胃癌の約10%を占めるEBウイルス胃癌の原因を解明 感染ウイルスが、眠っていたゲノム領域を叩き起こして発癌させていた
千葉大学大学院医学研究院 金田篤志教授、国立シンガポール大学医学部 パトリック・タン教授らの研究グループは、エプスタインバー(EB)ウイルス胃癌(注1)について、ウイルス感染がどのように胃癌を引き起こすかのメカニズムを解明しました。本研究では、ゲノム修飾やゲノム3次元構造を網羅的解析する技術と、胃細胞に人工的にウイルス感染させる技術を組み合わせることにより、全く新しい発癌機構を発見し、「エンハンサー侵襲」と名付けました。この成果は、胃癌をはじめとするウイルスが関与する多くの悪性腫瘍についての原因の解明や治療法確立につながることが期待されます。本研究成果は、科学誌「ネイチャー・ジェネティクス」にて2020年7月28日0時(日本時間)にオンライン公開されました。
- 研究の背景
癌はゲノム配列の変異とエピゲノムの異常が蓄積して起こることが知られ、例えば細胞が増殖し過ぎないように抑制する遺伝子は正常細胞の維持に必須ですが、ゲノム配列の変異で機能を失ったり、DNAメチル化など「不活性マーク」を誤って修飾されることで発現消失し癌化に寄与します。
EBウイルス胃癌は胃癌の8-10%を占める悪性腫瘍ですが、ウイルス感染から発癌に至るまでのメカニズムには不明な点が残っていました。今回、研究チームは、EBウイルス胃癌においては特徴的なゲノム領域で、強力な「不活性マーク」の一部が消失する現象を見つけ、網羅的比較解析を行いました。
- 研究の成果
① EBウイルス胃癌で異常が起こるゲノム領域を特定
様々な胃癌細胞と正常胃細胞を比較解析した結果、どのEBウイルス胃癌でもほぼ同じゲノム領域にEBウイルスが接近していることが分かりました。その領域の多くは胃細胞中で本来は閉じているはずの不活性領域であり、EBウイルスDNAが接近したうえ、本来あるはずの「不活性マーク」が消えて活性化していました。
② 実験によりウイルス感染がエピゲノム異常を発生させることを確認
実験的に胃培養細胞にEBウイルスを感染させると、①と合致する領域にEBウイルスが接近し、異常活性化する様子が再現されました。
③ エピゲノム異常が発癌を引き起こすメカニズムが判明
さらに、ウイルスが接近した領域のエンハンサー(注2)も異常活性化し、周辺の増殖関連遺伝子の発現量を上昇させ、細胞を異常増殖させることが分かりました。つまりEBウイルスは胃細胞に感染すると、いつもほぼ同じ不活性領域を襲い、眠っていたエンハンサーを叩き起こして発癌させるのです。
感染したウイルスが「不活性マーク」を引き剥がし、閉じ込められ眠るエンハンサーを叩き起こすこの全く新しいエピゲノム発癌機構(注3)を、研究チームはウイルスの「エンハンサー侵襲」と名付けました。
- 研究者のコメント(千葉大学大学院医学研究院 金田篤志教授)
- 用語解説
注2) エンハンサー 活性化すると周囲の遺伝子に近づき発現量を調節する、細胞の性質を決定づける領域。
注3) エピゲノム発癌機構 エピゲノム修飾の異常により増殖関連遺伝子が活性化、ないし増殖抑制遺伝子が不活化して発癌に寄与する機構。増殖遺伝子IGF2のインプリンティング消失や、DNA異常高メチル化などが相当する。ゲノム配列の異常を伴わないので、修飾を正常な状態に戻す治療が考案し得る。
- 論文情報
著者:Atsushi Okabe, Kie Kyon Huang, Keisuke Matsusaka, Masaki Fukuyo, Manjie Xing, Xuewen Ong, Takayuki Hoshii, Genki Usui, Motoaki Seki, Yasunobu Mano, Bahityar Rahmutulla, Teru Kanda, Takayoshi Suzuki, Sun Young Rha, Tetsuo Ushiku, Masashi Fukayama, Patrick Tan, Atsushi Kaneda
雑誌名:Nature Genetics.
DOI: doi.org/10.1038/s41588-020-0665-7
- 研究プロジェクトについて
日本医療研究開発機構革新的がん医療実用化研究事業
日本医療研究開発機構次世代がん医療創生研究事業
日本学術振興会科学研究費補助金
千葉大学グローバルプロミネント研究基幹
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