行動の抑制を生み出す新たな神経回路の発見

― 超音波刺激での脳深部刺激により全脳レベルの情報処理回路の解明へ ―

学校法人 順天堂

順天堂大学大学院医学研究科神経生理学の中嶋香児 特別研究学生(東京大学大学院医学系研究科医学博士課程)、長田貴宏 准教授、小西清貴 教授ら、および東京大学大学院医学系研究科整形外科学の田中栄 教授らの共同研究グループは、新規非侵襲刺激法である超音波刺激を用いて、脳深部に位置する大脳基底核の被殻が不適切な行動の抑制に関わっていることを示し、前頭葉-被殻という新たな脳の情報処理回路を発見しました。行動の抑制には前頭葉を中心にいくつかの大脳皮質の部位が関係することはこれまで知られていましたが、脳深部にある大脳基底核を含めた神経回路がどのように行動抑制を生み出しているかはわかっていませんでした。本成果は、大脳基底核を含めた全脳レベルでの情報処理回路の解明につながるととともに、認知機能の障害の予防・回復法の開発や、人工知能の開発に寄与する可能性が期待されます。本論文はCell Reports誌に2022年8月16日(日本時間8月17日)に発表されました。
本研究成果のポイント
  • 新規刺激法である超音波刺激によりヒト脳深部に非侵襲的・可逆的に介入
  • 大脳基底核の被殻が行動の抑制に関わることを発見
  • 前頭葉-被殻の新たな神経回路が発見され、全脳レベルでの情報処理の解明に期待

背景
道を歩き始めた次の瞬間に横から車が来たのに気づき急いで足を止めるというように、日常生活において私たちは不適切な行動を抑制し、適切な行動を選んでいます。時々刻々と状況が変化する環境の中で、不適切な行動を抑える能力(反応抑制機能)は必要不可欠です。反応抑制機能は前頭葉を中心に複数の大脳皮質の部位が関わることが過去の研究(注)から知られていました。また、脳外科患者での埋め込み電極による脳深部刺激療法などから脳深部にある大脳基底核(*1)の視床下核が反応抑制に関わることが報告されてきました。一方、ヒトでの脳イメージング研究から大脳基底核のほかの部位である被殻も反応抑制への関与が示唆されていましたが、反応抑制に必要不可欠なのか、またどのような神経回路によって反応抑制を生み出すのかはわかっていませんでした。そこで、本研究では新規非侵襲的脳刺激法である超音波刺激法(*2)を用いて情報処理の仕組みを調べました。

内容
本研究では、健常被験者に反応抑制機能を調べる「ストップシグナル課題」 (図1A)を行ってもらいました。被験者には左向きまたは右向きの矢印が画面に出た際、矢印と同じ側のボタンをできるだけ早く押してもらいます(ゴー試行)。また、左右の矢印が出た直後に、上向きの矢印に変わる試行(ストップ試行)をある一定の割合で出現するよう設定し、その際はボタンを押さないようしてもらいました。課題を行っている際の脳活動をfMRI法(*3)を用いて計測したところ、ストップ試行においてうまく止まれたとき、大脳基底核において被殻前部に活動が見られました。(図1B)。同定された脳部位に対し超音波刺激法による局所的な介入を行い、被殻前部の活動を一時的に低下させました(図2A)。刺激をした前後で反応抑制の効率の変化を調べたところ、被殻前部の刺激後に効率低下が見られました。被殻前部がどのような神経回路で反応抑制に関わっているかを調べるために拡散強調MRI法を使い、被殻前部と解剖学的につながっている反応抑制活動をもつ大脳領域を探索しました。すると、下前頭皮質前部が顕著な結合性を示していることがわかりました(図2B)。さらに、この部位に対し超音波刺激を行い活動を一時的に低下させたところ、下前頭皮質前部の刺激後に反応抑制の効率の低下が見られました。これらから、下前頭皮質前部-被殻前部という神経回路により反応抑制が生み出されることが明らかになりました。視床下核は下前頭皮質腹側部や前補足運動野とつながりハイパー直接路と呼ばれる回路により反応抑制に関わっているとされていますが、今回新たに発見された下前頭皮質前部-被殻前部の経路は間接路と呼ばれる別の神経回路として反応抑制に関わっていると考えられます(図2C)。

 

今後の展開
従来の研究手法では介入が不可能であった脳深部にある大脳基底核に対し、超音波刺激法により非侵襲的かつ可逆的な介入を行うことが可能となりました。今回の研究では、被殻が反応抑制に関与していることが初めて明らかになり、さらに下前頭皮質前部と神経回路を形成し行動の抑制を生み出していることがわかりました。今回の成果は、大脳皮質のみならず大脳基底核を含めた全脳レベルでの行動の抑制の神経メカニズムの全容解明につながることが期待されます。また、認知機能の障害の予防・回復法の開発や、新たな人工知能の開発に寄与する可能性も考えられます。さらに、今回の用いた手法は、ヒトの様々な認知機能に対し適応可能と考えられ、認知機能の情報処理回路の解明を飛躍的に進めることが期待されます。

用語解説
*1 大脳基底核:脳深部の位置する神経細胞核の集まりのことで、被殻、尾状核、淡蒼球、視床下核、黒質などから構成されます。運動調節などに関わっており、その異常により、パーキンソン病、ジストニア、ハンチントン舞踏病など症状が見られます。
*2 超音波刺激法:頭部にあてた素子(トランスデューサー)から超音波のパルスビームを出力し集束させ、空間的に限局した範囲の脳組織を刺激することで、非侵襲的かつ可逆的に脳の活動性を変化させられる介入方法。脳深部に対し刺激できる方法のため近年注目を浴びています。
*3 fMRI法(機能的磁気共鳴画像法):MRI(磁気共鳴画像装置)を使って、脳の血流反応を計測することにより、脳の活動を非侵襲的に測定する方法。fMRI法の基礎となっているBOLD法(Blood Oxygenation Level Dependent法)は、小川誠二博士(現・東北福祉大学特別栄誉教授)によって発見されたもので、世界で広く用いられています。

(注)
・Osada et al., 2019, Journal of Neuroscience 39, 2509-2521.(順天堂プレスリリース「自分を律する脳の仕組みに関わる新たな部位を発見 ~頭頂葉が行動の抑制を生み出す~」[2019年4月11日発表]参照)
・Osada et al., 2021, Cell Reports 36, 109732.(順天堂プレスリリース「不適切な行動の抑制に関わる脳の情報処理の回路を発見 ~前頭葉からの2つの独立した神経回路が不適切な行動を抑える~」[2021年9月22日発表]参照)

研究者のコメント
今回用いた超音波刺激法は脳深部に対して非侵襲的にかつ可逆的に介入できる手法として近年世界から注目を浴びています。今回の研究ではヒトの高次認知機能のひとつである反応抑制機能の神経メカニズムを解明するため、大脳基底核に対し介入を行い、世界に先駆けて新たな神経回路を発見できました。この手法は様々な認知機能にも応用できると考えられ、神経科学の分野を大きく発展できる可能性があります。全脳レベルでの神経回路の全容解明につながる研究を進めていきたいと思います。

原著論文
本研究はCell Reports誌(https://www.cell.com/cell-reports/home)2022年8月16日号に掲載されました。
タイトル: A causal role of anterior prefrontal-putamen circuit for response inhibition revealed by transcranial ultrasound stimulation in humans.
タイトル(日本語訳): 経頭蓋超音波刺激により解明された反応抑制に対するヒト前頭前野-被殻神経回路の因果的役割
著者:Koji Nakajima(筆頭著者), Takahiro Osada(責任著者), Akitoshi Ogawa, Masaki Tanaka, Satoshi Oka, Koji Kamagata, Shigeki Aoki, Yasushi Oshima, Sakae Tanaka, Seiki Konishi(共同責任著者)
著者(日本語表記):中嶋香児1) 2)、長田貴宏1)、小川昭利1)、田中正輝1)、岡哲史1)、鎌形康司3)、青木茂樹3)、大島寧2)、田中栄2)、小西清貴1)
著者所属:1)順天堂大学大学院医学研究科神経生理学、2)東京大学大学院医学系研究科整形外科学、3)順天堂大学大学院医学研究科放射線医学
DOI: https://doi.org/10.1016/j.celrep.2022.111197

本研究は、JSPS科研費(JP21K07255)、武田科学振興財団による支援を受けて行われました。また、本研究に協力頂きました被験者様のご厚意に深謝いたします。

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代表者名
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上場
未上場
資本金
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設立
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