【国立科学博物館】20年あまり課題とされてきた、ユキノシタ科全体の分類学的再編を達成!
独立行政法人国立科学博物館(館長:林良博)は、アメリカ・ミシシッピ州立大学、フロリダ大学、スイス・チューリヒ大学との共同研究により、北半球全域に分布する植物の科ユキノシタ科について、世界の種の70%あまりを網羅した包括的な系統解析を行い、科全体を10グループ(連)40属に整理した新しい分類体系を提唱しました。この中で、新たな日本固有属となるエゾノチャルメルソウ属などの7分類群を新たに提唱しました。またユキノシタ科の共通祖先の起源が北米大陸の高山帯にある可能性が高いこと、ユキノシタ科内の10のグループ(連)はそれぞれ特異的な生育環境に適応して進化してきたことを解明しました。
本研究成果は、2021年2月25日刊行のTaxon誌(国際植物分類学連合誌・電子板)に掲載(発表)されました。
本研究成果は、2021年2月25日刊行のTaxon誌(国際植物分類学連合誌・電子板)に掲載(発表)されました。
- 研究のポイント
・従来のチャルメルソウ属を7属に分割。この結果エゾノチャルメルソウ属が15番目の日本固有属植物に。
・アラシグサ連、エゾノチャルメルソウ属、チャルメルソウ属(狭義)など7つの新分類群を提唱、14種の学名の組み換えを行った。
・ユキノシタ科の進化史を通した分布や生育環境特性の推移を推定し、ユキノシタ科の起源が北米の高山帯にある可能性が高いことを解明。
※ユキノシタ科とは
北半球の温帯域を中心に分布する植物の科で、世界に700種程度が知られており、そのほとんどは多年草です。遺伝子解析の手法を取り入れた新しい植物分類体系(APG体系)ではアジサイ、ウツギ、ウメバチソウといった植物が全く別の植物の科であるアジサイ科やニシキギ科に分類されるなど、大幅な科の再定義がありました。一方、新しい分類体系でユキノシタ科に含まれるとされた植物種全体の分類学的な再編が大きな課題として残っていました。
- 発表論文
著者:Folk, R. A., Stubbs, R. L., Engle-Wrye, N. J., Soltis, D. E., Okuyama, Y.
掲載紙:Taxon(国際植物分類学連合誌・電子版、2021年2月25日付)
https://doi.org/10.1002/tax.12450
- 研究の背景
図1:ユキノシタ科の多様性
a:カスカディア・ナトーリー、b:ボタンネコノメソウ、c:チシマイワブキ属の1種、d:チシマイワブキ属の1種、e:アマガサソウ、f:レプタレナ・ピロリフォリア、gとh: サニクリフィルム・グアンシエンセ、i:サキシフラゴプシス・フラガリオイデス、j:アラシグサの1種、k:スクスドルフィア・ヴィオラケア、l:ツボサンゴ属の1種、m:テリマ・グランディフォリア、n:エゾノチャルメルソウ、o:タイワンチャルメルソウ、p:コニミテラ・ウィリアムシィ、q:アメリカズダヤクシュ、r:ベンソニエラ・オレゴナ、s:ムラサキユキノシタ、t:ユキノシタ属の1種、u:ユキノシタ属の1種。それぞれカスカデイア連 (a)、ネコノメソウ連 (b)、チシマイワブキ連 (c, d)、ヤグルマソウ連 (e)、イワユキノシタ連 (f)、サニクリフィルム連 (g, h)、チダケサシ連 (i)、アラシグサ連 (j, k)、チャルメルソウ連 (l-r)、ユキノシタ連 (s-u)に含まれる。
- 研究の内容
また得られた分子系統樹をもとに、各種の分布域や生育環境を類型化し解析することで(図2)、ユキノシタ科の共通祖先がかつて地球全体が極めて温暖であった白亜紀末期(約6900-7400万年前)に北半球、おそらく北米大陸の高山帯で誕生し、多様化の初期(1000万年前以前)にはそれぞれの系統群はおおよそ現在分布する地域にたどり着き、その後系統群ごとに新たな生育環境に適応しつつ多様化し現在に至ったというシナリオを推定することができました。
図2: ユキノシタ科の7系統群(連)における生育環境の分布。
3つの連については含まれる種数が少ないため割愛。研究では35の環境予測因子を解析しているが、そのうちの4つだけを示している。
そこで最後にこの成果をもとに、ユキノシタ科の分類体系を、種間の進化的関係を正確に反映しつつも形態による分類上も有用なものに再編することにしました。その結果、ユキノシタ科を構成する10の分類群としてカスカディア連 (Cascadieae; 新設)、ネコノメソウ連 (Chrysosplenieae)、チシマイワブキ連(Micrantheae; 新設)、ヤグルマソウ連 (Darmereae; 新設)、イワユキノシタ連(Leptarrheneae)、サニクリフィルム連 (Saniculiphylleae)、チダケサシ連 (Astilbeae)、アラシグサ連 (Boykinieae; 新設) 、チャルメルソウ連 (Heuchereae)、ユキノシタ連 (Saxifrageae)を定義しました。またチャルメルソウ連の中で、従来広義のチャルメルソウ属 (Mitella)とされてきた植物をエゾノチャルメルソウ属 (Spuriomitella; 新設)、サカサチャルメルソウ属 (Mitellastra)、マルバチャルメルソウ属 (Mitella)、ジュウジチャルメルソウ属 (Ozomelis)、ブルワーチャルメルソウ属 (Brewerimitella; 新設)、タカネチャルメルソウ属 (Pectiantia)、そして狭義チャルメルソウ属 (Asimitellaria; 新設)の7属に分割することを提唱し、これに伴い14種の学名の組み換えを行いました。なお特筆すべき点として、今回新設したエゾノチャルメルソウ属は、これまで植物では14属しか知られていなかった日本固有属の15番目の例となります(下記表参照)。
- 研究成果の影響について
【用語解説】
超並列DNAシーケンシング
ふつう300塩基かそれ未満の短いDNA塩基配列を超並列に解読する技術で、ここ10年ほどで急速に普及した。従来のDNA塩基配列決定法であるサンガー法に比べ数万倍の巨大な塩基配列データを一度に取得することができる。
分子系統樹
DNAの塩基配列、たんぱく質のアミノ酸配列といった配列情報を持つ分子の情報をサンプル間で相互に比較することによって生物(サンプル)の進化の系譜を推定し、それを樹形図で表したもの。分子系統樹を推定する手法は複数あるが、今回の研究では最尤法を採用している。精度の高い分子系統樹と現生種の分布データを利用することで、生物の過去の分布や生育環境、移動分散パターンの歴史を推定することも可能になる。
属(分類群)
近縁な種の集まりからなる分類学の単位で連の下位の分類群。生物種の学名は二名法に基づき、属の名前+種の名前で表記されるため、種が所属する属の変更に伴い、種名も組み替える必要が生じる。今回の研究を例にすれば、エゾノチャルメルソウの学名は従来Mitella integripetalaと表記されてきたが、本種が所属する属としてエゾノチャルメルソウ属Spuriomitellaを新設したことに伴い、Spuriomitella integripetalaが新たな種名となる。
連(分類群)
近縁な属の集まりからなる分類群の単位で科あるいは亜科の下位の分類群。英語表記はtribeであり、動物と植物で共通であるが、邦訳では慣用的に植物では連、動物では族と表記される。
国立科学博物館ウェブサイト:https://www.kahaku.go.jp/
筑波実験植物園:http://www.tbg.kahaku.go.jp/
筑波研究施設:https://www.kahaku.go.jp/institution/tsukuba/
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