持続グルコース測定が有用な糖尿病患者の特徴を明らかに
― HbA1cによる血糖コントロール評価の限界 ―
順天堂大学大学院医学研究科代謝内分泌内科学の三田 智也 准教授、綿田 裕孝 教授らの研究グループは、持続グルコース測(*1)により血糖変動(*2)や低血糖を評価することが有用な糖尿病患者の特徴を明らかにしました。今回の研究では、2型糖尿病患者を対象に、どのような特徴をもつ患者に持続グルコース測定が有用であるかを調査しました。その結果、高齢、インスリンかつ・あるいはスルホニル尿素薬(経口血糖降下薬のひとつ)で治療中、慢性腎臓病を合併している2型糖尿病患者では、それぞれ同じレベルのHbA1c(ヘモグロビンエーワンシー)(*3)値をもつ対照群と比較して、血糖変動が大きいあるいは低血糖の発症割合が高いことが明らかになりました。従って、それらの特徴を有する患者に対して持続グルコース測定を行うことで個々の血糖パターンに応じた最適な医療を提供できる可能性があることがわかりました。本研究成果は、米国内分泌学会雑誌「Journal of Clinical Endocrinology and Metabolism」に掲載されました。
本研究成果のポイント
背景
糖尿病では血糖コントロールにより合併症の発症や進展を抑制することが重要な課題です。日常の臨床では過去1~2か月間の血糖コントロールの状態を反映するHbA1cが使用されており、日本を含めた各国のガイドラインでは、合併症を抑制するための血糖コントロール目標としてHbA1c7%未満を達成することが推奨されています。しかし、HbA1cには貧血の際に低値になるなどいくつかの問題があります。また、血糖変動が大きいあるいは低血糖の頻度が高い2型糖尿病患者では死亡率が高くなることが報告されていますが、HbA1c値では血糖変動や低血糖を評価することはできません。従って、持続グルコース測定によりそれらを評価することは重要であると考えますが、測定の費用(*1)や装着中の煩雑さなどの問題からすべての2型糖尿病患者に持続グルコース測定を行うことは現実的ではありません。そこで、今回、どのような特徴を有する患者において、持続グルコース測定が有用であるかを調査しました。
内容
本研究では、順天堂医院等に通院中の2型糖尿病患者999名を対象に持続グルコース測定とHbA1cの測定を行いました。まず、HbA1c7.0%未満、HbA1c7.0-7.9%、HbA1c8.0-8.9%、 HbA1c8.9%以上で分類し、4つのグループに分けました。さらに、血糖変動や低血糖の発症に影響を与える可能性のある特徴の有無【サブグループ:年齢(65歳未満、65歳以上)、糖尿病治療薬の種類(インスリンかつ・あるいはスルホニル尿素薬で治療している、それらで治療していない)そして腎機能(推定糸球体濾過量(eGFR(*4))60ml/min1.73m2未満、eGFR60ml/min1.73m2以上)】により8つのグループに分けました。持続グルコース測定による評価項目は、血糖変動の指標として、目標血糖値範囲(70~180mg/dl)を満たす治療域の割合と治療域より低値である低血糖域の割合(70mg/dl未満、 54mg/dl未満)、治療域より高値である高血糖域の割合(180mg/dlより大きい、250mg/dlより大きい)などとしました。それぞれのサブグループの同じHbA1cのカテゴリーにおいて持続グルコース測定により評価した項目に違いがないかを検討しました。
その結果、65歳未満と65歳以上の比較では、HbA1c7.0%未満のカテゴリーで65歳以上は夜間の低血糖域の割合が高いことが分かりました。インスリンかつ・あるいはスルホニル尿素薬を使用しているとそれらを使用していないの比較では、HbA1c7.0%未満とHbA1c7.0-7.9%のカテゴリーはインスリンかつ・あるいはスルホニル尿素薬を使用している場合に血糖変動が大きく、低血糖域の割合が高いことが明らかになりました。HbA1c8.0-8.9%のカテゴリーでは、インスリンかつ・あるいはスルホニル尿素薬を使用している場合に低血糖域の割合が高いことが示されました。 eGFR60未満と60以上の比較では、HbA1c7.0%未満、HbA1c7.0-7.9%およびHbA1c8.0-8.9%のカテゴリーのいずれにおいてもeGFR60未満の場合に低血糖領域の割合が高いことがわかりました(図1)。このことから、同程度のHbA1c値であっても患者の特徴の違いにより血糖変動の大きさや低血糖の発症割合に違いがあることが明らかになりました。
以上より、高齢、インスリンかつ・あるいはスルホニル尿素薬で治療中、慢性腎臓病を合併した2型糖尿病患者の一部では、日常の臨床で血糖コントロール指標として使用しているHbA1cでは評価できない血糖変動や低血糖を持続グルコース測定により評価することが重要だということがわかりました。すなわち、持続グルコース測定により得られた血糖コントロール指標は、個々の血糖パターンに合わせた最適化治療の実現のための重要な情報だということができます。
今後の展開
今回の研究では、どのような特徴を持つ患者において持続グルコース測定が有用なのかを明らかにしました。今後は、HbA1cの値が同じレベルでも血糖パターンによって動脈硬化、心血管イベント、細小血管障害や予後に与える影響が異なるのかを明らかにしたいと考えています。さらに、それらの指標を改善させることが、動脈硬化や心血管イベントの抑制に繋がるかを検証する予定です。
用語解説
*1 持続グルコース測定: センサーを上腕の背部などに貼り付け、皮下の間質液中のグルコース濃度を持続的に測定し、1日の血糖値の変化を観察すること。現在、インスリン治療を行っている糖尿病患者のみが保険適応の範囲でフリースタイルリブレ(アボット社)を使用することができる。
*2 血糖変動:糖尿病では、インスリンの分泌が低下、あるいはインスリンの効きが悪くなることで、食後の血糖がより増加しやすくなるほか、糖尿病の治療薬の影響などで低血糖を起こす場合があるため、糖尿病の患者では、一日の血糖の変動が大きくなる。
*3 HbA1c(ヘモグロビンエーワンシー):HbA1cは、体内に酸素を運ぶ赤血球内のタンパク質のひとつであるヘモグロビンとブドウ糖が結合した糖化ヘモグロビンのひとつ。血糖値が高いほど、結合しやすくなり、HbA1cは高値となる。過去1~2カ月の血糖の平均的な状態を表し、正常範囲は、4.6%~6.2%とされる。貧血では、赤血球数が減少しており、HbA1cも低くなる。
*4 推定糸球体濾過量(eGFR):腎臓がもつ老廃物を尿へ排泄する能力を示す値。この値が低いほど腎臓の機能が悪いということになる。腎機能の指標である血清クレアチニン値、年齢、性別により計算する。eGFR60未満が慢性腎臓病の診断の一つの指標とされる
研究者のコメント
現在、日本では持続グルコース測定の保険適応はインスリン療法中の糖尿病患者に限定されています。今後、当研究で持続グルコース測定により血糖変動の指標を評価する意義が示されれば、保険適応の変更により実地臨床で必要な患者に持続グルコース測定の測定が行えるようになり、最適な個別化医療に繋がる可能性があると考えております。
原著論文
本研究はJournal of Clinical Endocrinology and Metabolism誌のオンライン版で(2022年7月31日付)公開されました。
タイトル: The importance of continuous glucose monitoring-derived metrics beyond HbA1c for optimal individualized glycemic control
タイトル(日本語訳): 最適な個別化血糖コントロールを行うためのHbA1cより優れた持続グルコール測定による指標の重要性
著者:Hidenori Yoshii 1), Tomoya Mita 2), Naoto Katakami 3), Yosuke Okada 4), Takeshi Osonoi 5), KatsumiAso 6), Akira Kurozumi 4), Satomi Wakasugi 2), Fumiya Sato 2) , Ryota Ishii 7) Masahiko Gosho 7), Iichiro Shimomura 3), and Hirotaka Watada 2)
著者(日本語):吉井 秀徳1)、三田 智也2)、片上 直人3)、岡田 洋右4)、遅野井 健5)、麻生 克己6) 黒住 旭4)、若杉 理美2)、佐藤 文哉2)石井 亮太7)五所 正彦7)、下村 伊一郎3)、綿田 裕孝2)
著者所属:1)順天堂東京江東高齢者医療センター 2)順天堂大学 3)大阪大学 4)産業医科大学 5)那珂記念クリニック 6)あそうクリニック 7)筑波大学
DOI: 10.1210/clinem/dgac459
本研究は、日本医療研究開発機構(AMED) 循環器疾患・糖尿病等生活習慣病対策実用化研究事業「血糖変動と心血管イベント発症の関連性を検討する前向き観察研究」、鈴木万平糖尿病財団からの研究助成を受けて行われました。なお、本研究にご協力いただいた皆様には深謝いたします。
- 同じレベルのHbA1c値でも血糖パターンが異なる患者の特徴を調査
- 高齢、インスリンかつ・あるいはスルホニル尿素薬で治療中、慢性腎臓病を合併している2型糖尿病患者では血糖変動が大きいあるいは低血糖の発症割合が高い
- 持続グルコース測定にて血糖パターンを評価することは最適化医療の実現の一助に
背景
糖尿病では血糖コントロールにより合併症の発症や進展を抑制することが重要な課題です。日常の臨床では過去1~2か月間の血糖コントロールの状態を反映するHbA1cが使用されており、日本を含めた各国のガイドラインでは、合併症を抑制するための血糖コントロール目標としてHbA1c7%未満を達成することが推奨されています。しかし、HbA1cには貧血の際に低値になるなどいくつかの問題があります。また、血糖変動が大きいあるいは低血糖の頻度が高い2型糖尿病患者では死亡率が高くなることが報告されていますが、HbA1c値では血糖変動や低血糖を評価することはできません。従って、持続グルコース測定によりそれらを評価することは重要であると考えますが、測定の費用(*1)や装着中の煩雑さなどの問題からすべての2型糖尿病患者に持続グルコース測定を行うことは現実的ではありません。そこで、今回、どのような特徴を有する患者において、持続グルコース測定が有用であるかを調査しました。
内容
本研究では、順天堂医院等に通院中の2型糖尿病患者999名を対象に持続グルコース測定とHbA1cの測定を行いました。まず、HbA1c7.0%未満、HbA1c7.0-7.9%、HbA1c8.0-8.9%、 HbA1c8.9%以上で分類し、4つのグループに分けました。さらに、血糖変動や低血糖の発症に影響を与える可能性のある特徴の有無【サブグループ:年齢(65歳未満、65歳以上)、糖尿病治療薬の種類(インスリンかつ・あるいはスルホニル尿素薬で治療している、それらで治療していない)そして腎機能(推定糸球体濾過量(eGFR(*4))60ml/min1.73m2未満、eGFR60ml/min1.73m2以上)】により8つのグループに分けました。持続グルコース測定による評価項目は、血糖変動の指標として、目標血糖値範囲(70~180mg/dl)を満たす治療域の割合と治療域より低値である低血糖域の割合(70mg/dl未満、 54mg/dl未満)、治療域より高値である高血糖域の割合(180mg/dlより大きい、250mg/dlより大きい)などとしました。それぞれのサブグループの同じHbA1cのカテゴリーにおいて持続グルコース測定により評価した項目に違いがないかを検討しました。
その結果、65歳未満と65歳以上の比較では、HbA1c7.0%未満のカテゴリーで65歳以上は夜間の低血糖域の割合が高いことが分かりました。インスリンかつ・あるいはスルホニル尿素薬を使用しているとそれらを使用していないの比較では、HbA1c7.0%未満とHbA1c7.0-7.9%のカテゴリーはインスリンかつ・あるいはスルホニル尿素薬を使用している場合に血糖変動が大きく、低血糖域の割合が高いことが明らかになりました。HbA1c8.0-8.9%のカテゴリーでは、インスリンかつ・あるいはスルホニル尿素薬を使用している場合に低血糖域の割合が高いことが示されました。 eGFR60未満と60以上の比較では、HbA1c7.0%未満、HbA1c7.0-7.9%およびHbA1c8.0-8.9%のカテゴリーのいずれにおいてもeGFR60未満の場合に低血糖領域の割合が高いことがわかりました(図1)。このことから、同程度のHbA1c値であっても患者の特徴の違いにより血糖変動の大きさや低血糖の発症割合に違いがあることが明らかになりました。
以上より、高齢、インスリンかつ・あるいはスルホニル尿素薬で治療中、慢性腎臓病を合併した2型糖尿病患者の一部では、日常の臨床で血糖コントロール指標として使用しているHbA1cでは評価できない血糖変動や低血糖を持続グルコース測定により評価することが重要だということがわかりました。すなわち、持続グルコース測定により得られた血糖コントロール指標は、個々の血糖パターンに合わせた最適化治療の実現のための重要な情報だということができます。
今後の展開
今回の研究では、どのような特徴を持つ患者において持続グルコース測定が有用なのかを明らかにしました。今後は、HbA1cの値が同じレベルでも血糖パターンによって動脈硬化、心血管イベント、細小血管障害や予後に与える影響が異なるのかを明らかにしたいと考えています。さらに、それらの指標を改善させることが、動脈硬化や心血管イベントの抑制に繋がるかを検証する予定です。
用語解説
*1 持続グルコース測定: センサーを上腕の背部などに貼り付け、皮下の間質液中のグルコース濃度を持続的に測定し、1日の血糖値の変化を観察すること。現在、インスリン治療を行っている糖尿病患者のみが保険適応の範囲でフリースタイルリブレ(アボット社)を使用することができる。
*2 血糖変動:糖尿病では、インスリンの分泌が低下、あるいはインスリンの効きが悪くなることで、食後の血糖がより増加しやすくなるほか、糖尿病の治療薬の影響などで低血糖を起こす場合があるため、糖尿病の患者では、一日の血糖の変動が大きくなる。
*3 HbA1c(ヘモグロビンエーワンシー):HbA1cは、体内に酸素を運ぶ赤血球内のタンパク質のひとつであるヘモグロビンとブドウ糖が結合した糖化ヘモグロビンのひとつ。血糖値が高いほど、結合しやすくなり、HbA1cは高値となる。過去1~2カ月の血糖の平均的な状態を表し、正常範囲は、4.6%~6.2%とされる。貧血では、赤血球数が減少しており、HbA1cも低くなる。
*4 推定糸球体濾過量(eGFR):腎臓がもつ老廃物を尿へ排泄する能力を示す値。この値が低いほど腎臓の機能が悪いということになる。腎機能の指標である血清クレアチニン値、年齢、性別により計算する。eGFR60未満が慢性腎臓病の診断の一つの指標とされる
研究者のコメント
現在、日本では持続グルコース測定の保険適応はインスリン療法中の糖尿病患者に限定されています。今後、当研究で持続グルコース測定により血糖変動の指標を評価する意義が示されれば、保険適応の変更により実地臨床で必要な患者に持続グルコース測定の測定が行えるようになり、最適な個別化医療に繋がる可能性があると考えております。
原著論文
本研究はJournal of Clinical Endocrinology and Metabolism誌のオンライン版で(2022年7月31日付)公開されました。
タイトル: The importance of continuous glucose monitoring-derived metrics beyond HbA1c for optimal individualized glycemic control
タイトル(日本語訳): 最適な個別化血糖コントロールを行うためのHbA1cより優れた持続グルコール測定による指標の重要性
著者:Hidenori Yoshii 1), Tomoya Mita 2), Naoto Katakami 3), Yosuke Okada 4), Takeshi Osonoi 5), KatsumiAso 6), Akira Kurozumi 4), Satomi Wakasugi 2), Fumiya Sato 2) , Ryota Ishii 7) Masahiko Gosho 7), Iichiro Shimomura 3), and Hirotaka Watada 2)
著者(日本語):吉井 秀徳1)、三田 智也2)、片上 直人3)、岡田 洋右4)、遅野井 健5)、麻生 克己6) 黒住 旭4)、若杉 理美2)、佐藤 文哉2)石井 亮太7)五所 正彦7)、下村 伊一郎3)、綿田 裕孝2)
著者所属:1)順天堂東京江東高齢者医療センター 2)順天堂大学 3)大阪大学 4)産業医科大学 5)那珂記念クリニック 6)あそうクリニック 7)筑波大学
DOI: 10.1210/clinem/dgac459
本研究は、日本医療研究開発機構(AMED) 循環器疾患・糖尿病等生活習慣病対策実用化研究事業「血糖変動と心血管イベント発症の関連性を検討する前向き観察研究」、鈴木万平糖尿病財団からの研究助成を受けて行われました。なお、本研究にご協力いただいた皆様には深謝いたします。
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