新たなマラリア治療薬として有望な化合物を発見
~ アルテミシニン耐性原虫をも駆逐する新しいマラリア治療薬の開発へ ~
順天堂大学大学院医学研究科生体防御・寄生虫学の美田敏宏教授、同スポーツ健康科学研究科の久保原禅教授、および東北大学大学院薬学研究科の大島吉輝教授(現、東北大学オープンイノベーション戦略機構)、菊地晴久准教授(現、慶應義塾大学薬学部教授)らの共同研究グループは、新たなマラリア(*1)治療薬の候補となる化合物を発見しました。
現在、マラリア治療の第一選択薬としてアルテミシニン(*2)が用いられ、マラリア死亡者の減少に大きく貢献していますが、近年アルテミシニン耐性熱帯熱マラリア原虫が拡散しつつあり、新たな薬剤開発が求められています。そこで、研究グループは、近年「未利用創薬資源」として注目されている細胞粘菌類(*3)に着目し、細胞性粘菌由来の化合物DIF-1 (*4)とその誘導体(41種類を合成)の抗マラリア活性を検討した結果、いくつかのDIF誘導体がアルテミシニンを含む薬剤耐性株に対して強力な抗マラリア活性を有すること、その中の1つがマウスにおいてもマラリア増殖抑制効果を発揮することを発見しました。本成果は、Biochemical Pharmacology誌に2021年11月24日にオンラインで先行公開されました。
本研究成果のポイント
背景
マラリアは世界三大感染症の1つで、蚊が媒介する寄生虫疾患です。世界で年間2億人以上の新規感染者が発生し、40万人以上が死亡しています。また、患者の9割がアフリカに集中し、アフリカの経済発展を遅延させ、それによりマラリア対策が遅滞するという悪循環が続いています。熱帯熱マラリア原虫は、ヒトマラリアの中で最も高い頻度と病原性を示すとともに薬剤耐性化しやすく、治療薬であるクロロキンへの耐性出現はマラリアの死亡者を大きく増加させました。これを打破したのがアルテミシニンですが、2000年代の終わりに東南アジア、そして2021年には当研究グループによりアフリカにもアルテミシニンへの耐性マラリアが出現、一部で蔓延していることを決定づけました。このような状況において、新規治療薬の開発が求められています。一方、土壌微生物の一群である細胞性粘菌類は、近年「未利用創薬資源」として注目されており、粘菌由来の化合物DIF-1とその誘導体は、マラリアと同様の寄生虫であるトリパノソーマへの抗増殖作用など、様々な生物活性を有することが分かってきました。
内容
研究グループは新規マラリア治療の候補物質を探索することを目的として、細胞性粘菌Dictyostelium discoideum(図1A)由来の化合物DIF-1とその誘導体の中から抗マラリア活性を有する化合物のスクリーニングを実施しました。
本研究ではまず、DIF-1とその誘導体、合計41種類の化合物の抗マラリア活性をin vitro(実験用シャーレ中)で調べました。この実験では、ヒト熱帯熱マラリア原虫Plasmodium falciparumの4つの標準株(3D7, IPC5118, IPC3445, IPC5202)を用いました。その結果、4つのDIF誘導体(図1B)が80%以上の増殖抑制効果と強力な抗マラリア活性を有することが判明しました(図1C)。注目すべきは、それらのDIF誘導体がクロロキン耐性株(図1C:IPC5188)やクロロキンとアルテミシニンに対する多剤耐性株(図1C:IPC3445 & IPC5202)に対しても強力な増殖抑制作用を示したことです。さらに、アフリカのウガンダ共和国のマラリア患者から得られた原虫に対するin vitroでの抗マラリア効果を調べたところ、上に述べた培養マラリア原虫株同等以上の増殖抑制作用を示しました。この中にはアルテミシニン耐性の責任遺伝子であるKelch13に耐性関連変異を持つ3例を含んでいますが、それらに対する効果もアルテミシニン感受性と同様でした。
これらの結果は、DIF-1(+2)等のDIF誘導体は、既存薬に耐性を示す熱帯熱マラリア原虫をも駆逐する新規抗マラリア薬の有望な候補化合物として臨床応用できる可能性を示しています。
今後の展開
今回の研究結果より、DIF誘導体は抗マラリア作用を持つだけでなく、クロロキンやアルテミシニンへの耐性を持つ熱帯熱マラリア原虫の増殖を抑制することから、これら既存薬とは異なる作用機序を持つことが想定されます。重症化したマラリア治療の選択肢はアルテミシニンもしくはキニーネのみであり、耐性出現による治療効果の低下が懸念されています。今後研究グループは、より有効なDIF誘導体の合成と開発を進めると同時に、その作用機序を解明したいと考えています。DIF誘導体をリード化合物とした新たなマラリア治療薬が開発されれば、現在も毎年2億人以上が感染し、40万人以上の命を奪っているマラリアから患者を救うことが期待されます。
用語解説
*1 マラリア: 世界3大感染症の1つ。原生生物であるマラリア原虫が引き起こす感染症でハマダラカが媒介する。原虫の違いにより熱帯熱マラリア、三日熱マラリア、四日熱マラリア、卵形マラリア、サルマラリアに大別される。本研究では、熱帯熱マラリア原虫Plasmodium falciparumをターゲットにしている。
*2 アルテミシニン:1970年代に中国で開発され、ほぼ全ての地域においてマラリア治療の第一選択薬として用いられている。
*3 細胞性粘菌: 細胞性粘菌類は土壌微生物の一群で、分類学的には真菌(カビ、キノコ)類とは異なる「界」に属する。細胞性粘菌の一種Dictyostelium disdoideum(和名「キイロタマホコリカビ」)はモデル生物として世界中で研究されているが、近年、細胞性粘菌類は「未利用創薬資源」として注目されている。
*4 DIF-1 (differentiation-inducing factor 1) : 細胞性粘菌の一種Dictyostelium discoideumの分化を引き起こす低分子化合物(分化誘導因子)。
原著論文
本研究はBiochemical Pharmacology誌 (2021年11月24日付)にオンラインで先行公開されました。
タイトル:Derivatives of Dictyostelium differentiation-inducing factors suppress the growth of Plasmodium parasites in vitro and in vivo.
タイトル(日本語訳): 粘菌分化誘導因子の誘導体はin vitroおよびin vivoにおいてマラリア原虫の増殖を抑制する
著者: Toshihiro Mita, Makoto Hirai, Yoshiko Maki, Saifun Nahar, Mie Ikeda, Naoko Yoshida, Yoshiteru Oshima, Haruhisa Kikuchi, Yuzuru Kubohara
著者(日本語表記): 美田敏弘1)、平井誠1)、牧喜子1)、サイファンナハール1)、池田美恵1)、吉田菜穂子1)、大島吉輝2)、菊地晴久3)、久保原禅4)
著者所属:1)順天堂大学医学部熱帯医学・寄生虫病学講座、2)東北大学オープンイノベーション戦略機構、3)東北大学大学院薬学研究科医薬資源化学分野、4)順天堂大学大学院スポーツ健康科学研究科健康生命科学講座
DOI:10.1016/j.bcp.2021.114834
本研究はJSPS科研費JP19K07139、順天堂大学学長プロジェクト研究助成、 順天堂大学スポーツ健康科学部学内共同研究助成の支援を受け他施設との共同研究の基に実施されました。
なお、本研究にご協力いただいた皆様には深謝いたします。
本研究成果のポイント
- 細胞性粘菌由来の化合物DIF-1とその誘導体の中から抗マラリア活性を有する化合物のスクリーニングを実施
- In vitro(実験用シャーレ内)およびIn vivo(生体内)において多剤耐性マラリア株へも増殖抑制活性を有するDIF誘導体を発見
- アルテミシニン耐性原虫をも駆逐する新規マラリア治療薬開発へ
背景
マラリアは世界三大感染症の1つで、蚊が媒介する寄生虫疾患です。世界で年間2億人以上の新規感染者が発生し、40万人以上が死亡しています。また、患者の9割がアフリカに集中し、アフリカの経済発展を遅延させ、それによりマラリア対策が遅滞するという悪循環が続いています。熱帯熱マラリア原虫は、ヒトマラリアの中で最も高い頻度と病原性を示すとともに薬剤耐性化しやすく、治療薬であるクロロキンへの耐性出現はマラリアの死亡者を大きく増加させました。これを打破したのがアルテミシニンですが、2000年代の終わりに東南アジア、そして2021年には当研究グループによりアフリカにもアルテミシニンへの耐性マラリアが出現、一部で蔓延していることを決定づけました。このような状況において、新規治療薬の開発が求められています。一方、土壌微生物の一群である細胞性粘菌類は、近年「未利用創薬資源」として注目されており、粘菌由来の化合物DIF-1とその誘導体は、マラリアと同様の寄生虫であるトリパノソーマへの抗増殖作用など、様々な生物活性を有することが分かってきました。
内容
研究グループは新規マラリア治療の候補物質を探索することを目的として、細胞性粘菌Dictyostelium discoideum(図1A)由来の化合物DIF-1とその誘導体の中から抗マラリア活性を有する化合物のスクリーニングを実施しました。
本研究ではまず、DIF-1とその誘導体、合計41種類の化合物の抗マラリア活性をin vitro(実験用シャーレ中)で調べました。この実験では、ヒト熱帯熱マラリア原虫Plasmodium falciparumの4つの標準株(3D7, IPC5118, IPC3445, IPC5202)を用いました。その結果、4つのDIF誘導体(図1B)が80%以上の増殖抑制効果と強力な抗マラリア活性を有することが判明しました(図1C)。注目すべきは、それらのDIF誘導体がクロロキン耐性株(図1C:IPC5188)やクロロキンとアルテミシニンに対する多剤耐性株(図1C:IPC3445 & IPC5202)に対しても強力な増殖抑制作用を示したことです。さらに、アフリカのウガンダ共和国のマラリア患者から得られた原虫に対するin vitroでの抗マラリア効果を調べたところ、上に述べた培養マラリア原虫株同等以上の増殖抑制作用を示しました。この中にはアルテミシニン耐性の責任遺伝子であるKelch13に耐性関連変異を持つ3例を含んでいますが、それらに対する効果もアルテミシニン感受性と同様でした。
次に、最も強い抗マラリア活性を有するDIF-1(+2)を用いて、in vivo(マウス生体内)での薬効の検討を行いました(図2)。マウスに齧歯(げっし)類マラリア原虫P. bergheiを感染させ、その後4日間DIF-1(+2)の50mg/kg、70mg/kg1日1回腹腔内投与群、クロロキン投与群、投与なし群の4つのグループ(各群5匹)に分けました。DIF-1(+2)を投与したグループでは、投与中のみならず投与後もマラリア原虫の増殖は抑制され、その効果は7日間の経過観察期間中に継続して見られました(図2)。
さらに高濃度投与群ではマラリアに感染したマウスを有意に延命させることが明らかになりました。最後に、DIF-1(+2)の毒性検討を行った結果、DIF-1(+2) 70mg/kgの1週間連続投与においても、各種血液生化学データに有害事象は認められないことが示されました。
これらの結果は、DIF-1(+2)等のDIF誘導体は、既存薬に耐性を示す熱帯熱マラリア原虫をも駆逐する新規抗マラリア薬の有望な候補化合物として臨床応用できる可能性を示しています。
今後の展開
今回の研究結果より、DIF誘導体は抗マラリア作用を持つだけでなく、クロロキンやアルテミシニンへの耐性を持つ熱帯熱マラリア原虫の増殖を抑制することから、これら既存薬とは異なる作用機序を持つことが想定されます。重症化したマラリア治療の選択肢はアルテミシニンもしくはキニーネのみであり、耐性出現による治療効果の低下が懸念されています。今後研究グループは、より有効なDIF誘導体の合成と開発を進めると同時に、その作用機序を解明したいと考えています。DIF誘導体をリード化合物とした新たなマラリア治療薬が開発されれば、現在も毎年2億人以上が感染し、40万人以上の命を奪っているマラリアから患者を救うことが期待されます。
用語解説
*1 マラリア: 世界3大感染症の1つ。原生生物であるマラリア原虫が引き起こす感染症でハマダラカが媒介する。原虫の違いにより熱帯熱マラリア、三日熱マラリア、四日熱マラリア、卵形マラリア、サルマラリアに大別される。本研究では、熱帯熱マラリア原虫Plasmodium falciparumをターゲットにしている。
*2 アルテミシニン:1970年代に中国で開発され、ほぼ全ての地域においてマラリア治療の第一選択薬として用いられている。
*3 細胞性粘菌: 細胞性粘菌類は土壌微生物の一群で、分類学的には真菌(カビ、キノコ)類とは異なる「界」に属する。細胞性粘菌の一種Dictyostelium disdoideum(和名「キイロタマホコリカビ」)はモデル生物として世界中で研究されているが、近年、細胞性粘菌類は「未利用創薬資源」として注目されている。
*4 DIF-1 (differentiation-inducing factor 1) : 細胞性粘菌の一種Dictyostelium discoideumの分化を引き起こす低分子化合物(分化誘導因子)。
原著論文
本研究はBiochemical Pharmacology誌 (2021年11月24日付)にオンラインで先行公開されました。
タイトル:Derivatives of Dictyostelium differentiation-inducing factors suppress the growth of Plasmodium parasites in vitro and in vivo.
タイトル(日本語訳): 粘菌分化誘導因子の誘導体はin vitroおよびin vivoにおいてマラリア原虫の増殖を抑制する
著者: Toshihiro Mita, Makoto Hirai, Yoshiko Maki, Saifun Nahar, Mie Ikeda, Naoko Yoshida, Yoshiteru Oshima, Haruhisa Kikuchi, Yuzuru Kubohara
著者(日本語表記): 美田敏弘1)、平井誠1)、牧喜子1)、サイファンナハール1)、池田美恵1)、吉田菜穂子1)、大島吉輝2)、菊地晴久3)、久保原禅4)
著者所属:1)順天堂大学医学部熱帯医学・寄生虫病学講座、2)東北大学オープンイノベーション戦略機構、3)東北大学大学院薬学研究科医薬資源化学分野、4)順天堂大学大学院スポーツ健康科学研究科健康生命科学講座
DOI:10.1016/j.bcp.2021.114834
本研究はJSPS科研費JP19K07139、順天堂大学学長プロジェクト研究助成、 順天堂大学スポーツ健康科学部学内共同研究助成の支援を受け他施設との共同研究の基に実施されました。
なお、本研究にご協力いただいた皆様には深謝いたします。
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