フッ化物超イオン伝導を示す新物質を創出。次世代電池 全固体フッ化物イオン電池の開発が大きく加速する

学校法人追手門学院

 カーボンニュートラルの実現に向け、リチウムイオン電池に代わる次世代の蓄電池として期待される「全固体フッ化物イオン電池」。追手門学院大学(略称:追大、大阪府茨木市、学長:真銅正宏)高見剛教授の研究チームは、九州大学の多田朋史教授と共同で、簡便な化学フッ化を用いてデータベースに存在しない新たな物質の合成に成功し、室温付近でフッ化物イオンが超イオン伝導することを実証しました。全固体フッ化物イオン電池の開発においては、これまで室温状態で動作する超イオン伝導体の発見が課題となっていましたが、今後、フッ化物イオン(F-)を拡散させる固体電解質の開発に向けた合成戦略の広がりが期待されます。本研究成果は、2025年1月14日(英国時間)に英国王立化学会の学術誌「Journal of Materials Chemistry A」に掲載されました。

本件のポイント

化学フッ化による全く新しい構造体の合成 

フッ化物イオンの拡散に伴う超イオン伝導を室温付近で達成

富岳を使用した第一原理計算により、超イオン伝導の全貌を解明

【概 要】

 カーボンニュートラルの実現に向けて、電気を繰り返し充放電できる二次電池の重要性が増しています。現在、主流であるリチウムイオン電池に用いられるリチウムは、埋蔵量が少なく、供給が需要に追いつかなくなるという懸念もあり、レアメタルを使用せずに高いエネルギー密度を持つ次世代電池の開発が進められています。

 高見教授は、次世代電池としてリチウムイオン電池より高いエネルギー密度を誇るフッ化物イオン電池のなかでも、正極と負極間でイオンの輸送を担う電解質に固体を用いた「全固体フッ化物イオン電池」の研究を行っています。

 フッ素原子は、“Magic element”とも呼ばれ、水素原子に次いでファンデルワールス半径[用語1]が小さく、非常に大きな電気陰性度[用語2]を誇ります。このため「極めて小さく、電子を引きつける力が非常に強い」というユニークな特徴を持ちます。本研究では、このようなユニークな元素であるフッ素がイオン化したフッ化物イオン(F-)が、固体中で高速に拡散するイオン伝導体を対象としており、全固体フッ化物イオン電池(FIB)[用語3]の固体電解質[用語4]としての応用が期待されています。

 現状、FIBの動作温度が室温を超える140 °C以上に限定されていることが課題で、この最大の要因は、固体電解質のフッ化物イオン伝導率が低いことにあります。従って、FIBの未来が、固体電解質の開発に委ねられています[T. Takami et al., J. of Phys.: Condens. Matter 35, 293002 (2023)]。

 直近の研究成果では、Tl4.5SnF8.5およびその置換系を合成し、既存の固体電解質La0.9Ba0.1F2.9に匹敵するフッ化物イオン伝導率を報告しました[T. Takami et al., Chem. Mater. 36, 8488 (2024).]。本研究では、その過程で、lone pairイオン[用語5]であるTl+の大きな分極率[用語6]が、F-の拡散を促進している可能性を見出しました。そこで、同じくTlを含むTlF(フッ化タリウム)に着目して、化学フッ化によりフッ化物イオン伝導の発現を試みました。

【研究の背景】

 乾電池はラジコンの動力源でしたが、我々はリチウムイオン電池の登場によって電気自動車を動かせるようになりました。しかし、南海トラフなど不測の災害における大型据置型電源や電動航空機には、一層の高性能電池が必要です。

 その候補として、「全固体フッ化物イオン電池」(FIB)が有力です。FIBは、フッ化物イオン(F-)を介する多電子反応を用いるため、原理上、リチウムイオン電池を凌駕する高いエネルギー密度を実現できます。また、フッ素はリチウムの50倍豊富に存在し、資源制約が少なく安価です。加えて、全固体電池であるため、安全性も担保できます。しかし、現状の課題として、動作温度が室温を超える140 °C以上に限定されます。この最大の要因は、固体電解質のフッ化物イオン伝導率が低いことにあります。

 そして、固体電解質においてのイオン伝導率向上には、イオンが通れるような“隙間(空孔)”を作り出すことが必要で、安定した構造の中で、どのようにその空孔を作り出すかが素材探索や化合物合成の鍵となっています。

 通常、フッ化物イオン伝導体は、高温(900~1000 °C程度)での固相反応法[用語7]により、熱力学的安定相として得られます。例えば、1000 °Cで合成される既存の固体電解質La1-xBaxF3-xでは、3価のLaを2価のBaで置換することで意図的に、x分のF空孔(F3-x中のxに相当)を作り出します。F空孔はF−の拡散先となりますが、この方法では導入できるF空孔量に限度があり、イオン伝導率は低いため、F空孔の導入についての抜本的見直しが必要です。

【研究内容と成果】

 フッ化キセノン(XeF2)を用いた低温(200 °C)での化学フッ化により、通常では複雑な構造(orthorhombic相)を維持するはずのところが、新奇で単純な構造(cubic相)へ構造相転移しました(図1)。放射光XRD[用語8]の結果、このcubic相は銅超イオン伝導体a-CuBrの逆構造、すなわちCuサイトがFで、BrサイトがTlで構成されていることがわかりました。中性子回折により、Fの位置や量を精密に評価したところ、 x = 1の組成では、Fサイトに対するFの占有率が17%、F空孔が83%でした。これは元素置換を行わずとも、Intrinsic(内在的な)F空孔が世界最高レベルの割合で導入されていることを示しています。また、この物質は少なくとも150 °C付近まで化学的に安定で、SEM-EDX[用語9]の結果、TlとFは粒内にほぼ均一に分布しています。Tl 4f XPSスペクトル[用語10]の結果からTlは1価であり、化学組成と合致しました。温度上昇によりイオン伝導率は増加し、60 °Cで超イオン伝導域(> 1 mS cm-1)に達しました。イオン伝導率の温度依存性から評価した活性化エネルギーは、0.3 eVと小さな値を示し、イオン伝導率は従来のorthorhombic相よりもはるかに大きな値を示しました。なお電子伝導率は全伝導率の0.01%未満と非常に小さく、伝導種がイオンであることが示唆されました。

 ニューラルネットワークポテンシャル動力学法[用語11]を用いた理論計算の結果、F空孔を介したF-の拡散が示されました。計算されたフッ化物イオン伝導率(6.8 mS cm-1 at 400 K)と活性化エネルギー(0.4 eV)は、実験値(4.3 mS cm-1 at 398 K, 0.3 eV)と良く一致しており、実験結果を理論計算でも再現できています。研究チームでは、こうした結果から優れたフッ化物イオン伝導体を実現するためには、従来の異種元素ドーピングによるExtrinsic F空孔の導入に基づく材料設計ではなく、Intrinsic F空孔を利用する新しい設計指針を提案します。

図1 「既存のTlF(奥)から構造相転移を介して得られた新物質TlF(手前)におけるフッ化物超イオン伝導のイメージ」

【今後の展望】

 本研究では、結合の弱いファンデルワールス化合物[用語12]TlFに化学フッ化を行うことで、新奇構造体を得ることができました。この構造が既存の銅超イオン伝導体の逆構造であることから、超イオン伝導の出現というブレークスルーを達成しました。この発見は、構造相転移を介したフッ化物イオン伝導体の創製に対して、貴重な洞察を与え、既存のアプローチに限界が見えつつあるなかで、新たなフッ化物イオン伝導体創出に向けて戦略の広がりを示唆するものです。Tlを電位窓の担保できるアルカリ土類元素で置換することで、よりエネルギー密度の高いFIBへの道が広がることが期待されます。

【研究者コメント】

 複雑構造を有する既存のTlFの層間にFを挿入する、という当初の狙いとは異なり、セレンディピティにより単純な構造を有する新しい超イオン伝導体を創出できました。これは、人工知能(AI)が苦手とする外挿領域(未踏物質)へ切り込むことができたことを意味します。「美しい構造には機能が宿る」を求め、データベースに新たな1ページを加えることができました。

【論文情報】

論文タイトル:Fluoride superionic conduction in TlF with the new anti-a-CuBr structure containing intrinsic F vacancies

著 者:K. Tani, T. Tada, and T. Takami(責任著者)

雑誌名: Journal of Materials Chemistry A

DOI:10.1039/d4ta06334a

巻: 13

頁: 1478-1484

公開日:2025年1月14日(英国時間)

URL:https://pubs.rsc.org/en/content/articlelanding/2025/ta/d4ta06334a/unauth

本研究は、主に以下の事業の支援を受けて実施されました。
・科研費 基盤研究(B), 22H02167, 23K23435

・科研費 挑戦的研究(萌芽), 24K21808

・三菱財団 自然科学研究助成, 202210032

・中部電気利用基礎研究振興財団, R-05205

・八洲環境技術振興財団

・高エネルギー加速器研究機構物質構造科学研究所の中性子共同利用S1型実験課題, 2019S05

・智慧とデータが拓くエレクトロニクス新材料開発拠点, JPMXP1122683430

・スーパーコンピュータ「富岳」成果創出加速プログラム, JPMXP1020230327

・スーパーコンピュータ「富岳」の計算資源, hp230212

・学術変革領域研究(A), 24H02203

【用語説明】 

1 ファンデルワールス半径: 隣接する分子や原子の間の、非結合の原子間距離のこと。

2 電気陰性度: 原子が電子を引き寄せる強さの相対的な尺度のこと。

3 全固体フッ化物イオン電池: フッ化物イオンが固体電解質を介して正極・負極間を移動することで充放電が可能となる蓄電池のこと。

4 固体電解質: 電場下でイオンが拡散することのできる固体の総称。蓄電池において、正極・負極の間でイオン輸送と電子絶縁性を担う。

5 lone-pairイオン: 原子の最外殻の電子対のうち、共有結合に関与していない電子対を有するイオンのこと。Tl+, Pb2+などが該当する。

6 分極率: 原子や分子の電子雲などがもつ電荷分布の相対的な偏りを表す物理量であり、伝導種としては分極率が大きい方が望ましい。

7 固相反応法: 出発原料の粒成長を利用し、溶融することなく、固相から直接目的の物質を得る方法。

8 放射光XRD: 放射光X線が多数の特定の方向に回折する性質を用いて、結晶構造を決定する手法。

9 SEM-EDX: 試料への電子線照射によって発生した特性X線を、エネルギー分散型X線分光装置で検出することにより元素分析が可能となる。

10 XPS: X線光電子分光法の略。試料表面にX線を照射し、その際に生じる光電子のエネルギーを測定することで、試料の構成元素とその電子状態(例えば価数)を分析することができる。

11 ニューラルネットワークポテンシャル動力学法: 与えられた原子構造から特定の関数を使ってポテンシャルエネルギーを計算する。この関数は「力場」と呼ばれ、ニューラルネットワーク力場では経験的な知識を使わずに、学習によってゼロから力場を構成する。

12 ファンデルワールス化合物: 分子間力の一種であるファンデルワールス力によって形成される化合物のこと。

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大阪府茨木市西安威2丁目1-15 登記上本店:大阪市中央区大手前1丁目3-20
電話番号
072-641-9590
代表者名
田口順一
上場
未上場
資本金
-
設立
1888年05月