNPs. Scientific Reports 15: 23781. https://doi.org/10.1038/s41598-025-08085-0

摂南大学プレスリリースhttps://www.setsunan.ac.jp/news/detail/7633(2025/7/16)

Takenaka M, Yano K, Tojo K (2023) Phylogeography of the true freshwater crab, Geothelphusa dehaani: Detected dual dispersal routes via land and sea. Zoology 160: 126118.

d140284-172-c10c07bf24dd97af8c976efd2c87059a.pdf

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業種
教育・学習支援業
本社所在地
大阪市旭区大宮5-16-1
電話番号
-
代表者名
西村泰志
上場
未上場
資本金
-
設立
1922年10月