体の動きをコントロールする新しい脳回路を発見-複雑な脳パズルの未知のモジュール-
【ポイント】
体を動かす大脳皮質の機能は、異なる種類の細胞集団で構成され独立して機能する複数のモジュールから成り立つことを発見しました。
モジュールは運動の計画・実行・知覚を担う異なる領域に分かれて存在し、運動を練習すると特定のモジュールが領域を越えて拡張しました。
複数のモジュールがどう機能を補い合うのか研究を進めると、脳損傷後の新しい効果的なリハビリ法の開発にもつながり得る重要な成果です。
【概要説明】
熊本大学・国際先端医学研究機構(IRCMS)の田村啓太客員准教授、水野秀信特任准教授は、スイス・ローザンヌ連邦工科大学(EPFL)及びイギリス・ケンブリッジ大学との国際共同研究により、今まで予想されていなかった大脳皮質の機能単位を発見しました。脳の大脳皮質には、異なる体の部位の動きや知覚を担当する皮質領域が地図のように分布していますが、体の一つの部位を担当する領域は広く、また様々な細胞で構成された複雑な構造をしているため、これらの異なる細胞群がどのように体の動きをコントロールするのか分かっていませんでした。そこで本研究グループは、マウスの大脳皮質において特定の神経細胞※3を選択的に光活性化※4する方法を用い、異なる種類の細胞がどのように体の動きをコントロールするのかを研究しました。そして、食べ物の取り込みという動物の生存に最も重要な役割を果たす体の部位、口に着目して解析しました。その結果、異なる種類の神経細胞は、大脳皮質の異なる領域にモジュールを形成し、口の運動をコントロールしていることを発見しました。さらに、口の運動を訓練すると、特定のモジュールが領域を飛び越えて広がるという変化を示しました。これらの結果は大脳皮質が運動をコントロールし技術を学習する機能は、異なる種類の細胞で構成され異なる皮質領域に分かれて存在する複数の機能モジュールの協力によって成り立つことを示しています。これは、従来考えられてきた大脳皮質の機能単位は層状に積み重なった細胞群で成り立っているというモデルに修正を迫るものです。さらに研究を進めることで、細胞種特異的な機能モジュール同士がどのように相互作用するのか、どのように機能を補い合うかを明らかにすることができ、例えば損傷により皮質の機能が部分的に失われた際により効果的に機能を回復する治療法やリハビリ法の開発にもつながる可能性も期待できます。このように本研究は脳機能の成り立ちに新しい理解を与えるだけでなく、将来の発展可能性も大きい、大変重要な研究成果です。
本研究成果は、米国東部標準時間2月26日午前11:00(日本時間:2月27日午前1時)に、科学誌「Current Biology」に掲載されました。
なお、この研究の実験は、田村啓太博士(ケンブリッジ大学助教授、熊本大学客員准教授、元EPFL研究員)、ポル・ベック氏(EPFL大学院生)、カール・ピーターセン博士(EPFL教授)、水野秀信博士(熊本大学特任准教授、元EPFL客員教授)らがEPFLにおいて行いました。
また、この研究は、スイス国立科学財団、欧州委員会、日本学術振興会、光科学技術研究振興財団、金原一郎記念医学医療振興財団、ブレインサイエンス振興財団及び王立協会の支援を受けて実施しました。
【展開】
今回の成果は、従来考えられてきたような、皮質機能の単位は層状に積み重なった細胞の集団で成り立っているという垂直モデルに修正を迫るものです。今回発見された細胞種選択的な機能モジュールは皮質の広い範囲に分かれて分布しており、皮質機能は垂直方向だけではなく、水平方向にも広がったモジュールで成り立っていることを示唆しています。また、これらの水平に分布した機能モジュールの協力によって、様々な運動とその上達がコントロールされていると考えられます。
この研究を発展させることで、機能モジュール間がどのように協力し機能するのか、あるモジュールの機能が失われた際に残ったモジュール間でどのように機能を補い合うのかを明らかにすることができます。その結果、脳出血や外傷による脳損傷が起こった際に脳がどのように機能を回復し得るか、どうやって機能の回復を促進し得るかという問題に機能モジュールの変化という観点で理解を進めることができると考えられます。また、将来的には、効果的なリハビリテーションの開発などにも発展することが期待できます。
【用語解説】
※1大脳皮質:ヒトの脳で最も進化・発達した部分で、最も高度な情報処理を行っていると考えられている。多様な神経細胞が層状に集まった構造をしている。皮質の部位ごとに異なる機能を担うことが分かっているが、ある皮質機能がどのように成り立っているのかの理解は進んでおらず、それを明らかにすることが現代の脳研究の中心的な問題である。
※2モジュール:全体の中の独立した構成単位を意味する。
※3神経細胞:脳の中で情報のやり取りをおこなう中心的な細胞。形状や
活動特性の異なる非常に多くの種類の神経細胞が存在することが分かっているが、それらがどのように相互作用し機能を生み出すかが脳研究の重要な問題となっている。
※4光活性化:光に反応するプランクトンからとった遺伝子を哺乳類の神経細胞に入れることで、光を照射すると神経細胞を活動させることができるようになる。遺伝子を用いるため、特定の神経細胞だけを活性化し、その機能を調べることが可能である。
【論文情報】
論文名:Cell class-specific orofacial motor maps in mouse neocortex
著 者:Keita Tamura, Pol Bech, Hidenobu Mizuno, Léa Veaute, Sylvain Crochet, Carl C.H. Petersen
掲載誌:Current Biology in press.
DOI :10.1016/j.cub.2025.01.056
URL :https://doi.org/10.1016/j.cub.2025.01.056
▼プレスリリース全文はこちら
https://www.kumamoto-u.ac.jp/whatsnew/seimei-sentankenkyu/20250227-2
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