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【国立科学博物館】謎の寄生虫「芽殖孤虫」のゲノムを解読 -謎に包まれた致死性の寄生虫症「芽殖孤虫症」の病原機構に迫る-

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本研究成果のポイント
〇芽殖孤虫はマンソン裂頭条虫とは別種の裂頭条虫目条虫である
〇芽殖孤虫は成虫になることのできない真の孤虫であると考えられる
〇芽殖孤虫の病原性に関連する一群の機能不明の分泌性タンパク質が発見された
 宮崎大学(池ノ上克学長)の菊地泰生博士(医学部感染症学講座寄生虫学分野准教授)を中心とする研究グループは、致死率がほぼ100%とされる寄生虫感染症の原因である条虫(サナダムシ)の一種「芽殖孤虫」の、全ゲノムの解読に成功しました。これは、宮崎大学、国立科学博物館、東京慈恵会医科大学を中心とする国際共同研究の成果です。

 芽殖孤虫症は、最初の症例が明治37年(1904年)に東京で見出されて以来、これまでの全世界での報告数が疑い例を含めても 18 例という、きわめて稀な寄生虫感染症です。病像は特異で、典型的な例では条虫の幼虫が皮膚をはじめとする臓器で無分別に増殖し、致死的な経過をとる奇病です。感染経路は不明で、しかも知られているのは幼虫のみで、これまでにどんな動物からも成虫は見つかっていません。正体不明の謎に包まれた寄生虫です。

 研究チームは、1981年のベネズエラの症例から分離された生きた虫体(40年近く実験用マウスで継代されていた)を用いて、次世代DNAシーケンサと最先端のバイオインフォマティクスを駆使し、他の条虫との系統関係や芽殖孤虫ゲノムの特徴を明らかにしました。今回の研究で明らかになったのは、1) 芽殖孤虫はマンソン裂頭条虫と近縁の独立種で裂頭条虫目に分類されること、2) 全遺伝子数は18,919個とマンソン裂頭条虫の22,162個よりやや少なく成虫にまで成熟するのに必要と考えられる遺伝子を欠いていること、そして 3) 盛んに増殖している悪性度の高い虫体は、タンパク分解酵素などとともに他の生物では見出されていない機能不明のタンパク質を活発に発現していること、でした。

 今回の研究では、芽殖孤虫と近縁のマンソン裂頭条虫のゲノムでも精度の高い解読をおこなっており、未解明の部分が多い条虫類の研究が飛躍的に発展する土台を提供すると考えられます。研究チームには、宮崎大学、東京慈恵会医科大学、国立科学博物館のほか、デュズジェ大学(トルコ)、バース大学(英国)、国立遺伝学研究所、鳥取大学、ベネズエラ中央大学(ベネズエラ)、東京大学の研究者が参加しました。本研究成果は、2021年5月31 日(米国東部時間05:00、日本時間18:00)に国際学術誌『Communications Biology』のオンライン版で公開されます。


1.背景
 芽殖孤虫症の最初の症例は、明治37年(1904年)に東京大学病院皮膚科を受診した33歳の女性で、顔面、頭部、上肢を除く全身の皮膚で長さ3~12mmほどの糸くず状の寄生虫が分裂増殖しているという、類例のない症状を示していました。この寄生虫は、標本を詳しく調べた東京帝国大学理学部動物学科の初代教授飯島魁(いいじまいさお)博士によって「芽殖孤虫」と名付けられました。孤虫とは孤児の虫の意で、「成虫が不明である裂頭条虫目条虫の幼虫」をいいます。裂頭条虫目とは条虫の中のひとつのグループの名前です。孤虫が出芽により分裂増殖するので芽殖孤虫と命名されました。

 それ以降、全世界でこれまでに18例が芽殖孤虫症として報告されています。ただし、最初の症例のように広範な皮膚病変を示す典型的な症例は7例に過ぎず、皮膚のみならず内部臓器も侵され、全例が死亡しています。不思議なことにこの7例のうち5例が日本人で、東京大学と九州大学にホルマリン漬けの標本が保存されています。患者さんがどこでどのように感染したのかは全く不明で、成虫がどの動物に寄生しているのかも分かっていません。芽殖孤虫の正体については、マンソン裂頭条虫の異常個体であるとする説、マンソン裂頭条虫と近縁だが別種の条虫とする説などありました。マンソン裂頭条虫というのは陸上の肉食動物を終宿主とする裂頭条虫目条虫で、ヒトが感染するとマンソン孤虫症という寄生虫症を引き起こします。マンソン孤虫症でも体内に条虫の幼虫が形成されますが、増殖することはなく一般に良性の経過をとります。

 芽殖孤虫症はきわめてまれな病気であるため研究が進んでいませんでしたが、実は1981年にベネズエラで発生した典型的症例から虫体が分離され、マウスに移植することで虫体が実験室内で維持されていました。そして、このベネズエラ系統は、東京大学医科学研究所の小島莊明博士に分与され、さらに国立科学博物館動物研究部の倉持利明博士(現在は目黒寄生虫館)に引き継がれました。つまり、生きた芽殖孤虫が日本に存在していたのです。研究チームは、国立科学博物館で維持されていた虫体を材料にして、この寄生虫の正体は何かという100年来の謎に、ゲノムの解読という最新テクノロジーで挑みました。


2.研究手法
 研究チームは、ベネズエラ系統の芽殖孤虫とシマヘビから採取した日本産マンソン裂頭条虫の幼虫(プレロセルコイドといいます)から高品質DNAを抽出し、次世代DNAシーケンサによって膨大な数のDNA断片の塩基配列を取得、それらを繋いでゲノムの塩基配列を決定しました。また、mRNAの塩基配列からタンパク質をコードする遺伝子を予測し、遺伝子総数を決定しました。そして、芽殖孤虫のゲノムをマンソン裂頭条虫やこれまでに発表されている他の条虫のゲノムと詳細に比較し、その特徴を明らかにしました。さらに、マウスから得られた芽殖孤虫のうち、盛んに出芽して活発に増殖している個体と比較的単純な形態の個体の遺伝子の発現(どんなタンパク質がつくられているか)を比較し、幼虫の分裂増殖と病原性に関与している遺伝子の同定を試みました。


3.研究成果
 今回の研究により、芽殖孤虫のゲノムは約6億5000万塩基対で遺伝子総数は18,919個、マンソン裂頭条虫のゲノムは約 8 億塩基対で遺伝子数は 22,162  個であることが分かりました。これらはヒトのゲノム(約30億塩基対)と比べると小さいですが、エキノコックス(約1億1,500万塩基対)、回虫(約2億7,000万塩基対)、日本住血吸虫(約3億7,000万塩基対)など、他の寄生虫よりはかなり大きな値です。きわめて多数の反復配列を含んでいるのがその理由と考えられました。

 芽殖孤虫のゲノムはマンソン裂頭条虫のゲノムと全体的な構成はよく似ていましたが、塩基配列から明らかに別の生物であり、芽殖孤虫はマンソン裂頭条虫の異常個体であるとする説は完全に否定されました。また、他の条虫類との比較により、マンソン裂頭条虫と近縁で裂頭条虫目に分類されることも確定しました(図 1)。


 次に、芽殖孤虫ゲノムに存在する個々の遺伝子を詳細に検討しました。その結果、芽殖孤虫ではいくつかのホメオボックス遺伝子群を欠いていることが分かりました。ホメオボックス遺伝子は、胚発生の際の器官形成に重要な働きをします。一般に左右相称動物(海綿動物と刺胞動物を除いた動物の大多数)では100個程度のホメオボックス遺伝子を持っていて、条虫類では75~79個と減少傾向にあることが知られていましたが、芽殖孤虫ゲノムには 64個しかありませんでした。これは知られている限りで、左右相称動物での最少値です。

 さらに、個体発生や有性生殖に関与することが知られている遺伝子の塩基配列を詳しく調べたところ、10個の遺伝子について、選択圧がかかっていない、つまり生存する上での重要性が低下している証拠を見つけました。これらの遺伝子は神経系の形成や細胞の分化成熟に関わっていたことから、芽殖孤虫では神経系が分化し細胞が成熟する必要のない生活を長く送っていることが示唆されました。芽殖孤虫は幼虫であり、生殖細胞はなく組織の分化もごく限られています(図 2)。


 以上のことから、芽殖孤虫には成虫段階が存在せず、この寄生虫は幼虫(プレロセルコイド)としてだけで存在する「真の孤虫」である可能性がきわめて濃厚であると考えられました。

 動物は成虫にならないと有性生殖ができません。地球上に存在するためには無性的に増殖し続けるしかなくなります。そして、この無性的な増殖が芽殖孤虫の病原性に直結していることは明らかです。研究チームは、マウスから取り出した虫体には盛んに出芽しているものと出芽のみられない増殖度の遅いものがあることに気づき、それらを「メデューサ型」と「ワサビ型」と、それぞれ名付けました(図 3)。そして、これら分裂増殖度の違う虫体では何が違うのかを徹底的に調べ、病原性の本体へ迫ろうと考えました。


 その結果、まず形態学的にはメデューサ型はワサビ型に比べて動きが活発で、よく発達した液胞を持っていることが分かりました。この液胞(図 2:PC)は、飯島魁博士の 1905 年の論文で芽殖孤虫の特徴として述べられています。また、メデューサ型の組織には細胞が密集した領域が観察されました(図 2: NC)。これは、幹細胞を含む出芽部分ではないかと考えられます。

 次に遺伝子発現の比較では、メデューサ型では特定のタンパク分解酵素、がん関連遺伝子の発現が大きく上昇していました。特に、メデューサ型での発現量がワサビ型の200倍を超える遺伝子には、細胞外基質分解酵素、アセチルコリンエステラーゼ、そして芽殖孤虫だけに見出される機能不明のタンパク質ファミリーがありました。これらの未知のタンパク質の構造は分泌性タンパク質であることを示しており、宿主免疫系などとの何らかの相互作用があるものと考えられます。


4.今後の展開
 本研究によって得られた芽殖孤虫とマンソン裂頭条虫のゲノム解読の精度はきわめて高く、他の動物グループに比べて手薄であった条虫類、特に裂頭条虫目条虫の研究に大きく貢献することは確実です。例えば、芽殖孤虫症・マンソン孤虫症に対しては有効な薬剤がなく、現在は外科的な摘出だけが確実な治療法とされています。今後、ゲノム情報に基づいた代謝経路などの研究により、新規薬剤の開発も可能となるでしょう。

 そして、そもそもなぜ、どのような進化的過程を経て芽殖孤虫のような不思議な生物が地球上に生じたのか、という大きな疑問があります。本研究は、この謎の解明に向けた第一歩であると位置づけられるでしょう。

 現在、ベネズエラ系統の芽殖孤虫は、東京慈恵会医科大学の熱帯医学講座(主任教授嘉糠洋陸博士)に分与され、同講座の石渡賢治教授により、病原体等安全管理区域内にある感染動物飼養施設で継代・維持されています(http://www.jikei-tropmed.jp/research/theme_22.html)。これからは、謎の寄生虫芽殖孤虫が、日本発のゲノム情報の完備したバイオリソースとして、世界の研究者に用いられていくことでしょう。


〈原著論文情報〉
Taisei Kikuchi, Mehmet Dayi, Vicky L. Hunt, Kenji Ishiwata, Atsushi Toyoda, Asuka Kounosu, Simo Sun, Yasunobu Maeda, Yoko Kondo, Belkisyole Alarcon de Noya, Oscar Noya, Somei Kojima, Toshiaki Kuramochi, Haruhiko Maruyama. Genome of the fatal tapeworm Sparganum proliferum uncovers mechanisms for cryptic life cycle and aberrant larval proliferation. Communications Biology, in press
 


 

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