抗がん性成分を生産する植物チャボイナモリの全ゲノムを高精度に解読 植物アルカロイド生産のゲノム進化から抗がん成分の持続的生産に期待

国立大学法人千葉大学

 千葉大学、理化学研究所、かずさDNA研究所、国立遺伝学研究所の研究チームは、抗がん剤の原料となるカンプトテシン(注1)を生産する薬用資源植物、チャボイナモリ(注2)の全ゲノム配列を染色体レベルで高精度に解読しました。さらに他の植物のゲノムと比較することにより、カンプトテシンならびに類縁化合物の生産能力がどのように進化してきたかを明らかにしました。
 本研究成果は、なぜ植物が薬になる成分を作るようになったのか、という根本的な疑問を解明するとともに、今後、抗がん剤原料(カンプトテシン)の持続的生産に寄与することが期待されます。
 本研究は、2021年1月15日(日本時間)にNature Communicationsに掲載されました。
  • 研究の背景

 植物は多様な化合物を生産し、その中には薬の原料として使われるものが数多くあります。薬用成分の植物体内における生産過程や仕組みを明らかにすることは、薬用成分の高効率生産法の確立にも貢献できると期待されています。
 カンプトテシンは、カンレンボク(喜樹)という樹木からはじめて発見され、現在では抗がん剤の原料の一つとして利用されているアルカロイド化合物です。細胞分裂時にはたらく酵素トポイソメラーゼⅠを阻害することにより細胞死を引き起こす毒成分で、この毒性によって盛んに増殖するがん細胞を死滅させることができます。
 千葉大学では、カンプトテシン生合成の仕組みを調べるための研究材料として、カンレンボクと同じくカンプトテシンを生産し、奄美群島、沖縄群島、八重山群島などに自生しているチャボイナモリ(写真参照)を利用してきました。これまでに容器内での無菌植物培養やカンプトテシンを高生産する毛状根培養を使って、遺伝子や代謝物研究を行ってきました。
  • 研究の手法
 チャボイナモリのゲノムDNAについて、複数のシークエンス解析(注3)(PacBio, Bionano, Illumina, Hi-C)を行い、得られた配列データを用いて、多段階のDNA配列のつなぎ合わせ(スキャフォールディング(注4))とエラーの修正によって、塩基配列情報を得ました。さらにその品質を染色体のFISH解析(注5)によって確認しました。
 続いて、得られたゲノムの塩基配列情報を基に遺伝子クラスター解析(注6)を行いました。さらに他の植物種ゲノムとの間で、アルカロイド生合成関連遺伝子(注7)が存在する遺伝子クラスターの比較を行いました。
  • 研究の成果
 本研究チームは、チャボイナモリの全ゲノム情報を解読し、さらに他の植物ゲノムとの比較を行い、下記(1)(2)の結果を得ました。

(1)チャボイナモリの染色体数(n=11)と同数の11個のDNA配列(スキャフォールド)に連結された高精度の全ゲノムの配列情報を得ました。この配列情報を解析することによってアルカロイド生合成遺伝子が近傍に集まった遺伝子クラスターを発見しました。このクラスターでは、酵素遺伝子の機能の多様化に関わる遺伝子重複がみられました。
(2)他の植物ゲノムと比較した結果、類縁のアルカロイド生産植物のゲノムには共通の中間体合成酵素遺伝子が存在することが明らかになりました。また、この中間体合成酵素遺伝子に似た遺伝子が、アルカロイドを生産しない植物ゲノムにも存在していました。

 この結果から、中間体合成酵素遺伝子に似た遺伝子が進化の過程で変化してアルカロイド中間体合成酵素遺伝子が出現することにより、チャボイナモリにアルカロイドを生産するしくみが出現したことが示唆されました。以上により、植物の進化の過程で1億1千万年前に起こったと推定される全ゲノムの三倍化の後に、まず共通の中間体までの生合成経路が出現し、その後に生合成下流の化合物ごとに異なる生合成経路が出現したことが推定されました。つまり、進化の過程で共通の化合物の生産からそれぞれ異なる化合物を生産するように順に進化してきたことが示唆されました。
  • 今後の展望
 染色体レベルまで連結されたゲノム配列情報を解読することにより、遺伝子の正確な位置情報が得られます。また物質生産の異なる種間でゲノムを比較することにより、薬になる化合物などの物質生産が進化の過程でどのように出現してきたかを推定することができます。
 本研究成果は、薬になる成分を生みだす植物についての理解を深め、その仕組みを利用して抗がん剤原料の持続的生産に応用展開されることが期待されます。
  • 研究プロジェクトについて
 本研究は、科学研究費補助金 新学術領域研究「生合成リデザイン」、新学術領域研究「先進ゲノム支援」などにより行われました。
  • 論文タイトルと著者
・タイトル
Chromosome-level genome assembly of Ophiorrhiza pumila reveals the evolution of camptothecin biosynthesis
・著者
Amit Rai1,2, Hideki Hirakawa3, Ryo Nakabayashi4, Shinji Kikuchi2,5, Koki Hayashi1, Megha Rai1, Hiroshi Tsugawa 4,6, Taiki Nakaya1, Tetsuya Mori4, Hideki Nagasaki3, Runa Fukushi5, Yoko Kusuya7, Hiroki Takahashi 2,7, Hiroshi Uchiyama8, Atsushi Toyoda9, Shoko Hikosaka2,5, Eiji Goto2,5, Kazuki Saito1, 2, 4 and Mami Yamazaki1,2
・著者の所属
1 Graduate School of Pharmaceutical Sciences, Chiba University; 2 Plant Molecular Science Center, Chiba University; 3 Kazusa DNA Research Institute; 4 RIKEN Center for Sustainable Resource Science; 5 Graduate School of Horticulture, Chiba University; 6 RIKEN Center for Integrative Medical Sciences; 7 Medical Mycology Research Center, Chiba University; 8 College of Bioresource Sciences, Nihon University; 9 Advanced Genomics Center, National Institute of Genetics.
・掲載誌
Nature Communications
DOI: 10.1038/s41467-020-20508-2.
  • 過去のプレスリリース
・情報科学で生体内の多様なメタボロームを包括的に解明
https://www.riken.jp/press/2019/20190329_1/
・植物が自ら作る抗がん物質に対する自己耐性機構を解明
https://www.p.chiba-u.jp/lab/idenshi/images/news_2008PNAS.pdf
  • 用語解説
注1)カンプトテシン:1960年代に抗がん剤のスクリーニングによって、はじめてカンレンボク(喜樹)という樹木から発見された化合物。カンレンボクの他にもアカネ科のチャボイナモリなどいくつかの植物が生産する。その化学構造からモノテルペノイドインドールアルカロイド(MIA)類に分類される。MIAには他にも抗がん剤のビンブラスチン、ビンクリスチン、精神安定剤のレセルピンなど医薬品原料として重要な化合物がある。
 実際に臨床で使われる抗がん剤として、カンプトテシンの分子構造を改変して水溶性を高めて毒性を軽減したトポテカンやイリノテカンという薬剤がある。
注2)チャボイナモリ:奄美群島、沖縄群島、八重山群島などに自生する小型のアカネ科の草本植物。
注3)シークエンス解析:生物の遺伝情報はDNAにヌクレオチドの塩基配列として記載されている。この塩基配列を決定することをシークエンス解析という。DNAのシークエンスを解析することによって遺伝情報を知ることができる。
注4)スキャフォールディング:シークエンス解析では、装置で読み取った膨大な数のDNA配列を計算機でつなぎ合わせ、さらに複数の配列情報(足場:スキャフォールド)をたよりにより長い一つながりのDNAの配列を組み立てる。これをスキャフォールディングという。
注5)FISH解析:蛍光物質をつけたプローブ(標的遺伝子と相補的な塩基配列を有する合成遺伝子)を標的遺伝子と結合させ、蛍光顕微鏡下で可視化する手法 (Fluorescence in situ hybridization法)。
注6)遺伝子クラスター解析:機能的に関連のある遺伝子がゲノム上で近接している部分を遺伝子クラスターといい、機能は不明ながら遺伝子が集まって存在する部分を探し出すことを遺伝子クラスター解析という。
注7)アルカロイド生合成関連遺伝子:植物体内でアミノ酸などを原料としてアルカロイドを生産するためにはたらくと考えられる触媒酵素や輸送体、調節遺伝子など。

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上場
未上場
資本金
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設立
2004年04月