エバネッセント円偏光によりキラルなナノ粒子の選択的輸送に成功 ~キラル分子の非接触光学分離技術の確立に向けた重要な一歩~
【研究の要旨とポイント】
エバネッセント円偏光を用いて、ナノ光ファイバー上でキラルなナノ粒子を選択的に輸送することに成功しました。
2つの光を対向伝搬させて非キラル力成分を相殺し、純粋なキラル光圧のみを取り出すことで、円偏光の切り替えだけでナノ粒子の輸送方向を制御できることを実証しました。
サイズや形状にばらつきのある粒子集団においても手法の有効性を確認しており、将来的には薬物などのキラル分子を光で分離する技術への応用が期待されます。
【研究の概要】
東京理科大学 理学部第一部 物理学科のMark Sadgrove教授、Georgiy Tkachenko助教、Yining Xuan助教、同大学大学院 理学研究科 物理学専攻の須田 明芳氏(2022年度 修士課程修了)、飯田 大翔氏(2024年度 修士課程修了)、栗原 一郎氏(2025年度 修士課程1年)、斉藤 亘輝氏(2025年度 修士課程1年)、 分子科学研究所 メゾスコピック計測研究センターの岡本 裕巳教授(研究当時、現・名誉教授)、Hyo-Yong Ahn特任助教、ソウル国立大学校 物質理工学科のKi Tae Nam教授、In Han Ha氏の共同研究グループは、エバネッセント光(*1)を利用して、ナノ光ファイバー上のキラルなナノ粒子(*2)を、その掌性(*3)に基づいて選択的に輸送することに成功しました。
医薬品では、一方のエナンチオマー(鏡像異性体、*4)だけが薬効を持ち、他方が副作用を引き起こす場合があるため、両者を正確に分離することが製造上の大きな課題となっています。近年、光圧(*5)を用いて光学特性の異なる物質を非接触で分離する手法が注目を集めています。しかし、ナノ粒子のような微小な対象では光圧が著しく弱まり、熱雑音(*6)に圧倒されてしまうため、ナノスケールでの実験的実証はわずかな報告にとどまっており、実用的な手法の確立には至っていません。
本研究では、ナノ光ファイバー表面から滲み出るエバネッセント光を活用し、円偏光の掌性を切り替えるだけで、キラルなナノ粒子の輸送速度が変化することを実証しました。また、2つの光を逆方向から入射させる「対向伝搬モード」によりキラリティに依存しない力成分を完全に打ち消し、純粋なキラル光圧のみによってナノ粒子を前後に選択的に輸送することに成功しました。さらに、サイズや形状にばらつきのある粒子集団においても手法の有効性が確認されており、100 nmスケールでのエナンチオマー分離が実証されています。なお、これらの実験結果はシミュレーションの結果とも一致しており、本手法の妥当性と普遍性が示されています。
本研究をさらに発展させることにより、薬物などのキラル分子を光で選別する非接触エナンチオ分離の実現など、創薬・化学合成分野への幅広い応用が期待されます。
本研究成果は、2026年4月16日に国際学術誌「Nature Communications」にオンライン掲載されました。

【研究の背景】
創薬や化学合成の現場では、鏡像異性体(エナンチオマー)をいかに正確に分離するかが長年の課題となっています。エナンチオマーとは、右手と左手の関係のように、構造が互いに鏡像となっている物質のことです。両者の化学的性質は同一ですが、生体内での振る舞いは大きく異なる場合があり、薬効をもたらすものもあれば、副作用や毒性を示すものもあります。このため、製造段階での確実な分離手法の確立が強く求められています。
エナンチオマーの分離を光だけで非接触に行うという発想は近年注目を集めており、理論的提案がなされてきました。この手法は、光と物質が相互作用する際に生じる「光圧」を利用するものです。光圧にはキラリティに依存した成分が含まれており、これがエナンチオマー分離の鍵となります。しかし、このキラリティに依存した力は本質的に非常に微弱であり、特に分子やナノ粒子のような微小な対象では熱雑音に圧倒されてしまいます。このため、理論の進展に比べて実験的な実証は困難で、ナノスケールでの実現はわずかな報告にとどまっていました。
そこで本研究グループは、ナノ光ファイバー表面から滲み出るエバネッセント光に着目しました。エバネッセント光はナノ光ファイバー表面のごく近傍に局所的に存在するため、ナノ光ファイバー上では粒子の運動がファイバー軸方向に制限される一次元的な系となり、微弱な光圧の効果が効率的にナノ粒子へ作用させることができます。また粒子の運動が一次元的となるため、粒子の移動速度を精密に測定するだけでキラリティに依存した光圧の効果を直接捉えることができるという大きな利点があります。
【研究結果の詳細】
化学合成したキラルなナノ粒子を水溶液中に分散させ、円偏光を入射したナノ光ファイバーに近づけることで、粒子がファイバー軸に沿って移動する様子を精密に測定しました。その結果、右円偏光(RCP)では471 μm/sで移動していたのが、左円偏光(LCP)に切り替えると297 µm/sに減少し、再びRCPに戻すと609 µm/sに回復するという、円偏光の掌性に応じた明確な速度変化が観察されました。これは、光の掌性を切り替えるだけでナノ粒子の輸送速度を制御できることを示す直接的な証拠です。
さらに、2つの光を逆方向から入射させる「対向伝搬モード」を導入することで、ナノ粒子を光の進行方向に押し流す光圧の内で、非キラル成分を完全に相殺でき、ナノ粒子の掌性のみに依存した光圧を選択的に作用させることに成功しました。この条件下ではRCPとLCPで粒子の輸送方向が逆転することが確認され、偏光を周期的に切り替えることでナノ粒子をファイバー上の約0.25 mmの範囲内で前方または後方に輸送可能なことを実証しました。
本研究成果は、エバネッセント円偏光を活用したナノ光ファイバー上でのキラル光学選別が実験的に実現可能であることを示しており、将来的なエナンチオ分離技術への発展が期待されます。
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本研究は、日本学術振興会の科研費(JP22H05135, JP21H04641)の助成を受けて実施したものです。
【用語】
*1 エバネッセント光
媒質の境界面で光が全反射したときに、界面の外側にしみ出す光。界面から数十〜数百nm 程度の範囲で強度が指数関数的に減衰する。このため、界面近傍のごく限られた領域のみが選択的に光に照射される。
*2 キラルなナノ粒子
鏡像と重ね合わせることができない構造(キラリティ)をもつナノスケールの粒子。右・左の円偏光の向きに対して異なる光学応答を示す。この性質により、光との相互作用において特有の選択性が現れる。
*3 掌性
右手と左手のように互いに重ね合わせることができない鏡像関係にある性質のこと。光そのものも円偏光の回転方向によって右回りと左回りという掌性を持ち、この光の掌性とナノ粒子の掌性の組み合わせによって粒子に働く光圧の方向と大きさが決定される。
*4 鏡像異性体(エナンチオマー)
互いに鏡像関係にあり重ね合わせることができない異性体で、化学組成や結合は同じでも、立体的な配置が異なる。この違いにより、右回りと左回りの円偏光に対する応答の差(光学活性)などの性質に差が現れる。
*5 光圧
光と物質が相互作用すると、物質には光圧と呼ばれる力学的作用が及ぶ。光圧は大きく分けて、散乱・吸収力と勾配力の2種類に分類される。この光圧にはキラルな相互作用に特有の効果が現れると考えられている。
*6 熱雑音
液体中の分子やナノ物質の熱運動(ブラウン運動)によって粒子に加わるランダムな力。粒子が小さいほど光圧に対して相対的に大きくなり、光による精密な操作を妨げる要因となる。
【論文情報】

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雑誌名 |
:Nature Communications |
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論文タイトル |
:Chirality-selective optical transport of nanoparticles in the evanescent field of a nanofibre |
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著者 |
:Georgiy Tkachenko, Akiyoshi Suda, Hyo-Yong Ahn, Yamato Iida, Ichiro Kurihara, Koki Saito, In Han Ha, Yining Xuan, Ki Tae Nam, Hiromi Okamoto and Mark Sadgrove |
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DOI |
【発表者】

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Georgiy Tkachenko |
東京理科大学 助教2022年度終了 現在Arago Inc. |
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須田 明芳 |
東京理科大学大学院 理学研究科 物理学専攻 2022年度 修士課程修了 |
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Hyo-Yong Ahn |
分子科学研究所 メゾスコピック計測研究センター 特任助教 |
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飯田 大翔 |
東京理科大学大学院 理学研究科 物理学専攻 2024年度 修士課程修了 |
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栗原 一郎 |
東京理科大学大学院 理学研究科 物理学専攻 2025年度 修士課程1年 |
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斉藤 亘輝 |
東京理科大学大学院 理学研究科 物理学専攻 2025年度 修士課程1年 |
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In Han Ha |
ソウル国立大学校 物質理工学科 大学院生 |
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Yining Xuan |
東京理科大学 理学部第一部 物理学科 助教 |
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Ki Tae Nam |
ソウル国立大学校 物質理工学科 教授 |
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岡本 裕巳 |
分子科学研究所 メゾスコピック計測研究センター 名誉教授 |
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Mark Sadgrove |
東京理科大学 理学部第一部 物理学科 教授 |
【研究に関する問い合わせ先】
東京理科大学 理学部第一部 物理学科 教授
Mark Sadgrove(マーク・サッドグローブ)
E-mail:mark.sadgrove【@】rs.tus.ac.jp
【報道・広報に関する問い合わせ先】
東京理科大学 経営企画部 広報課
TEL:03-5228-8107 FAX:03-3260-5823
E-mail:koho【@】admin.tus.ac.jp
自然科学研究機構 分子科学研究所 研究力強化戦略室 広報担当
TEL:0564-55-7209 FAX:0564-55-7340
Email:press【@】ims.ac.jp
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