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【国立科学博物館】地衣類が放射性セシウムを保持する謎に迫る -計算化学、環境放射能、分類学、三研究分野の横断的連携により、地衣類代謝物の放射性セシウム錯体形成力が明らかに-

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 独立行政法人国立科学博物館 (館長:篠田謙一)は、国立研究開発法人日本原子力研究開発機構システム計算科学センター、同機構福島研究開発部門・廃炉環境国際共同研究センターとの共同研究に参画し、地衣類が放射性セシウムを長期間にわたり保持する機構には、地衣類代謝物との錯体(※1)形成が関与していることを量子化学計算(※2)手法によって明らかにしました。さらに,地衣類の体の表層と体内でそれぞれ異なって作られる化学成分はpH環境によって錯体形成力が異なり,外部からのセシウムの侵入を表層および体内で二重に捕捉している可能性があることが分かりました。国立科学博物館は地衣類の分類学の知見を生かし、形態および生理的特徴に基づいて解析対象の地衣類とそれらの代謝物の選定を行い,研究結果について共同で議論を行いました。

 本成果はネイチャー・リサーチ社(英語版)が刊行しているオンラインでオープンアクセスの学術雑誌「Scientific Reports」の2021年4月号に掲載されました(4月15日オンライン公開)。


 
  • 研究のポイント
・地衣類とは、藻類と共生している菌類の総称で、岩の表面、樹木の幹、家屋の壁、コンクリート等至る所に生育しています(図1左)。地衣類は放射性セシウムを長期間にわたり保持することが知られていますが、その詳細な機構は分かっていません。このような性質を持つ生物は少なく、その謎の解明は重要な研究対象となっています。

・地衣類が合成する代謝物の一部が放射性セシウムの保持に関係すると考え、福島県内で観察されるウメノキゴケやキウメノキゴケなどの地衣類が産する5つの代謝物とセシウムが作る錯体形成力を世界で初めて量子化学計算手法を駆使して求めることに成功しました。

・その結果、セシウムとの錯体形成力は、体内で生成される代謝物ごとに異なることやpH環境によっても異なることが分かりました。この結果から、地衣類は性質の異なる代謝物を適材適所で分泌させ、その保持力を向上させていることが推定されます。

・本研究により、放射性セシウムの保持には地衣類の代謝物が関与していること、さらに複数の代謝物が協調して関与していることが示唆されました。このような新しい生理学的知見が得られた鍵は、複雑な生体分子の錯体形成力を高精度に計算可能とする技術を開発したことにあります。開発した計算手法を活かせば、地衣類の持つ代謝物の他の機能(抗酸化や抗ウイルス機能)解明やその機能を活用する新しい薬剤候補の発見等への貢献も期待されます。

・計算化学の研究者、放射性セシウムの生体蓄積を調査する研究者、そして地衣類の専門家が分野を超えて連携することで初めて実現した学際的な研究と位置づけられます。
 

図1 地衣類(キウメノキゴケ:樹幹表面の緑色の着生物)が自生している様子と解析に用いた地衣類の内部構造模式図。
ウメノキゴケやキウメノキゴケなどでは各層にて異なる代謝物を分泌します。計算によると、上皮層(※3)の代謝物はアルカリ性、髄層(※4)の代謝物は中性で、それぞれ、セシウムを含むアルカリ金属元素(※5)と強い錯体形成力を示します。
 
  • 研究の背景
 2011年、福島第一原子力発電所から放出された放射性セシウム(134Csと137Cs:セシウムの放射性同位元素)の一部は福島県内そして東日本に降着しました。降着した放射性セシウムは、生態系内に取り込まれると、様々なルートを介して人に移行し内部被ばくをもたらす可能性が指摘されてきました。事実、福島事故以前、その一つとして地衣類を介したルートが知られ、高緯度地域においては、地衣類を食した動物の肉等が高い放射性セシウム濃度を示す(参考文献1)ことから、地衣類の放射性セシウムを長期にわたり保持するメカニズムの解明は、放射線による健康影響を研究する分野の重要な研究課題となっていました。また、放射性セシウムを長期間保持する生物は限られており、地衣類でのメカニズムが解明されれば、生態系内での放射性物質の動きを解明する大きなヒントになると考えられます。

 地衣類は、共生する藻類が光合成を担い栄養を産出する一方、菌類は、その栄養を基に様々な代謝物を合成し、中でも二次代謝物(※6)に分類される代謝物が地衣類のユニークな性質を支えていると考えられています。現在、1,000種を超える二次代謝物が知られており、その役割は、極限環境に適応するため、紫外線の遮蔽や抗酸化性を始めとして、他の生物の攻撃から自らを保護する抗細菌や抗ウイルス機能まで様々な機能を有することが知られています。しかし、未だ十分な研究が行われておらず、今後の研究に多くの期待が寄せられています。

 地衣類では、上記の代謝物を体内で合成し、菌糸体表面に析出させることが知られており、この析出物が大気中の重金属元素と錯体を形成することで、汚染大気に含まれた微量の重金属を保持する等、代謝物の化学的役割が注目されてきました。放射性セシウムの場合も、このように、代謝物が関与すると想定されますが、未だ十分な研究が行われていません。その理由として、地衣類の体が薄い膜状の形である(図1)ため、組織形状や生体機能を保持したままでの放射性セシウムの検出や分離が難しい他、培養が困難な生体であることから化学分析等の操作も難しいことが挙げられます。

 そこで、3学際問領域が連携し、福島県内で放射性セシウムを実際に保持することが確認された地衣類(参考文献2)のうち、広く観察されるウメノキゴケやキウメノキゴケなどに着目し、それらが産生する代謝物の中から、産生量の多い5つの主要なものを選択し、セシウムおよび比較のためアルカリ金属元素全般に対する錯体形成力を、高精度な量子化学計算手法を用いて比較評価するという世界でも例のない研究に取り組みました。
 
  • 研究の内容・成果
 福島事故に関連し、実際に放射性セシウムを保持することが確認された地衣類のうちのウメノキゴケとキウメノキゴケなどが産出する代謝物として、地衣類の各層(図1)にて見いだされる主要な5種(シュウ酸、ウスニン酸、アトラノリン、レカノール酸、プロトセトラ-ル酸)を選択し、それらのセシウムおよびアルカリ金属元素全般の錯体形成力を量子計算化学手法により計算しました。このような計算によるアプローチで、代謝物による放射性セシウム保持機構の解明を試みたのは、世界でも初めての例となります。

 一般に、生体内で産生される代謝物の場合、室温という温度を考慮しつつ、水中での錯体形成という生体内環境条件の下での計算が必須となりますが、その条件下では、代謝物は、様々な安定及び準安定構造を取りうるため、錯体形成の自由エネルギー(※7)の計算は困難となります。この状況を克服するため、私たちは、GRRM(※8)MOPAC(※9)を連携させ、最初に精度を抑えることで、多数の安定及び準安定構造の候補を迅速に決定した後、複数の取得した構造に対し、高精度な量子化学計算を、スーパーコンピュータを用いて並列計算することで、複数のセシウム及びアルカリ金属元素錯体構造(図2)を効率的に取得することに成功しました。
 

図2 計算により得られた地衣類代謝物(ウスニン酸とプロトセトラ-ル酸)とセシウム(Cs)の安定な錯体構造の例。(図中の紫色の球はセシウム原子)



(発表論文情報)
雑誌名:Scientific Reports
論文題目:Quantum chemical calculation studies toward microscopic understanding of retention mechanism of Cs radioisotopes and other alkali metals in lichens
著者:Hiroya Suno(1), Masahiko Machida(1), Terumi Dohi(1), Yoshihito Ohmura(2)
所属:(1)日本原子力研究開発機構、(2)国立科学博物館
DOI:http://doi.org/10.1038/s41598-021-87617-w
公表:2021年4月15日オンライン公開


【参考文献1】
雑誌名:Health Physics, 43, 4, (1982)
論文題目:137Cs concentrations in northern Alaskan Eskimos, 1962-79: Effects of ecological, cultural and political factors
著者:Wayne C. Hanson
DOI:https://doi.org/10.1097/00004032-198204000-00004

【参考文献2】
雑誌名:Journal of Environmental Radioactivity, 146 (2015)
論文題目:Radiocaesium activity concentrations in parmelioid lichens within a 60 km radius of the Fukushima Dai-ichi Nuclear Power Plant
著者:1T. Dohi, 2Y. Ohmura, 2H. Kashiwadani, 1K. Fujiwara, 1Y. Sakamoto and 1K. Iijima
DOI:http://dx.doi.org/10.1016/j.jenvrad.2015.04.013

【参考文献3】
雑誌名:Chemical Physics Letters, Volume 648, 16 March 2016, Pages 119-123  論文題目:A screened automated structural search with semiempirical methods
著者:Yukihiro Ota, SergiRuiz-Barragan, Masahiko Machida, Motoyuki Shiga
DOI:https://doi.org/10.1016/j.cplett.2016.02.013

 
【語句説明】
※1 錯体:
原子と分子や異なる分子同士が結合してできる分子の総称。

※2 量子化学計算:
原子や分子に対し、その電子軌道を量子力学に従い計算する。

※3 上皮層:
地衣体の表面、菌類の細胞が圧縮されてできた保護層で、藻類層の上部に存在する(図1)。

※4 髄層:
地衣体の内部で、菌糸がゆるく絡まりあってできている層(図1)。

※5 アルカリ金属元素:
周期表の第1族に属する元素(水素を除く)。セシウムの他、リチウム、ナトリウム、カリウム、ルビジウム、フランシウムがある。

※6 二次代謝物:
代謝物は一般に生命の発生、成長、生殖、恒常性維持等に直接関与する一次代謝物と直接の関与が認められない二次代謝物に分類されます。

※7 自由エネルギー:
ある物質と物質が反応を起こす際、それらの内部エネルギーとエントロピーを基に定義され、反応物の増減を決める指標となる。

※8 GRRM:
化学反応経路自動探索プログラム(Global Reaction Route Mapping)。東北大学・大野公一らにより開発された。代表的機能は化学反応経路の自動探索機能である。本研究では複数の安定および準安定な分子錯体構造を取得する目的で用いた。

※9 MOPAC:
半経験的量子力学計算を行うための計算化学ソフトウェア。主にテキサス大学のMichael Dewarらにより開発された。他の量子化学手法と比較して高速に計算を行うことができる。

 


国立科学博物館:https://www.kahaku.go.jp/
国立科学博物館 筑波研究施設:https://www.kahaku.go.jp/institution/tsukuba/
国立科学博物館 筑波実験植物園:http://www.tbg.kahaku.go.jp/
国立科学博物館 附属自然教育園:http://www.ins.kahaku.go.jp/
 

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