高専機構、筑波大学 細胞を液晶状に組織化する多細胞性細菌を洞窟で発見
~多細胞性の出現の謎に新たな可能性を示唆~
独立行政法人国立高等専門学校機構(東京都八王子市 理事長:谷口功 以下「高専機構」)水野康平教授が、筑波大学医学医療系感染生物学(微生物学)森川一也教授らの日本の5機関の共同チームで取り組んだ本研究成果は、学術雑誌「eLife」に掲載されます。
発表概要
生命進化の歴史において、単細胞から多細胞への進化は重要なイベントですが、その具体的なプロセスはよく分かっていません。本研究では、日本の洞窟の地下河川近傍の壁面から発見された新種細菌HS-3が、新しいタイプの多細胞性を発揮することを明らかにしました。HS-3の細胞集団(コロニーという)は、自己組織化して、液晶のような状態になりました。次に、そのコロニーの中に、小型の細胞を多数収容して、水との接触により小型細胞を放出しました。このようなライフサイクルと多細胞性を示す細菌は過去に報告がありません。より重要なことは、細胞を液晶に似た状態に組織化することで、多細胞性の発現をサポートできることを示したことです。このことは、多細胞化への進化のプロセスに液晶状態が関与するという一つの新しい概念とモデルを与えます。さらに、HS-3の挙動から、洞窟壁面でコロニーが、繰り返し断続的に水流にさらされることが、HS-3の単細胞から多細胞への進化プロセスを培った環境条件であった可能性が示唆されます。これは、動的な環境条件が多細胞性の進化に重要であるとする理論を、現存する生物と環境で支持した、世界で初めてのモデルです。
発表内容
背 景
地球上の生命の進化において、単細胞生物がどのように多細胞化したのかは、生命進化の謎の一つです。多細胞化は、地球上の生命に大型化と高機能化をもたらした根本原理ですが、そのプロセスはよく分かっていません。現在、多くの研究者がこのプロセスの解明をボトムアップ式(基から積み上げていく)に検討しており、2つの概念が重要とされています。1つは「転用co-option」で、単細胞生物の既存の性質(細胞凝集性や細胞同士の接着性など)が多細胞化に転用されることが契機となる初期のイベントの概念です。2つ目は「環境足場Ecological scaffolding」で、進化途上の凖多細胞性の集団がダーウィン的自然選択(※1)を経るためには環境条件のサポートが必要という概念です。しかし、これら2つを体現する現生生物は知られていませんでした。多細胞化プロセスの解明には、現生のモデル生物が求められていました。
研究の成果
高専機構・水野康平教授、筑波大学・森川一也教授ら日本の5機関から成る共同研究チームは、日本の鍾乳洞の地下河川近くの壁面から、新種の細菌HS-3株を発見して、その増殖特性を調べてきました。その結果、HS-3株には、増殖期間で整然とした2形性が存在することが分かりました。第1増殖期に、固体表面でネマティック液晶(※2)のような自己組織化を示す糸状細胞集団となり、第2増殖期に、流水中で分散可能な球菌細胞を細胞コロニー内部に増殖させることが分かりました。
生物の多細胞化に向けて、細胞のネマティック液晶状態が関与するという研究報告はこれまでにありませんでした。また、本種の多細胞化の成立には、繰り返し起こる水の流れが関与している可能性があることも興味深い点です。実際に、流水中にコロニーを浸すことで、内包された球菌細胞が、まるで胞子のように分散されることが実験によって示されました。このことは前述の多細胞化のプロセスを説明する「環境足場」仮説によく合致するもので、HS-3はこの仮説を具体的に支持する世界最初の現生するモデル細菌と言えます。このHS-3の発見が、多細胞性の出現に関する理解に極めて重要な意味をもつと考えられます。
社会的意義・今後の予定
現存する細菌で特異的に多細胞化するHS-3は、今後も多細胞化の研究モデル生物として、また、人工細胞構築などの分野でも研究されることが期待されます。すでに本株のゲノム情報は解読しましたが、多細胞性に関与する遺伝子の同定は今後の重要な課題です。また、細胞の液晶様の状態が多細胞化プロセスに寄与することは、今後、理論面でも補強が期待されます。さらに、HS-3が示した多細胞性のライフサイクルを有する細菌が他にも存在するのか。その性質の普遍性の検証が今後の研究に期待されます。
用語解説
※1 ダーウィン的自然選択
ある生物種に1つの新しい機能が出現するためには、1個体から種全体にその機能が固定されなければならないが、それは、世代を超えた長い時間と適切な選択圧(環境要因や他の種との競合)によって達成されるという概念。
※2 ネマティック液晶
液晶状態の一種で構成分子の向きはほぼ一方向に揃っているが、それぞれの位置がランダムである状態。近年、細胞集団が一定の条件下でネマティック液晶に類似した状態をとることが生理的な意義として研究されている。
共同研究チーム
高専機構 本部事務局 水野康平 教授
筑波大学医学医療系感染生物学(微生物学) 森川一也 教授
筑波大学医学医療系感染生物学(微生物学)博士課程 Mais Maree
北九州工業高等専門学校 長村利彦 特命教授
北九州工業高等専門学校 専攻科 古賀暁洋
近畿大学産業理工学部 田中賢二 教授
日本大学生物資源科学部 古川壮一 准教授(故人)
新潟大学大学院医歯学総合研究科 平山悟 助教
掲載論文
【題 名】 Novel Multicellular prokaryote discovered next to an underground stream
(地下水脈近傍で発見された新しい多細胞性原核生物)
【著者名】 Kouhei Mizuno, Mais Maree, Toshihiko Nagamura, Akihiro Koga, Satoru Hirayama, Soichi Furukawa, Kenji Tanaka, and Kazuya Morikawa
【掲載誌】 eLife
【掲載日】 2022年10月11日
【DOI】 10.7554/eLife.71920
問合わせ先
【研究に関すること】
水野 康平(みずの こうへい) 高専機構 本部事務局 教授
E-mail: k_mizuno@kosen-k.go.jp
URL: https://researchmap.jp/read0072298
森川 一也 (もりかわ かずや) 筑波大学医学医療系感染生物学(微生物学) 教授
TEL: 029-853-5857
E-mail: morikawa.kazuya.ga@u.tsukuba.ac.jp
URL: https://trios.tsukuba.ac.jp/ja/researcher/0000001648
【プレスリリースに関すること】
筑波大学広報局
TEL: 029-853-2040
E-mail: kohositu@un.tsukuba.ac.jp
独立行政法人国立高等専門学校機構 本部事務局研究推進課
TEL: 03-4212-6813
E-mail: kenkyu@kosen-k.go.jp
生命進化の歴史において、単細胞から多細胞への進化は重要なイベントですが、その具体的なプロセスはよく分かっていません。本研究では、日本の洞窟の地下河川近傍の壁面から発見された新種細菌HS-3が、新しいタイプの多細胞性を発揮することを明らかにしました。HS-3の細胞集団(コロニーという)は、自己組織化して、液晶のような状態になりました。次に、そのコロニーの中に、小型の細胞を多数収容して、水との接触により小型細胞を放出しました。このようなライフサイクルと多細胞性を示す細菌は過去に報告がありません。より重要なことは、細胞を液晶に似た状態に組織化することで、多細胞性の発現をサポートできることを示したことです。このことは、多細胞化への進化のプロセスに液晶状態が関与するという一つの新しい概念とモデルを与えます。さらに、HS-3の挙動から、洞窟壁面でコロニーが、繰り返し断続的に水流にさらされることが、HS-3の単細胞から多細胞への進化プロセスを培った環境条件であった可能性が示唆されます。これは、動的な環境条件が多細胞性の進化に重要であるとする理論を、現存する生物と環境で支持した、世界で初めてのモデルです。
図 新種洞窟細菌HS-3の多細胞性ライフサイクルの予想図(左)と液晶状コロニーの写真(右)
発表内容
背 景
地球上の生命の進化において、単細胞生物がどのように多細胞化したのかは、生命進化の謎の一つです。多細胞化は、地球上の生命に大型化と高機能化をもたらした根本原理ですが、そのプロセスはよく分かっていません。現在、多くの研究者がこのプロセスの解明をボトムアップ式(基から積み上げていく)に検討しており、2つの概念が重要とされています。1つは「転用co-option」で、単細胞生物の既存の性質(細胞凝集性や細胞同士の接着性など)が多細胞化に転用されることが契機となる初期のイベントの概念です。2つ目は「環境足場Ecological scaffolding」で、進化途上の凖多細胞性の集団がダーウィン的自然選択(※1)を経るためには環境条件のサポートが必要という概念です。しかし、これら2つを体現する現生生物は知られていませんでした。多細胞化プロセスの解明には、現生のモデル生物が求められていました。
研究の成果
高専機構・水野康平教授、筑波大学・森川一也教授ら日本の5機関から成る共同研究チームは、日本の鍾乳洞の地下河川近くの壁面から、新種の細菌HS-3株を発見して、その増殖特性を調べてきました。その結果、HS-3株には、増殖期間で整然とした2形性が存在することが分かりました。第1増殖期に、固体表面でネマティック液晶(※2)のような自己組織化を示す糸状細胞集団となり、第2増殖期に、流水中で分散可能な球菌細胞を細胞コロニー内部に増殖させることが分かりました。
生物の多細胞化に向けて、細胞のネマティック液晶状態が関与するという研究報告はこれまでにありませんでした。また、本種の多細胞化の成立には、繰り返し起こる水の流れが関与している可能性があることも興味深い点です。実際に、流水中にコロニーを浸すことで、内包された球菌細胞が、まるで胞子のように分散されることが実験によって示されました。このことは前述の多細胞化のプロセスを説明する「環境足場」仮説によく合致するもので、HS-3はこの仮説を具体的に支持する世界最初の現生するモデル細菌と言えます。このHS-3の発見が、多細胞性の出現に関する理解に極めて重要な意味をもつと考えられます。
社会的意義・今後の予定
現存する細菌で特異的に多細胞化するHS-3は、今後も多細胞化の研究モデル生物として、また、人工細胞構築などの分野でも研究されることが期待されます。すでに本株のゲノム情報は解読しましたが、多細胞性に関与する遺伝子の同定は今後の重要な課題です。また、細胞の液晶様の状態が多細胞化プロセスに寄与することは、今後、理論面でも補強が期待されます。さらに、HS-3が示した多細胞性のライフサイクルを有する細菌が他にも存在するのか。その性質の普遍性の検証が今後の研究に期待されます。
用語解説
※1 ダーウィン的自然選択
ある生物種に1つの新しい機能が出現するためには、1個体から種全体にその機能が固定されなければならないが、それは、世代を超えた長い時間と適切な選択圧(環境要因や他の種との競合)によって達成されるという概念。
※2 ネマティック液晶
液晶状態の一種で構成分子の向きはほぼ一方向に揃っているが、それぞれの位置がランダムである状態。近年、細胞集団が一定の条件下でネマティック液晶に類似した状態をとることが生理的な意義として研究されている。
共同研究チーム
高専機構 本部事務局 水野康平 教授
筑波大学医学医療系感染生物学(微生物学) 森川一也 教授
筑波大学医学医療系感染生物学(微生物学)博士課程 Mais Maree
北九州工業高等専門学校 長村利彦 特命教授
北九州工業高等専門学校 専攻科 古賀暁洋
近畿大学産業理工学部 田中賢二 教授
日本大学生物資源科学部 古川壮一 准教授(故人)
新潟大学大学院医歯学総合研究科 平山悟 助教
掲載論文
【題 名】 Novel Multicellular prokaryote discovered next to an underground stream
(地下水脈近傍で発見された新しい多細胞性原核生物)
【著者名】 Kouhei Mizuno, Mais Maree, Toshihiko Nagamura, Akihiro Koga, Satoru Hirayama, Soichi Furukawa, Kenji Tanaka, and Kazuya Morikawa
【掲載誌】 eLife
【掲載日】 2022年10月11日
【DOI】 10.7554/eLife.71920
問合わせ先
【研究に関すること】
水野 康平(みずの こうへい) 高専機構 本部事務局 教授
E-mail: k_mizuno@kosen-k.go.jp
URL: https://researchmap.jp/read0072298
森川 一也 (もりかわ かずや) 筑波大学医学医療系感染生物学(微生物学) 教授
TEL: 029-853-5857
E-mail: morikawa.kazuya.ga@u.tsukuba.ac.jp
URL: https://trios.tsukuba.ac.jp/ja/researcher/0000001648
【プレスリリースに関すること】
筑波大学広報局
TEL: 029-853-2040
E-mail: kohositu@un.tsukuba.ac.jp
独立行政法人国立高等専門学校機構 本部事務局研究推進課
TEL: 03-4212-6813
E-mail: kenkyu@kosen-k.go.jp
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