世界初、円形脱毛症の原因遺伝子を同定
~ 遺伝子のリスクアリルの有無に基づく新たな診断法と治療法の開発に道 ~
順天堂大学大学院医学研究科皮膚科学・アレルギー学の池田 志斈 教授と東海大学総合医学研究所の岡 晃 講師らの共同研究グループは、円形脱毛症(*1)の原因遺伝子の1つとしてCCHCR1(*2)を世界で初めて同定しました。そして、円形脱毛症患者のCCHCR1遺伝子のリスクアリル(*3)をゲノム編集法(*4)でマウスに導入したところ、円形脱毛症の患者と類似の症状を再現することに成功しました。さらに、CCHCR1遺伝子のリスクアリルの有無によって円形脱毛症患者さんの毛髪の状態に差異が生じることを確認しました。本成果は、原因が不明であった円形脱毛症に対し、発症機序の解明とリスクアリルの有無に基づく新たな診断法とタイプ別治療法開発の可能性を示すものです。本論文はEBioMedicine誌のオンライン版で公開されました。
本研究成果のポイント
背景
円形脱毛症は若い女性における発症頻度が高く、特に全頭型あるいは汎発性症例では外見の変化により患者のQOLが著しく低下します。その発症機序としては自己免疫説が唱えられているほか、多くの遺伝子や要因が発症に関連する多因子性疾患であるとされていますが、その原因や仕組みはよくわかっておらず、世界中で円形脱毛症に関する原因遺伝子の解明が試みられてきましたが、これまで1つも同定されていませんでした。そこで今回研究グループは、原因遺伝子の同定を目指して患者の血液由来のDNAを用いた遺伝学的な解析、さらに遺伝子編集技術を用いたモデル動物の作製を行いました。
内容
本研究では、円形脱毛症の患者さんと健常者の方にご協力戴きました。まず末梢血からゲノムDNAを抽出し、ゲノム領域との関連解析を行い、どのゲノム部位に疾患に関わる遺伝子が存在するかを統計学的に推定しました。その結果、HLA-Cという遺伝子の近くに原因遺伝子が存在することをつきとめました。
次に、塩基配列を解読する次世代シークエンサーという機械を用いて、原因遺伝子が存在すると推定される患者の染色体のHLA(*5)ゲノム領域について健常者の塩基配列と比較検討したところ、CCHCR1という遺伝子にアミノ酸置換(塩基配列が変わったことにより、あるアミノ酸からほかのアミノ酸に置き換わる)が生じており、これが円形脱毛症の発症に関与するリスクアリルだと分かりました。
そこでゲノム編集法を用いて、このCCHCR1遺伝子のリスクアリルを導入したゲノム編集マウスを作成したところ、ヒトの円形脱毛症患者さんに類似する脱毛がマウスに生じました(図1右側)。
次に、円形脱毛症患者でCCHCR1遺伝子のリスクアリルを持つ方と持たない方、それぞれの毛髪の毛包に発現している遺伝子のパターンと毛髪の幹(毛幹)の状態について、ゲノム編集マウスと比較しました。その結果、リスクアリルのある円形脱毛症患者の遺伝子発現パターンならびに毛幹の状態はゲノム編集マウスとよく似ていました(図1左側)。
以上の結果より、円形脱毛症患者で検出されたリスクアリルを有するCCHCR1遺伝子が円形脱毛症の原因遺伝子の1つとして同定されました。比較的患者の多いこのような疾患のリスクアリルが、実験動物で再現されることはほぼ皆無であることから、この研究は世界的にも極めて画期的です。
今回研究グループは、原因が不明であった円形脱毛症の原因遺伝子の1つを同定しました。今後は、CCHCR1遺伝子のリスクアリルによりなぜ円形脱毛症が生じるか、発症メカニズムの解明を進めます。
また、 CCHCR1遺伝子のリスクアリルを持つ症例と持たない症例との違いを明らかにすることで、円形脱毛症のタイプ別診断法と各タイプに特化した治療法の開発も可能になると考えられます。
用語解説
*1 円形脱毛症:人口の1~2%が罹患すると考えられる。多くは単発の脱毛巣だか、場合により頭部全体や全身の脱毛を生じることがある。治療法は確立されていない。
*2 CCHCR1: Coiled-coil alpha-herical rod protein 1、中心体を構成するタンパクで今回毛髪にもあることが判明。
*3 ゲノム編集法: 部位特異的ヌクレアーゼを利用して、思い通りに標的遺伝子を改変する技術。
*4 リスクアリル: 疾患の発症リスクを高める対立遺伝子。対立遺伝子(アリル)とは、両親からそれぞれ引き継いだ異なる遺伝情報を有する遺伝子のこと。
*5 HLA: Human Leukocyte Antigenの略でヒト白血球抗原。
原著論文
本研究はEBioMedicine誌のオンライン版で(2020年6月21日付)先行公開されました。
タイトル: Alopecia areata susceptibility variant in MHC region impacts expressions of genes contributing to hair keratinization and is involved in hair loss
タイトル(日本語訳):MHC領域の円形脱毛症の疾患感受性遺伝子バリアントは毛髪角化に関する遺伝子発現に影響をあたえ、また脱毛に関与する
著者: Akira Oka, Atsushi Takagi, Etsuko Komiyama, Nagisa Yoshihara, Shuhei Mano, Kazuyoshi Hosomichi, Shingo Suzuki, Yuko Haida, Nami Motosugi, Tomomi Hatanaka, Minoru Kimura, Mahoko Takahashi Ueda, So Nakagawa, Hiromi Miura, Masato Ohtsuka, Masayuki Tanaka, Tomoyoshi Komiyama, Asako Otomo, Shinji Hadano, Tomotaka Mabuchi, Stephan Beck, Hidetoshi Inoko, Shigaku Ikeda
著者(日本語表記): 岡晃1)、高木敦2)、込山悦子2)、吉原渚2)、間野修平3)、細道一善4)、鈴木進吾5)、灰田祐子5)、本杉奈美1)5)、畑中朋美5)6)、木村穣1)、上田真帆子7)、中川草1)5)7)、三浦浩美5)8)、大塚正人1)5)8)、田中政之9)、小見山智義10)、大友麻子5)7)、秦野伸二1)5)7)、馬渕智生11) 、Stephan Beck12)、猪子英俊5) 池田志斈2)
著者所属: 東海大学(1,5,7,8,9,10,11)、順天堂大学(2)、統計数理研究所(3)、金沢大学(4)、城西大学(6)、ロンドン大学(12)
DOI: https://doi.org/10.1016/j.ebiom.2020.102810
本研究は文部科学省JSPS科研費(JP16K10177)を中心として、多施設との共同研究の基に実施されました。なお、本研究にご協力いただいた皆様には深謝いたします。
- 円形脱毛症患者のゲノム解析により原因遺伝子としてCCHCR1を同定し、そのリスクアリルを検出
- CCHCR1遺伝子のリスクアリルをマウスに導入することによりヒトの円形脱毛症に類似した症状と毛髪の変化の再現に成功
- リスクアリルの有無に基づく円形脱毛症の発症機序解明、タイプ別診断法と治療法開発に期待
背景
円形脱毛症は若い女性における発症頻度が高く、特に全頭型あるいは汎発性症例では外見の変化により患者のQOLが著しく低下します。その発症機序としては自己免疫説が唱えられているほか、多くの遺伝子や要因が発症に関連する多因子性疾患であるとされていますが、その原因や仕組みはよくわかっておらず、世界中で円形脱毛症に関する原因遺伝子の解明が試みられてきましたが、これまで1つも同定されていませんでした。そこで今回研究グループは、原因遺伝子の同定を目指して患者の血液由来のDNAを用いた遺伝学的な解析、さらに遺伝子編集技術を用いたモデル動物の作製を行いました。
内容
本研究では、円形脱毛症の患者さんと健常者の方にご協力戴きました。まず末梢血からゲノムDNAを抽出し、ゲノム領域との関連解析を行い、どのゲノム部位に疾患に関わる遺伝子が存在するかを統計学的に推定しました。その結果、HLA-Cという遺伝子の近くに原因遺伝子が存在することをつきとめました。
次に、塩基配列を解読する次世代シークエンサーという機械を用いて、原因遺伝子が存在すると推定される患者の染色体のHLA(*5)ゲノム領域について健常者の塩基配列と比較検討したところ、CCHCR1という遺伝子にアミノ酸置換(塩基配列が変わったことにより、あるアミノ酸からほかのアミノ酸に置き換わる)が生じており、これが円形脱毛症の発症に関与するリスクアリルだと分かりました。
そこでゲノム編集法を用いて、このCCHCR1遺伝子のリスクアリルを導入したゲノム編集マウスを作成したところ、ヒトの円形脱毛症患者さんに類似する脱毛がマウスに生じました(図1右側)。
次に、円形脱毛症患者でCCHCR1遺伝子のリスクアリルを持つ方と持たない方、それぞれの毛髪の毛包に発現している遺伝子のパターンと毛髪の幹(毛幹)の状態について、ゲノム編集マウスと比較しました。その結果、リスクアリルのある円形脱毛症患者の遺伝子発現パターンならびに毛幹の状態はゲノム編集マウスとよく似ていました(図1左側)。
以上の結果より、円形脱毛症患者で検出されたリスクアリルを有するCCHCR1遺伝子が円形脱毛症の原因遺伝子の1つとして同定されました。比較的患者の多いこのような疾患のリスクアリルが、実験動物で再現されることはほぼ皆無であることから、この研究は世界的にも極めて画期的です。
今後の展開
今回研究グループは、原因が不明であった円形脱毛症の原因遺伝子の1つを同定しました。今後は、CCHCR1遺伝子のリスクアリルによりなぜ円形脱毛症が生じるか、発症メカニズムの解明を進めます。
また、 CCHCR1遺伝子のリスクアリルを持つ症例と持たない症例との違いを明らかにすることで、円形脱毛症のタイプ別診断法と各タイプに特化した治療法の開発も可能になると考えられます。
用語解説
*1 円形脱毛症:人口の1~2%が罹患すると考えられる。多くは単発の脱毛巣だか、場合により頭部全体や全身の脱毛を生じることがある。治療法は確立されていない。
*2 CCHCR1: Coiled-coil alpha-herical rod protein 1、中心体を構成するタンパクで今回毛髪にもあることが判明。
*3 ゲノム編集法: 部位特異的ヌクレアーゼを利用して、思い通りに標的遺伝子を改変する技術。
*4 リスクアリル: 疾患の発症リスクを高める対立遺伝子。対立遺伝子(アリル)とは、両親からそれぞれ引き継いだ異なる遺伝情報を有する遺伝子のこと。
*5 HLA: Human Leukocyte Antigenの略でヒト白血球抗原。
原著論文
本研究はEBioMedicine誌のオンライン版で(2020年6月21日付)先行公開されました。
タイトル: Alopecia areata susceptibility variant in MHC region impacts expressions of genes contributing to hair keratinization and is involved in hair loss
タイトル(日本語訳):MHC領域の円形脱毛症の疾患感受性遺伝子バリアントは毛髪角化に関する遺伝子発現に影響をあたえ、また脱毛に関与する
著者: Akira Oka, Atsushi Takagi, Etsuko Komiyama, Nagisa Yoshihara, Shuhei Mano, Kazuyoshi Hosomichi, Shingo Suzuki, Yuko Haida, Nami Motosugi, Tomomi Hatanaka, Minoru Kimura, Mahoko Takahashi Ueda, So Nakagawa, Hiromi Miura, Masato Ohtsuka, Masayuki Tanaka, Tomoyoshi Komiyama, Asako Otomo, Shinji Hadano, Tomotaka Mabuchi, Stephan Beck, Hidetoshi Inoko, Shigaku Ikeda
著者(日本語表記): 岡晃1)、高木敦2)、込山悦子2)、吉原渚2)、間野修平3)、細道一善4)、鈴木進吾5)、灰田祐子5)、本杉奈美1)5)、畑中朋美5)6)、木村穣1)、上田真帆子7)、中川草1)5)7)、三浦浩美5)8)、大塚正人1)5)8)、田中政之9)、小見山智義10)、大友麻子5)7)、秦野伸二1)5)7)、馬渕智生11) 、Stephan Beck12)、猪子英俊5) 池田志斈2)
著者所属: 東海大学(1,5,7,8,9,10,11)、順天堂大学(2)、統計数理研究所(3)、金沢大学(4)、城西大学(6)、ロンドン大学(12)
DOI: https://doi.org/10.1016/j.ebiom.2020.102810
本研究は文部科学省JSPS科研費(JP16K10177)を中心として、多施設との共同研究の基に実施されました。なお、本研究にご協力いただいた皆様には深謝いたします。
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