角層セラミドプロファイルがアトピー性皮膚炎の寛解*1指標となる可能性を発見
今回の研究成果は、国際誌: Journal of Investigative Dermatology*3に掲載され、International Societies for Investigative Dermatology: ISID 2023 meeting(国際研究皮膚科学会、2023年5月10~13日、東京都)にて大分大学医学部皮膚科学講座の酒井貴史助教が発表しました。
背景
ADは、悪化と改善をくり返す、かゆみのある湿疹を主な症状とする慢性の炎症性皮膚疾患です。ステロイド外用剤などの薬物療法を中心として、スキンケア・生活指導を行い、「症状がないか、あっても軽微で、日常生活に支障がなく、薬物療法もあまり必要としない状態に到達し、それを維持すること」*4をめざして治療が行われています。しかし実際の診療では、治療によって一旦ADの症状が改善したとしても、皮膚症状や既存の指標から判断して薬物療法(ステロイド外用剤など)を徐々に減らすと、しばしば症状の悪化が見られることがあります。そのため、ADの優れた寛解指標が求められています。
過去の研究から、ADの角層(皮膚の最外層)では、皮膚バリア機能を担うセラミドのプロファイルが正常と異なることが知られています。 大分大学と花王は、本研究においてセラミドプロファイルがADの寛解指標になり得るかどうかを試験により検証しました。
*1 病気の症状が軽減またはほぼ消失し、臨床的にコントロールされた状態。
*2 セラミドの種類のバランス(組成)のことです。セラミドは皮膚の角質細胞間脂質の構成成分で、皮膚の保湿・バリア機能に重要な役割を果しており、炭素鎖長の違いなどから1000種以上の存在が知られています。
*3 Sho Y, and Sakai T, et. al., Journal of Investigative Dermatology 142(12), 3184-3191.e7, 2022
*4 公益社団法人日本皮膚科学会,一般社団法人日本アレルギー学会,アトピー性皮膚炎診療ガイドライン作成委員会ほか,アトピー性皮膚炎診療ガイドライン2021 日皮会誌,131,2691-2777,2021
研究概要
大分大学医学部附属病院皮膚科を受診し、ステロイド外用による薬物治療によってADの状態から寛解したと判断した39人の患者を対象に、8週間、保湿クリームを外用しつつステロイド外用を徐々に減らし、0週目(寛解時)と8週目にAD重症度スコア*5を評価しました。0週目の時点で、血液と角層のサンプリングを実施し、8週目の時点で、AD重症度スコアが0週より同値以下であれば「悪化しなかった」、同値より大きければ「悪化した」として群分けしました(図1)。
採集した血液から、血清のTARC(Thymus and activation-regulated chemokine)値*6と総IgE値*7を測定し、フィラグリン遺伝子*8の変異を解析しました。また、角層サンプルから脂質を抽出し、セラミドプロファイルを分析しました。
*5 日本皮膚科学会アトピー性皮膚炎重症度分類検討委員会によるアトピー性皮膚炎重症度分類。
*6 ADの炎症反応を誘導する分子でADの重症度依存的に存在量が増加するとされ、血液検査でADの診断・病勢マーカーとして使われています。
*7 アレルゲンに反応する血清成分で、アレルギー体質の指標として用いられています。
*8 皮膚バリア機能に重要なはたらきを担うと考えられているタンパク質:フィラグリンの発現遺伝子。フィラグリン遺伝子変異は、AD発症の危険因子と報告されています。
その結果、一般的にADの重症度を判断する指標として用いられるTARC値や総IgE値、また、フィラグリン遺伝子変異の頻度については、悪化した群と悪化しなかった群とで有意な差はありませんでした。一方、悪化した群におけるセラミドNDS、NS、NH、AHの炭素鎖長は、悪化しなかった群の炭素鎖長に比べて有意に短鎖化しており、その中でも、NDS、NS、NHは群間の差が顕著でした(図2)。この結果から、セラミドプロファイルは、血清TARC値やIgE値よりもADの寛解あるいは症状悪化の鋭敏な予測因子になり得ることが示唆されました。
まとめ
今回の研究により、AD寛解期におけるセラミドプロファイル、特にNDS、NS、NHの炭素鎖長は、ADの寛解や症状の悪化を予測するための鋭敏なバイオマーカーになる可能性が示されました。皮膚バリアに対するセラミドプロファイルの臨床的意義は完全には解明されておらず、より詳細な調査が必要であるものの、本研究成果から、角層の健常化はADの真の寛解を意味し、セラミドプロファイルはその指標のひとつとなり得る可能性が考えられます。
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