慢性移植片対宿主病(GVHD)が悪化する新たなメカニズムを解明
― 免疫細胞が産生するIL-26は慢性炎症疾患の新しい治療標的になり得る ―
順天堂大学大学院医学研究科 免疫病・がん先端治療学講座の波多野良 特任准教授、伊藤匠 特任助教、森本幾夫 特任教授、大沼圭 非常勤講師らの研究グループは、正常な血液を作ることが困難となる病気の患者に対して造血幹細胞移植と言われる治療法を行った後、造血幹細胞を提供した人由来の免疫細胞が移植患者(宿主)の細胞を異物とみなして攻撃してしまうことで発症する「慢性移植片対宿主病(GVHD)」*1の炎症を炎症関連因子IL-26(*2)が悪化させるメカニズムを解明しました。今回の研究では、慢性GVHDの炎症組織で増加する免疫細胞が産生するIL-26がその周囲の免疫細胞を活性化させることで、免疫細胞の一つであるCD4 T細胞をTh17細胞(*3)に変化させ、Th17細胞が増加することで好中球の数が過剰に増加することを発見しました。この成果は、IL-26が慢性GVHDの全身臓器の炎症の悪化を促進させる重要な炎症関連因子であることを示しており、慢性GVHDをはじめとした慢性炎症疾患の全身炎症を制御できる新たな治療法開発につながることが期待されます。
本研究結果は米国移植学会と米国移植外科学会発行の学術誌「American Journal of Transplantation」オンライン版に2022年8月23日付で公開されました。
本研究成果のポイント
背景
造血幹細胞移植は、白血病や悪性リンパ腫などの血液のがんや再生不良性貧血など正常な血液を作ることが困難となる病気の患者に対して、提供者の造血幹細胞を移植して正常な血液を作ることができるようにする治療法です。しかし、提供者の免疫細胞、中でも特にT細胞が移植患者(宿主)の細胞を異物とみなして攻撃してしまうことで「移植片対宿主病(GVHD)」と呼ばれる合併症が起こることがあり、移植から発症までの日数や症状から急性GVHDと慢性GVHDに二分されます。慢性GVHDは、皮膚、肝臓、大腸に加え、肺や唾液腺、涙腺など全身のさまざまな臓器が障害されるのが特徴です。ステロイドによる治療が一般的ですが、治療が長期に及ぶと、免疫を抑えることで懸念される感染症や骨粗鬆症、動脈硬化等の副作用が発生するため、ステロイドの投与量を軽減していきますが、量を減らす、または、投与をやめることで慢性GVHDが再燃するリスクもあり、病態メカニズムのさらなる解明と根本的な治療法の開発が求められています。
内容
本研究では、免疫細胞からヒトのIL-26が産生される遺伝子改変マウスの細胞を別系統のマウスに移植するモデルと、ヒトの臍帯血の細胞をT細胞やB細胞がいないマウスに移植するモデルの二つを用いました。ヒトのIL-26を産生するマウスの細胞を移植したマウスは、IL-26を産生しない対照マウスの細胞を移植したマウスと比較して、肺・肝臓・大腸の炎症が悪化しました。そこで、それらの臓器に集まっている免疫細胞の種類を解析したところ、IL-26産生マウスの細胞を移植したマウスのいずれの臓器でも好中球が非常に多く集まっていることがわかりました。さらに、それらの臓器に集まっているCD4 T細胞とCD8 T細胞の機能を解析した結果、IL-26産生マウスの細胞を移植したマウスの肺や肝臓にいるCD4 T細胞は、炎症関連因子IL-17Aを多く産生することがわかり、Th17細胞が増加していることがわかりました。また、肺・肝臓・大腸の組織全体の炎症関連因子の遺伝子発現と、マウスの血液中の炎症関連因子の量を解析したところ、IL-26産生マウスの細胞を移植したマウスでは、CD4 T細胞がTh17細胞に変化するうえで重要な炎症関連因子であるIL-1βとIL-6、さらには好中球の分化と成熟に重要な顆粒球コロニー形成刺激因子G-CSFの発現が高まっていることがわかりました。
ヒトの臍帯血の細胞をマウスに移植し、毛並みの悪化や体重減少などの軽度のGVHD症状が観察された後、研究グループが開発したIL-26の働きを阻害できるヒト化抗IL-26抗体(*4)を投与すると、体重減少が軽度になり、皮膚症状の悪化もおさえられ(図1)、生存日数も著しく延長しました。また、ヒト化抗IL-26抗体を投与することで、CD4 T細胞のIL-17A産生が低下し、肺や肝臓のIL-1β・IL-6・G-CSFの発現も低下し、異常に増加していた好中球の数も減少することがわかりました。
今後の展開
本研究により、免疫細胞によって産生されるIL-26が全身の慢性炎症を悪化させるメカニズムの一端が明らかになりました(図2)。研究グループは、今回解析した慢性GVHDだけでなく、治癒が極めて難しい潰瘍性大腸炎やクローン病などの炎症性腸疾患や、乾癬などの慢性的な皮膚炎症疾患、様々ながんでもIL-26の産生が増加していることを見出しており、慢性炎症疾患やがんに対して、IL-26をターゲットとした新しい治療法の開発が期待されます。
*1 移植片対宿主病 (いしょくへんたいしゅくしゅびょう): 正常な血液を作ることが困難となる病気の患者に対して造血幹細胞移植と言われる治療法を行った後、造血幹細胞を提供した人由来の免疫細胞が移植患者(宿主)の細胞を異物とみなして攻撃してしまうことで発症する病気。
*2 IL-26 (インターロイキン-26): 炎症を誘導する物質の一つと考えられており、主に免疫細胞から産生される。炎症関連因子の中でもまだその働きの多くが解明されていない。
*3 Th17細胞: 免疫細胞の一つであるT細胞はCD4 T細胞とCD8 T細胞に分けられる。CD4 T細胞は活性化する際、周囲の炎症関連因子の種類によっていくつかのタイプに分化することがわかっており、炎症関連因子IL-17を多く産生するCD4 T細胞のことをTh17細胞と呼ぶ。
*4 ヒト化抗体: 実験動物で作製した抗体をヒトに投与すると異物として認識されてしまうため、遺伝子工学の手法を用いて抗原と直接接触する領域以外はヒトの抗体のアミノ酸配列に置き換えた抗体。
研究者のコメント
IL-26はまだ世界でも研究しているグループが非常に少ない分子です。この分子の研究には色々と難しい点もありますが、多様な機能を持っており、様々な病気に関係している可能性が考えられます。今後、IL-26が難治性の慢性炎症疾患やがんの病態にいかに関わっているかをさらに解析するとともに、それらの病気に対するヒト化抗IL-26抗体の臨床試験の実施を目指しています。
原著論文
本研究は米国移植学会と米国移植外科学会発行の学術雑誌American Journal of Transplantation ( https://onlinelibrary.wiley.com/journal/16006143 ) のオンライン版に2022年8月23日付で公開されました。
タイトル:Humanized anti-IL-26 monoclonal antibody as a novel targeted therapy for chronic graft-versus-host disease
タイトル(日本語訳):慢性移植片対宿主病に対するヒト化抗IL-26抗体による新たな治療法の開発
著者:Ryo Hatano, Takumi Itoh, Haruna Otsuka, Harumi Saeki, Ayako Yamamoto, Dan Song, Yuki Shirakawa, Satoshi Iyama, Tsutomu Sato, Noriaki Iwao, Norihiro Harada, Thomas M Aune, Nam H Dang, Yutaro Kaneko, Taketo Yamada, Chikao Morimoto, Kei Ohnuma
著者(日本語表記):波多野良1、伊藤匠1,2、大塚春奈1、佐伯春美3、山本文子1、宋丹1、白川裕貴1、井山諭4、佐藤勉5、岩尾憲明6、原田紀宏7、Thomas M Aune8、Nam H Dang9、金子有太郎10、山田健人11,12、森本幾夫1、大沼圭1
著者所属:1 順天堂大学大学院医学研究科 免疫病・がん先端治療学講座、2 順天堂大学大学院医学研究科 アトピー疾患研究センター、3 順天堂大学医学部 人体病理病態学講座、4 札幌医科大学医学部 血液内科、5 富山大学附属病院 血液内科、6 順天堂大学医学部附属静岡病院 血液内科、7 順天堂大学医学部 呼吸器内科学講座、 8 Department of Medicine, Vanderbilt University Medical Center、9 Division of Hematology/ Oncology, University of Florida、10 Y’s AC株式会社、11 埼玉医科大学 病理学、12 慶應義塾大学医学部 病理学
DOI: 10.1111/ajt.17178
本研究は厚生労働省科研費(労災疾病臨床研究事業費補助金: 課題番号180101-01 (森本)、210901-02 (森本))、 JSPS科研費基盤研究(C) (課題番号JP20K07683 (波多野))、JSPS科研費若手研究 (課題番号JP21K16389 (伊藤))、JSPS科研費基盤研究(B) (課題番号JP20H03471 (森本)、JP18H02782(大沼))、日本血液学会研究助成 (波多野)、日本産業科学研究所研究助成 (波多野)、順天堂大学学長特別プロジェクト研究費 (課題番号GP21-04 (大沼)) などの支援を受け実施されました。
なお、本研究に協力頂きました患者さんのご厚意に深謝いたします。
本研究成果のポイント
- IL-26は免疫細胞に炎症性関連因子IL-1βとIL-6を産生させ、CD4 T細胞をTh17細胞に変化させる
- IL-26が免疫細胞のIL-1βやIL-17Aの産生を増加させることで、顆粒球コロニー形成刺激因子G-CSFの産生が増加し、好中球の数が異常に増加する
- ヒト化抗IL-26抗体を投与することで、慢性移植片対宿主病の進行が著しく抑えられる
背景
造血幹細胞移植は、白血病や悪性リンパ腫などの血液のがんや再生不良性貧血など正常な血液を作ることが困難となる病気の患者に対して、提供者の造血幹細胞を移植して正常な血液を作ることができるようにする治療法です。しかし、提供者の免疫細胞、中でも特にT細胞が移植患者(宿主)の細胞を異物とみなして攻撃してしまうことで「移植片対宿主病(GVHD)」と呼ばれる合併症が起こることがあり、移植から発症までの日数や症状から急性GVHDと慢性GVHDに二分されます。慢性GVHDは、皮膚、肝臓、大腸に加え、肺や唾液腺、涙腺など全身のさまざまな臓器が障害されるのが特徴です。ステロイドによる治療が一般的ですが、治療が長期に及ぶと、免疫を抑えることで懸念される感染症や骨粗鬆症、動脈硬化等の副作用が発生するため、ステロイドの投与量を軽減していきますが、量を減らす、または、投与をやめることで慢性GVHDが再燃するリスクもあり、病態メカニズムのさらなる解明と根本的な治療法の開発が求められています。
内容
本研究では、免疫細胞からヒトのIL-26が産生される遺伝子改変マウスの細胞を別系統のマウスに移植するモデルと、ヒトの臍帯血の細胞をT細胞やB細胞がいないマウスに移植するモデルの二つを用いました。ヒトのIL-26を産生するマウスの細胞を移植したマウスは、IL-26を産生しない対照マウスの細胞を移植したマウスと比較して、肺・肝臓・大腸の炎症が悪化しました。そこで、それらの臓器に集まっている免疫細胞の種類を解析したところ、IL-26産生マウスの細胞を移植したマウスのいずれの臓器でも好中球が非常に多く集まっていることがわかりました。さらに、それらの臓器に集まっているCD4 T細胞とCD8 T細胞の機能を解析した結果、IL-26産生マウスの細胞を移植したマウスの肺や肝臓にいるCD4 T細胞は、炎症関連因子IL-17Aを多く産生することがわかり、Th17細胞が増加していることがわかりました。また、肺・肝臓・大腸の組織全体の炎症関連因子の遺伝子発現と、マウスの血液中の炎症関連因子の量を解析したところ、IL-26産生マウスの細胞を移植したマウスでは、CD4 T細胞がTh17細胞に変化するうえで重要な炎症関連因子であるIL-1βとIL-6、さらには好中球の分化と成熟に重要な顆粒球コロニー形成刺激因子G-CSFの発現が高まっていることがわかりました。
ヒトの臍帯血の細胞をマウスに移植し、毛並みの悪化や体重減少などの軽度のGVHD症状が観察された後、研究グループが開発したIL-26の働きを阻害できるヒト化抗IL-26抗体(*4)を投与すると、体重減少が軽度になり、皮膚症状の悪化もおさえられ(図1)、生存日数も著しく延長しました。また、ヒト化抗IL-26抗体を投与することで、CD4 T細胞のIL-17A産生が低下し、肺や肝臓のIL-1β・IL-6・G-CSFの発現も低下し、異常に増加していた好中球の数も減少することがわかりました。
これらの結果から、慢性GVHDでは、免疫細胞から産生されたIL-26が周囲の免疫細胞にIL-1βやIL-6を産生させることで、CD4 T細胞からTh17細胞への変化が増加し、Th17細胞が産生するIL-17AやIL-1βが協調的に働いてG-CSFの産生を増加させることで、肺や肝臓、大腸などの組織に異常な数の好中球を集積させることを明らかにしました。IL-26は全身の慢性炎症の悪化に関わっており、ヒト化抗IL-26抗体によってIL-26の働きを阻害することで、症状が劇的に改善することが明らかになりました。
今後の展開
本研究により、免疫細胞によって産生されるIL-26が全身の慢性炎症を悪化させるメカニズムの一端が明らかになりました(図2)。研究グループは、今回解析した慢性GVHDだけでなく、治癒が極めて難しい潰瘍性大腸炎やクローン病などの炎症性腸疾患や、乾癬などの慢性的な皮膚炎症疾患、様々ながんでもIL-26の産生が増加していることを見出しており、慢性炎症疾患やがんに対して、IL-26をターゲットとした新しい治療法の開発が期待されます。
用語解説
*1 移植片対宿主病 (いしょくへんたいしゅくしゅびょう): 正常な血液を作ることが困難となる病気の患者に対して造血幹細胞移植と言われる治療法を行った後、造血幹細胞を提供した人由来の免疫細胞が移植患者(宿主)の細胞を異物とみなして攻撃してしまうことで発症する病気。
*2 IL-26 (インターロイキン-26): 炎症を誘導する物質の一つと考えられており、主に免疫細胞から産生される。炎症関連因子の中でもまだその働きの多くが解明されていない。
*3 Th17細胞: 免疫細胞の一つであるT細胞はCD4 T細胞とCD8 T細胞に分けられる。CD4 T細胞は活性化する際、周囲の炎症関連因子の種類によっていくつかのタイプに分化することがわかっており、炎症関連因子IL-17を多く産生するCD4 T細胞のことをTh17細胞と呼ぶ。
*4 ヒト化抗体: 実験動物で作製した抗体をヒトに投与すると異物として認識されてしまうため、遺伝子工学の手法を用いて抗原と直接接触する領域以外はヒトの抗体のアミノ酸配列に置き換えた抗体。
研究者のコメント
IL-26はまだ世界でも研究しているグループが非常に少ない分子です。この分子の研究には色々と難しい点もありますが、多様な機能を持っており、様々な病気に関係している可能性が考えられます。今後、IL-26が難治性の慢性炎症疾患やがんの病態にいかに関わっているかをさらに解析するとともに、それらの病気に対するヒト化抗IL-26抗体の臨床試験の実施を目指しています。
原著論文
本研究は米国移植学会と米国移植外科学会発行の学術雑誌American Journal of Transplantation ( https://onlinelibrary.wiley.com/journal/16006143 ) のオンライン版に2022年8月23日付で公開されました。
タイトル:Humanized anti-IL-26 monoclonal antibody as a novel targeted therapy for chronic graft-versus-host disease
タイトル(日本語訳):慢性移植片対宿主病に対するヒト化抗IL-26抗体による新たな治療法の開発
著者:Ryo Hatano, Takumi Itoh, Haruna Otsuka, Harumi Saeki, Ayako Yamamoto, Dan Song, Yuki Shirakawa, Satoshi Iyama, Tsutomu Sato, Noriaki Iwao, Norihiro Harada, Thomas M Aune, Nam H Dang, Yutaro Kaneko, Taketo Yamada, Chikao Morimoto, Kei Ohnuma
著者(日本語表記):波多野良1、伊藤匠1,2、大塚春奈1、佐伯春美3、山本文子1、宋丹1、白川裕貴1、井山諭4、佐藤勉5、岩尾憲明6、原田紀宏7、Thomas M Aune8、Nam H Dang9、金子有太郎10、山田健人11,12、森本幾夫1、大沼圭1
著者所属:1 順天堂大学大学院医学研究科 免疫病・がん先端治療学講座、2 順天堂大学大学院医学研究科 アトピー疾患研究センター、3 順天堂大学医学部 人体病理病態学講座、4 札幌医科大学医学部 血液内科、5 富山大学附属病院 血液内科、6 順天堂大学医学部附属静岡病院 血液内科、7 順天堂大学医学部 呼吸器内科学講座、 8 Department of Medicine, Vanderbilt University Medical Center、9 Division of Hematology/ Oncology, University of Florida、10 Y’s AC株式会社、11 埼玉医科大学 病理学、12 慶應義塾大学医学部 病理学
DOI: 10.1111/ajt.17178
本研究は厚生労働省科研費(労災疾病臨床研究事業費補助金: 課題番号180101-01 (森本)、210901-02 (森本))、 JSPS科研費基盤研究(C) (課題番号JP20K07683 (波多野))、JSPS科研費若手研究 (課題番号JP21K16389 (伊藤))、JSPS科研費基盤研究(B) (課題番号JP20H03471 (森本)、JP18H02782(大沼))、日本血液学会研究助成 (波多野)、日本産業科学研究所研究助成 (波多野)、順天堂大学学長特別プロジェクト研究費 (課題番号GP21-04 (大沼)) などの支援を受け実施されました。
なお、本研究に協力頂きました患者さんのご厚意に深謝いたします。
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