AIで”遺伝子の時間”を読み解くー蛍光タイマーTocky技術を活用ー

(ポイント)
● 独自技術Tocky*1と深層学習AIを融合し、細胞内での遺伝子の“時間的な働き”を初めて高精度に
可視化
● CRISPR*2を用いてTockyマウスに遺伝子調節配列の変異を導入し、その影響をAIで自動解析
● 加齢や配列変化が免疫遺伝子の時間的制御に影響することを発見し、免疫研究や治療開発に向けた
新たな解析基盤を提供
(概要説明)
ヒトレトロウイルス学共同研究センター・熊本大学キャンパスの小野昌弘特任教授らは、これまで独自に開発した蛍光タイマー技術「Tocky」に、CRISPRと深層学習(AI)を組み合わせることで、細胞内の遺伝子活性の“時間的な変化”を可視化する新たな手法を確立しました。
Tockyは、遺伝子が発現された時間情報を蛍光の色変化として記録できる技術で、細胞ごとの転写履歴を生体内で可視化することが可能です。
今回の手法では、CRISPRで遺伝子調節配列に変異を導入したTockyマウスから得たデータを深層学習で解析し、免疫関連遺伝子の時間的制御に配列や加齢が与える影響を明らかにしました。
本研究は、AIと実験技術を統合することで、遺伝子制御の“時間軸”を解読する新たな基盤技術を提示するものです。
本研究成果は令和7年7月1日に『Nature Communications』に掲載されました。
また、本研究は科研費(基盤C, 新学術領域研究シンギュラリティ生物学)、学術振興会研究拠点形成事業、AMED、先端モデル動物支援プラットフォーム(AdAMS) 、英国医学研究評議会(MRC)、英国Cancer Research UKの助成を受けて行われました。
(説明)
[背景]
私たちの体の中で、遺伝子は「いつ」働くかがとても重要です。遺伝子のスイッチが入るタイミングや、その強さが変わることで、細胞の性質や働きが決まります。ところが、こうした時間の変化を生きた状態で詳しく調べることは、これまで非常に難しい課題でした。
[研究の内容]
今回の研究では、私たちが開発した「Tocky(トキ)」という技術を使い、遺伝子が働き始めてからどれくらい時間がたったかを、蛍光の色の変化で見えるようにしました。さらに、ゲノム編集(CRISPR)で細胞の遺伝子配列を変え、人工知能(AI)に画像を学習させることで、その変化を自動で解析する新しい方法を作り上げました。
[成果]
この手法により、免疫に関わる遺伝子の働き方が、年齢や遺伝子の配列によって変わることが、初めて生きたままの体の中で確認できました。遺伝子のはたらき(転写活性*3)が時間とともにどう変化するかを、AIを使って詳しく調べることができたのは大きな進歩です。
[展開]
この成果によって、免疫のしくみや、老化、がんなどの病気の仕組みを、時間の流れの中でより正確に理解できるようになります。今後は他の遺伝子や細胞にも応用が広がり、将来的には新しい治療法の開発にもつながることが期待されます。
[用語解説]
*1 Tocky(トキ):細胞の中で、ある遺伝子が「いつ」働き始めたかを、蛍光の色の変化で見えるようにする技術。名称は「時(とき)」に由来し、正式には「Timer-of-cell-kinetics-and-activity」と呼ばれる。
*2 CRISPR(クリスパー):狙ったDNAの場所を正確に書き換えることができるゲノム編集技術。生物の遺伝情報を操作するために広く使われている。
*3 転写活性(てんしゃかっせい):DNAの情報がRNAにコピーされる働きの強さのこと。遺伝子がどのくらい活発に働いているかを示す指標で、免疫や細胞の変化に関わっている。
(論文情報)
論文名:Machine Learning-Assisted Decoding of Temporal Transcriptional Dynamics via Fluorescent Timer
著者:Nobuko Irie, Naoki Takeda, Yorifumi Satou, Kimi Araki, Masahiro Ono
掲載誌:Nature Communications
doi:https://doi.org/10.1038/s41467-025-61279-y
URL:https://www.nature.com/articles/s41467-025-61279-y
【お問い合わせ先】
熊本大学ヒトレトロウイルス学共同研究センター・熊本大学キャンパス
担当:特任教授 小野昌弘
e-mail:m.ono@imperial.ac.uk
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