藍色染料インジゴの簡便合成を実現 ~枯草菌のP450酸化酵素CYP107J1を過酸化水素駆動型に改変~
【研究の要旨とポイント】
P450酸化酵素は、従来の有機合成化学では酸素を挿入困難な部位にも酸素を挿入できるため応用が期待されていますが、一般的にその活性発現には、NAD(P)H などの電子供与体から電子伝達系と呼ばれる一連のタンパク質を介した電子供給が必須となります。
枯草菌168株のP450酸化酵素CYP107J1は、酵素活性発現に必要な電子伝達系タンパク質が不明であることから、酵素機能の詳細が未解明でした。
本研究では、酵素の活性中心にわずか2つのアミノ酸変異を導入することで、CYP107J1を電子伝達系タンパク質が不要な過酸化水素駆動型酵素へと改変することに成功しました。
本酵素にインドールと過酸化水素を加えるだけで藍色染料のインジゴの簡便な合成に成功し、有望な工業触媒となることも示されました。
【研究の概要】
東京理科大学大学院 創域理工学研究科 生命生物科学専攻の加藤 秀樹氏(博士課程2年生)、同大学 創域理工学部 生命生物科学科の古屋 俊樹教授、橋本 貴史助教らの研究グループは、アデレード大学のStephen Bell博士らとの共同研究で、枯草菌由来のP450酸化酵素CYP107J1を、電子伝達系タンパク質が不要な過酸化水素駆動型酵素へと改変することに成功しました(図1)。さらに、開発した酵素を利用して藍色染料のインジゴを簡便に合成できることも明らかにしました。
P450酸化酵素は動物、植物、微生物に広く存在する代謝において多様な酸化反応を担うヘムタンパク質で、従来の有機合成化学では酸素を挿入困難な部位にもピンポイントに酸素を挿入できることから、医薬品などへの応用が期待されています。
本研究グループは、枯草菌168株(Bacillus subtilis 168)が有するP450酸化酵素のうち、酵素機能の詳細な未解明なCYP107J1を対象として機能解析を行いました。
一般に、P450 酸化酵素の活性発現には、NAD(P)H などの電子供与体から電子伝達系と呼ばれる一連のタンパク質を介して電子が供給される必要があります。しかし、このCYP107J1に対応する電子伝達系タンパク質はまだ不明な点が研究を進める上での障壁となっていました。
一方、P450酸化酵素研究の第一人者であるアデレード大学のStephen Bell博士らは、酵素の活性中心に存在するアミノ酸残基に変異を導入することで、P450酸化酵素を電子伝達系タンパク質が不要な過酸化水素駆動型酵素へと改変する技術の開発に取り組んでいました。古屋教授らは、この技術に着目し、Stephen Bell博士らと共同でCYP107J1の酵素改変に取り組みました。
その結果、活性中心にわずか2つのアミノ酸変異を導入することで、CYP107J1を電子伝達系タンパク質が不要な過酸化水素駆動型酵素へと改変することに成功しました(図1)。
この改変により酵素の機能解析が大きく進展すると同時に、研究の過程で、本酵素にインドールと過酸化水素を加えるだけで、藍色染料のインジゴの簡便な合成にも成功しました。
本研究成果は、機能未知のP450酸化酵素に対する解析手法を提案するものであり、さらに、開発した酵素は複雑な電子伝達系や高価なNAD(P)H等の補酵素を必要としないことから、高付加価値物質を生産するための触媒として今後の応用が期待されます。
本研究成果は、2026年5月4日に国際学術誌「Microbial Biotechnology」にオンライン掲載されました。

【研究の背景】
酸化反応は化学プロセスにおいて重要な反応ですが、多くの場合、大量のエネルギーを必要とし、さらに重金属などの有害な酸化剤の使用や生成物選択性の低さといった課題があります。
こうした問題を解決し得る手法として、生体触媒であるP450酸化酵素が注目されています。P450酸化酵素は常温で高い選択性のもとで酸化反応を進行させることができるため、医薬品や機能性素材の生産プロセスへの応用が期待されており、すでに一部は実用化されています。
このため、新規酵素の探索や機能解析、さらには触媒機能向上に向けた酵素改変に関する研究が世界的に活発に行われています。
本研究では、枯草菌由来のP450酸化酵素に着目しました。枯草菌168株はグラム陽性菌や枯草菌のモデル微生物として広く研究され、1997年には全ゲノム配列が決定されました。その結果、この株はP450酸化酵素を8種類有していることがわかり、その機能を解析する研究が行われてきました。そのうちの7種についてはよく研究されてきましたが、CYP107J1のみ、酵素機能の詳細が未解明でした。
同じCYP107ファミリーに属する他の酵素は生理活性物質の生合成に関与することが知られていることから、CYP107J1にも有用な触媒機能が備わっている可能性が高いと考えられます。そこで、本酵素の機能解析に取り組みました。
【研究結果の詳細】
CYP107J1の酵素活性発現に必要な電子伝達系タンパク質をコードする遺伝子は、ゲノム配列から同定できませんでした。そのため、異種のシュードモナス属細菌由来のプチダレドキシン(Pdx)およびその還元酵素(PdR)を用いてCYP107J1の酵素活性発現を試みました。その結果、本酵素は芳香族化合物の4-ヘキシル安息香酸などに対して酸化活性を示すことを見いだしましたが、その活性は低いものでした。活性が低い一因として、異種の電子伝達系タンパク質を用いていることが考えられました。
そこで、CYP107J1を電子伝達系タンパク質そのものが不要な過酸化水素駆動型酵素へと改変することを試みました。
具体的には、酵素の活性中心に存在する252番目のスレオニン(Thr)残基をグルタミン酸(Glu)残基に置換することで、導入されたGlu残基が水分子を保持するようになることを、名古屋大学の荘司博士らの先行研究に基づいて予想しました(図2)。このGlu残基が水を介して酸塩基触媒として機能することで、過酸化水素から活性種Compound Iの生成が可能になると考えられます。
さらに、Stephen Bell博士らの先行研究に基づいて、251番目のグルタミン酸(Glu)残基をグルタミン(Gln)残基へと置換することで酵素活性が向上するのではと着想し、これを検討しました。
この検討に従い、活性中心に2つのアミノ酸置換Glu251Gln/Thr252Gluを実際に導入することで(図2A)、CYP107J1を過酸化水素駆動型酵素へと改変することに成功しました。
さらに、この改変酵素は前述のPdxおよびPdRにより駆動される野生型酵素と比較して、4-ヘキシル安息香酸に対して28倍高い酵素活性を示しました。
興味深いことに、この改変酵素は4-ヘキシル安息香酸を酸化するだけでなく、インドールと過酸化水素を加えるだけで、有用な藍色染料であるインジゴを効率よく生成することも明らかとなりました(図3)。過酸化水素を20 mM添加したときに酵素活性は最大となり、10分で0.15 mM(39 mg/L)のインジゴを生成しました。
本研究の手法は、P450反応の駆動様式そのものを簡便化できる点で革新的と言えます。詳細な機能がまだわかっていないP450酸化酵素そのものの解析だけでなく、有用化合物を合成するための触媒にも応用できると期待されます。現在、開発した酵素の活性のさらなる向上に向けた研究に取り組んでいます。


【論文情報】

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雑誌名: |
Microbial Biotechnology |
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論文タイトル: |
Characterization of the orphan cytochrome P450 CYP107J1 from Bacillus subtilis through peroxygenase activity engineering |
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著者: |
Hideki Kato, Takafumi Hashimoto, Tuhin Das, Daniel Z Doherty, Stephen G Bell, Toshiki Furuya |
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DOI: |
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