関東大震災から100年 東京の防災力のさらなる強化策を探る ~一般世帯の半数を占める「単身世帯」の防災力向上が不可欠~
グローバル都市不動産研究所 第22弾(都市政策の専門家 市川宏雄氏監修)
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このたび同研究所では、調査・研究の第22弾として、関東大震災から100年を前に、東京の災害被害想定と対策について不動産投資の観点から分析します。
【01】未曾有の被害をもたらした関東大震災
10万人を超える死者・行方不明者の9割が焼死
木密(木造建築物)の集積が首都東京を炎に包む
1923年(大正12年)9月1日、相模湾北西部を震源とするマグニチュード7.9の大地震が南関東から東海地域に及ぶ広範囲な地域に被害をもたらしました。
圧倒的な犠牲を生んだ火災
地震による直接死・行方不明者数は約10万5千人、全壊・全焼住宅は約29万棟、経済損失は約55億円(当時の GDP比約37%)にのぼり、記憶に新しい東日本大震災、阪神・淡路大震災と比較してもいかに激甚的な災害であったかがうかがえます【表1】。
当時の東京府全体における死者・行方不明者数は7万人を超え、うち東京市(麹町区・神田区など現・東京都の東部15区)は6万8千人と、当時の人口の3割強が犠牲になりました【表2】。被害の特徴は、住宅被害数と要因別内訳からもわかるように、木造家屋の倒壊と火災延焼です。なかでも地震発生直後からの火災は46時間にわたり延焼、東京市域の約46%(34.7㎢)を焼き尽くし、全死者・行方不明者の約96%もの命を奪いました。
木造建築の集積が被害を拡大
火災被害が深刻化した背景には、火が多く使われる昼食の時間帯であったことや、木造家屋の倒壊による延焼火災の同時発生、台風の余波による強風、風向きの変化による延焼範囲の拡大と避難者の逃げ惑い、火災旋風の発生など、複数の要因が指摘されています。
なかでも不動産・都市開発の観点で注目すべきは、木造建築が密集し街路も狭い地域を中心に延焼が悪化した点です【図1】。当時は、江戸時代の都市基盤のまま、近代化による人口増加と建物の密集が進み、さらに浅草区北部、神田区西部、本所区では軟弱地盤による地震動の増幅が木造家屋の倒壊を招き、延焼火災の同時発生に至りました。
一方で、当時の消防体制が震災時の断水と火災の同時多発という事態に対応できるほど十分に備わっていなかったことなども被害が深刻化した要因として挙げられます。
【02】東京都の災害被害想定
地震による倒壊・火災は築古住宅の集積地で深刻に
区部東部では大雨・高潮による浸水リスクに警戒
東京都は、関東大震災の教訓を活かすことはもとより、東日本大震災後、首都直下型地震および南海トラフ巨大地震等による被害想定に基づき、地震に強いまちづくりを加速させてきました。2022年に人口・世帯構成の変化や新たな科学的知見等をふまえて10年ぶりに被害想定が見直されたほか、近年急増する都市型浸水を受けて風水害対策も強化が進められています。
首都直下地震等による被害の想定
死者最大6千人以上、帰宅困難者452万人超
まずは、22年公表の「首都直下地震等による東京の被害想定」を概観します。今後30年以内に発生しうるマグニチュード(以下M)7クラスの首都直下型、M8-9クラスの海溝型の主な地震において、想定される最大の人的・物的被害は【表3】のとおりです。
震度6強以上の揺れが招く建物倒壊と死傷者
続いて、各地震の震度分布、および都内の被害が最大になるケースの揺れの被害について、エリアごとに見ていきます。
まず都心南部直下地震では、区部の東部や南西部を中心として約402㎢にわたり震度6強以上になるとされます。このほか、多摩東部直下地震では多摩地域・区部東部を含めた約485㎢の広い範囲、海溝型の関東大震災(表3および図2では大正関東地震)では南部・東部を中心に区部の約2割、立川断層帯地震では多摩地域の約2割で震度6強以上になるとみられます【図2】。このうち、首都中枢機能への影響が最も大きくなる都心南部直下地震について、揺れによる被害を23区部別に見ていきます【表4】。
震度6強以上の震度別面積率は、江東区・足立区・墨田区・太田区・品川区で90%を上回り、建物被害では全壊棟数が足立区で唯一1万棟を超え、太田区・江戸川区・江東区・世田谷区と続いています(参考:【図3】)。なお、全壊する建物の約8割は旧耐震基準とされており、これらの区では築古の建物が多いことがうかがえます。また、半壊棟数も足立区が2万棟を超え、世田谷区・大田区で1万5千棟超、江戸川区、葛飾区が続いています。一方で、死者数は足立区で500人超、大田区・江東区と続き、人口あたり死者率は千代田区が0.106%で最も高く、荒川区・墨田区と続いています。負傷者数は江東区と足立区で7千人を超え、人口あたり負傷者は千代田区が4.8%と最も高く、港区・江東区と続いています。
山手線外周部で深刻化する火災被害
次に、予想される主要な地震に伴う火災被害について、エリア別にみていきます。
木造建物棟数分布と合わせて焼失棟数分布【図4】を合わせてみると、いずれの地震においても、山手線外周部の木造建物を中心に火災域が広がることがうかがえます。
このうち、都心南部直下地震について、出火件数、焼失棟数、火災による死者数・負傷者数を23区別にみていきます【表5】。
出火件数は江戸川区・足立区・大田区・世田谷区が50件超と特に多く、焼失棟数は世田谷区・大田区で1万5千件を超え、江戸川区・足立区・杉並区が続いています。なお、出火件数に占める焼失棟数の割合を見ると、世田谷区・杉並区・大田区、目黒区、品川区の順で高くなっています。住宅を中心に狭小な建物が集積し、延焼が広がりやすい地域といえるでしょう。
また死者数は、世田谷区、大田区で400人弱、人口あたり死者率は大田区で0.054%で最も多くなっています。負傷者数も死者数の上位と同じ自治体が占め、世田谷区、大田区で1,500人超となっています。
津波以上に大雨・高潮で高まる区部東部の浸水リスク
津波に関しては、海溝型地震である関東大震災(表3および図2では大正関東地震)及び南海トラフ巨大地震で被害想定がなされています。最大津波高は区部で約 2.6m、東京湾に面する江東区・中央区・港区・江戸川区・品川区・大田区の6区で2mを超えるとされます【図5】。なお、東京湾は外洋からの入り口が狭く、複数の大型河川が津波の逃げ場になることで、揺れの規模に対する都区部の被害は比較的小さいとみられています。
一方で、昨今は温暖化を背景とする短時間豪雨や大型台風などにより、河川の氾濫や下水道管からの雨水の吹き出しといった水害が市街地でも頻発。地震との複合災害も懸念されています。大雨と洪水による被害については、2000年の東海豪雨(時間最大雨量114mm 総雨量589mm)以上の降雨想定に基づき、都建設局が「浸水予想区域図」で河川流域別に浸水範囲と浸水深を予測し、各区市町村が「洪水ハザードマップ」として避難場所や経路の情報と共に公開しています。
これらによると、荒川と江戸川が流れ込み「海抜ゼロメートル地帯」と呼ばれる江東5区(墨田区・江東区・足立区・葛飾区・江戸川区)では、最大で人口の9割以上(約250万人)が浸水被害に見舞われ、2週間以上水が引かないリスクが指摘されています【図6】。
また台風に伴う高潮については、1934年の室戸台風級(中心気圧910hPa)の台風を想定した場合の浸水被害区域・浸水深が公開されています【図7】。東部17区・約212㎢にわたり、荒川や墨田川沿いの墨田区・江東区を中心に最大10mの浸水が発生し、1週間以上水が引かない見込みとなっています。
【03】東京都の防災・減災の取り組み
「木密」の解消と2000年基準の耐震化に注力
洪水・浸水はハード・ソフトの両面から対策を強化
地震・水害を核とする都の災害対策
自然災害が多様化・激甚化するなか、防災・減災に係る法律や国レベルの体制整備と共に、東京都としても各種被害想定をふまえ独自の災害対策を計画・推進してきました。近年新たに公開や改定がなされた主な計画として、災害対策基本法に基づく災害種別の地域防災計画、都震災対策条例に基づく「防災都市づくり推進計画」や「東京防災プラン2021」、施策として「TOKYO強靭化プロジェクト」などが挙げられます。 本章では、東日本大震災後に重点的な対策が進んだ①不燃化②耐震化③水害対策の取り組みを紹介します。
①不燃化(木密地域解消)
東京都は、阪神・淡路大震災や東日本大震災の教訓をふまえ、甚大な火災被害の想定される約7,000haを整備地域を指定。2020年度までに不燃領域率を70%、主要な都市計画道路の整備率を100%にすると掲げ、集中的に施策を展開してきました。主として「不燃化特区制度」では、老朽建築物の除却・建て替えの助成や税の減免措置、「特定整備路線の整備」では、延焼遮断帯を形成する主要道路の権利者に対して財政支援等を実施しています【表6】。
施策の成果として木密地域面積は大きく減少し、最新の被害想定にも着実な減災効果が認められています【図8】。
反面、整備地域別には不燃領域率の改善度合いはバラつきがあり、その進捗はエリアごとに大きく異なるといえます【図9】。
②耐震化
我が国の建築基準法では、震度6程度以上の地震での倒壊危険性を前提に新耐震基準(1981年)が定められたのち、阪神・淡路大震災をふまえて2000年、現行の耐震基準に改められました。基準強化が進む一方、熊本地震(2015年)では2000年以前に建てられた新耐震基準の建築物にも被害が発生したことから、現行基準以前の建築物への対処が課題となっています。
都では、地域防災計画(震災編)や2007年策定の「耐震改修促進計画」に基づき、各種建築物の耐震診断や耐震改修の促進を推進してきました。
例として住宅については、「防災都市づくり推進計画」に定める整備地域、および2018年からは所有者への個別訪問等取り組みに積極的な区市町村を対象に、耐震化にかかる財政支援がなされています。このほか、相談体制の整備や耐震改修工法に関する情報提供、事業者講習会などの環境整備や技術的支援を通じて、所有者への働きかけを進めています。なお耐震改修促進計画は、最新の被害想定や「TOKYO強靭化プロジェクト」をふまえ本年5月に改定され、新たな目標を定めています【表7】。
住宅については、新耐震基準に適合していても2000年以前に建築され、耐震性の不十分な木造住宅に対する耐震診断・改修等の支援の拡充、また特定緊急輸送道路沿道建築物に関しては、耐震アドバイザーの派遣や一般沿道建築物の耐震診断を促進し、当該道路全体の通行機能の確保を図るといいます。
③水害対策
豪雨、高潮、土石流、がけ崩れ、地滑り防止などの各種水害については、地域防災計画(風水害編)を軸に施策が実施されてきました。
とりわけ豪雨とそれに伴う洪水・浸水対策については、2007年に豪雨対策基本方針が策定され、ハード・ソフトの両面から総合的な治水対策や避難拠点の整備、住民の自助・共助の体制づくりや意識啓発等が進められています【表8】。同方針は近年の降雨傾向や被害状況をふまえて2014年に改定され、おおむね 30 年後を目途として年超過確率 1/20の降雨(区部:時間 75mm、多摩部:時間 65mm)に対する床上浸水等の防止が目標に掲げられています。
【04】東京の防災力強化の伸びしろ
都区部で増える「若年単身者」の意識変化に注目
賃貸マンションでも災害対策強化の動き広がる
ここまでみたように、東京都では各災害の被害想定と対策が行われています。さらなる防災・減災の強化を図るうえで、注目すべきはどのようなポイントでしょうか。不動産開発・投資の観点から、都区部の単身世帯とその防災意識、さらに彼らの多くが入居する賃貸マンションにおける防災トレンドについて紹介します。
都区部で増加する若者の単身世帯
まずは、東京都の世帯構成に着目します。2020年度の国勢調査によると、一般世帯の総数は721万6,650世帯で、前回(2015年度)調査比で52万3,778世帯(7.86%)増加する一方で、単独世帯は362万5,810 世帯、前回比で46万1,135世帯(14.57%)増と、一般世帯の増加率と比較しても顕著に増加。一般世帯に占める割合は47.39%から 50.26%に上昇し、初めて半数を超過しました。都は2019年時点で、単独世帯が半数を超えるのは2035年と見込んでいましたが、予測より10年以上も速いペースで増加したことがわかります。なお特別区に限れば、2015年には単独世帯がすでに50.6%を占め、増加のスピードはさらに速くなっており、またこの増加は2040年まで続くとみられています。
5歳階級の年代別に全単独世帯の割合をみると、25~29歳が43万4,494世帯で最多、20~24歳が31万8,775世帯で次いでおり、若い単身者が多いという特徴も挙げられます。進学や就職を背景とする転入者が多いためといえるでしょう8。
上記のような変化から、「若年層の単身者」は都民の世帯構成を捉えるうえでひとつの核といえます。これらの層は一般的に防災意識が低いとされてきましたが、彼らの意識に変化の兆しも見られます。例として、一人暮らしの学生・社会人(18~29歳)に部屋選びの意識を尋ねた2021年の調査では、現在の部屋を探した際に「防災について意識した」と回答した割合は学生で46.2%、社会人で43.5%に上りました。2019年度調査比で、学生は3.4ポイント増、社会人で11.4ポイント増といずれも増加しています【図10】。
賃貸マンションにおける「防災」の動き
これまで、住宅の防災は戸建て・分譲マンションを中心に強化されてきた経緯がありました。しかし、都区部で増加する単身者・若者の多くが住む賃貸集合住宅においても「防災」が物件の選択基準になりつつあります。
例として、賃貸入居者の意識調査(2018年) では、部屋選びの際に「災害に対する強さが決定要因になった」と回答した人が約78%に上っています。また2022年、首都圏の賃貸契約者に「魅力を感じるコンセプト賃貸住宅」を尋ねたところ、「防災賃貸住宅」が36.3%でトップとなりました 【図11】。次点の「デザイナーズ賃貸住宅」(29.0%)、「子育て世帯向け」(22.4%)の割合と比較しても、賃貸住宅選びにおける防災への関心の高さがうかがえます。
建築・設計
構法・構造の面では、一般的な住宅やマンションよりも耐震等級を1段階高め、賃貸マンションながら災害時の救済・避難拠点(学校・病院等)と同等の耐震力にするものがあります。耐震構造だけでなく、制震構造や免震構造の選択が可能なものや、断熱材や外壁の工法で耐火性能を高めた物件も見られます。
設備
設備面で大きな進化が見られるのは、災害時に利用可能なエネルギーの確保・供給です。
太陽光発電パネルは、賃貸物件への導入ハードルが高いとされてきました。装置購入費に加え、屋根が設置に十分な面積を持たず高さや重量の制約も受けやすい建物上の問題、維持・管理の煩雑さやコストなどが主な要因です。しかし、軽量・薄型パネルや、省スペース・大容量のリチウムイオン蓄電池の開発、長期契約を前提とすることで設置費用を実質ゼロとする、メンテナンスや故障対応を定額で請け負うといった発電事業者のメニュー拡充によって、導入障壁は低減されつつあります。さらに太陽光のほか、敷地内に設置したガスバルクにLPガスを貯蔵し、発電機を稼働させるシステムも展開されています。
その他のライフラインとして、不足しがちな生活用水を補う防災用井戸や雨水貯蓄槽、蓄電池を用いた共用Wi-Fi、防災かまどベンチの設置などもみられます。なお、これらの非常用エネルギーは、建物の共有部や各住戸への供給はもちろん、「共助」の観点から近隣住民にも開放・共有しやすい場所に導入するケースも増えています。さらに、共用部の防災倉庫を大容量化する、入居者自身が水・食料等を備蓄しやすいよう各戸にパントリースペースを設けるといったものもあります。
プロパティマネジメント(管理・サービス)
設計・建築段階だけでなく、賃貸管理・運営の経営・財政面では、地震保険の補償範囲以上の原状回復保証、設備機器・家財や建物に対する見舞い金、長期間の設備修理対応や賃借人の事故対応見舞いといった被災時の復旧を支援するメニューの拡充が挙げられます。
入居者向けのソフト面でのサポートとしては、一般的な防災の知識習得・注意喚起を促すパンフレットの配布や掲示、防災訓練の実施に加え、物件個別の設備や機器の情報にカスタマイズした防災マニュアルの作成、入居者同士の共助意識・コミュニティ醸成を図るイベントの開催などがあります。さらに、備蓄品の選択・購入から、賞味期限管理、使用後の再補充までを一括して代行する、防災備蓄のサブスクリプションサービスの導入も始まっています。
評価・認証制度
最後に、賃貸マンションの防災の今後を見据えるうえで、物件の評価・認証について紹介します。
昨今は、自然災害領域の専門性を高め、賃貸マンションもスコープに含む評価・認証が立ち上がっています。
民間レベルでは、自然災害に対する不動産の耐性を定量化・可視化する国内初の制度「ResReal(レジリアル)」が創設され、2023年1月にサービスが開始されました【表9】。自治体レベルでは、墨田区が2013年度より「すみだ良質な集合住宅認定制度(防災型)」、中央区が2014年度より「中央区防災対策優良マンション認定制度」を開始。 賃貸物件を含むマンションを対象に災害対策の仕様や取り組みを評価し、認定物件の所有者や入居者に対し防災に係る費用助成等を行っています【表10】。
世帯構成や入居者のニーズが変化するなか、評価・認証制度の普及により、不動産投資家・オーナーも災害に対するレジリエンスへの意識が高まり、これまでは「手薄」な状態にあった単身者・若者向け賃貸マンションの動向にますます注目が集まっていくことが予想されます。
取材可能事項
本件に関して、市川宏雄所長およびグローバル・リンク・マネジメント代表取締役 金大仲へのインタビューが可能です。
ご取材をご希望の際は、グローバル・リンク・マネジメントの経営企画室 広報担当までお問い合わせください。
【会社概要】
会社名: 株式会社グローバル・リンク・マネジメント
会社HP: https://www.global-link-m.com/
所在地: 東京都渋谷区道玄坂1丁目12番1号渋谷マークシティウエスト21階
代表者: 金 大仲
設立年月日:2005年3月
証券コード:3486(東証プライム)
資本金: 5億67百万円(2023年6月末現在)
業務内容: 不動産ソリューション事業(投資用不動産の開発、販売、賃貸管理)
免許登録: 宅地建物取引業 東京都知事(4)第84454号
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