子どものジェンダーステレオタイプが生じる時期を解明
京都大学との共同発表/研究成果
- 概 要
世界経済フォーラムが2022年に発表したジェンダーギャップ指数において、146か国中116位であったことからわかるように、我が国は世界に見てもジェンダーギャップが大きい国の1つだといえます。このようなジェンダーギャップを生みだす要因は様々ありますが、その主な一つとして、「男性は頭がいい、女性は優しい」などのようなジェンダーに対する思い込み(ジェンダーステレオタイプ)が考えられます。ジェンダーステレオタイプを持つ子どもは、それらのイメージに沿うように普段の振る舞いや進路・職業選択を行い、その結果として、ジェンダーギャップが維持・拡大されるという悪循環が多くの研究で指摘されています。例えば、「男性=賢い」のようなステレオタイプを持つことによって、女性が数学や科学を敬遠し、科学者などの職業を選択しなくなる可能性があります。しかしながら、我が国においてこのようなジェンダーステレオタイプはいつごろからみられるのかは未だ明らかではありませんでした。
追手門学院大学心理学部および同大学院心理学研究科の大神田麻子 准教授、京都大学大学院文学研究科の森口佑介 准教授、京都大学大学院文学研究科および大阪大学人間科学研究科の山本寛樹 研究員(当時)、大阪大学大学院人間科学研究科の鹿子木康弘 准教授、孟憲巍 同助教、椙山女学園大学人間関係学部の浦上萌 准教授らの共同研究グループは、日本の4歳から7歳の子どもを対象に、「男性=賢い」「女性=優しい」というジェンダーステレオタイプがいつごろからみられるようになるかを検証しました。具体的には、「賢い人」の話や「優しい人」の話を子どもに聞かせて、その人物が女性と思うか、男性と思うかを尋ねました(下図左)。また、そのようなジェンダーステレオタイプに、親が持つジェンダーに対する態度が影響するかも検証しました。その結果、「女性=優しい」というステレオタイプは4歳頃から一貫して見られることが示されました(下図右)。また、「男性=賢い」というステレオタイプは、「女性=優しい」というステレオタイプよりは明確ではないものの、7歳頃からみられる可能性が示されました。親のジェンダーに対する思い込みは、子どものジェンダーステレオタイプとは関係しませんでした。このことは、子どものジェンダーステレオタイプは幼児期からみられること、小学校入学あたりから「男性=賢い」というステレオタイプが見られる可能性を示唆しています。
本成果は、2022年10月11日(現地時刻)に英国の国際学術誌「Scientific Reports」にオンライン掲載されます
●論文の概要説明動画
https://www.youtube.com/watch?v=AYHLmN83ogM
- 背 景
過去数十年にわって世界中の国が男女共同参画の推進に取り組んできましたが、政治、教育、学術、経済などの分野で女性の社会進出が遅れているジェンダーギャップの存在は、21世紀の最大の問題の一つです。科学界においても、特定の専門分野で働く女性が男性よりも少なく、科学、技術、工学、数学、医学分野では女性の著者が少ないという、典型的なジェンダーギャップが観察されています。
残念ながら、このようなジェンダーギャップが大きな国として、日本が挙げられます。政治家や企業トップの男性が女性を蔑視するような発言をしてメディアを賑わせることは日常茶飯事で、SNSなどでは、そのような発言を擁護するような投稿も散見されます。実際、世界経済フォーラムが2022年に発表したジェンダーギャップ指数において、 日本は146か国中116位であり、先進国の中で最低レベルです。このようなジェンダーギャップを生みだす要因は様々ありますが、一つの要因として、「男性は頭がいい、女性は優しい」などのようなジェンダーステレオタイプが考えられます。ジェンダーステレオタイプを持つ子どもは、それらのイメージに沿うように普段の振る舞いや進路・職業選択を行い、その結果として、ジェンダーギャップが維持・拡大されるという悪循環が多くの研究で指摘されています。しかしながら、このようなジェンダーステレオタイプはいつごろからみられるのかは未だ明らかではありませんでした。
アメリカの子どもを対象にした研究では、6歳頃から「男性=賢い」というステレオタイプが見られることが報告されています(文献1)。しかしながら、このようなジェンダーステレオタイプが我が国でも見られるのか、また、そのような傾向どのような要因に影響を受けるのかは明らかではありませんでした。本研究では、日本の4歳から7歳の子どもを対象に、「男性=賢い」「女性=優しい」というジェンダーステレオタイプがいつごろからみられるようになるかを検証しました。また、そのようなジェンダーステレオタイプに、親が持つジェンダーに対する態度が影響するかも検証しました。
- 研究手法・成果
本研究では4歳から7歳の子どもとその保護者合計220ペアが参加しました。参加児は「賢い人」もしくは「優しい人」の話を聞かされました。たとえば、以下は、賢い人の例です。
【この会社ではたくさんの人が働いています。その中に、特別な人が一人います。この人は本当に本当に賢いんです。この人は、物事のやり方をすぐにわかって、誰よりも早く、誰よりも正しく答えを出してくれます。この人は本当に、本当に賢いのです。】
この話を聞かせた後に、成人女性や成人男性の写真を用意し、この賢い人が誰であるかを尋ねました。同様のテストを「優しさ」についても実施しました。分析においては、女児が「賢い人」や「優しい人」として、自分と同じ女性を選ぶか、男児が「賢い人」や「優しい人」として、自分と同じ男性を選ぶかを調べました。これによって、自分の性別と「賢さ」や「優しさ」を結びつけるようなステレオタイプをもっているかを検証できます。
その結果、どの年齢においても、女児は、男児よりも、自分の性別と「賢さ」や「優しさ」を結びつける傾向にありました(図1左)。この結果は、アメリカの研究結果とは異なるものでした。
この実験では、用いた女性・男性の写真、特に外見的な特徴によって結果が影響を受けたと考えられたので次の実験では、より「女性」「男性」という概念と「優しさ」や「賢さ」を結びつけるかを検討するため、写真ではなく、棒人間(トイレのマーク)を用いました。
その結果、どのような年齢においても、女児は、男児よりも、自分の性別と「優しさ」を結びつけていました。一方、「賢さ」については、4、5、6歳児では差がありませんでしたが、7歳児において、男児は、女児よりも、自分の性別と賢さを結びつけていました。つまり、「男性=賢い」というステレオタイプが7歳頃から見られたのです(図1右)。保護者のジェンダーに対する態度は、どちらの実験でも、子どもの反応とは関係しませんでした。
さらに、別の4歳から7歳の子どもとその保護者合計345ペアを対象に同様の実験を行ったところ、「女性=優しい」というステレオタイプは4歳頃から示され、「男性=賢い」というステレオタイプは、「女性=優しい」というステレオタイプよりは明確ではないものの、7歳頃からみられる可能性が示されました
つまり、 4歳頃から「女性=優しい」というステレオタイプを持つようになることが明らかになりました。また、「賢さ」については、外見的な特徴をなくした棒人間を使った場合に、「男児=賢い」というステレオタイプが見られる可能性が示されたのです。
- 波及効果、今後の予定
本研究の結果は、ジェンダーステレオタイプが幼児期において既に出現していることを示唆しています。このことから、女児は「優しさ」という特性を幼児期から自分に押し付け、男児は「賢さ」という特性を小学校に入るころから自分に押し付けるようになる可能性があります。また、この結果は、6歳頃から「男性=賢い」というステレオタイプを持つようになるアメリカよりも、幾分遅いことになります。ジェンダーギャップが大きい日本において、アメリカよりもジェンダーステレオタイプが出現するのが遅いのがなぜなのかは検証する必要があります。また、このようなジェンダーステレオタイプは、子どもの将来に影響を与える可能性は否定できません(文献2)。このようなステレオタイプが進路選択や職業選択に関連するのか、するとしたら、そのような影響を低減する方策について、今後検討していく必要があります。
- 研究者コメント
女性と男性の行動や能力が異なるかどうかは議論があるにもかかわらず、「女性なのに」とか「男性らしく」などのようなジェンダーステレオタイプによって、子どもの進路選択や職業選択が影響を受ける可能性が示されています。本研究では、そのようなジェンダーステレオタイプのルーツは幼児期や児童期にある可能性が示されました。今後、不要なジェンダーステレオタイプを減らすためには、どのような要因によって子どもたちがジェンダーステレオタイプを持つようになるかを明らかにする必要があります。今回の研究では、親のジェンダーに関する意識との関連は示されませんでしたが、親や教育者が何気なく発するジェンダーに関わる言葉や子ども同士のやりとりなど、様々な要因が考えられます。今後はこれらの要因を実証的に明らかにしていきたいと思います。(森口佑介)
我々は、思わず自他の行動を「女性なのに」「男性なのに」といったステレオタイプに当てはめてしまうことがあります。こうした思い込みは、いつごろから芽生えるのでしょうか。今回の研究では、ジェンダーステレオタイプのうち、「賢さ」や「優しさ」に関するものが日本においても幼児期から児童期に獲得される可能性が示されました。ジェンダーステレオタイプを全てなくすことは難しいかもしれませんし、それが必要かは分かりませんが、進路や職業の選択を狭めるようなジェンダーステレオタイプを減らす取り組みは必要です。その一環として、今後、子どもたちがどのようなことに影響を受けてジェンダーステレオタイプを持つようになるのか、たとえば異性と同性の発言の影響力に差はあるのか、文化差はあるのかなどについて検討していきたいと思います。(大神田麻子)
<論文タイトルと著者>
タイトル:Gender stereotypes about intellectual ability in Japanese children(日本の子どもにおける知的能力に関するジェンダーステレオタイプ)
著 者:大神田麻子・孟憲巍・鹿子木康弘・浦上萌・山本寛樹・森口佑介
掲 載 誌:Scientific Reports
DOI:https://doi.org/10.1038/s41598-022-20815-2
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