70年前、中国に留め置かれた日本の鉄道技術者たち。荒野の広がる中国内陸部で新しい鉄道をつくるため、共に働いた人々の記憶を辿りながら歴史の中に埋もれようとする日本人の偉業を辿りました。

テレビ大阪制作「アジアスペシャル 荒野に路は拓いた」2019年5月18日(土)夕方4:00~5:15放送


<テレビ大阪>
【番組名】「アジアスペシャル 荒野に路は拓いた」
【放送日時】2019年5月18日(土)夕方4:00~5:15放送
【HP】http://www.tv-osaka.co.jp/sp/asia201905/

【番組概要】
戦前から戦中にかけて中国・満州(現在の中国東北部)に存在した日本の鉄道会社、満鉄(南満州鉄道株式会社)で働いていた日本人の中には日本の敗戦を機に大きく人生を翻弄されるに至った人々がいます。日本に帰ることも許されず連れて行かれたのは黄土高原と呼ばれる中国内陸部_日本人たちはそこで荒れ野を切り開き全長350kmにも及ぶ鉄道建設にあたらされました。当時、近郊で油田が発見された蘭州から石油を運び込むため、中国の指導者たちが打ち立てた計画_それが「天蘭鉄道」でした。

 

満州にいた日本人たちが送られたのは中国西部。脆い地質、切り立った崖など複雑な地形の続く土地だったため、鉄道工事は難しいと言われていました。それに加え、当時の中国人はこの地形を攻略する技術を持ち合わせていませんでした。


乏しい資材でむき出しの岩肌を切り拓く作業を強いられた日本人。作業は過酷を極めました。しかし、連れてこられた敵国の地であったとしても、彼らは技術者として仕事に向き合い、自らの技術を現地の中国人に伝えながら懸命に働きました。その姿を見た中国人たちも彼らを敗戦国の人間と蔑むことなく、共に鉄道建設に従事しました。


日本人が住んでいた天水市は周囲の再開発が進む中、当時の名残が今も残されていました。ここで日本人は現地の中国人と共に生活し、暮らしていました。

 

甘粛省・天水市で日本人が暮らしていた地域甘粛省・天水市で日本人が暮らしていた地域

天蘭鉄道は1952年10月に開通します。中国政府が指示した計画よりも早い完成でした。鉄道計画を指示していたのは毛沢東。日本人の技術に感銘を受けた毛沢東は、鉄道建設に関わった日本人と中国人に祝辞を贈りました。


鉄道完成により用済みとされた日本人。帰国の時は突然訪れます。大勢の中国人が別れを惜しみ、見送ったと言います。「やっと日本に帰れる」しかし、帰国した日本人を待ち受けていたのは厳しい現実でした。鉄道技師の父に従ってやってきた天水で学校に通い、現地の中国人と学んだという日本人に話を聞くことができました。

 

天水市で学校に通った橋村武司さん天水市で学校に通った橋村武司さん

困難な工事や過酷な環境での暮らしを日本人たちはいかに生き抜き、働いたのか_現地に残されていた貴重な資料を検証するとともに、生き残りの工事関係者が覚えていた日本人技術者の消息を追いました。次々と明らかになる名も無き日中の人々の…知られざる70年前の真実を掘り起こします。

黄土高原と列車黄土高原と列車

 

 

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