[新種発⾒] ヤドカリの「宿」を作る “淡い桃⾊”のイソギンチャク

―万葉集に詠まれた「愛する気持ち」を名前に―

国立大学法人熊本大学

(ポイント)

・日本沿岸の深海から採集されたヤドカリの「宿」を作るイソギンチャクが、Paracalliactis属の新種であることを突き止めました。本種の特徴を、万葉集の詩歌で使われた言葉にちなんで、ツキソメイソギンチャクと命名しました。

・イソギンチャクの「巻貝のような構造物」を作り出すという能力が「ヤドカリとの共進化(注1)」により生み出された可能性があることを、博物館に保管された標本などの調査により突き止めました。

・前後左右の区別がはっきりしないイソギンチャクが、非対称な構造を作るのはとても興味深い現象です。単純な体構造や神経をもつ動物が、どのようにして自己の体勢や空間を認識しているのかを理解する上で、本種は良い研究材料になると期待できます。

(概要説明)

      熊本大学くまもと水循環・減災研究教育センター沿岸環境部門(合津マリンステーション)の吉川准教授(理学部併任)(研究当時の所属:国立科学博物館, 鹿児島大学, 東京大学)、福山大学の泉講師、千葉県立中央博物館の柳主任上席研究員らを中心とする研究チームは、日本沿岸の太平洋側(三重県の熊野灘沖および静岡県の駿河湾沖)の深海からヤドカリが使う貝殻の上で暮らし、自身の分泌物でヤドカリの「宿」(注2)を作るイソギンチャクを採集しました

      同研究チームにより行われたイソギンチャクの形態の分析や、DNA塩基配列を使った分子系統解析により、得られたイソギンチャクがParacalliactis属の未記載種(注3)であることが明らかになりました。そこで私たちは、本種をツキソメイソギンチャク(学名:Paracalliactis tsukisome)と命名し、鮮明な動画記録とともに新種として発表しました

      国内外の博物館や、水族館の協力のもとで行った生態的な研究では、① ツキソメイソギンチャクが宿主であるヤドカリの糞などを食べている可能性、および②イソギンチャクが一方向に動くことで「巻貝の形」を作り出す可能性、③本種との共生により宿主のヤドカリは、他の種よりも大きな体を獲得できていることが示唆されました

      イソギンチャクのような単純な体の構造を持つ動物が、「巻貝の形」を作り出すというのは、生物の進化学的にも非常に珍しい事例です。このような能力が、ヤドカリとの共生に伴い、共進化的に生み出されてきた可能性を提唱する点で、本研究成果は生物の進化学的に大きな価値があります。

      本研究の一部は、JSPS 科研費(課題番号:JP 20J00120、JP21K20591、JP 23K14002、JP 24KJ2210)、および公益財団法人無脊椎動物研究所・個別研究助成 (課題番号:KO2020-04)、公益財団法人日本科学協会・笹川科学研究助成 (課題番号:2020-4012、2023-5020)の助成を受けて実施しました。

(説明)

[背景]

      イソギンチャクは、サンゴと同じ刺胞動物門の花虫綱に属している動物です。イソギンチャクはサンゴとは異なり、基本的には硬い骨格のようなものを作り出すことはありません。しかしながら、ごく一部のイソギンチャクでは、自身の分泌物で深海に暮らすヤドカリの「宿(巻貝のような形の構造物)」を作り出すことが知られています。

      イソギンチャクは、基本的に「放射相称(注4)」という前後左右を区別することができない体の構造を持っています。一方で、巻貝のような非対称な形を作るためには、その入り口を前方に向けて伸ばしていくという、特定の方向への新たな構造物の創出が必要になります。しかし、イソギンチャクが、特定の方向を認識することができるかはわかっていません

では、一体どのようにしてヤドカリの「宿」を作るのでしょうか?また、その特殊な能力はどのように進化してきたのでしょうか?これについては、たくさんの生物学者から注目を集めていたものの、深海で生物を直接観察することや、対象の生物の採集や飼育することが難しいため、未だ明らかにされていませんでした。

      そこで本研究では、日本沿岸の深海から新たに見つかったヤドカリの「宿」を作るイソギンチャクとヤドカリの共生生態を解き明かすことで、 イソギンチャクの「巻貝のような形を作る能力」の進化の原動力を議論しました

 

[研究の内容・成果]

      熊本大学くまもと水循環・減災研究教育センター沿岸環境部門(合津マリンステーション)の吉川晟弘准教授(理学部併任)(研究当時の所属:国立科学博物館, 鹿児島大学, 東京大学)が率いる研究チームが、日本沿岸の水深200~500mの深海(三重県熊野灘および静岡県駿河湾)から、ヤドカリの「宿」を作るイソギンチャクを発見しました。本種の外部形態の観察や、組織学的な手法を用いた内部形態の観察、刺胞のタイプについての分析、複数DNA塩基配列を使用した分子系統解析により、これがParacalliactis属であることが判明しました。しかし、これまで知られていた本属の種の特徴とはどれとも一致しなかったため、この度、新種として発表することとなりました。Paracalliactis属は今まで日本からの記録がなかったため、本研究にて初めて発見されたこととなります。

      Paracalliactis属の種は、深海から採集された後はすぐに弱ってしまい、触手や口が広がった状態で観察されることは非常に稀です。また、この特徴が本グループの分類研究を遅らせる要因の一つでもありました。そこで本研究では、臨海実験施設の飼育設備を活用することにより、本種の生きた状態を動画記録として収めることに成功しました。今後、今回と同じ条件で飼育することで、本グループの特徴を詳細な形態観察が可能になり、本属の種多様性や、行動や生態までもが今後明らかにされていくと期待されます。

      また、共生関係にあるイソギンチャクとヤドカリが何を食べているのかを、炭素窒素同位体分析(注5)を用いて分析したところ、イソギンチャクが宿主のヤドカリの糞などを食べている可能性が見出されました。さらには国立科学博物館が所有しているマイクロCTスキャナを用いたイソギンチャクの付着位置に対する3次元的な分析では、イソギンチャクが、ヤドカリの貝殻の入り口に一定の体の向きで付着するという「特定の方向を認識しているかのような行動」を行うことが明らかになりました

      そして、博物館に所蔵されている宿主ヤドカリの標本の形態計測と、各同属種の記載論文などにある文献データを活用した生態学的な調査により、宿主となるヤドカリは、同属の他の種よりも、深海で大きな体を獲得していることが明らかになりました

      これらのことから、この両者の関係はお互いにメリットがある相利共生関係であると考えられます。さらに、自然下では、本種がアカモントゲオキヤドカリ以外のヤドカリと共生する事例が見つかっていないことから、両者は強い共生関係にあると予想できました。

      以上のことから私たちは、広大な深海において特定のヤドカリとのみ共生するという本種の「強い共生関係」を、日本の古典である万葉集(注6)の12巻に収録されている愛の歌で「相手への強い気持ち」を強調するために使われた「桃花褐(つきそめ = 淡い桃色)(注7)」という色になぞらえて、ツキソメイソギンチャクParacalliactis tsukisomeと命名しました。新種の桃色の“薄さ“に反して、とても強い共生関係をヤドカリと結んでいる可能性があることが、本種の名前の由来になっています。

[展開]

      基本的に放射相称的な体の構造を持つイソギンチャクは、一目見るだけでは前後左右の方向を特定することができません。そのような生物が、一方向に延長させないと作ることができない構造物(巻貝のような形)を作り出す能力を持つことは、生物の進化学的にも非常に珍しい事例です。このような現象が、ヤドカリとの共生に伴い、共進化により生み出された可能性を提唱する点で、本研究成果には大きな学術的価値があるといえます。

      ツキソメイソギンチャクは、深海の底引網漁で頻繁に混獲されています。深海に暮らす生物のなかでは、比較的簡単に採集することができる種といえます。そのため今後本種は、単純な体構造や神経をもつ動物がどのようにして自己の体勢や空間を認識しているのかを理解する上で良い研究材料なるかもしれません

      これまで深海に暮らす動物の生態に関しては、現地での生物の観察や、頻繁なサンプリング調査の難しさから、あまり研究が進んでいませんでした。そこで本研究では、新たに採集された個体だけでなく、過去に採集されて博物館に保管されていた標本を測定したり、各種の記載論文などの分類学的研究において記載されていた情報を活用したりすることで、深海に暮らす底生動物の共生生態を明らかにしました。博物館に保管されていた標本のなかには、水族館で飼育されていた個体や、旧東京大学海洋研究所(現・東京大学大気海洋研究所)が所有していた白鳳丸や淡青丸の調査航海で採集された個体も含まれています(研究に用いた標本はすべて国立科学博物館もしくは千葉県立中央博物館に所蔵されました)。本研究は、博物館や水族館による継続的な生物の収集と保管や、生物の出現に関する分類学的知見が、深海生物の未知の生態を明らかにするために非常に有効であることを示しています。今後、さらに深海生物の未知なる生態を明らかにしていくためにも、各研究機関での生物資料の収集がより活性化されていくことが期待されます。

      今後、ツキソメイソギンチャクは、水族館や博物館で展示されることもあるかもしれません。イソギンチャクは英語で”Sea Anemone”と呼ばれ、アネモネの花にたとえられています。美しい花には花言葉があるように、美しい「ツキソメイソギンチャク」には「愛する気持ち」という言葉がふさわしいと思います。そんな”イソギンチャク言葉“が生まれるためにも、ぜひ大切な人と一緒にこの種の展示をご覧になり、ヤドカリとイソギンチャクのような固い絆になっていただければ幸いです。

[発表者]

吉川 晟弘(熊本大学 くまもと水循環・減災研究教育センター 沿岸環境部門 (合津マリンステーション)/ 理学部(生物学コース) / 自然科学教育部 理学専攻(生物科学コース)准教授)

泉  貴人(福山大学 生命工学部 海洋生物科学科 講師)

神吉 隆行(九州大学 大学院工学研究院 学術研究員)

森滝 丈也(鳥羽水族館 飼育研究部 学芸員)

北嶋 円(新江ノ島水族館)

大土 直哉 (東京大学 大気海洋研究所 附属国際・地域連携研究センター 助教)

木村 妙子(三重大学 大学院生物資源学研究科 教授)

勾 玉暁(東京大学 大気海洋研究所 博士課程大学院生)

服部 竜士(東京大学 大気海洋研究所 博士課程大学院生)

弓場 茉裕(東京大学 大気海洋研究所 博士課程大学院生)

白井 厚太朗(東京大学 大気海洋研究所 海洋地球システム研究系海洋化学部門 准教授)

Michela L. Mitchell(Women’s and Children’s Health Network, North Adelaide Senior Medical Scientist / The University of Adelaide Adjunct Senior Lecturer)

藤田 敏彦(国立科学博物館 動物研究部 部長 / 東京大学 大学院理学系研究科  教授)

柳  研介(千葉県立中央博物館 分館海の博物館 主任上席研究員)

[用語解説]

注1:共進化

2種以上の生物が相互に影響を与え合いながら進化していく現象。花と送粉者(昆虫など)が互いのメリットが最大になる方向に進化していく場合や、捕食者と被食者、寄生者と宿主のように拮抗関係にある生物同士が、相手の変化に応じて自らも変化する場合などが例として挙げられる。

注2:ヤドカリの「宿」

ほぼすべてのヤドカリは巻貝の貝殻を住み場所にする。貝殻はすでに死んでいて成長しないので、ヤドカリは自身が成長するとより大きな貝殻に引っ越しする必要がある。そのため、貝殻は「宿」とよばれる。

注3:未記載種

学名の付いていない生物の種を「未記載種」と呼ぶ。そして本研究のように、論文にて名前を付けると初めて「新種」と呼ばれる。

注4:放射相称

体の構造が左右で等しくなる切断面を、放射状に引くことができる構造を持つ動物(クラゲなど)を「放射相称動物」という。

注5:炭素窒素同位体分析

炭素窒素安定同位分析とは、炭素と窒素のそれぞれの同位体比を(炭素13C/12C、窒素 15N/14N)を測定することで、その生物が生態系のどの栄養段階の生物を栄養源にしているのか、および生態系における捕食―被食関係を調べることができる分析手法。

注6:万葉集

西暦約700~800年にかけて編纂された日本最古の歌集。全20巻からなり、約4500首の歌が収められている。「令和」の元号の出典にもなった歌集。

注7:桃花褐(つきそめ = 淡い桃色)

万葉集 第12巻に収録された歌「桃花褐の浅らの衣浅らかに思ひて妹に逢はむものかも」で使われた淡い桃色を表現している言葉。歌の意味は「桃花褐に浅く染めた衣のように、心を浅く思って妻に逢うことが、どうしてあろう」(出典:中西進 1981. 万葉集 全訳注原文付(三) 講談社文庫)。

桃花褐の訓読には諸説あり、近年は「ももきぬ」と読むべきとする論考も出版されている(村田 右富実 2025.『万葉集』巻十二・二九七〇番歌の「桃花褐」について : 付「往褐」: 関西大学東西学術研究所, 3–17 p.)。本研究では、名前の発音のしやすさも考慮した上で、中西進(1981)に書かれた訓読に従い「つきそめ」とした。

(論文情報)

論文名:Mutualism on the deep-sea floor: a novel shell-forming sea anemone in symbiosis with a hermit crab

著者:Akihiro Yoshikawa, Takato Izumi, Takayuki Kanki, Takeya Moritaki, Madoka Kitajima, Naoya Ohtsuchi, Taeko Kimura, Yuxiao Gou, Ryuji Hattori, Mahiro Yumiba, Kotaro Shirai, Michela L. Mitchell, Toshihiko Fujita, and Kensuke Yanagi

掲載誌:Royal Society Open Science

doi:10.1098/rsos.250789

URL:https://doi.org/10.1098/rsos.250789

【詳細】 プレスリリース(PDF14,870KB)

【研究に関する動画(YouTube)】https://youtu.be/HScwCJUDZPA

【研究に関するお問い合わせ】
熊本大学 くまもと水循環・減災研究教育センター 沿岸環境部門 (合津マリンステーション)/ 理学部(生物学コース)/ 自然科学教育部 理学専攻(生物科学コース)

担当:吉川晟弘(よしかわ あきひろ)准教授

電話:080-1490-7099

E-mail:akiyoshikawa※kumamoto-u.ac.jp

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上場
未上場
資本金
-
設立
1949年05月