【国立科学博物館】小鳥が種を認知する基準は環境によって変わることを実証
~シジュウカラがいる地域のヤマガラはさえずりを自種と認知する基準が厳しくなる~
独立行政法人国立科学博物館(館長:篠田謙一)の濱尾章二(動物研究部脊椎動物研究グループ長)は、シジュウカラがいる地域のヤマガラはどのような音声を自種のものと認知するかの基準が厳しいこと、一方シジュウカラがいない地域のヤマガラはその基準が緩やかであることを明らかにしました。この研究は、同じ種であっても環境によって種認知の基準が変わることを明快に示したものです。
本研究成果は、2021年9月10日、動物行動学の国際学術誌Animal Behaviourオンライン版に掲載されます。
本研究成果は、2021年9月10日、動物行動学の国際学術誌Animal Behaviourオンライン版に掲載されます。
研究のポイント
【研究の背景】
生物は他種との交雑を避けるため種を認知しています。種内の雄同士がなわばりを持つ多くの鳥類の雄も、自種のさえずりを正しく認知する必要があります。似たさえずりを持つ近縁の種が同じ地域に棲んでいる場合、他種のさえずりを自種のものと誤ってとらえてしまうと、不必要な追い払い行動に出かけたりなわばりの巡視を行なったりして、雌の獲得や子育てに使うべき時間やエネルギーを浪費してしまいます。したがってこのような場合、どのような音声を自種のさえずりと認知するかの基準は厳しいほうが適応的なはずです。逆に、さえずりの似た種が同じ地域に棲んでいない場合は、似かよったさえずりは自種のものととらえるように、自種のさえずりを認知する基準は緩やかなほうがよいはずです。自種のさえずりをそれと認知しなければ、自種のライバル雄になわばりを奪われるリスクが生じます。
このように、さえずりが似た他種の生息の有無は、種認知の基準に影響することが考えられます。しかし、今までは十分に研究がされておらず、さえずりの似た種が生息している地域と生息していない地域を1か所ずつ、それぞれで10個体程度を調べた事例しかありませんでした。また、結果もまちまちなものでした。
似かよったさえずりを持つヤマガラとシジュウカラは、日本の本土では両種がともに生息していますが、南西諸島では島によっては一方が生息していません(写真1、2;図1)。本研究では、両種が生息する奄美大島、徳之島、沖縄島、そして九州本土(鹿児島県)と、シジュウカラがおらずヤマガラのみが生息する屋久島、種子島、トカラ列島(中之島)の合計7つの地域を調査地として利用することにしました。そして、355個体という多くの雄の行動を調べ、シジュウカラの存在が種認知の基準に影響するかという問題に取り組みました。
両種とも個体によってさまざまなさえずり方があるが、2ないし3拍子で聞こえる似た音声である。
【研究の内容】
実験では、ヤマガラ雄のなわばり内でヤマガラとシジュウカラのさえずりをそれぞれ3分間ずつ再生し反応を比べました。両種のさえずりの順はランダムに決め、1つ目の再生の影響が及ばないよう2つ目の再生まで10分以上間を空けました。
ヤマガラの雄が再生したさえずりを自種のものととらえると、ライバルを排除しようとスピーカーに近づきます。その反応の強さを調べるために、スピーカーから10m以内にいた時間と最もスピーカーに近づいた時の距離を測定しました。そして、この2つの値から統計的に算出した指数によって反応の強度を表しました。
結果を見ると、例えばシジュウカラが棲んでいる沖縄島のヤマガラは、地元のヤマガラのさえずりには強く反応する一方、シジュウカラのさえずりにはほとんど反応しませんでした(図2左)。それに対して、シジュウカラがいないトカラ列島のヤマガラは、地元のヤマガラのさえずりにも、沖縄島のシジュウカラのさえずりにも同じ程度強く反応しました(図2右)。シジュウカラが棲んでいる地域のヤマガラはシジュウカラを区別しているが、シジュウカラが棲んでいない地域のヤマガラはシジュウカラのさえずりを区別できないことがわかります。
シジュウカラがいる沖縄島のヤマガラはシジュウカラのさえずりに反応しないのに対し、シジュウカラがいないトカラ列島のヤマガラはシジュウカラのさえずりにも自種のさえずりと同様に反応する。
すべての地域の実験結果からも、シジュウカラが棲んでいない島のヤマガラはシジュウカラのさえずりにも反応する傾向が見られました。シジュウカラの生息の有無の影響は統計上有意なもので、ヤマガラの種認知の基準はさえずりの似たシジュウカラの生息の有無によって変化していることが示されました(図3)。
シジュウカラがいる地域(青)ではシジュウカラのさえずりへの反応が著しく弱いが、シジュウカラがいない地域(赤色)ではシジュウカラのさえずりにもかなり強く反応する。
【波及効果、今後の課題】
本研究は、同じ種であっても棲んでいる地域の環境によって種認知の基準が異なることを明らかにしました。このことは、異なる環境の間である種の移出入が起きた場合、なわばり防衛や繁殖活動を効果的に行なうことができない可能性があることを示しています。南西諸島で近年新たにモズやウグイスが棲むようになった島が知られているように、鳥類では地球温暖化や迷行によって分布の変化がしばしば起こります。シジュウカラのいない島のヤマガラがシジュウカラのいる島に移入したり、シジュウカラが今まで生息していなかった(ヤマガラの棲む)島に分布を広げたりした場合、種認知を正しく行えないことが集団の趨勢に影響する可能性があります。
今後、このような移入が起きた場合に時宜をとらえた調査を行うことや数学モデルを使った予測によって、これらの課題が解明されることが期待されます。
【発表論文】
表題:Effect of sympatry on discrimination of heterospecific song by varied tits
著者:Shoji HAMAO
掲載誌:Animal Behaviour(動物行動学の国際誌)
(URL) https://doi.org/10.1016/j.anbehav.2021.07.023
※本研究は、国立科学博物館総合研究「生物の相互関係が創る生物の多様性の解明」の一環として行われ、また科研費(24570119)の支援を受けています。
◆国立科学博物館:https://www.kahaku.go.jp/
◆国立科学博物館 筑波研究施設:https://www.kahaku.go.jp/institution/tsukuba/
- 繁殖期のヤマガラの雄は、自分のなわばり内で自種の他雄がさえずると接近し追い払おうとするが、他種の音声には反応しない。この行動を利用し、さえずりを再生し反応を見ることでヤマガラ雄がそのさえずりを自種のものと認知しているかどうかを調べた。
- さえずりの似た近縁種の存在が自種の認知に影響するかどうかを調べるため、シジュウカラが分布していたりいなかったりする南西諸島のヤマガラを対象とした。
- ヤマガラ雄は同種のさえずりには強く反応した。そして、シジュウカラが棲んでいる地域ではシジュウカラのさえずりにはほとんど反応しなかったが、シジュウカラが棲んでいない地域ではシジュウカラの声にも反応した。
【研究の背景】
生物は他種との交雑を避けるため種を認知しています。種内の雄同士がなわばりを持つ多くの鳥類の雄も、自種のさえずりを正しく認知する必要があります。似たさえずりを持つ近縁の種が同じ地域に棲んでいる場合、他種のさえずりを自種のものと誤ってとらえてしまうと、不必要な追い払い行動に出かけたりなわばりの巡視を行なったりして、雌の獲得や子育てに使うべき時間やエネルギーを浪費してしまいます。したがってこのような場合、どのような音声を自種のさえずりと認知するかの基準は厳しいほうが適応的なはずです。逆に、さえずりの似た種が同じ地域に棲んでいない場合は、似かよったさえずりは自種のものととらえるように、自種のさえずりを認知する基準は緩やかなほうがよいはずです。自種のさえずりをそれと認知しなければ、自種のライバル雄になわばりを奪われるリスクが生じます。
このように、さえずりが似た他種の生息の有無は、種認知の基準に影響することが考えられます。しかし、今までは十分に研究がされておらず、さえずりの似た種が生息している地域と生息していない地域を1か所ずつ、それぞれで10個体程度を調べた事例しかありませんでした。また、結果もまちまちなものでした。
似かよったさえずりを持つヤマガラとシジュウカラは、日本の本土では両種がともに生息していますが、南西諸島では島によっては一方が生息していません(写真1、2;図1)。本研究では、両種が生息する奄美大島、徳之島、沖縄島、そして九州本土(鹿児島県)と、シジュウカラがおらずヤマガラのみが生息する屋久島、種子島、トカラ列島(中之島)の合計7つの地域を調査地として利用することにしました。そして、355個体という多くの雄の行動を調べ、シジュウカラの存在が種認知の基準に影響するかという問題に取り組みました。
図1.ヤマガラとシジュウカラのさえずりのサウンドスペクトログラム(いわゆる声紋)
両種とも個体によってさまざまなさえずり方があるが、2ないし3拍子で聞こえる似た音声である。
【研究の内容】
実験では、ヤマガラ雄のなわばり内でヤマガラとシジュウカラのさえずりをそれぞれ3分間ずつ再生し反応を比べました。両種のさえずりの順はランダムに決め、1つ目の再生の影響が及ばないよう2つ目の再生まで10分以上間を空けました。
ヤマガラの雄が再生したさえずりを自種のものととらえると、ライバルを排除しようとスピーカーに近づきます。その反応の強さを調べるために、スピーカーから10m以内にいた時間と最もスピーカーに近づいた時の距離を測定しました。そして、この2つの値から統計的に算出した指数によって反応の強度を表しました。
結果を見ると、例えばシジュウカラが棲んでいる沖縄島のヤマガラは、地元のヤマガラのさえずりには強く反応する一方、シジュウカラのさえずりにはほとんど反応しませんでした(図2左)。それに対して、シジュウカラがいないトカラ列島のヤマガラは、地元のヤマガラのさえずりにも、沖縄島のシジュウカラのさえずりにも同じ程度強く反応しました(図2右)。シジュウカラが棲んでいる地域のヤマガラはシジュウカラを区別しているが、シジュウカラが棲んでいない地域のヤマガラはシジュウカラのさえずりを区別できないことがわかります。
図2.さえずり再生に対するヤマガラの反応の例
シジュウカラがいる沖縄島のヤマガラはシジュウカラのさえずりに反応しないのに対し、シジュウカラがいないトカラ列島のヤマガラはシジュウカラのさえずりにも自種のさえずりと同様に反応する。
すべての地域の実験結果からも、シジュウカラが棲んでいない島のヤマガラはシジュウカラのさえずりにも反応する傾向が見られました。シジュウカラの生息の有無の影響は統計上有意なもので、ヤマガラの種認知の基準はさえずりの似たシジュウカラの生息の有無によって変化していることが示されました(図3)。
図3.さえずり再生実験におけるヤマガラ雄の反応
シジュウカラがいる地域(青)ではシジュウカラのさえずりへの反応が著しく弱いが、シジュウカラがいない地域(赤色)ではシジュウカラのさえずりにもかなり強く反応する。
【波及効果、今後の課題】
本研究は、同じ種であっても棲んでいる地域の環境によって種認知の基準が異なることを明らかにしました。このことは、異なる環境の間である種の移出入が起きた場合、なわばり防衛や繁殖活動を効果的に行なうことができない可能性があることを示しています。南西諸島で近年新たにモズやウグイスが棲むようになった島が知られているように、鳥類では地球温暖化や迷行によって分布の変化がしばしば起こります。シジュウカラのいない島のヤマガラがシジュウカラのいる島に移入したり、シジュウカラが今まで生息していなかった(ヤマガラの棲む)島に分布を広げたりした場合、種認知を正しく行えないことが集団の趨勢に影響する可能性があります。
今後、このような移入が起きた場合に時宜をとらえた調査を行うことや数学モデルを使った予測によって、これらの課題が解明されることが期待されます。
【発表論文】
表題:Effect of sympatry on discrimination of heterospecific song by varied tits
著者:Shoji HAMAO
掲載誌:Animal Behaviour(動物行動学の国際誌)
(URL) https://doi.org/10.1016/j.anbehav.2021.07.023
※本研究は、国立科学博物館総合研究「生物の相互関係が創る生物の多様性の解明」の一環として行われ、また科研費(24570119)の支援を受けています。
◆国立科学博物館:https://www.kahaku.go.jp/
◆国立科学博物館 筑波研究施設:https://www.kahaku.go.jp/institution/tsukuba/
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