【国立科学博物館】リップスティック・プラントから新しいアントシアニン6種類を発見 ~多彩な花の色を持つ品種の育成に繋がる~

文化庁

 独立行政法人国立科学博物館(館長:篠田謙一)の岩科司、堤千絵、水野貴行(植物研究部多様性解析・保全グループ 筑波実験植物園)らは、ボゴール植物園(インドネシア)および公益財団法人サントリー生命科学財団との共同研究により、観賞用植物として品種開発が進むリップスティック・プラント6品種と、その品種育成の基となった2種(Aeschynanthus fulgens,A. pulcher)の花弁および萼(がく)から花の色のもととなる13種類のアントシアニン色素を取り出し、構造を決定することに成功しました。また、この中には、新しい構造をもったアントシアニンが6成分含まれることが分かりました。
 本成果は、2021年9月27日にヨーロッパおよび北米植物化学協会の機関誌Phytochemistryのオンライン版に掲載されました。




研究のポイント
  • 「リップスティック・プラント」は、花が口紅に似ていることから名付けられており、吊るして飾るハンギング用の観賞植物として、流通しています。
  • 国立科学博物館筑波実験植物園と共同研究契約を結ぶインドネシアのボゴール植物園では、リップスティック・プラントの新品種開発に向けた交配育種や突然変異育種が行われていますが、花の色は赤から橙色に限られており、紫から青系の色はありません。
  • 本研究では、リップスティック・プラントの花色素を分析し、紫や青系の花でも見られるようなアントシアニンを複数含んでいることを明らかにしました。アントシアニンとは、橙~赤、紫、青までを発色する物質で、植物の葉や花、果実などに含まれています。
  • 今後の品種開発によって多彩な花の色を持つ品種が生み出せる可能性を見出しました。


研究の背景
 リップスティック・プラントが含まれるエスキナンサス(Aeschynanthus)属はイワタバコ科の植物で、およそ150種類が中国からマレーシアなどの亜熱帯、熱帯の地域に分布しています。茎が垂れ下がるように広がることから、ハンギング用の観賞植物として人気があり、インドネシアにあるボゴール植物園では、さらなる市場拡大に向けて新品種の育成を試みています。ボゴール植物園からもいくつかの新品種が生み出されてきましたが、花の色に関しては赤から橙色に限られています。国立科学博物館植物研究部の岩科司名誉研究員、堤千絵研究主幹、水野貴行研究員は、国立科学博物館の館長支援事業「ボゴール植物園との友好協定に伴う共同研究および交流促進」において、ボゴール植物園で育成された4品種を含む6品種のリップスティック・プラントおよび、2種の原種について、今後の多彩な花色品種の育成のための知見を得るため、花および萼の発色に関わるアントシアニン色素の分析を行いました。


研究の内容
 ボゴール植物園において、原種A. pulcherから育成された4品種、‘モナリザ’(Mona Lisa)、‘マリガイ’(Mahligai)、‘レドナ’(Redona)、‘フレシア’(Freshya)および、種間交配によって育成された2品種‘ソエカ’(SoeKa, A. radicansA. tricolorから育成)と‘ブラベラ’(Bravera, A. pulcherA. longiflorusから育成)および、2種の原種A. fulgensA. pulcherの花弁と萼を採取し、それらに含まれる色素成分を分析しました(図1)。
 その結果、これまで発見されていない6種類の新しい成分を含む13種類のアントシアニンを取り出し、サントリー生命科学財団の構造解析機器(NMR装置(※1)やLC-MS(※2))を用いて構造を決定しました(図2)。リップスティック・プラントのアントシアニンについては1960年代にイギリスの研究者らによって、2種類のアントシアニンとして、ぺラルゴニジン(※3)の一種(pelargonidin 3-O-sambubioside,図2 の(1))とシアニジン(※4)の一種(cyanidin 3-O-sambubioside,図2 の(8))のみが報告されていましたが、今回の研究では、分析技術の向上により、これらのアントシアニンに様々な脂肪族および芳香族有機酸(※5)が結合した多様な構造の色素が含まれることが示されました。アントシアニンへの有機酸の結合は花の色調に影響を及ぼすことが知られており、このような構造のアントシアニンが存在することが明らかになったことで、新たな花色を持つ品種を育成するための基礎知見として貢献すると考えられます。

図1図1

 

図2図2



当研究成果から期待されること、今後の課題
 リップスティック・プラントの花の主要な色素成分であるアントシアニンの構造を明らかにすることができましたが、アントシアニンの色調は共存する化合物との相互作用によっても影響を受けます(分子間コピグメンテーション(※6))。リップスティック・プラントにも花の色調に影響を及ぼす可能性のある補助成分が複数確認されており、今後、これらの化合物の構造を決定し、花色への影響を評価していきます。さらに、これらの知見に基づいた花の色の育種を進めることで、リップスティック・プラントにおいて、紫や青系の花の育成を目指します。


・発表論文
表題: Acylated pelargonidin and cyanidin 3-sambubiosides from the flowers of Aeschynanthus species and cultivars

著者:岩科 司[1]・Sri Rahayu[2]・菅原 孝太郎[3]・水野 貴行[1]・堤 千絵[1]・Didik Widyatmoko[2]
[1] 国立科学博物館 植物研究部 筑波実験植物園
[2] Bogor Botanic Garden, Center for Plant Conservation and Botanical Garden
[3] サントリー生命科学財団
(本研究は国立科学博物館の館長支援事業「ボゴール植物園との友好協定に伴う共同研究および交流促進」によって行われました。)

掲載紙:Phytochemistry (ヨーロッパおよび北米植物化学協会の機関誌)
(URL) :https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0031942221003058

・用語解説
※1 NMR:Nuclear Magnetic Resonance(核磁気共鳴)の略称。磁場中に置かれた原子核が環境に応じて特定の電磁波を吸収する現象を指します。例えば医療で用いられる核磁気共鳴画像法(MRI:Magnetic Resonance Imaging)もNMR法の応用です。本研究ではアントシアニンに含まれる水素や炭素の繋がり方、つまり分子の構造を明らかにするために用いました。

※2 LC-MS:Liquid Chromatograph-Mass Spectrometer(液体クロマトグラフ質量分析計)の略称。溶液中の成分を液体クロマトグラフで分離し、各成分を質量分析計でイオン化します。よく似た性質の分子でも、イオンの質量ごとに分離して検出することができます。本研究ではこの装置を用いることでアントシアニンを構成する炭素、水素、酸素の数を決定しました。

 ぺラルゴニジンアントシアニンの一種で、通常は赤橙色を発色します。

 シアニジン:アントシアニンの一種で、通常は赤色を発色します。

 脂肪族および芳香族有機酸:今回の研究では、アントシアニンに脂肪族有機酸であるマロン酸やコハク酸、芳香族有機酸であるp-クマル酸やカフェ酸の結合が見られました。これらは花の色調(明暗や赤味青味など)を決める大事な要因になります。

 分子間コピグメンテーション:花の色調に青味を与える機構の一つです。アントシアニンとフラボンやフラボノールなどの補助色素が液胞内で共存することによって生じます。アイリスやビオラの青い花、遺伝子組み換えで作られた青いキクの花などではこの仕組みで花の青味が発現しています。



国立科学博物館
公式ウェブサイト:https://www.kahaku.go.jp
筑波実験植物園:http://www.tbg.kahaku.go.jp
筑波研究施設:https://www.kahaku.go.jp/institution/tsukuba/index.html

公益財団法人サントリー生命科学財団:https://www.sunbor.or.jp


参考文献
Harborne, J. B., 1966a. Comparative biochemistry of flavonoids - I. Distribution of chalcone and aurone pigments in plants. Phytochemistry 5, 111-115.
Harborne, J. B., 1966b. Comparative biochemistry of flavonoids - II. 3-Desoxyanthocyanins and their systematic distribution in ferns and gesnerads. Phytochemistry 5, 589-600.

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