地球に優しいキラルカルベン発生法を開発 安定なベンゼンの不斉脱芳香族化を実現!
千葉大学大学院薬学研究院 根本哲宏 教授及び原田慎吾 講師の研究グループは、独自の触媒技術と理論解析法を利活用したキラル銀カルベン発生法を確立しました。それらを用いて活性化されていないベンゼン類の不斉脱芳香族化反応の開発に世界で初めて成功しました。これにより原油から容易に誘導できる原料より、医薬候補分子が迅速に合成できます。本手法はこれまで合成に必要としていた毒性の高いジアゾ化合物を用いず、合成プロセスの簡略化によるコスト削減もできることから、環境に優しい有機合成化学の草分け的研究となることが期待されます(図1)。
本研究成果は2020年12月31日に米国化学会誌Journal of the American Chemical Societyオンライン版に速報誌として公開されました。
本研究成果は2020年12月31日に米国化学会誌Journal of the American Chemical Societyオンライン版に速報誌として公開されました。
- 研究背景
私たちの身の周りでは様々な化学物質が利用され、その過程で直接的または間接的に環境負荷が生じています。持続可能な社会を目指す上で、新しい物質を創出する学問である合成化学の役割は大きく、社会的要請の高い研究分野です。近年、物質生産における環境調和型の技術革新に向け、欲しいものをより短工程でかつ高効率で合成する技術開発が求められています。
本研究グループでは、芳香族化合物の脱芳香族化反応(注1)および金属カルベン(注2)というユニークな反応特性を有する高活性種を有機合成に応用する研究を推進しています。金属カルベンは、現在、世界中で活発に研究がなされており、本化学種を用いた医薬品(抗腫瘍剤のエグアレンナトリウム等)の合成例も多数あります。キラルカルベンを発生させることができると、キラル化合物を直接的に合成することが可能となり、医薬分子の迅速合成、製造コストの削減が可能となります。
しかし従来から用いられている金属カルベン発生法には、次の2つの課題がありました(図2)。
1)金属カルベンを発生させるために、潜在的な爆発性・毒性を有するジアゾ化合物を用いる必要があること。
2)ジアゾ基を基質に導入する工程が必要となることから、物質生産コストが上がること。
これらの理由により、ジアゾ化合物を用いずに金属カルベンを発生させる、“ジアゾフリー“な金属カルベン発生法が注目を集めています。
“ジアゾフリー“な金属カルベン発生法の中でもイナミドと呼ばれる官能基から金属カルベンを発生させる手法は、イナミド化合物の高い安定性と安全性、容易な基質調製、穏和で簡便な反応条件といった理由から、近年多くの研究がなされています。しかしこの手法では、キラルなカルベン種を発生できず、不斉反応への応用が達成されていない、利用可能な金属が限定的であるといった研究課題が残されています(図3)。
本研究グループはこれまでに、金属カルベン反応を用いたフェノール類の脱芳香族化反応を開発していました(関連ニュースリリース参照)。その研究過程で得た脱芳香族化反応に関する知見およびエナンチオ選択性制御技術(特定の不斉分子を選択的に合成する技術)を生かすことで、上記の未達成な課題を一挙に解決し、革新的で環境調和型の合成法が確立できると期待し考えました。
- 研究成果
研究グループは、天然より安価で大量に入手可能なベンゼン類の脱芳香族化反応をモデルとして検討を行いました。その結果、イナミド化合物にキラル銀触媒と酸化剤を作用させることで、銀カルベンが発生し、通常は非常に厳しい条件でのみ進行する不活性ベンゼンの脱芳香族化が進行することを観測しました(図4、図5)。
さらに反応条件を精査して、様々な置換様式の基質へと適用したところ、総じて高い収率及びエナンチオ選択性が発現しました。また、反応系中で生成するノルカラジエンに注目し、系中でペリ環状反応カスケードを進行させることで、医薬品類縁体へと変換可能な5連続不斉中心を有する縮環化合物を一挙に構築することができました(図5①)。さらに、活性化されていないベンゼン環を、”仮想上のシクロへプタトリエン”のように変換できることを示しました(図5②)。
また、理論計算による反応メカニズム解析を行い、金属カルベン種が発生する経路と脱芳香族化反応および環化付加反応の過程と必要な活性化エネルギーを算出することに成功しました。これにより、化学選択性・エナンチオ選択性を合理化することができ、新たな反応デザインに向けた重要な知見を得ることができました。
- 研究者のコメント(千葉大学大学院薬学研究院・根本哲宏)
- 研究プロジェクトについて
- 用語説明
(注2)金属カルベン:炭素原子は四配位の状態(手が4本)がで安定であするのに対して、不安定な中性二配位のカルベンと金属原子が形式的に二重結合を形成した高活性な化学種が金属カルベンです。高すぎる反応性をどのように制御するか、様々なアプローチが世界各地で研究されています。
- 関連ニュースリリース
(https://www.chiba-u.ac.jp/general/publicity/press/files/2017/20170725yakukagaku.pdf)
- 論文情報
・雑誌名:Journal of the American Chemical Society
・DOI:10.1021/jacs.0c10682
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