電池電極の性能を左右する電極スラリーの塗工条件がその場で評価可能に~微量試料で迅速に最適条件を特定、電池開発の効率化と省資源化に貢献~

東京理科大学

研究の要旨とポイント

ごく微量の試料で、塗工条件ごとの電極スラリーの状態をその場で迅速に評価できる手法を確立しました。

この方法を用いて、スラリーの電気抵抗と乾燥後の電極の電気抵抗の間に明確な逆相関関係があることを示しました。

少ない資源で効率的な新規電池材料の開発が可能になり、電池性能改良に向けた研究開発が加速すると期待されます。

【研究の概要】

東京理科大学 創域理工学部 先端化学科の四反田 功准教授、同大学大学院 創域理工学研究科 先端化学専攻 修士課程1年の関口 太陽氏、ディーキン大学の上田 博幸博士、アントン・パール・ジャパン株式会社の山縣 義文氏・宮本 圭介氏らの研究グループは、リチウムイオン電池の電極を作製する際に重要となるペースト状の電極材料(スラリー、*1)の塗工条件を、微量の試料で評価できる方法を確立しました。本手法により、電池開発における設計の効率化が実現し、性能向上と省資源化への貢献が期待されます。

リチウムイオン電池の正極作製時においては、電極を構成する各材料を溶媒に混ぜたスラリーを金属箔に均一な厚みで塗りつける(塗工する)プロセスが不可欠です。塗工速度の違いによって電極材料内に状態変化が起こり、電極性能に大きく影響することから、塗工条件の最適化が求められます。従来、この最適条件を見出すためには、実際に電池を組み立てて充放電試験を行う必要があり、多大な時間・材料・コストが必要でした。

本研究グループは、以前開発したレオ・インピーダンス測定法(*2、※1)を用いることで、実際の塗工条件を再現した状態で、正極スラリーの状態をその場で評価することに成功しました。また、スラリーの電気抵抗と電極の電気抵抗の間に明確な逆相関関係があることを示し、その背景にある構造的な違いも明らかにしました。さらに、塗工中の状態との相関解析から、乾燥後の電極構造と電池性能の違いに関わる有望なパラメーターを抽出することにも成功しました。

本手法は1 mL未満という少量のスラリーを用いて1条件あたり約5分以内の測定で塗工条件の良否を判断できるため、電池を組み立てる前の段階で、有望な塗工条件を迅速に絞り込むことが可能です。本研究成果により、従来の経験則や電池組立後の実測に依存した条件探索に比べ、試作回数・材料使用量・廃棄物の大幅な削減につながることが期待されます。

本研究成果は、2026年4月30日に国際学術誌「Journal of Power Sources」にオンライン掲載されました。

図1. 本研究の概要

【研究の背景】

スマートフォンや電気自動車、系統用大型蓄電池など、現代社会に欠かせないリチウムイオン電池は、主に正極、負極、電解液、セパレーターから構成されています。特に正極(+極)は電池の性能を左右する重要な部品です。これは活物質・導電助剤・バインダーを溶媒に混合したスラリーをアルミ箔に塗工し、その後乾燥させることで作製されます。

電池性能を最大限に引き出すためには、正極内の導電助剤であるカーボンブラック(*3)をスラリー中に均一に分散させ、乾燥後の電極内において連続した導電ネットワーク(*4)を形成することが重要です。スラリーの分散状態を評価する手法として、粒子径分析やゼータ電位測定、レオロジー(流動性)測定などが用いられてきましたが、いずれも静止状態での評価であり、製造時の塗工中に動的に再配置されるカーボンブラックの挙動と、乾燥・固化後の電極構造および電池性能との関係を直接結びつけることができませんでした。

さらに、塗工速度が電極構造や電池性能に与える影響については、これまでほとんど定量的に評価されておらず、塗工速度の決定は製造現場の経験則に頼るのが実情でした。そのため、最適条件の探索には多数の試作と電池評価が必要となり、開発の長期化、材料の浪費、廃棄物の増加といった問題が生じていました。

【研究結果の詳細】

実際の電極生産ラインでの塗工厚みを模して、500 μmのギャップを設定したレオメーターに、LFP(リン酸鉄リチウム、*5)正極スラリーをセットし、「レオ・インピーダンス測定」を実施しました。この手法は、同研究グループが以前に開発したもの(参考)で、塗工速度に対応する複数のせん断速度(1.3〜200 s-1)を与えながら同時に電気化学インピーダンスを測定することができます。これにより、実際の塗工環境を再現した条件下でスラリーの電気的特性をその場で評価することが可能となりました。

測定の結果、スラリーの電気抵抗(R_slurry)は塗工速度に対して線形的に変化するのではなく、中程度の速度で最大値を示すことが明らかになりました。これは、塗工中にカーボンブラックの粒子が塗工速度に応じて異なる分散状態をとることを示唆しています。具体的には、低速では大きな凝集体が残存して局所的な導電経路を形成するため抵抗が低く、中速では凝集体が適度に分散して電子伝導経路が複雑化するため抵抗が最大となり、高速では粒子の衝突・再接触が増えることで再び抵抗が低下することが示唆されました。本研究により、LFP正極スラリーの塗工条件下における分散状態の変化を、電気抵抗の変化として定量的に捉えることができました。

次に、異なる塗工速度で作製した電極を使って実際にコイン型電池を組み立てました。この電極の電気抵抗(R_electrode)を測定した結果、R_slurryが最大となる塗工速度でR_electrodeが最小となる明確な逆相関関係があることが明らかになりました。つまり、流動中のスラリーで電気を通しにくい状態が、乾燥・固化後の電極では最も効率的な導電ネットワークを形成することを意味しています。

この逆相関関係の構造的な根拠を明らかにするため、乾燥させたLFP層の断面をエネルギー分散型X線分光法(EDS)で観察しました。その結果、低速ではカーボンブラックの大きな凝集体が局在し、中速では均一に分散する一方、高速では過度な分散による導電経路の途切れが確認されました。この観察結果は、中程度の塗工速度が最適な電極構造を生み出すことを直接的に裏付けるものです。

さらに、各塗工速度で作製した電池の充放電特性・サイクル安定性・レート特性を比較しました。その結果、R_slurryが最大・R_electrodeが最小となる中程度の塗工速度(約50 s-1)で作製した電極が最も優れた電池性能を示しました。一方、塗工速度が低すぎる・高すぎる場合はいずれも性能が低下し、特に低速・高速条件では早期に容量劣化が生じることも確認されました。

なお、本評価手法に用いるスラリーは1 mL未満と極めて少量で済み、1条件あたりの測定時間も約5分以内というごく短時間で塗工条件の良否を迅速に判断することが可能です。そのため、本手法を用いることで、従来の電池作製・評価と比較して大幅な時間・材料の削減が可能となり、最適条件の探索を大きく効率化できます。

本研究では、レオ・インピーダンス測定法によるスラリー評価が、乾燥後の電極構造と電池性能を事前に予測する指標として有効であることが実証されました。

また同時に、R_slurryが最大となる中程度の塗工速度(約50 s-1)、すなわちカーボンブラックが凝集体でも過分散でもなく適度に分散した状態が、本研究で検討したLFP正極スラリーにおいて電池性能を高める有望な塗工条件であることも明らかになりました(図2)。

図2. 「レオ・インピーダンス測定法」を用いることで電池性能を最適化するためのスラリー塗工条件の特定に成功

※1:東京理科大学プレスリリース(2023年8月24日付)

「カーボンスラリーにせん断応力を与えながらインピーダンスを測定できる手法を開発 ~濃厚スラリーの分散性の評価が可能に、電池性能向上への貢献に期待~」

【今後の展望】

今回の研究では、LFP正極スラリーを対象とした実証でしたが、本評価手法の適用範囲はこれに限りません。負極材料や次世代電池材料のスラリー設計、導電助剤やバインダーの選定、さらには量産条件の立ち上げや製造現場での品質管理など、幅広い場面への展開が期待されます。特に、材料が高価で入手量が限られる新材料の開発においては、少量で迅速に条件を探索できる本手法の利点が一層発揮されると考えられます。

本手法が普及することで、電池開発の時間短縮と省資源化が期待されます。試作回数や材料使用量・廃棄物を減らしながら性能の安定した電池をより効率よく設計できるようになれば、電気自動車や家庭用蓄電システム、スマートフォンやパソコンなど、私たちの身の回りで使われる電池の性能向上と低コスト化につながることが期待されます。

本研究を主導した四反田准教授は、「電池材料そのものの研究は数多く進んでいる一方で、実際に性能を引き出す製造条件の設計は、なお経験則に頼る部分が大きいと感じていました。材料開発と製造プロセスの間をつなぐ評価法を作りたいという思いから、本研究に取り組みました。本手法により、有望な塗工条件を電池組み立て前の段階で迅速に絞り込めるようになることで、電池開発の効率化と省資源化に貢献できると考えています」と、研究の意義を語っています。

  • 本研究は、ディーキン大学のAlfred Deakin Postdoctoral Research Fellowship(上田 博幸博士)の支援を受けて実施されました。

【用語】

*1  スラリー

活物質・導電助剤・バインダーなどを溶媒に混合したペースト状の電極材料。リチウムイオン電池の電極は、このスラリーを金属箔に塗工・乾燥することで作製される。

*2  レオ・インピーダンス測定法

レオメーター(粘度・流動性を測定する装置)と電気化学インピーダンス分光法(材料の電気的特性を測定する手法)を組み合わせた測定法。せん断力を与えながら同時に評価できる。

*3  カーボンブラック

炭素を主成分とする微細な粒子。電池の電極内で導電助剤として使用され、活物質間の電子の流れを助ける役割を担う。

*4  導電ネットワーク

電極内でカーボンブラックなどの導電助剤が連続的につながることで形成される電子伝導の経路。

*5  LFP(リン酸鉄リチウム)

リン酸鉄リチウム(LiFePO4)の略称。リチウムイオン電池の正極材料として広く使用されており、安全性が高く、サイクル寿命が長いという特徴を持つ。電気自動車や定置用蓄電システムなどで市場シェアが拡大している。

【論文情報】

雑誌名:

Journal of Power Sources

論文タイトル:

Rheo-impedance spectroscopy for correlating slurry properties with 

LiFePO4 cathode performance in lithium-ion batteries

著者:

Isao Shitanda, Hiroyuki Ueda, Taiyoh Sekiguchi, Kazuma Sugaya, 

Haruna Tsunegi, Ryo Kotsubo, Noya Loew, Yoshifumi Yamagata, 

Keisuke Miyamoto,  Ryosuke Ohnuki, Shinya Yoshioka, 

Hikari Watanabe, and Masayuki Itagaki

DOI:

10.1016/j.jpowsour.2026.240175

※PR TIMESのシステムでは上付き・下付き文字や特殊文字等を使用できないため、正式な表記と異なる場合がございますのでご留意ください。正式な表記は、東京理科大学WEBページ(https://www.tus.ac.jp/today/archive/20260513_4536.html)をご参照ください。

このプレスリリースには、メディア関係者向けの情報があります

メディアユーザー登録を行うと、企業担当者の連絡先や、イベント・記者会見の情報など様々な特記情報を閲覧できます。※内容はプレスリリースにより異なります。

すべての画像


会社概要

学校法人東京理科大学

18フォロワー

RSS
URL
https://www.tus.ac.jp/
業種
教育・学習支援業
本社所在地
東京都新宿区神楽坂1-3
電話番号
03-3260-4271
代表者名
石川 正俊
上場
未上場
資本金
-
設立
1881年06月