「硬くて脆い」プラスチックを「強くしなやか」に ~相分離を抑えたイオン架橋という新しい設計指針~
【研究の要旨とポイント】
プラスチックに代表されるガラス状高分子は脆く壊れやすく、硬さと強靭さの両立が長年の課題でした。イオン結合を用いた従来法では、弾性率は向上する一方で、イオンが集まって微小な塊(イオンクラスター)が形成されるため、ガラス状高分子はしばしば脆くなります。
イオン性櫛(くし)型ポリマーにおけるカルボン酸をかさ高い有機塩基DMAPで中和すると、イオン化しているにもかかわらずナノスケールの相分離が抑えられ、タフネス約137 MJ/m3、ヤング率約0.9 GPaを同時に達成しました。中和前と比べてタフネスは約4倍、弾性率と降伏応力は約2倍になりました。
イオン液体を使わない新たなガラス状高分子の強靭化指針として、輸送機器や電子機器の構造材料など、硬さと壊れにくさの両方が求められる用途への展開が期待されます。
【研究の概要】
東京理科大学 創域理工学部 先端化学科の青木大亮講師(研究当時)、内山康太郎氏(2024年度卒業)、宮澤遼太郎氏(2025年度卒業)、有光晃二教授は、かさ高い有機イオンを対イオンとして用いることで、硬さと強靭(きょうじん)さを併せ持つガラス状高分子を開発しました。
従来、ガラス状高分子は弾性率が高い一方で脆く、硬さと強靭さの間にはトレードオフがありました。イオンによる物理架橋はエラストマーやハイドロゲルにおける有力な強靭化手法として知られていますが、多くの系ではイオンが集合してナノスケールで相分離するため、分子鎖の動きが強く制限され、ガラス状高分子では脆くなるという問題がありました。イオン液体を用いた手法でも相分離を形成せずに均一なナノ構造を保ったまま強靭化できる例はありましたが、特定の組み合わせの系に限られていました。
本研究グループは、ポリノルボルネン骨格にオリゴエチレングリコール側鎖とカルボン酸を密に導入したイオン性櫛型ポリマーを合成し、かさ高い有機塩基である4-ジメチルアミノピリジン(DMAP、*1)とナトリウムイオンをそれぞれ対イオンとして用いることで、物性とナノ構造を比較しました。
その結果、DMAPを用いた場合には、フーリエ変換赤外分光光度計(FT-IR)でイオン化が確認されるにもかかわらず、放射光小角X線散乱(SAXS)(*2)では相分離に対応する散乱ピークが現れず、中和率に関係なく、均一なナノ構造が保たれることを明らかにしました。この試料はタフネス約137 MJ/m3、ヤング率約0.9 GPaを示し、中和前の前駆体と比べてタフネスが約4倍、弾性率と降伏応力が約2倍に向上しました。一方、ナトリウムを用いた場合は、相分離が確認され、ナトリウムイオンによる中和率が50 mol%(*3)以上で著しく脆化しました。
本成果は、かさ高い側鎖と有機塩基を組み合わせるという分子設計により、硬いガラス状高分子を強靭化する新たな指針を与えるものです。
本研究成果は、2026年9月3日に国際学術誌「Macromolecules」にオンライン掲載されました。

【研究の背景】
高分子材料のうち、室温でガラス状態にある高分子は、弾性率が高く形状を保つ力に優れる一方、変形の余地が小さく脆いという性質を持ちます。硬さと強靭さは一般にトレードオフの関係にあり、両立させることは高分子材料における長年の課題でした。
この課題に対して、高分子鎖にイオン性の構造を導入し、静電相互作用を可逆的な物理架橋として働かせる手法が研究されてきました。しかしアイオノマー(*4)に代表される従来の系では、イオン対同士が集合してナノメートルサイズのイオンクラスターを形成します。クラスターは弾性率を上げる一方、分子鎖の動きを強く束縛するため、ガラス状高分子はしばしば脆くなります。
近年、イオン液体や超分子相互作用を利用して、相分離を伴わない均一なナノ構造のまま強靭化された硬い高分子が報告されました。ただし、これらはイオン液体を含む特定の系に限られており、より広い材料に適用できる設計原理が求められていました。
本研究グループはこれまでに、ポリノルボルネン骨格にオリゴエチレングリコール側鎖を密に導入した櫛型ポリマーを合成し、カルボン酸をかさ高い有機塩基で中和すると力学特性が向上することを報告してきました。ただし、その内部のナノ構造がどうなっているのか、また強靭化にどう寄与しているのかは分かっていませんでした。
【研究結果の詳細】
本研究では、イオン性櫛型ポリマーにおけるカルボン酸を中和する対イオンとして、かさ高い有機塩基であるDMAPと、代表的な無機イオンであるナトリウムを取り上げ、力学特性とナノ構造を系統的に比較しました。
引張試験の結果、DMAPで中和した試料は、中和率10~100 mol%のほぼ全域でタフネスと弾性率が同時に向上しました。最も良い条件では、降伏応力と破断強度が約40 MPa、破断伸びが約500%、タフネスが約137 MJ/m3、ヤング率が約0.9 GPaに達しました。このタフネスは、汎用(はんよう)プラスチックの中でも強靭な部類に入る高密度ポリエチレン(約130 MJ/m3)に匹敵する値です。さらにゴムとプラスチックの中間にあたる高い弾性率を保っています。一方、ナトリウムイオンで中和した試料は弾性率こそ1.0 GPaを超えたものの、中和率20 mol%以上で伸びが低下し、50 mol%以上ではタフネスが4 MJ/m3未満まで落ち、脆性破壊しました。
FT-IR測定からは、DMAP系でカルボン酸からピリジニウムイオンへの完全なプロトン移動が起きており、固体膜中でもイオン対が安定に形成されていることが分かりました。それにもかかわらず、放射光小角X線散乱測定では、DMAP系だけが構造ピークを示さず、相分離を起こさない均一なナノ構造を形成していました。一方で、ナトリウムや以前の系で用いていた有機塩基などでは、それぞれ1.7 nm、1.4 nm程度の周期構造に対応する散乱ピークが現れ、中和率とともにピークが強くなりました。
動的粘弾性測定では、DMAPによる中和によりガラス転移温度が96 ℃から81 ℃へ低下し、DMAPが可塑剤としても働くことが示されました。これに対しナトリウム系では、中和率50 mol%でガラス転移温度が約200 ℃まで上昇し、イオン凝集による分子鎖の束縛が明確に現れました。
可塑(かそ)化されているにもかかわらず、DMAP系ではひずみ硬化弾性率が中和前の2 MPaから5 MPaへ増加し、荷重の分散能を担う物理架橋網目が働いていることが示されました。これらの結果から、相分離せず均一に分散したイオン相互作用が架橋点として働きつつ、同時に分子鎖の動きを保つ「柔軟架橋」(*5)が強靭化をもたらしていると考えられます。
【今後の展開】
本成果は、イオン液体を用いなくても、かさ高い側鎖と有機塩基の組み合わせによって硬いガラス状高分子を強靭化できることを示しました。対イオンの種類と側鎖の設計という比較的単純な操作で力学特性を制御できるため、既存のカルボン酸含有高分子やポリ電解質にも展開できる可能性があります。
今後は、この特異なイオン架橋状態を粘弾性緩和の観点から定量的に検証するとともに、他の対イオンや骨格構造への展開を進めます。それにより、硬さと壊れにくさの両立が求められる構造材料や電子材料への応用が期待されます。
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本研究は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業 ACT-X 個人型研究(課題番号:JPMJAX24D1、研究者:青木 大亮)、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業 若手研究(課題番号:JP23K13802、JP25K18081)、触媒科学計測共同研究拠点(25AY0813)の支援を受けて実施されました。放射光測定は高エネルギー加速器研究機構フォトンファクトリーBL-10C(課題番号:2024P018)の助成を受けて実施しました。
【用語】
*1 4-ジメチルアミノピリジン(DMAP)
エステル化反応などの触媒として広く使われる有機塩基。本研究では、もともと合成時の残留触媒として存在していたものが、対イオンとして強靭化に強く寄与することを見いだした。
*2 小角X線散乱(SAXS)
試料に入射したX線が小さな角度で散乱される現象を測定し、数ナノメートルから数十ナノメートルの内部構造を調べる手法。相分離した構造があると特定の角度にピークが現れる。
*3 mol%
全体の物質量(モノマーの繰り返し単位の数)に対する、特定の成分(塩基)の割合。
*4 アイオノマー
主鎖に少量のイオン性基を導入した高分子。イオン対が集合してクラスターを作り、物理架橋として働く。
*5 柔軟架橋
本研究で提案する概念。イオンによる相分離を形成せずに均一に分散した状態で架橋点として働きながら、可塑化により分子鎖の運動性も保つ架橋のあり方を指す。
【論文情報】

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雑誌名: |
Macromolecules |
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論文タイトル: |
Anomalous Toughening of Glassy Ionic Comb Polymers: Retention of Homogeneity Achieved by Bulky 4-Dimethylaminopyridinium Counterions |
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著者: |
Kotaro Uchiyama, Ryotaro Miyazawa, Daisuke Aoki, Koji Arimitsu |
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DOI: |
【発表者】

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内山康太郎 |
東京理科大学 創域理工学部 先端化学科 2024年度卒業 |
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宮澤遼太郎 |
東京理科大学 創域理工学部 先端化学科 2025年度卒業 |
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青木大亮 |
東京理科大学 創域理工学部 先端化学科 講師(研究当時) |
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有光晃二 |
東京理科大学 創域理工学部 先端化学科 教授 |
【研究に関する問い合わせ先】
東京理科大学 創域理工学部 先端化学科 教授
有光 晃二
TEL:04-7124-1501(代)
E-mail:arimitsu【@】rs.tus.ac.jp
【JST 事業に関する問い合わせ先】
科学技術振興機構 戦略研究推進部 先進融合研究グループ
原田 千夏子
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